●平成19(ネ)10033 職務発明譲渡対価請求控訴事件

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 さて、本日は、『平成19(ネ)10033 職務発明譲渡対価請求控訴事件 特許権 民事訴訟 平成20年10月20日知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081106130135.pdf)について取上げます。


 本件は、職務発明譲渡対価請求控訴事件で、原判決の内容が変更された事案です。


 本件では、発明の完成時期および共同発明等の判断の点において、参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 今井弘晃、裁判官 清水知恵子)は、


『サ 本件特許は平成5年7月16日に出願,平成10年6月5日に特許査定されて平成10年6月26日に設定登録がされたところ,特許権者である被控訴人及び信越化学は,毎年特許料を収め,特許権を維持している(甲38)。


 以上の事実関係を基に,本件発明の完成時期と発明者について検討する。

ア 特許法2条1項にいう「発明」といえるためには,その技術内容が,当該技術分野における通常の知識を有する者が反復実施して目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体的・客観的なものとして構成されている必要があると解される(最高裁昭和52年10月13日第一小法廷判決・民集31巻6号805頁参照)。


 これを本件発明についてみると,本件発明は「高級脂肪酸金属塩ブロックの製造方法」(発明の名称)に関するものであり,「型内において溶融状態にある高級脂肪酸金属塩を下部から上部へと順次冷却固化させること」を特徴とする(特許請求の範囲の記載)ものである。


 一方,ステアリン酸亜鉛は常温では白色粉末の状態であるところ,加熱すると115度〜135度で溶融し透明となることが知られており(乙58,59),型内において溶融状態にあってこれを下部から順次冷却固化させるとすれば,上部の溶融状態を保つためには型の上部を加熱する必要があるというべきである。実際,本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,上記で摘記の「…金型の上下方向に温度勾配がつけられるようにヒーターの取付けができるようにするとか,ヒーター付きの蓋を用意するとか,さらに,金型下部あるいは金型のせ台にヒーター取付け機構のほか通水等による冷却機構を設けるとよい。」(段落【0007】)とあるように,下部の冷却のみならず上部の加熱を可能とするものしか記載されていない。


 そして上記温度勾配と上部の加熱等に関連する知見は,昭和55年2月19日に行われた三社会議において,リコーのRによりなされた上部を加熱した場合によい成形品が得られる可能性についての発表や,信越化学のQの実験結果の発表における「ステアリン酸亜鉛ブロックの空洞発生個所の制御が必要でありそれには赤外ランプ等を使用し冷却スピードを部分的に遅らせ歪みを集中させる方法が有効である。」,「冷却は下部より除々に冷却させるのが特にクラック防止等の点でも良さそうである。」との指摘が重要な役割を果たしたことが明らかである。この点については上記キで摘記したとおり,A自身が信越からの知見として上記加熱部に気泡が集まった点に言及していることからも裏付けられるというべきである。


 そして,上記昭和55年2月19日の会議において決められた方針に従い,控訴人が作成した図面(上部,中部,下部の3箇所に棒状ヒーターを入れる穴が設けられている)により金型が試作・納入されてAにより実験がされた結果,昭和55年3月12日にはリコーから品質面でも合格した旨が伝えられたものである。


 以上の検討によれば,本件発明の完成は昭和55年3月12日ころのことであると認められる。


イ そして,本件発明の発明者については,上記のとおり信越化学から冷却速度を部分的に遅らせ歪みを集中させること,冷却は下部より徐々に冷却することが良いとの知見が基になっていることからすれば,実質的に信越化学との共同発明ということができる。


 また,被控訴人会社のうちの誰がいつ金型の上部,中部,下部にヒーターを挿入して温度勾配を設けるとの着想に至ったかについては,金型の図面を作成したのは控訴人であること,被控訴人宛ての発明考案届出書の1通(甲4)にはX(控訴人)・D・E・Aの4名が発明者として記載されていること,もう1通(甲5)にはX(控訴人)のみが発明者として記載されていること,本件特許の特許願にはX(控訴人)とCの2名が発明者として出願されたこと,本件特許公報(甲1)にもX(控訴人)とCの2名が発明者とされていること,特許庁から発行された本件特許の特許証(乙72)にも上記2名が発明者と記載されていること等を総合考慮すると,本件特許の発明者の中心人物の1人が控訴人であり,Aほかの者と共同してこれを発明したものであって,共同発明者間における控訴人の寄与率は約45%と認めるのが相当である。


ウ なお,控訴人は,本件発明の着想を風呂で「上は大水,下は大火事な〜に」とのなぞなぞからこれを得て,フェロ板で溶融したステアリン酸亜鉛の固化,型からの剥離を確認して本件発明を完成させた唯一の発明者であると主張する。


 しかし,本件発明に至るについては,リコー,信越化学の担当者が実験等を行った結果を何度も持ち寄ったことにより昭和55年2月19日の会議においてこれが集成され,この知見が基になったことは上記のとおりであり,また本件明細書(甲1)の実施例に具体的な温度勾配を設けるについての条件が記載されているように(段落【0010】,【0011】),割れのない固化のためには度重なる実験が必要であることは自明であって,控訴人の上記主張は採用することができない。


エ 一方,被控訴人は,本件発明の本質は,下部から上部への順次冷却固化をその本質とし,必ずしも上部を加熱するものに限られないと主張する。


 しかし,本件特許の特許請求の範囲の記載に「型内において溶融状態にある」ステアリン酸亜鉛を順次冷却固化させるためには,上部を加熱する必要があることについては既に検討したとおりである。被控訴人の上記主張は採用することができない。


 また被控訴人は,本件発明は,A,D,Eが昭和55年2月2日までに完成させた旨主張する。


 しかし,Aを含め被控訴人会社では,昭和55年1月25日にリコーのPから技術指導を受けるまでステアリン酸亜鉛の固化に関しては全く知識がなく,Pが同年1月26日,ステアリン酸亜鉛を固化する様をAに見せながら技術指導し,これに従いAらは実験を開始したものであるところ,Aは,Pが行ったのを真似したとしながらPが行った固化の方法について記憶がないとし(証人Aの尋問調書27頁),被控訴人がAが実際に実験を行った証拠として提出する「○ス製造データ」(乙14)に関しても,上段の「A 」等の条件について1どのような内容であるか記憶がないとしている(同40頁)。


 加えて,被控訴人が根拠とする昭和55年2月2日の「会議報告書」(甲16)にAからの報告として「下部より冷やすのがポイントではないか」との説明がされたとの点に関しては,上記のとおりAは昭和55年1月26日にPが行った技術指導により初めてSZBの固化についての知識を得て同年1月29日から実験を開始したところ,Aの実験結果であるとして被控訴人が提出する上記製造データ(乙14)においても,2月1日までの間にはさほどの数の合格製品が得られていない上,一旦合格品が得られたのと同じ条件でも失敗したりした様が記載されている。


 また,昭和55年2月15日の被控訴人方において控訴人,A,B,E,Dらが参加した内部の打ち合わせにおいても,収率が64%である旨が報告され(上記 エ),格別これをE,Dらが行ったとするリボンヒーター(型の上部に巻くヒーター)やシーズヒーター(棒状ヒーター)による上部の加熱により解消することが可能であるなどとの知見も示されていない。

 
 上記によれば,Aらが信越化学からシリコン型の送付を受け,昭和55年1月29日以降に実験を行った事実に関しては上記のとおりこれを認めることができるものの,本件発明の完成と結びつく事実に関する的確な証拠はないから,被控訴人の上記主張は採用することができない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。