●平成10(ワ)7865 特許権 民事訴訟「フィルムカセット事件」

 本日は、『平成10(ワ)7865 特許権 民事訴訟「フィルムカセット事件」平成12年08月31日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/4228954F4B30768649256A77000EC3DD.pdf)について取上げます。


 本件は、特許権侵害差止等の請求事件で、その請求が棄却された事案です。本件も、先日受講した弁理士会会員研修テキストの「均等論」の第1要件の本質的事項のところで紹介されていた事件です。


 本件でも、均等侵害の第1要件である本質的部分の判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第四六部 裁判長裁判官 三村量一、裁判官 村越啓悦、裁判官 中吉徹郎)は、


二 争点1(二)(均等の成否)について

 1 特許請求の範囲に記載された構成中に他人が製造等をする製品(以下「対象製品」という。)と異なる部分が存する場合であっても、

(1) 右部分が特許発明の本質的部分ではなく、
(2) 右部分を対象製品におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(3) 右のように置き換えることに、当業者が、対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
(4) 対象製品が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから右出願時に容易に推考できたものではなく、かつ、
(5) 対象製品が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、右対象製品は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である

最高裁平成六年(オ)第一〇八三号同一〇年二月二四日第三小法廷判決・民集五二巻一号一一三頁参照)。


 2 前記のとおり、本件特許発明においては、係合部材に「半球面部」が設けられていることを要する(構成要件(iv))のに対して、被告製品においては、係合部材が四個の楔形状の突起部4よりなる点において、相違する。


 そこで、被告製品が、右相違部分の存在にもかかわらず、被告製品が、本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属するということができるかどうかを、検討する。


  (一) 置換可能性について

 前記のとおり、本件特許発明は、構成要件(i)ないし(iv)の構成を採用することで、フィルムカセットをカメラに着脱する際に、フィルム巻上げ軸を上下動させることなくフィルム巻上げ軸と直交する方向に押し込み、又は引き出すことにより容易に着脱することを可能とし、かつ、カメラ及びフィルムカセットの構造を簡素化し、小型化を図ることができるという効果を奏するものである。


    被告製品においても、四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材を含む構成により、フィルムカセットをカメラに着脱する際に、フィルム巻き上げ軸を上下動させることなくフィルム巻き上げ軸と直交する方向に押し込み、又は引き出すことが可能となっているものであるから、本件特許発明における「半球面部」が設けられた係合部材を被告製品における四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材と置き換えても、本件特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものということができる。


  (二) 特許発明の本質的部分について

   (1) 前記のとおり、均等が成立するためには、特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品と異なる部分が特許発明の本質的部分ではないことを要するが、右にいう特許発明の本質的部分とは、特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで、当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分、言い換えれば、右部分が他の構成に置き換えられるならば、全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解するのが相当である。


 すなわち、特許法が保護しようとする発明の実質的価値は、従来技術では達成し得なかった技術的課題の解決を実現するための、従来技術に見られない特有の技術的思想に基づく解決手段を、具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから、明細書の特許請求の範囲に記載された構成のうち、当該特許発明特有の解決手段を基礎付ける技術的思想の中核をなす特徴的部分が特許発明における本質的部分であると理解すべきであり、対象製品がそのような本質的部分において特許発明の構成と異なれば、もはや特許発明の実質的価値は及ばず、特許発明の構成と均等ということはできないと解するのが相当である。


 そして、発明が各構成要件の有機的な結合により特定の作用効果を奏するものであることに照らせば、対象製品との相違が特許発明における本質的部分に係るものであるかどうかを判断するに当たっては、単に特許請求の範囲に記載された構成の一部を形式的に取り出すのではなく、特許発明を先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で、対象製品の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか、それともこれとは異なる原理に属するものかという点から、判断すべきものというべきである。


   (2) これを本件についてみるに、前記のとおり、本件特許発明は、係合部材に、カセット本体の上面より上方へ突出し、上面に対して突没自在に設けられたカメラのフィルム巻上げ軸と弾性的に係合する半球面部が設けられているという構成を採用するものであるが、右構成は、付勢ばね等を用いた弾性的係合と相まって、フィルムカセットのカメラへの挿入の際に、半球面の上部球面部分をカメラ本体のカセット収納室の上面の縁部と当接させることで、カセット本体をカメラに挿入する方向の力すなわち巻上げ軸と直交する方向の力(水平方向の力)を、巻上げ軸の軸線方向の力(垂直方向の力)に変容させることにより、付勢ばね等の弾性に抗して付勢ばね等を圧縮し、係合部材全体をカセット本体の筒体内に没入させることを可能とするものである。


     すなわち、本件特許発明は、フィルムカセットの着脱操作の容易化とカメラ及びフィルムカセットの構造の簡素化、小型化のために、カメラに着脱する際に、フィルム巻上げ軸を上下動させることなくフィルム巻上げ軸と直交する方向に押し込み、又は引き出すことが可能なフィルムカセットを提供することを目的とするものであるところ、カセット収納室の上面の縁部と当接する係合部材の上部に、弾性的に突没自在の半球面部を設けるという具体的な構成を採用することにより、半球面という形状の特性により、カセット着脱時における係合部材のカセット本体筒体内への没入を実現したものである。右によれば、半球面という形状を含めた係合部材の具体的構成は、本件特許発明特有の解決原理として、本件特許発明の本質的部分をなすものというべきである。


     他方、被告製品においても、係合部材をカセット本体の筒体内に没入させることが可能となっているが、これは、係合部材を構成する四個の楔形状の突起部4が傾倒自在となっていることによる。すなわち、前記争いのない事実及び証拠(検乙一、二)によれば、係合部材を構成する各楔形状の突起部4は、それぞれの外側端部が旋回軸11の一辺に接続されていて、旋回軸11を軸とした回転方向の運動のみが可能となっており、旋回軸11の軸方向と垂直方向でかつフィルム巻取り部材の中心方向への力を受けたときに、突起部4の上部が、フィルム巻上げ軸の中心に向かってカセットの内部に倒れ込む。そして、スライド板16には、この四個の突起部4を取り囲む円形開口孔15が設けられており、このスライド板16を前後に摺動させると、円形開口孔15の内周が隣接する個々の突起部4の楔形状の稜線部分に当接し、個々の突起部材の稜線部分を押圧し、旋回軸11を軸とした回転運動をさせるように働くので、突起部4の上部がフィルム巻上げ軸の中心に向かってカセットの内部に倒れ込む(別紙物件目録(一)図9ないし13、別紙動作参考図第1図ないし第4図参照)。


 このように、被告製品において係合部材をカセット本体の筒体内に没入させる構造は、本件特許発明におけるような、カセット収納室の上面の縁部と当接する係合部材の上部の形状を介してカセット本体をカメラに挿入する水平方向の力を垂直方向の力に変容させることによるものではなく、係合部材を構成する楔形状の突起部4がそれぞれ回転して傾倒することによるものである。


     右によれば、被告製品は、カセット着脱時における係合部材のカセット本体筒体内への没入を実現するために、回転運動により傾倒自在な四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材という具体的構成を採用したものであって、被告製品の右構成は、本件特許発明と同一の解決原理に属するものということはできない。


     したがって、本件発明における半球面部を設けた係合部材に代えて四個の楔形状の突起部4よりなる係合部材を用いることは、本件特許発明の本質的部分において相違するというべきであるから、均等の成立を認めることはできない。


   (3) この点につき、原告が主張するのは、本件特許発明の本質的部分は、係合部材の形状によりフィルムカセット装着方向の力を巻上げ軸方向の力に変えることにあり、係合部材の具体的形状は本質的なものではないというものである。


 しかし、係合部材の形状がフィルムカセット装着方向の力を巻上げ軸方向の力に変える効果を奏するものであるということは、カセット着脱時における係合部材のカセット本体筒体内への没入を実現するために係合部材が奏すべき機能ないし作用効果そのものであって、本件特許発明の目的及び効果を達成するために部材が備えるべき具体的な構成ではない。


 本件特許発明においては、本件明細書の特許請求の範囲に「半球面部を設けた係合部材」という具体的構成が記載されているところ、本件明細書や本件図面において、前記効果を奏するための具体的技術内容として、他の形状の係合部材を用い得ることは一切記載されておらず、「半球面部」を設けた係合部材の具体的構成は、本件特許発明の目的及び効果を達成するための技術内容として唯一開示されているものであるから、係合部材の右構成は本件特許発明の本質的部分を構成するものというべきである。原告の右主張は、採用できない


  (三) 置換容易性について

    また、本件においては、本件特許発明における半球面部を設けた係合部材に代えて四個の楔形状の突起部よりなる係合部材を用いることが、被告製品の製造が開始された時点において、当業者が容易に想到することができたものであると認めるに足りる証拠はない。


 原告は、本件特許発明を前提とすれば、右のように本件特許発明の構成の一部を置き換えることは、当業者にとって極めて容易であると主張するが、被告製品の楔形状の突起部4のような構成を具体的に開示した技術文献が、被告製品の製造開始時に存在したことを認めるに足りる証拠は、提出されていない。


    したがって、この点からいっても、本件において均等の成立を認めることはできない。


 3 右のとおり、本件において、被告製品が本件明細書の特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、本件特許発明の技術的範囲に属するということはできない。


三 以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は、いずれも理由がないから、棄却すべきものである。


  よって、主文のとおり、判決する。(口頭弁論終結の日 平成一二年六月二六日)』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。