●平成20(ワ)853 損害賠償請求事件 不正競争「営業秘密」(1)

今朝の読売新聞の一面に『CM音声、動画も商標に…保護対象拡大へ特許庁方針』(http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20081205-OYT1T00001.htm?from=navr)と掲載されていました。早ければ、2010年の通常国会に商標法改正案が提出され、商標の保護対象が拡大される、とのことです。


 さて、本日は、『平成20(ワ)853 損害賠償請求事件 不正競争 民事訴訟「営業秘密」平成20年11月26日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081204111741.pdf)について取上げます。


 本件は、原告の元従業員である被告が原告を退職した後,競業会社に就職し,原告在職中に得た商品の仕入先情報を利用して業務を行っていることが,原告及び被告A間の秘密保持と、競業避止に関する合意に違反するか、又は不正競争防止法2条1項7号所定の不正競争行為に該当するとして、被告に対し債務不履行又は不正競争防止法違反に基づき損害賠償を請求し、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、争点1の(本件仕入先情報が,本件機密事項等又は不正競争防止法における「営業秘密」に該当するか)についての判断が参考になります。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 清水節、裁判官 佐野信、裁判官 國分隆文)は、


1 争点1(本件仕入先情報が,本件機密事項等又は不正競争防止法における「営業秘密」に該当するか)について

(1) 不正競争防止法における「営業秘密」該当性について


ア 不正競争防止法における「営業秘密」といえるためには,「秘密として管理」されていること(秘密管理性 )が必要である(同法2条6項 )。

 そして, このような秘密管理性が要件とされているのは,営業秘密が,情報という無形なものであって,公示になじまないことから,保護されるべき情報とそうでない情報とが明確に区別されていなければ,その取得,使用又は開 示を行おうとする者にとって,当該行為が不正であるのか否かを知り得ず ,それが差止め等の対象となり得るのかについての予測可能性が損なわれて,情報の自由な利用,ひいては,経済活動の安定性が阻害されるおそれがあるからである。


 このような趣旨に照らせば,当該情報を利用しようとする者から容易に認識可能な程度に,保護されるべき情報である客体の範囲及び当該情報へのアクセスが許された主体の範囲が客観的に明確化されていることが重要であるといえる。


 したがって,秘密管理性の認定においては,主として,当該情報にアクセスした者に当該情報が営業秘密であると認識できるようにされているか,当該情報にアクセスできる者が制限されているか等が,その判断要素とされるべきであり,その判断に当たっては,当該情報の性質,保有形態,情報を保有する企業等の規模のほか,情報を利用しようとする者が誰であるか,従業者であるか外部者であるか等も考慮されるべきである。


イ 上記前提となる事実,証拠(甲11,乙1ないし3,5。枝番号が付されたものを含む。)及び弁論の全趣旨によれば本件仕入先情報の管理に関し,次の事実が認められる。


 …省略…


ウ 上記イの認定事実によれば,本件仕入先情報は,仕入先業者の名称,住所などという一般的基準によってのみ規定されるものであり,その具体的内容は明らかとされていないから,当該情報の内容,範囲等が明確に特定されているとはいい難いが,その点を措くとしても,原告においては,アルバイトを含め従業員でありさえすれば,そのユーザーIDとパスワードを使って,サーバーに接続されたパソコンにより,本件仕入先情報が記載されたファイルを閲覧することが可能であって,そのファイル自体には,情報漏洩を防ぐための保護手段が何ら講じられていなかった上,従業員との間で締結した秘密保持契約も,その対象が抽象的であり,本件仕入先情報がそれに含まれることの明示がされておらず,その他,原告において,従業員に対して,本件仕入先情報が営業秘密に当たることについて,注意喚起をするための特段の措置も講じられていなかったというのである。


 このような管理状況に加え,本件仕入先情報の内容の多く(名所,住所又は所在地,電話番号,ファクシミリ番号など)が,インターネット等により,一般に入手できる情報をまとめたものであり , また ,本件証拠上 ,原告に個々の仕入先を秘匿しなければならない事情も窺われないことから,本件仕入先情報は,その性質上,秘匿性が明白なものとはいい難いこと等を考慮すれば,本件仕入先情報を用いて日常業務を遂行していた原告の従業員にとって,それが外部に漏らすことの許されない営業秘密として保護された情報であるということを容易に認識できるような状況にあったということはできず,他に秘密管理性を基礎づける事実を認めるに足りる証拠はない。


 したがって,本件仕入先情報については,秘密管理性を欠くというべきであり,他の要件について検討するまでもなく,不正競争防止法上の「営業秘密」に該当すると認めることはできない。


(2) 本件機密事項等該当性について


ア 本件仕入先情報は,上記(1)のとおり ,不正競争防止法上の「営業秘密」に当たらないから,従業員が,本件仕入先情報を利用することは,不正競争防止法上違法となるものではないが,そのような場合であっても別途当事者間で,秘密保持契約を締結しているときには,従業員は,当該契約の内容に応じた秘密保持義務を負うことになる。


イ そこで,検討するに,従業員が退職した後においては,その職業選択の自由が保障されるべきであるから,契約上の秘密保持義務の範囲については,その義務を課すのが合理的であるといえる内容に限定して解釈するのが相当であるところ,本件各秘密合意の内容は,上記前提となる事実で認定したとおりであり,秘密保持の対象となる本件機密事項等についての具体的な定義はなく,その例示すら挙げられておらず,また,本件各秘密保持合意の内容が記載された「誓約書」と題する書面及び「秘密保持に関する誓約書」と題する書面にも,本件機密事項等についての定義,例示は一切記載されていないことが認められる(甲2,3)から,いかなる情報が本件各秘密合意によって保護の対象となる本件機密事項等に当たるのかは不明といわざるを得ない。


 しかも,前記(1)で検討したとおり,原告の従業員は ,本件仕入先情報が外部に漏らすことの許されない営業秘密として保護されているということを認識できるような状況に置かれていたとはいえないのである。


 このような事情に照らせば,本件各秘密保持合意を締結した被告Aに対し,本件仕入先情報が本件機密事項等に該当するとして,それについての秘密保持義務を負わせることは,予測可能性を著しく害し,退職後の行動を不当に制限する結果をもたらすものであって,不合理であるといわざるを得ない。したがって,本件仕入先情報が秘密保持義務の対象となる本件機密事項等に該当すると認めることはできない。


(3) 小括

 そうすると,本件仕入先情報は,不正競争防止法上の「営業秘密」及び本件機密事項等のいずれにも該当せず,よって,被告Aは,不正競争防止法及び本件各秘密保持合意に基づく秘密保持義務のいずれについても,それらに違反したものとは認められない。 』


 と判示されました。


 明日に続きます。