●平成20(ネ)10039 職務発明の対価請求控訴事件

  本日は、『平成20(ネ)10039 職務発明の対価請求控訴事件 その他 民事訴訟 平成20年10月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081104145453.pdf)について取上げます。


 本件は、職務発明の対価請求控訴事件で、原判決が取り消された事案です。原審は、今年の3/10の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080310)等で取上げた、『平成19(ワ)12522 職務発明の対価請求事件 特許権 民事訴訟 平成20年02月29日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080310141925.pdf)です。


 本件では、一審の東京地裁の判断とは異なり、職務発明対価請求債権の消滅時効は完成していない、と判断した点で、参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 森義之、裁判官 澁谷勝海)は、


『1 当裁判所は,控訴人の本訴請求に係る職務発明対価請求債権の消滅時効は完成していないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。


2 本件における基礎的事実関係


 本件における基礎的事実関係は,原判決第2,1(当事者間に争いのない事実等)(2頁12行〜11頁3行)記載のとおりであるから,これを引用する(ただし,「原告」を「控訴人」と,「被告」を「被控訴人」と読み替える。以下同じ)。


消滅時効完成の有無


(1) 職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法旧35条3項)。


 対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。


 そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。


 そして特許法旧35条3項に基づく相当の対価の支払を受ける権利は,同条により認められた法定の債権であるから,権利を行使することができる時から10年の経過によって消滅する(民法166条1項,167条1項)。


 そこで,以上の見地に立って本件について検討する。


(2) ア 原判決6頁1行〜7頁9行のとおり,本件発明等取扱規則は,被控訴人が従業員のした職務発明について特許を受ける権利を承継した場合の相当対価について,実質的に出願補償,登録補償及び実績補償の3種に区分し,同区分に従いそれぞれ支払をすること,また,これら各補償の支払時期は,出願補償については出願した時点,登録補償については特許権の設定登録がされた時点と規定し,他方,実績補償の支払時期については,「会社が,特許権等に係る発明等を実施し,その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合は,会社は,その職務発明をした従業員に対し,褒賞金を支給する。」(9条)と規定する。そして控訴人の本訴請求債権は,このうち実績補償に関するものである。


イ ところで,実績補償は本件発明等取扱規則9条が定めるように「会社が…発明等を実施し,その効果が顕著である」ときに支払時期が到来するものであるが,会社が発明を実施し,その効果を判定するためには一定の期間経過を必要とすることは道理であるから,上記規則9条は,会社が発明を実施しその効果を判定できるような一定期間の経過をもって実績補償に係る対価請求債権の支払時期が到来することを定めたものと解するのが相当である。


 そこで,どの程度の期間経過をもって実績補償に係る対価請求債権の支払時期と解すべきかであるが,被控訴人により平成13年11月21日から施行された本件特許報奨取扱い規則(甲9)の6条には職務発明者に「営業利益基準」に基づき一定の報奨金が支払われることが,また1条に,上記「営業利益基準」が報奨申請時の前会計年度から起算して連続する過去5会計年度における対象事業の営業利益を基準とするものであることが規定されている。


 同規則は控訴人が被控訴人会社を退社ないし退任した後の平成13年11月21日から施行されたものであるとしても,5年をもって実績評価期間とする部分は,控訴人在職期間中から関係人の間で当然の前提とされていた内容を注意的に明文化したものと認めるのが相当であり,しかも,これが使用者と従業者の双方にとって不当に長いと解すべき事情も見当たらない。


 そうすると,本件発明等取扱規則9条における実績補償の支払時期を決する前提となる発明の客観的価値を認定するために必要とされる期間は5年ということになる。


ウ 以上によれば,本件発明等取扱規則9条における実績補償に係る相当対価の支払請求債権は,各職務発明の実施から5年を経過した時点が消滅時効の起算点となるところ,原判決4頁下5行〜5頁13行のとおり,本件発明はいずれも平成5年10月7日に実施されたことが認められるから,本件発明の実績補償に係る相当対価支払請求債権の消滅時効の起算点は,それから5年を経過した平成10年10月7日ということになる。そして,控訴人は平成19年2月1日被控訴人に対しその履行を催告し(甲7の1,弁論の全趣旨),同年5月18日に本訴を提起した(当裁判所に顕著な事実)から,上記消滅時効は上記催告時に中断したことになる。


(3) これに対し被控訴人は,本件発明等取扱規則9条は従業員にとって一方的に不利益な定めであるためその効力が否定され,同条を根拠に弁済期の未到来を主張することはできないから,同規定は実績補償に係る相当対価の支払請求に対する法律上の障害とはならない旨主張する。


 しかし,同規定は相当対価を出願補償,登録補償及び実績補償の3種に区分し,分割払いとして定めた点や,実績補償が発明の効果を見極めた上で支払われるべきものであるとの趣旨を包含する点等において,合理性を有するから,その限度において会社が定めた勤務規則の内容を尊重して支払時期の定めを解釈することが何ら妨げられるものではない。


 したがって,被控訴人の上記主張は採用することができない。


4 結論


 以上のとおりであるから,控訴人の本訴請求債権は時効消滅しておらず,本訴請求の当否を判断するには,相当対価額について実体審理をする必要がある。


 しかるに原判決は,消滅時効の抗弁についてのみ判断して控訴人の本訴請求を棄却しているから,原判決を取り消した上,本件発明に係る相当対価の額等について更に審理を尽くさせるため,本件を原審に差し戻すこととして,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。