●平成10(行ケ)298 実用新案権「バッテリによる給電回路」

 本日は、『平成10(行ケ)298 実用新案権 行政訴訟「バッテリによる給電回路」平成14年02月19日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/9AA29C7021920AA349256BD0003991A4.pdf)について取上げます。


 本件は、実用新案登録の異議申立の取消し決定の取消しを求め、その請求が認められた事案で、「特許・実用新案審査基準」(http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/tukujitu_kijun.htm)の「明細書、特許請求の範囲又は図面の補正」(http://www.jpo.go.jp/shiryou/kijun/kijun2/pdf/tjkijun_iii.pdf)の「第1節 新規事項」の第3頁の例3に挙げられている高裁判決です。


 本件では、請求項における「記録又は再生装置」という記載を明細書に直接記載されてない中位概念の「ディスク記録又は再生装置」とした訂正が新規事項でないと判断されました。


 本件をよくよく考えてみると、「除くクレーム」が新規事項の追加になるか否かついて判示した知財高裁大合議事件である、『平成18(行ケ)10563 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」平成20年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080530152605.pdf)にて示された新たな新規事項追加の判断基準に該当するのではと考え、この知財高裁大合議判決文に改めて目を通すと、その50頁に「請求項の『ワーク』という記載を『矩形ワーク』とする補正」の例と共に引用されているのに気付き、取上げることにしました。


 つまり、東京高裁(第6民事部 裁判長裁判官 山下和明、裁判官 設樂隆一、裁判官 阿部正幸)は、


1 本件考案の概要

 甲第2号証によれば,本件考案の概要は次のとおりであると認められる。


(1) 技術分野

 本件考案は,記録及び/又は再生装置のバッテリによる給電回路に関するものである。


(2) 考案の課題(目的)

 従来の給電回路では,記録及び/又は再生装置が再生等を行う前の待機状態においてもすべての回路に電源電圧を供給していたため,バッテリの電力消費が大きく,このためバッテリの寿命が短いという問題があった。本件考案は,待機状態でのバッテリの電力消費を低減し,バッテリの寿命を長くすることを課題(目的)とする。


(3) 課題を解決するための手段

 本件考案は,上記課題を解決するため,前記実用新案登録請求の範囲記載の構成を採用した。すなわち,本件考案は,(i)記録及び/又は再生装置が作動状のときのみに動作する「第1の回路」,(ii)?記録及び/又は再生装置が待機状態のときと,作動状態のときの,いずれの場合にも動作する「第2の回路」,(iii)第1の回路及び第2の回路のそれぞれに電源電圧を供給する「バッテリ」,(iv)バッテリからの電源電圧を供給又は遮断する「電源スイッチ」,(v)電源スイッチのオンによりバッテリからの電源電圧が第2の回路とともに印加される「スイッチ回路」,(vi)記録及び/又は再生装置が作動指令を受けたときのみ,スイッチ回路を通してバッテリからの電源電圧を第1の回路に印加するようにスイッチ回路をスイッチング制御する「制御回路」によって構成されている。


(4) 作用効果

本件考案は,記録及び/又は再生装置が作動指令を受けない場合は,制御回路がバッテリからの電源電圧が印加されるスイッチ回路をオフとするため,待機状態で動作する必要のない第1の回路には電源電圧が供給されず,第2の回路にだけ電源電圧が供給されることによって,待機状態でのバッテリの電力消費を低減することができ,バッテリの寿命を伸ばすことができる,との作用効果を奏する。


2 取消事由1(訂正の適否についての判断の誤り)について

(1) 本件訂正の中で,決定が採り上げて検討の対象としたのは,本件考案の実用新案登録請求の範囲の「記録及び/又は再生装置」との記載を,実用新案登録請求の範囲の減縮を目的として,「ディスク記録及び/又は再生装置」とするものである。


 本件登録実用新案は,平成4年1月30日に出願され,平成6年法律第116号の附則9条1項により出願公告を経ることなく登録されたものである。本件登録実用新案については,同附則9条2項により,平成6年法律第116号による改正後の特許法第5章の規定(いわゆる付与後異議申立ての規定)が適用されるから,同改正後の特許法120条の4第3項によって準用される同法126条2項により,本件登録実用新案の明細書又は図面の訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない。


 同項は,願書に添付した明細書にも図面にも記載されていない事項を,訂正によって,追加することを禁止するものである(いわゆる新規事項の追加の禁止)。ある訂正が許されるか否かは,訂正請求に係る事項が願書に添付した明細書又は図面に記載されているとみることができるか否かに懸かることになる。


 そして,訂正請求に係る事項が願書に添付した明細書又は図面に記載されているとみることができるか否かは,訂正請求に係る事項と願書に添付した明細書又は図面に記載された事項との技術的事項としての対比によって決められるべき事柄であることは,明らかであるから,この判断に当たっては,単に,訂正請求に係る事項を示す語句と明細書の語句とを比較するだけではなく,訂正請求に係る事項,並びに,願書に添付した明細書又は図面に記載された技術的事項についても検討を加えた上で,訂正によって,願書に添付した明細書又は図面に記載されているとはみることができない技術的事項が付加されることになるか否かを,検討すべきである。


 決定は,本件訂正につき,「「記録及び/又は再生装置」には,「ディスク記録及び/又は再生装置」に限らず,テープ記録及び/又は再生装置等も含まれる。また,登録査定時の明細書には「記録及び/又は再生装置」の一例として,「CD−ROM再生装置」が記載されているが,「CD−ROM再生装置」は記録機能を有しないから,「ディスク記録及び/又は再生装置」は「CD−ROM再生装置」の上位概念ではない。


 さらに,「CD−ROM再生装置」の上位概念としてはディスク再生装置に限らず,光ディスク再生装置等の上位概念が存在し,登録査定時の明細書の「記録及び/又は再生装置」及び「CD−ROM再生装置」のいずれの記載からも,訂正後の「ディスク記録及び/又は再生装置」を直接的かつ一義的に導き出すことはできない。」(決定書2頁15行〜3頁10行)との理由により,本件訂正は認められない,とした。


 しかしながら,まず,本件登録実用新案の願書に添付した明細書の「記録及び/又は再生装置」には,「ディスク記録及び/又は再生装置」が,「テープ記録及び/又は再生装置」等とともに,概念上含まれることは明らかである。


 加えて,前記認定によれば,本件考案は,「記録及び/又は再生装置」が作動指令を受けたときのみに,スイッチ回路を通してバッテリからの電源電圧を第1の回路に印加するようにスイッチ回路をスイッチング制御する制御回路を設けることにより,再生等を行う前の待機時において,バッテリの電力消費を低減し,バッテリの寿命を長くすることを目的とする考案であり,その技術的事項の内容は,「記録及び/又は再生装置」が「ディスク記録及び/又は再生装置」であっても,「テープ記録及び/又は再生装置」であっても,それら相互の相違に無関係に,また,どのような「ディスク記録及び/又は再生装置」であっても,どのような「ディスク記録及び/又は再生装置」等であっても,適用が可能な汎用性のあるものであることが極めて明らかである。


このような本件考案の技術的事項の内容に照らすと,上記訂正によって,実用新案登録請求の範囲を「記録及び/又は再生装置」から「ディスク記録及び/又は再生装置」と減縮する変更をしても,願書に添付した明細書にも図面にも記載されていない技術的事項を変更することになるものではないことは明白というべきであるから,同訂正は,新規な事項を付け加えることにはならないと解するのが相当である。


 同訂正についての決定の判断は,訂正請求に係る事項につき,単にそれを示す語句と明細書の語句とを比較しただけで,それと願書に添付した明細書又は図面に記載された技術的事項との関係の検討をしないままになされたものというべきであり,決定が,同訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内であるとはいえないとして,それを根拠に本件訂正請求を斥けたのは,誤りであって,本件訂正については,改めて,その要件の有無を判断する必要がある。


(2) 以上によれば,決定には,根拠にできないものを根拠として本件訂正を斥けた誤りがあり,その誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかというべきである


(以上に述べた本件考案の技術的事項の内容に照らすと,本件考案についての決定の判断は,訂正考案にそのまま当てはまる見込みが極めて大きいので,決定を取り消したとしても,特許庁が,訂正考案についての判断において,本件考案についての判断に用いられたのと同一の公知事実に基づいて,同一の判断をするに至るであろうことが当然に予想され,このような場合に,本件考案についての決定の認定判断に触れないままに,決定をいったん取り消さなければならないとするのは,不合理であるようにもみえる。


しかしながら,裁判所が,訂正に関し,上記訂正事項がいわゆる新規事項の追加の禁止に反するか以外の点についての特許庁の判断を待つことなく,本件考案についての決定の認定判断を訂正考案についてのものであると仮定して,判断することはできないというべきである。)。


3 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,決定は,違法なものとして,取り消されるべきであることが明らかである。


第6 よって,審決を取り消すこととし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。