●昭和54(行ケ)33特許権「幾何学的形状を有する容器の連続製造方法」

 もう、年末モードに入っていますので、とにかく忙しいですね。


 さて、本日は、『昭和54(行ケ)33 特許権 行政訴訟幾何学的形状を有する容器の連続製造方法」昭和57年04月27日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/164C42174FE2B7E549256A76002F8929.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求め、その請求が認容された事案です。確か、10/1の特許ニュースに掲載されていた事案だと思います。


 本件では、特許請求の範囲における「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす」の用語を、明細書に記載された発明の詳細な説明を参酌して判断した点で、参考になる事案かと思います。


 つまり、東京高裁(裁判官 高林克巳 楠賢二 杉山伸顕)は、


『二 そこで、審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて判断する。

(本願発明について)


 原告は、本願発明は「管状リボンの連続製造方法」に関するものであるとし、このことを基本として審決取消事由を主張するのに対し、被告は本願発明は「中空容器の連続製造方法」に関するものであり、したがつて原告がこれを「管状リボンの連続製造方法」と把握し、これを前提として審決の判断を攻撃するのは理由がないと争つているものと解せられるので、先ずこの点について判断する。


 成立について争いのない甲第二号証(本願発明の原明細書)によれば、本願発明の原明細書の特許請求の範囲は、

「長い剛性のあるプラスチツクシートから幾何学的形状を持つた中空容器を連続的に作る方法にして、前記シートの長手方向に少なくとも二本の連続状の刻み目線を入れる段階と、前記シートを二本の刻み目線において連続的に内側に折りたたむ段階と、この折りたたんだシートの長手方向の自由端縁部を密封して扁平な管状のリボンを形成する段階と、を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法。」


というものであることが認められ、右記載によれば、本願発明の原出願は、中空容器の連続製造方法に関するものであることは疑う余地がない。


 ところが、成立について争いのない甲第三号証(昭和四四年一二月四日付手続補正書)によれば、原告は、その後、特許請求の範囲を事実摘示第二の二記載のごとく補正したものであることが認められる。しかして、右記載は「剛性のあるプラスチツクシートの長い巻物から、切断されて幾何学的形状をした中空容器に変換できる扁平な管状リボンを連続的に作る方法にして、……を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法」というものであつて、右前段の記載と後段の記載とは一見矛盾するものであるが、前段の記載を重視すれば、原告主張のように、本願発明は、「管状リボンの連続製造方法」に関するものであると解せられなくもない(この場合後段の記載は、「……を包含することを特徴とする幾何学的形状を有する中空容器『に変換できる管状リボン』の連続製造方法」と読むものとし、また、そう読むことも必らずしも不可能ではない。)


 しかしながら、前記手続補正書においても、発明の名称(「幾何学的形状を有する容器の連続製造方法」)は、変えられることなく、発明の詳細な説明も原明細書のそれと表現において大差のないものであること、特に第四頁七行目ないし一〇行目には、「本発明では、透明な剛性のあるプラスチツクシート容器を連続的に壁形状に作り、そのあとで該壁を一定長に切断し、端部キヤツプすなわち蓋を安くて簡便な方法で取り付ける。」との記載があり、同所以下にその詳細な説明及び容器の製造方法の実施例が記載されている点から勘案すれば、本願発明は原告主張のような「管状リボンの連続製造方法」に止まるものではなく、「幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法」に関するものというべきである。


(審決の本願発明と引用例の一致点及び相違点の認定について)

 審決(成立について争いのない甲第一号証)は、本願発明と引用例(成立について争いのない甲第四号証)との一致点を、「剛性のあるシートの長い巻物から切断されて幾何学的形状をした中空容器を連続的に作る方法にして先端鈍角の部材で前記シートの硬い表面上に長手方向に連続した折り目をつけ前記シート表面上に少なくとも二本の蝶番の作用をする連続した長手方向折り目線を形成する段階と、前記シートを複数本の折り目線において連続的に内側に折り、前記の折つたシートの長手方向の自由端縁部を密封して管状リボンを形成する幾何学的形状を有する中空容器の連続製造方法。」とし、本願発明が引用例と相違する点として「本願発明が(i)長いシートに、引用例の技術の長尺紙シートに代えて、プラスチツクシートをもつて供した点、(ii)シートを折るための折り目付けにあたり、引用例の技術が凸凹条ロールで連続した折り目をつけたのに対し、先端鈍角の刃で連続した刻み目をつけた点、(iii)管状リボンを扁平に形成する段階を包含せしめている点」の三点を挙げ、この相違点について判断して、結局本願発明は当業者が引用例に記載された発明に基づいて容易に発明することができたものであるとしている。


 しかしながら、本願明細書(甲第三号証)の特許請求の範囲は事実摘示第二の二記載のとおりであり、これによれば、本願発明は、剛性のあるプラスチツクシートの表面上に少なくも二本の長手方向刻み目線を形成する段階と、このシートを(少なくとも)二本の刻み目線において連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」とを包含していることが明らかであるが、引用例には、このシートを「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」は存しないと認められるから、本願発明は審決の認める前記三つの相違点のほかに、なおこの相違点が存するものとしなければならない。


 しかして、シートを(少なくとも)二本の刻み目線において連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす」とは、発明の詳細な説明の項(甲第三号証第四頁一五、一六行目、第六頁一六行目ないし第七頁二〇行目)の記載を参照すると、中空容器を製造する段階でできる管状リボンを一定長に切断した後でこれに端部(実施例ではキヤツプ64)を取り付ける際に、容器壁の操作を容易にするために、刻み目線においてプラスチツクシートを先ず内側に折り畳み、次いでこの一旦折り畳んだシートを折り畳む前の状態に開くこと(発明の詳細な説明の欄第四頁一五、一六行目ではこれを「刻み目の或るものを閉じたり開いたり」すると表現しており、四角形の中空容器を作る実施例においては、この閉じたり開いたりが各二本の刻み目線において二度にわたつて行なわれる旨が記載されている―第七頁一六、一七行目)をいうものであると解される。


 審決は、本願発明と引用例の相違点を認定するに当り、第三点として、本願発明が管状リボンを扁平に形成する段階を包含している点を挙げているが、本願発明が明細書の特許請求の範囲において「扁平な管状リボンを形成する段階」と言つているのは、前記のシートを連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」とは異なるものであるから、審決が右相違点(iii)を挙げたことをもつて、本願発明の引用例との相違点である、本願発明がシートを連続的に「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす段階」に言及したものとすることができないのはいうまでもない。しかして右の点は本願発明の必須構成要件であるから、審決は本願発明と引用例との相違点についての判断を遺脱し、事実を誤認したものであつて違法である。


 右の点に関し、被告は、本願明細書の特許請求の範囲における「内側に折り畳み」とは、シートを幾何学的形状の中空容器の内側に折り畳むことを意味するものであり、本願発明は刻み目が幾何学的形状の中空容器の内側に設けられていることを要件とするものではない旨の主張をしている。


 しかしながら、原告は、本願発明は刻み目が幾何学的形状の中空容器の内側に設けられていることを要件とするものであると主張するものではなく―ー刻み目が幾何学的形状の中空容器の内側にあつても外側にあつてもよいことは、本願明細書(甲第三号証)第一四頁一行目ないし七行目の記載の示すところである−プラスチツクシートを刻み目線において、刻み目を入れた面を内側にして折り畳むことを要件とするものであることを主張するものであることは明らかであるから、被告の右主張は理由がない。


 被告は、また、本願明細書の特許請求の範囲でいう「折り畳み且つ平らに伸ばす」とは、折り畳まれたシートをそのまま平らに伸ばす(扁平化する)ことと捉えるべきであり、特許請求の範囲においては「折り畳み且つ平らに伸ばす」段階は、自由端縁部の密封の前段に記載されているにかかわらず、発明の詳細な説明の項及び図面においては、自由端縁部の密封作業が先に、分離された隅部を平らに伸ばす工程が後に来るように記載されているから、特許請求の範囲の「折り畳み且つ平らに伸ばす」を「隅部(刻み目)のシートを分離し平らに伸ばす」と捉えることは本願発明の製造工程の段階的序列をこわすこととなるから許容し難く、本願明細書には「この作業は任意のもので」とあるから、「隅部のシートを分離して平らに伸ばす」ことは本願発明の構成要件ではない旨の主張をする。


 本願明細書(甲第三号証)の特許請求の範囲の項と、発明の詳細な説明の項及び図面の記載とでは、シートを折り畳み且つ平らに伸ばす段階と、自由端縁部の密封段階とが逆の順序になつていることは被告指摘のとおりであるが、そうであるからといつて、特許請求の範囲に記載の順序では本願発明が実施不能になつてしまうということはない。


 問題は、明細書の特許請求の範囲の項の記載と、発明の詳細な説明の項又は図面の記載とが矛盾する場合に出願をどのように取扱うべきかということにすぎない。


 この場合は、特許法第三六条第五項により拒絶すれば足る。本件審決は、本件出願をその理由で拒絶しているものではなく、本願発明を解釈し、これを引用例と対比しているのである。しかして、出願に係る発明の解釈に当つては、特許請求の範囲に記載された事項が、発明の詳細な説明の項又は図面に記載された事項と矛盾するとの一事をもつて、特許請求の範囲に記載された事項を全く無意味のものにしてしまうことは許されない。


 出願人が始めから完全な明細書を作成することは必らずしも常に期待できるものではないから、その場合は、むしろ、特許法第七〇条の規定の趣旨にのっとり、発明の詳細な説明の項及び図面の記載にかかわらず、出願に係る発明思想を把握し得るかぎり、特許請求の範囲の記載に基づいてこれを解釈すべきものである。


 そうすると、本願発明の明細書の特許請求の範囲でいう「平らに伸ばす」なる用語は、明細書の図面の簡単な説明の項及び発明の詳細な説明の項(甲第三号証第一頁九行目、第三頁一一行目、同一二行目、第七頁六行目、同一三行目、第八頁一三、一四行目)においていずれもシートを刻み目線において内側に折り畳み、その折り畳んだものを開いて元どおりに「平らに伸ばす」意味で使用されており、その他の意味で使用されているところはなく、ましてや、被告が主張するような折り畳まれたシートをそのまま平らに伸ばす(扁平化する)意味で使用されているところは一か所もないから、この特許請求範囲における「平らに伸ばす」も、刻み目線において内側に折り畳んだシートを元どおりに開いて「平らに伸ばす」ことを意味するものと解釈すべきである。


 たしかに、本願明細書中には、このシートを内側に折り畳み且つ平らに伸ばす「作業は任意のもの」なる記載がある(甲第三号証第七頁二〇行目)が、明細書の発明の詳細な説明中の右記載をもつて、特許請求の範囲に明記されている「内側に折り畳み且つ平らに伸ばす」との文言を全く無意味にしてしまうことはできないのみならず、右「作業は任意のもの」なる記載は実施例についてのものであつて、本願明細書は、他の個所で、本願発明の目的として、「……プラスチツクシートに連続して刻み目を入れ、容器壁が形成された後刻み目を連続的に開いて平らに伸ばし、刻み目が入れられ刻み目が開かれ平らに伸ばされた剛性のあるプラスチツク容器壁のロールを作り、端部キヤツプを取り付け、巻締めし、特に容器壁を熱可塑性材料から作るときは熱溶着することである。」と記載し(甲第三号証第三頁八行目ないし一五行目)、本願発明は、「平らに伸ばす」過程を経ることを本願発明の目的に包含せしめていることが認められるから、右実施例中の「この作業は任意のもの」との文言は、右記載に照らし、何らかの過誤によつて記載されたものとみることも可能であり、右任意であるとの文言の存在をもつて、特許請求の範囲の項の解釈を左右することは妥当を欠くものといわなければならない。


 更に、審決は、本願発明と引用例とは「シートを複数本の折り目線において連続的に内側に折」る点において一致するものと認定した。この点に関し、被告は、「内側」とは、容器において内容物が受容される中側をいうものであり、本願発明においても引用例においても折り目線において容器の内側に折られている点で両者は一致する旨の主張をしている。


 しかしながら、「内側」の意味を被告主張のように解するかぎり、容器を製作する場合、シートを折り目線において「内側」に折ることはおよそ当然のことで――なぜならば、二重容器のような特別の場合(そしてその場合でも、なお中側のものを容器と呼びうるかぎりにおいて)を除いては、内容物を「外側」に受容する容器なるものは、およそ考ええないものであるから――本願明細書が、その当然すぎるほど当然のことを特許請求の範囲において、わざわざ「内側の折」ると表現したものとは考えられない。そうではなくて、本願明細書が特許請求の範囲において、シートを『「内側」に折り畳み且つ平らに伸ばす』と言つているのは、シートを刻み目線において、刻み線を「内側」にして折り畳み、且つ一旦折り畳んだものを以前の状態に開くことを意味すると解釈すべきことは前説明のとおりである。


三 以上のとおりであり、審決は、本願発明と引用例とを対比するに当り、本願発明の解釈を誤り、両者の相違点を看過した点において違法であるから、原告主張のその余の審決取消事由についての判断を省略して、これを取消すこととし、訴訟費用は敗訴の当事者である被告の負担とすることとして主文のとおり判決する。』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。