●平成14(ワ)10511 特許権 民事訴訟「酸素発生陽極及びその製法」

 本日は、『平成14(ワ)10511 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「酸素発生陽極及びその製法」平成16年10月21日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/BCD5542373E90B224925701F002DFB5B.pdf)について取上げます。


 本件は、特許権侵害差止等の請求事件で、その請求が棄却された事案です。本件も、先日受講した弁理士会会員研修テキストの「均等論」の第1要件の本質的事項のところで紹介されていた事件です。


 本件では、出願手続中の出願人の行為により数値限定された構成要件が本件特許発明を特徴づける発明の本質的部分等と判断され、均等侵害を否定した点で、参考になる事案かと思います。


 つまり、大阪地裁(第26民事部  裁判長裁判官 山田知司、裁判官 中平健、裁判官 守山修生)は、


(3) 均等の成否について

   ア 一般に、物件に特許発明の構成と異なる部分があっても、

(i)当該部分が特許発明の本質的部分ではなく、
(ii)当該部分を対象物件におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものであって、
(iii)このように置き換えることに、当業者が、対象物件の製造等の時点において容易に想到することができたものであり、
(iv)対象物件が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく、
(v)対象物件が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは、当該対象物件は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。


     そして、原告は、イ号物件及びロ号物件について、中間層の厚さが3ミクロンを超え、本件A発明の構成要件A(v)を充足しないとしても、上記の5要件を充足するから、本件A発明の構成と均等であると主張する。


     そこで、以下、中間層の厚さが3ミクロンを超え、本件A発明の構成要件A(v)を充足しないイ号物件及びロ号物件について、上記の5要件を充足するかについて検討する。


   イ 乙第1ないし第3、第7、第8、第12、第19ないし第21、第23号証によれば、本件A特許の出願から特許査定の審決に至る経過は概ね以下のとおりであったこと、その過程で出願人である原告が特許庁に提出した書類中には以下の記載があったことが認められる。


    (ア) 平成元年4月21日 特許出願
      明細書の特許請求の範囲には中間層の厚さについての記載はなく、発明の詳細な説明の「課題を解決するための手段」の項に、「中間層は電極基体表面に完全に被覆できなくても基体の保護効果はかなり得られるが、本発明の目的を達成するためには0.5ミクロン更に好ましくは1ミクロン以上の厚みを必要とする。」と記載されているが、中間層の厚さの上限については記載がない。
    (イ) 平成4年8月7日 手続補正書提出
      明細書の発明の詳細な説明の上記(ア)の記載部分の後に、「通常厚み5ミクロン未満、特に3ミクロン以下が好ましい。」を挿入する補正を行う。
    (ウ) 平成5年6月16日 拒絶理由通知
    (エ) 平成5年9月13日 手続補正書及び意見書提出
      手続補正書において、特許請求の範囲の請求項1を「バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において、該基体と電極活性被覆層との間に、スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極。」に補正する。
    (オ) 平成5年10月26日 拒絶査定
    (カ) 平成5年12月17日 不服審判請求
    (キ) 平成6年1月17日 手続補正書提出
      特許請求の範囲の請求項1を「バルブ金属又はその合金よりなる導電性金属基体上に350〜550℃の熱分解温度で白金族金属又はその酸化物を含む電極活性物質を被覆した電極において、該基体と電極活性被覆層との間に、スパッタリング法により形成された結晶性金属タンタルを主成分とする厚さ1〜3ミクロンの薄膜中間層を設けたことを特徴とする酸素発生陽極。」に補正し、明細書の発明の詳細な説明の上記(ア)及び(イ)の記載部分を、「中間層は電極基体表面に完全に被覆できなくても基体の保護効果はかなり得られるが、本発明の目的を達成するためには1ミクロン以上の厚みを必要とする。通常厚み3ミクロン以下で十分である。」と補正する。
    (ク) 平成6年1月28日 審判請求理由補充書提出
      「スパッタリング法による金属タンタル薄膜の厚さは1〜3ミクロンが適当である。膜厚が1ミクロン未満では皮膜の形成が不十分となり本発明の効果が十分に得られず、またこの範囲より厚い皮膜はスパッタリング法による加工が非常に困難になり高価な金属タンタルの使用上、経済的に好ましくない。さらに厚いタンタル膜は応力による剥離を起こし易い欠点がある。」との記載がある。
    (ケ) 平成8年6月28日 審決(原査定取消し、特許査定)


   ウ 均等の要件(i)(相違部分が発明の本質的部分にあたらない)について

     前記(1)ア及びイのとおり、本件A明細書の記載に照らすと、本件A発明は、酸素発生を伴う工業的な電解工程に用いる不溶性陽極の寿命を長くするため、電極の導電性金属基体と電極活性物質の被覆との間に結晶性金属タンタルを主成分とする中間層を保護層として設け、また同時に、この効果を経済的に得るために、上記結晶性金属タンタルを主成分とする中間層を、スパッタリング法により薄膜として形成する点に技術的意義を有するものと認められるところ、このうち、中間層の膜厚は、その下限を設定することで保護層としての効果を得つつ、その上限を設定することで高価な結晶性金属タンタルの使用量を抑え、これによって、電極の寿命の延長という要請と電極製造に要する費用抑制という要請を調和させるものとして設定されていると解することができる。


     しかも、上記イ(ク)の原告が特許庁に提出した審判請求理由補充書の記載によれば、中間層の膜厚の上限とされた3ミクロンを超えると、スパッタリング法による加工が困難になることや、膜厚が厚くなると応力による剥離を起こし易くなることも、膜厚の上限を3ミクロンと設定した根拠とされたことが認められる。


     ところで、一般に、特許請求の範囲において、数値をもって技術的範囲を限定し、その数値に設定することに意義がある場合には、その数値の範囲内の技術に限定することで、その発明に対して特許が付与されたと考えるべきものであるから、特段の事情のない限り、その数値による技術的範囲の限定は特許発明の本質的部分にあたると解するべきである


     これを本件A発明についてみるに、本件A発明の構成要件A(v)は、中間層の厚さの上限を3ミクロンと限定しているところ、上記のとおり、この上限の設定には、結晶性金属タンタルの使用量を抑制して経済性を高め、スパッタリング法による加工を容易にし、中間層の剥離が起き易くなることを防止するという意義があり、この点が本件A発明の本質的部分にあたらないというべき特段の事情も見当たらないから、中間層の厚さの上限が3ミクロンであることは、本件A発明の本質的部分であるというべきである。。


     したがって、タンタル層の厚さが3ミクロンを超える物件は、発明の本質的な部分において本件A発明の構成と相違するのであるから、前記均等の要件(i)を充足しない。


   エ 均等の要件(ii)(置換可能性)について

     前記(1)ア及びイのとおり、本件A明細書の記載に照らすと、本件A発明の目的は、酸素発生用不溶性陽極の寿命を経済的な方法で長くすることであり、本件A発明の構成要件A(v)における中間層の厚さの上限値を設定することにより、結晶性金属タンタルの使用量を抑制して経済性を高めるという効果が得られることが認められる。


     ここで、タンタル層の厚さを、本件A発明の構成要件A(v)における上限値を超えたものに置き換えたならば、高価な結晶性金属タンタルの使用量がその分増加し、本件A発明において中間層の厚さの上限を設定することで実現しようとした経済性が損なわれ、酸素発生用不溶性陽極の寿命を経済的な方法で長くするという本件A発明の目的も達せられないことは明らかである。


     したがって、タンタル層の厚さが3ミクロンを超える物件は、本件A発明の目的を達することができず、作用効果も同一ではないから、前記均等の要件(ii)を充足しない。


   オ 均等の要件(v)(対象物件が意識的に除外したものではない)について

     上記イのとおり、本件A発明の特許請求の範囲の記載における中間層の厚さについては、その特許出願当初は数値的な限定は存在しなかったところ、拒絶査定に対して不服審判を請求した後の手続補正書によって、特許請求の範囲の記載において中間層の厚さを「1〜3ミクロン」と限定したものであることが認められる。


     すなわち、中間層の厚さが3ミクロンを超えた物件は、本件A特許の出願手続において、拒絶査定を受け、不服審判を請求した後にされた手続補正によって、本件A発明の特許請求の範囲から意識的に除外されたものであるというべきである。


     したがって、タンタル層の厚さが3ミクロンを超える物件は、本件A特許の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるものであるから、前記均等の要件(v)を充足しない。


   カ 以上のとおりであるから、タンタル層の厚さの点だけ捉えても、タンタル層の厚さが3ミクロンを超える物件は、前記均等の5要件を満たさず、本件A発明の構成と均等であるということはできない。


     そして、上記(2)のとおり、イ号物件及びロ号物件は、いずれもタンタル層の厚さが3ミクロンを超えていると認められるのであるから、その余の構成要件の充足性について判断するまでもなく、これらが本件A発明の構成と均等であるということはできない。


  (4) 結論

    以上のとおり、イ号物件は、タンタル層の厚さが3ミクロンを超えるため、本件A発明の構成要件A(v)を充足せず、また、イ号物件及びロ号物件は、タンタル層の厚さが3ミクロンを超えるため、本件A発明の構成と均等ということはできないのであるから、その余の点について判断するまでもなく、イ号物件及びロ号物件は、結局本件A発明の技術的範囲に属するものということはできない。


    したがって、その余の点について判断するまでもなく、本件A特許権に基づく原告の本件請求は、理由がないことが明らかである。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。