●平成19(ワ)28614補償金等請求事件「中空ゴルフクラブヘッド」(1)

 本日は、『平成19(ワ)28614 補償金等請求事件 特許権 民事訴訟「中空ゴルフクラブヘッド」平成20年12月09日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081212131656.pdf)について取上げます。


 本件は、特許法65条1項に基づく出願公開後の補償金等を請求した事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、本件特許発明の構成要件(d)における「縫合材」の解釈に基づく文理侵害および均等侵害の判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸、裁判官 平田直人、裁判官 柵木澄子)は、


『1 争点(1)〔構成要件(d) の充足性〕について

 ・・・省略・・・

(2)検討

ア 本件発明は,本件明細書【0003】,【0004】及び【0010】の記載のとおり,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成するに際し,単に重ね合わせて接着しただけでは接合強度が不十分であることを前提として,これらの異種素材間の接合強度を高めることを課題としている。


 そして,この課題を解決するための手段として,請求項1に記載の構成(本件発明)が採用されたものである(本件明細書【0005】)。この構成による課題の解決の説明として,「金属製の外殻部材の接合部に繊維強化プラスチック製の外殻部材の接合部を接着すると共に、金属製の外殻部材の接合部に貫通穴を設け、該貫通穴に繊維強化プラスチック製の縫合材を通し、該縫合材により繊維強化プラスチック製の外殻部材と金属製の外殻部材とを結合したことにより、これら異種素材からなる外殻部材の接合強度を高めることが可能になる。」(本件明細書【0006】)と記載されている。


 しかしながら,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを単に重ね合わせて接着しただけでは接合強度が不十分であり,また,金属製の外殻部材の接合部に設けた貫通穴に繊維強化プラスチック製の縫合材を通すだけでは,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを結合したことにはならないから,上記の本件明細書【0006】の記載によっては,「縫合材」により金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合強度を高めて結合する原理が示されているということはできない。


イ そこで,本件明細書における【発明の実施の形態】,【図2】の記載を考慮すると,接合強度を高める結合方法として,金属製の外殻部材11の接合部11aに複数の貫通穴13を設け,この貫通穴13に繊維強化プラスチック製の縫合材22を一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)との間を曲折しながら連続して通し,この縫合材22を一方の側(接着界面側)において繊維強化プラスチック製の外殻部材21に接着することにより,金属製の外殻部材11と繊維強化プラスチック製の外殻部材21とを結合する例が唯一開示されている(本件明細書【0011】,【図2】)。


 上記記載によれば,本件発明における「縫合材」によって金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合強度を高めて結合する原理については,繊維強化プラスチック製の縫合材22は,同種素材である繊維強化プラスチック製の外殻部材21とは相互に接着性が良好であるものの,異種素材である金属製の外殻部材11とは接着しただけでは接合強度が不十分であるから,上記のように縫合材22を金属製の外殻部材11の貫通穴13に接着界面側とその反対面側との間を曲折しながら連続して通した上で,縫合材22と繊維強化プラスチック製の外殻部材21とを接着することにより,金属製の外殻部材11に対して繊維強化プラスチック製の外殻部材21を強固に結合するものと理解することができる。


ウ 本件発明のこのような理解に立って,前記(1)イのような「縫合材」における「縫合」ないし「縫う」の辞書的な語義のうち,「物と物との間を左右に曲折しながら通る。」(【縫う】の広辞苑における語義?)の意味内容を勘案しつつ,本件明細書に開示された課題と特許請求の範囲に開示された構成との関係を整合的にとらえるならば,本件発明における「縫合材」は,金属製の外殻部材に設けた複数の貫通穴に,金属製の外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)との間を曲折しながら連続して通した部材を意味するものと解するのが相当である(本件発明の縫合材をこのように解さない限り,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材との接合強度を高めるという課題を解決するための手段が特許請求の範囲において実質的に特定されていないといわざるを得ないことになる。)。


 被告製品は,各透孔7毎に分離した炭素繊維からなる短小な帯片8(短小帯状片)があるものの,これは上記のような意味における「縫合材」に当たらないことが明らかであるから,被告製品は,本件発明の構成要件(d) を充足しないものというべきである。


エ 原告の主張について

(ア)原告は,まず,本件発明の接合強化原理について,金属製外殻部材と繊維強化プラスチック製外殻部材とを接着剤により接着することに加え,縫合材の張力をその接着の補強に利用することにあり,この力が繊維強化プラスチック製外殻部材を金属製外殻部材から剥離することを阻止する力として作用し,その結果,異種素材からなる2つの外殻部材の接合強度を高めることになるとし,これは,本件明細書に特に記載はないものの,当業者であれば,本件発明の構成から当然に理解することができること,この縫合材に作用する張力を引き寄せる力(剥離を阻止する力)として,接合の補強に利用することを可能とするための必須の要件は,?縫合材がプラスチック製外殻部材と一体的に接着されると同時に,?縫合材が金属製外殻部材の貫通穴を通って接着面とその反対面側に通されることであって,縫合材が貫通穴を通じて反対面側に通されている限り,その縫合材が接着面の反対側でいかなる方法で係止されているかその係止方法は一切問わないことなどを主張する。


 しかしながら,上記の原告の主張は,本件明細書の記載によって裏付けられているとは言い難いものである。


 すなわち,本件発明の課題は,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材とを接合して中空構造のヘッド本体を構成するに際し,単に重ね合わせて接着しただけでは接合強度が不十分であることを前提として,これらの異種素材間の接合強度を高めることにある。


 そして,そのために,請求項1に記載の構成を採用し,接着に加え,縫合材を用いることにより,両者の外殻部材を結合して接合強度を高めたものである。


 すると,このような結合方法の原理が機能するために,本件発明として,原告の指摘する「張力」自体ないし「張力を引き寄せる力(剥離を阻止する力)」を生ずる構成が不可欠の存在であるはずである。


 つまり,原告は,このような力の利用のための必須の要件のうち,2番目について,縫合材が貫通穴を通じて反対面側に通されている限り,その縫合材が接着面の反対側でいかなる方法で係止されているかその係止方法は一切問わないとするものの,この係止方法が本件発明で最も重要な構成要素というべきである。そして,本件明細書の記載によれば,前記アないしウのとおり,縫合材が貫通穴を通じて接着面の反対側に通されて,その面のみで係止されることなく,さらに別の貫通穴を通じて接着面側に戻り,そうして同種素材の接着効果により,より強く接合され,さらに,これを繰り返して結合する構成(「縫合材」について,金属製の外殻部材に設けた複数の貫通穴に,金属製の外殻部材の一方の側(接着界面側)と他方の側(その反対面側)との間を曲折しながら連続して通した部材との理解)が示されているものと解することができる。


 このように,本件明細書には,本件発明として異種素材間の接合強度を高めるための解決手段が記載されているのであって,原告の主張のように,張力さえ機能すれば,係止方法を問わないなどということが本件明細書の記載によって裏付けられることはない。


(イ)原告は,また,「縫合」の意味も,文字通りに縫い合わせるの意味ではなく,部材同士を「接合する(つなげる)」程度の意味に理解することが合理的であり,そもそも,本件発明と被告製品のいずれも,金属製外殻部材のみに貫通穴を穿つものであり,繊維強化プラスチック製外殻部材(FRP製外殻部材)について,一切貫通穴が作られていないから,「縫われていない」などと主張する。


 しかしながら,このような意味に「縫合材」を理解するのであれば,本件発明の特許請求の範囲の記載においては,金属製の外殻部材と繊維強化プラスチック製の外殻部材の異種素材間の接合強度を高めるという課題を解決するための手段が何ら実質的に特定されていないというほかないから,本件発明のとらえ方として相当でないことが明らかである。


 本件発明の構成要素である「縫合材」を辞書的な意味において「物と物との間を左右に曲折しながら通る」と理解してこそ,整合的に本件発明の本質を理解することができることは,前記ウのとおりである。


(3)まとめ

 以上のとおりであって,被告製品は,本件発明の構成要件(d)を充足せず,文言侵害は成立しない。』


 と判示されました。


 均等侵害は、明日紹介します。