●平成20(行ケ)10130審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「レーダ」

 本日は、たくさんの知財判決が公表されていました。いつも通り、役に立ちそうな事案を一件ずつ紹介していこうと思います。


 まず、本日は、『平成20(行ケ)10130 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「レーダ」平成20年12月25日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081225160745.pdf)について取上げます。


 本件は、進歩性なしの拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容され、拒絶審決が取り消された事案です。


 本件では、引用発明には、周知技術のオフセンタ機能を適用する解決課題ないし動機付けはないとして、引用発明に周知技術を適用したことは誤り、とした進歩性の判断が参考になるかと思います。


 なお、拒絶審決の対象となった本件出願の補正後の特許請求の範囲は、

「【請求項1】

 アンテナの指向方向を順次変えるとともに,パルス電波の送受波を行い,アンテナ周囲の探知画像のデータを生成し,所定の範囲の探知画像を表示画面内に表示する移動体に装備されるレーダにおいて,

 前記移動体の移動速度を検知する移動体速度検知手段を備え,
 表示画面内における移動体の表示位置を前記表示画面内の基準位置から移動体の移動方向に対して後方へ所定のシフト量だけシフトさせて前記探知画像を表示し,前記移動体速度検知手段により検知された移動体の移動速度が大きくなるほど,前記シフト量を大きくする探知画像表示制御手段を設けたことを特徴とするレーダ。」

 であります。


 そして、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


『3 審決の相違点2に係る容易想到性判断の当否について


(1)上記の引用刊行物の記載に照らすならば,引用発明では,CRT上(表示器DISPLAY上)に他航空機の概略位置を示す全体の表示画面は,拡大又は縮小させることなく,一定の範囲の画像を表示することを前提としていること,全体の表示画面中に,衝突のおそれの少ない他航空機も表示されることにより操縦者の注意が散漫になるため,真の脅威機に対して神経を集中させて航空交通の安全を図るようにさせるとの課題が存在すること,その課題を解決するために,前記自航空機の速度に応じてその進行方向に直径が伸縮する円で示される「警戒空域」をCRT上に重ねて表示するとの技術が示されている。



 一方,特開昭59−17177号公報及び特開昭54−64991号公報(甲4,5)によれば,移動体の表示位置を表示画面の中心位置から後方等へ移動させて表示する技術が記載され,同技術は,表示画面上に表示される探知画像の表示面積を変えることなく,探知画像の描画中心位置を変化させるものであって,周知技術であることが認められる(以下「オフセンタ機能という場合がある。)。


 上記のとおり,オフセンタ機能は,探知画像の描画中心位置を後方へ変化させることにより,前方の表示画面限界位置までの表示範囲を広げて,変化させる前に見えていない探知物標が見えるようにし,他方,後方の表示画面限界位置までの表示範囲を狭め,変化させる前には見えていた探知物標を見えなくする技術である。


(2)そこで,引用発明において,周知技術であるオフセンタ機能を採用する解決課題ないし動機等が存在するか否かについて検討する。


 前記のとおり,引用発明は,表示器DISPLAY上の全体の表示画面について,自航空機の速度等に応じて,前方の表示範囲を伸縮させるのではなく,むしろ,一定の範囲内に位置する他航空機等のすべてを表示させることを前提ないし想定した発明である。このように,引用発明は,全体の表示画面内に,数多く表示されることがあり得る他航空機等の中で,操縦者をして,真に衝突を警戒すべき他航空機を識別させ,そのような航空機に対する注意を喚起させるために,「警戒空域」を円で表示し,かつ,自航空機の速度に応じて,その半径の長さを伸縮させる技術に係る発明である。上記のとおり,「警戒空域」の表示画面は,全体の表示画面に既に表示されている他航空機等の中で,衝突を回避させる必要のない航空機等と,真に衝突を回避させる必要のある他航空機等を,操縦者にとって識別することを容易にするための手段として用いられている。


 上記のとおり,引用発明では,CRT上(表示器DISPLAY上)の全体の表示画面には,衝突のおそれの有無にかかわらず,他航空機が表示されていることを前提として,既に,全体の表示画面に表示されている他航空機の中で,操縦者に対して,真に衝突を警戒すべき他航空機を操縦者に識別させて,注意をしやすくする目的で,「警戒空域」を表示させるという課題解決のための技術であるから,引用発明が,課題をそのような手段によって解決する発明である以上,「警戒空域」の表示範囲のみを,効率的に表示する目的でオフセンタ機能を採用する解決課題,優位性ないし動機等は存在しないというべきであり,仮にあるとすれば,それは,引用発明が想定する課題解決とは全く別個の課題設定と解決手段というべきである。


 けだし,一般的には,オフセンタ機能を用いて,探知画像の描画中心位置を後方へ変化させれば,前方の表示画面限界位置までの表示範囲は拡大し,それまでに見えていない探知物標が見えるようになるという画面の効率化を実現できるという効果はあるが,引用発明は,全体の表示画面内に警戒空域を表示する技術に関するものであって,それまでに見えていない探知物標を見えるように表示するという課題の解決を目的としたものではないから,上記のような一般的な効果は,引用発明とは無関係であるといえる。


 この点,被告は,引用発明においても,自航空機の速度を増大させた場合には,警戒空域の表示範囲が前方に拡大し,CRT上の全体表示画面から,はみ出して表示されることがあり得るものであり,画面の効率化を必要とする解決課題,動機等が潜在的に示されている旨主張する。


 しかし,そのような主張は,引用発明における解決課題,すなわち,多数の他航空機が表示され得るCRT上の全体表示画面において「警戒空域」表示をすることによって,真に衝突を警戒すべき他航空機を操縦者に識別させることを容易にするという引用発明の課題とは相容れない効果を前提とする主張というべきであって,採用の限りでない。


(3) 審決は,前記1のとおり,「引用発明において,自航空機を中心とする所定半径の円と,前記円の中心を通り前記自航空機の速度に応じてその進行方向に直径が伸縮する円との外周を結ぶ如きプロファイルを有する警戒空域をCRT上に表示し,自航空機の速度が増大するに従って前記直径を伸張するようにした趣旨は,引用刊行物の上記摘記事項3及び4の記載からみて,衝突回避操作に必要とされる時間を確保するために,自航空機の速度が増大するに従って,自航空機の前方の警戒空域の表示範囲をより広げるためである。」と説示する。


 しかし,上記に詳述したとおり,引用発明においては,他航空機等は,既に,全体の表示画面において,自航空機の速度を速くする前から表示されているのであるから,「警戒空域」画面の表示態様として,オフセンタ機能を適用する解決課題ないし動機付けはない。


 審決は,本願発明と引用発明とは,解決課題及び技術思想を互いに異にするものであって,引用発明を前提とする限りは,本願発明と共通する解決課題は生じ得ないにもかかわらず,解決課題を想定した上で,その解決手段として周知技術を適用することが容易であると判断して,引用発明から本願発明の容易想到性を導いた点において,誤りがあるといえる。


 原告の取消事由4に係る主張には,理由がある。


4 結論

 以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,原告の本訴請求は理由があるから,これを認容することとし,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。