●平成20(行ケ)10197審決取消請求事件 特許権「ホースリール事件」

 本日は、『平成20(行ケ)10197 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ホースリール事件」平成20年11月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081127094414.pdf)について取上げます


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、無効理由の一つである、新規事項追加の補正要件(特許法17条の2第3項)違反についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 今井弘晃、裁判官 清水知恵子)は、


2 取消事由1(補正要件違反についての判断の誤り)について


(1) 原告は,本件特許発明1につき,本件補正において「前記フレームの脚部を前記開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動可能に取り付けた」と補正したことは新規事項の追加に当たり,補正要件違反の無効理由があると主張するので,以下検討する。

ア 本件特許の当初明細書(甲2)には,以下の記載がある。


 ・・・省略・・・


イ 上記アの記載によれば,当初明細書には,フレーム下部に設けられた脚部が「側方へ延出した展開状態」と「フレーム下部に折り畳まれ…た折り畳み状態」との間で開閉されること(請求項6,段落【0022】),脚部をフレーム下部に折り畳んだ状態では,フレーム底面の開口部が脚部により塞がれること(段落【0023】)が記載されているといえる。


 以上によれば,当初明細書には,フレーム下部に設けられた脚部が,フレーム下部に折り畳まれた折り畳み状態ではフレーム底面の開口部を閉鎖する位置にあり,そこから開口部を閉鎖しない位置に移動することが可能であることが記載されていることは明らかである。


 そうすると,本件補正において,本件特許発明1の特許請求の範囲の記載を「前記フレームの脚部を前記開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動可能に取り付けた」と補正したことは,当初明細書に記載された事項の範囲内であり,特許法17条の2第3項に違反することはないと解するのが相当であり,同旨の審決の判断に誤りはないというべきである。


(2) これに対し原告は,当初明細書には,脚部の動きについては「回動」しか記載されていないとして,上記段落【0037】,【0038】の記載をその根拠として挙げ,「移動」の語は「回動」よりも広い意味であるから,新規事項の追加に当たる旨主張する。


 確かに原告の主張する上記段落には,脚部67が軸部ないし円筒部66を中心にして回動し(段落【0037 】, 【0038】) ,この回動により脚部67は「折り畳み状態74」から,側方へ延出した「展開状態75」とを任意に形成できる(段落【0038】)ことが記載されている。


 しかし,段落【0037】, 【0038】は,上記のとおり「本発明の一実施の形態」を図に従って説明する(段落【0028】 )との記載に続く一実施例についてのものであり,上記請求項6,段落【0022】, 【0023】には上記のとおり「回動」に限る旨の記載はなく,移動することが可能な旨が記載されていると解されることは上記で検討したとおりである。


 加えて,本件補正は,平成18年9月13日付け拒絶理由通知書(甲5の1,17の4)に対しなされたものであるところ,同通知書には以下の記載がある。


「請求項1には『前記フレームの底面に開口部を設け,この底面に開設された開口部を脚部によって閉鎖できるようにした』と記載されているが,

(1)『脚部』とは何の脚部をいうのか,明確でない。

(2)『この底面に開設された開口部を脚部によって閉鎖できるようにした』とは ,『脚部』を『開口部』を閉鎖できる位置に固定的に取り付けたことをいうのか,あるいは『脚部』を『開口部』を閉鎖する位置と,閉鎖しない位置との間で移動可能に取り付けたことをいうのか,明確でない。よって,請求項1に係る発明は明確でない」。

 なお,上記拒絶理由通知の前提となる請求項1の記載は,平成18年8月11日付けの手続補正(甲17の3)によるものであり,その請求項1の記載は以下のとおりである。

【請求項1】
「ホースを巻き取るドラムがフレームに回動自在に支持されたホースリールにおいて,前記フレームを,前記ドラムが収容されるケース状に形成し,当該フレームに天面を形成するとともに,前記フレームの底面に開口部を設け,この底面に開設された開口部を脚部によって閉鎖できるようにしたことを特徴とするホースリール」。


 そうすると,本件補正は,上記拒絶理由通知による指摘を受けて,脚部について開口部を閉鎖できる位置に固定的に取り付けたことをいうのではなく,開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動可能に取り付けたことを明りょうにしたことが明らかである。


(3) 以上の検討によれば,原告の主張は採用することができない。 』


 と判示されました。


 なお、本件は、今年の4/3の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080403)で取上げた、『平成19(ワ)22449 特許権侵害行為差止等請求事件 特許権「ホースリール」平成20年03月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080403130354.pdf)事件において侵害と認定された被告が本件の審決取消請求人となっています。


 そして、4/3の日記では、この東京地裁の侵害事件について、

『請求の範囲への「移動可能」という機能的記載の追加により、実施例として開示されていない構造まで請求の範囲に含める補正を認めた上で、実施例として開示されていない構造まで本件特許発明の技術的範囲に属すると判断する文理侵害が認められ、補正要件違反と記載不備の無効の抗弁の主張が退けられた点において、珍しく原告に有利な判断がされており、仮に控訴されて知財高裁で判断された場合に同様の判断になるのか(もしかすると一審とは逆の判断になるかも知れません。)等、何人かで色々と検討しても面白い事案かと思います。』


 とコメントしましたが、本件特許における『請求の範囲への「移動可能」』の追加補正が新規事項追加に該当しないという判断が、東京地裁だけでなく、特許庁の無効審判、および知財高裁でも支持されたことになります。


 この意味で、今回の『平成20(行ケ)10197 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ホースリール」平成20年11月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081127094414.pdf)や、
 東京地裁の、『平成19(ワ)22449 特許権侵害行為差止等請求事件 特許権「ホースリール」平成20年03月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080403130354.pdf
は、新規事項追加の補正の判断基準を示す事例として、今後、とても重要な事件になるのではないかと思います。もしかすると、審査基準に具体例として掲載されるような感もします。


 ちなみに、上述の東京地裁の侵害事件では、

「イ 以上を踏まえて検討すると,本件当初明細書には,脚部を回動させることにより,脚部によって開口部を閉鎖できるように構成された折り畳み状態と,脚部が開口部を閉鎖しない展開状態という二つの状態を任意に形成できる構造のものが開示されていること,他方,そのような脚部を回動させる構造のもの以外に,脚部を開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動させるような構造は具体的には開示されていない。


 しかし,上記アb )のとおり,本件明細書によれば,本件特許発明1において,脚部を回動させる構造を採用したのは,ケース状に形成したフレーム底面の開口部を閉じて開口部内に収納した部品の飛び出しを防止するとともに,脚部をフレームの側方へ延出してホースリールの起立を安定させる展開状態と,ホースリール全体をコンパクトなサイズにし得る折り畳み状態とを選択的に実現可能とするためであると容易に理解することができる。


 そして,本件当初明細書には,かかる目的のために,脚部を回動させる構造が必須である旨の記載も示唆もなく,それが必須であるとする理由もない。


 むしろ,当業者が技術常識をもって本件当初明細書を見れば,かかる目的達成のためには,脚部を回動させる構造のほかに,脚部をスライドさせる構造や,着脱可能な脚部を取り付ける構造によって「開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動可能」とした構成をも含み得ることは,当然理解することができるものと認められる。


 そうすると,本件当初明細書には,脚部を回動させるとの実施例の構造に限らず,上記に例示したような構造のものも実質的に開示されていたといえるから,本件補正が新規事項を含むものとはいえない。


 したがって,本件補正が新規事項を追加したものであるとして,本件特許1が特許法17条の2第3項に違反した旨をいう被告の主張は理由がない。

 と判示しており、今回の知財高裁の判断より、東京地裁の判断の方が分かりやすいような気がします。


 そして、東京地裁では、これにより、本件特許発明の「開口部を閉鎖する位置と閉鎖しない位置との間で移動可能」する構成として、本件特許の明細書には脚部を回動させる構造のものしか開示されていないかったものの、着脱可能な脚部を取り付ける構造のイ号製品は、侵害であると認定しました。


 詳細は、両判決文を参照して下さい。


 なお、同時に、もう一つの無効審判の審決取消訴訟である、『平成20(行ケ)10198 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ホースリール」平成20年11月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081127095009.pdf)と、
 東京地裁の侵害事件の控訴審である、『平成20(ネ)10046 特許権侵害行為差止等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「ホースリール」平成20年11月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081127145710.pdf)とが出ており、共に被告(被控訴)人が勝訴しているようです。