●平成19(行ケ)10351審決取消請求事件「ツインカートリッジ型浄水器

 本件は、『平成19(行ケ)10351 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ツインカートリッジ型浄水器」平成20年10月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081028155351.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審判の認容(無効)審決の取消しを求め、その請求が認容された事案です。


 本件では、開発委託契約の解約に基づく共同出願要件違反(2)(解除の効果に係る判断の誤り)の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


1 共同出願要件違反(1)(債務不履行解除の事実認定の誤り)について

 審決は,被告の原告に対する甲8書簡中の記載,すなわち,「ここに開発委託契約の案件につきまして,弊社の最終的な条件および御見積もり等を下記の通り御提示申し上げますので,何卒,御高配を頂き御承認を賜りますよう切に御願い申し上げます。」との記載(甲8の冒頭本文)及び「9,開発委託契約の解約について上記8の納期を前提としますと2月14日までに御決裁を頂きたく御願いを申し上げます。なお,本開発委託契約を御解約される場合は不本意ではありますが契約書第4条に基づき,前記5の開発設計費を請求させて頂きます。」との記載(甲8の9項)によれば,甲8書簡は,「平成13年2月14日を期限とする開発委託契約の法定解除の意思表示に実質的に相当乃至示唆することは明らかである。」と認定した(審決書37頁)。


 しかし,審決において債務不履行解除の意思表示の認定根拠とされている甲8書簡中の「本開発委託契約を御解約される場合は」という記載には,敬語が使用されているから,その「御解約」の主体は,被告作成の甲8書簡の相手方である原告であると理解される。


 また,甲8書簡において,被告が原告に対して主張した開発設計費支払請求の法的根拠は,債務不履行解除に係る損害賠償請求権(民法545条3項,415条)ではなく,本件開発委託契約書(甲5)の4条である。同条項の記載,すなわち「甲(判決注原告)のやむを得ない事由により,開発を中止又は中断しなければならなくなったとき,甲はその旨を乙(判決注被告)に書面にて通知することにより,本契約を解除することができる。


 この場合,甲乙協議の上,乙がそれまで負担した費用を甲は乙に支払うものとする。」という約定記載によれば,その解除権行使の主体は,原告のみに限定されている。したがって,甲8書簡で言及された「御解約」の主体は,被告ではなく,原告であることは明らかである。その他,甲8書簡には,債務不履行を理由とする解除の意思表示を認めるに足りる記載が見当たらない。


 そうすると,甲8書簡をもって被告が期限付きの債務不履行解除の意思表示をし,又は黙示的にその意思表示をしたものであると認めることはできない。


 したがって,被告が債務不履行を理由とする解除の意思表示をしたとした審決の認定は誤りであり,この点に関する原告の主張は,理由がある。


2 共同出願要件違反(2)(解除の効果に係る判断の誤り)について

 審決は,本件共同出願条項について,民法545条1項の債務不履行解除により,又は存続特約のない平成13年3月26日付け合意解約により遡及的に消滅し,本件特許の出願日である平成13年6月6日以前にその効力を失ったから,本件特許には,本件共同出願条項に基づく原被告の共有を前提とする特許法38条(共同出願)違反の瑕疵はなく,同法123条1項2号の無効理由は存在しない旨判断した(審決書37頁以下)。


 しかし,上記審決の判断は,次のとおり誤りである。

(1) 事実認定

 証拠(甲17,51)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができる。


ア 平成5年9月3日,原告と被告は,原告が被告に対して浄水器の製造及び商品開発を委託することを内容とする本件取引基本契約を締結した。その本件取引基本契約書第15条においては,新たに発生する特許,実用新案,意匠等については原被告の共同出願とする旨が合意され(甲90),それ以降,原告と被告との間で新開発された商品については約7年間にわたって共同出願がされていた(甲17の30頁,弁論の全趣旨)。


イ その後,原告は,被告との間で,原告が新たに販売企画する新型浄水器「NEWツイン(仮称)」(中空糸膜と活性炭を主たる濾材とするツインカートリッジを基本として,カートリッジの簡便着脱機構,カートリッジの交換時期を表示するインジケーター,熱湯ストッパー機構付きの切換コックなどを装備する高性能な据置型浄水器)の開発業務を被告に委託する旨の平成12年4月1日付けの本件開発委託契約を締結した(甲5)。


ウ 本件開発委託契約書(甲5)には,次の記載がある。


「第6条(工業所有権)

1,本開発品に関しての工業所有権を取得する権利は次の通りとする。

(1)商標および意匠登録は甲が取得し,甲が単独で所有する。
(2)特許および実用新案は甲(判決注原告)と乙(判決注被告)の共同出願とし,甲と乙の共有とする。

2,前項1,(2)の共同出願の手続きは甲が行い,発生する費用は甲乙それぞれが折半することとする。
(省略)

第8条(有効期間)

1,本契約の有効期間は,本契約締結の日から第2条の委託業務の終了日までとする。
2,前項の定めに関わらず,第5条(秘密保持)に関する定めは,この契約終了後5ヵ年間有効とし,第6条(工業所有権)に関する定めは,当該工業所有権の存続期間中有効とする。」


エ 本件開発委託契約に基づき,原告と被告の各開発担当者は,新型浄水器に関する開発会議を重ね,新商品の設計作業が完成し,その後,金型製作代金の協議を実施した。被告は,平成12年10月23日付けで見積金額を6501万円(消費税別)とし,うち3000万円を金型製作代金として速やかに原告が支払い,残額3501万円は製品価格決定後の打合せにより製品価格に上乗せする方法で,実質的には原告が負担する旨の見積書を提出した(乙7)。これに対し,原告は,平成12年10月23日,被告の要望に沿って同日付けで注文金額を3000万円(税別)とする注文書のみを提出したが(甲21),残額については別途被告と協議することを予定していた(甲51の18頁,19頁)。


オ しかし,原告と被告との間で金型製作代金の残額に関して合意を得ることができなかった。そして,原告は被告に対して,金型製作を中国で行うことを提案したが,被告は,品質を保証することができないなどとしてこれを拒否し,金型製作代金をめぐる協議は進展しなかった(甲16−25,甲17の9頁以下,18頁以下,甲51)。


カ 被告は,原告に対し,平成13年1月26日付けの甲8書簡を送付し,被告が提案した金額により,本件開発委託契約を履行することを求めた。


 しかし,原告は,被告の提案を拒否し,原被告代表者は,平成13年3月26日に協議を行い,本件開発委託契約を合意解除するに至った(同日の合意解除の事実は,当事者間に争いがない。)。なお,原告は,被告に対し,新製品の切換コックのみの供給を依頼し,同年5月7日付けで新製品の切換コックの供給契約については成立している(甲17の23頁以下,甲51の6頁以下)。


キ 原告は,100パーセント子会社であるニチデンを通じて中国の会社に金型製作を依頼し,平成14年1月から新型浄水器の販売を開始した(甲51の10頁以下)。また,原告は,平成18年7月4日,被告を被供託者として本件発明の開発費用1155万8663円及びその遅延損害金の合計1316万9185円を弁済供託し,被告はこれを同月27日に受領した(甲14,15)。


(2) 判断

ア 本件開発委託契約の記載によれば,同契約では,

(i)本件発明について特許を受ける権利が原告と被告の共有であることが定められ〔本件共同出願条項(6条1項(2))〕,また,


(ii)本契約の有効期間は,本契約締結の日から第2条の委託業務の終了日までとすると定められ(8条1項),さらに,


(iii)前項の定めに関わらず,・・・第6条(工業所有権)に関する定めは,当該工業所有権の存続期間中有効とする〔本件効力存続条項〕(8条2項)と定められている。


 そうすると,本件共同出願条項(8条2項にいう「第6条(工業所有権)に関する定め」に当たる。)は,本件開発委託契約の合意解除を原因とする「委託業務の終了」(8条1項)にもかかわらず,本件効力存続条項(8条2項)により,委託業務終了後の平成13年6月6日の本件特許出願時においても,「当該工業所有権の存続期間中」(8条2項)として,その効力を有するものと解すべきは,疑いの余地はない。


 したがって,上記認定した事実経緯の下における本件では,平成12年中に,新型浄水器についての設計開発作業は完了し,特許出願することができる段階に至っていたのであるから,合意解除がされた平成13年3月26日には,本件効力存続条項によって,合意解除の後においても,引き続き,原告及び被告は相互に,特許を受ける権利の共有,共同出願義務を負担することになる。


イ この点について,被告は,本件開発委託契約書8条1項の「委託業務」は,事実行為であって,法律行為(契約)の終了原因である法定解除や合意解除を含まないから,法定解除等により契約目的を達成せずに途中で契約関係が終了した場合には8条1項が適用されず,その適用を前提とする8条2項の本件効力存続条項も適用されない旨主張する。


 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり理由がない。すなわち,


(i)8条1項の「第2条の委託業務の終了」には,委託業務(事実行為)が合意解除(法律行為)を原因として契約目的を達成した場合のみらならず,途中で終了する場合も含むと解するのが文言上自然であり,前記のとおり,合意解除の場合にも8条1項が適用され,8条2項の本件効力存続条項により本件共同出願条項がその効力を有すると解するのが,当事者の合理的な意思に合致するというべきであること,


(ii)本件開発委託契約では,最終的には,原告が被告の開発費用を負担することとし,被告が技術等を提供することと定められ(甲5の3条2項,3項参照),開発資金等を提供した原告と,技術等を提供した被告との間において,特許等について共有とするとした趣旨は,互いに相手方の同意を得ない限り独占的な実施ができないこととして,共同で開発した利益の帰属の独占を相互に牽制することにある点に照らすならば,合意解除がされた場合においても,両者の利益調整のために設けられた規定を別の趣旨に解釈する合理性はないこと,


(iii)本件開発委託契約書5条(秘密保持)の約定は,同契約が合意解除がされた場合にも,不正競争防止法の関連規定の適用を待つまでもなく,その効力を特約により存続させて互いの営業秘密を保護しようとするのが契約当事者の合理的意思に合致すると考えられること等,諸般の事情を総合考慮するならば,本件開発委託契約書8条2項において上記秘密保持規定と同様に記載された「6条(工業所有権)に関する定め」について,合意解除の場合においても,その効力を特約により存続させるのが契約当事者間の合理的意思に合致するといえる。


 したがって,被告の上記主張は採用することができない。


ウ そして,被告は,特許を受ける権利について,原告と共有であるにもかかわらず,平成13年6月6日に単独で本件特許の出願をし,その登録を受けたものであるから,本件特許の登録は,特許法38条に違反するものとして,123条1項2号の無効理由を有することになる。


 以上のとおり,審決の認定判断には誤りがあり,原告の取消事由(共同出願違反(1)及び(2))に係る主張は理由がある。


3 結論


 以上によれば,原告主張の取消事由(共同出願要件違反(1)及び(2))はいずれも理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決には違法がある。よって,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。