●平成19(ワ)10469職務発明対価請求事件「半導体レーザ装置」(1)

本日は、『平成19(ワ)10469 職務発明対価請求事件 特許権 民事訴訟半導体レーザ装置」平成20年09月29日東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081010154949.pdf)について取上げます。


 本件は、職務発明の対価請求事件で、原告の請求が棄却された事案です。


 本件では、職務発明対価請求事件の最高裁判決を2つ引用して判示しており、職務発明対価請求事件を勉強する点で、とても参考になる事案かと思います。


 つまり、東京地裁(民事第29部 裁判長裁判官 清水節、裁判官 國分隆文、裁判官 間明宏充)は、


『本件の事案にかんがみ,まず,本件発明AないしCに係る対価請求権について,争点2(独占の利益の有無)を,次に,本件発明DないしFに係る対価請求権について,争点7(消滅時効の起算点(消滅時効の抗弁))を,それぞれ判断する。


1 争点2(独占の利益の有無)について

(1) 総論

 勤務規則等により,職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させた従業者等は,当該勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価に関する条項がある場合においても,これによる対価の額が改正前特許法35条4項の規定に従って定められる対価の額に満たないときは,同条3項の規定に基づき,その不足する額に相当する対価の支払を求めることができると解するのが相当である(最高裁平成13年(受)第1256号同15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。


 そして,使用者等が,職務発明について特許を受ける権利等を承継しなくとも,当該特許権について無償の通常実施権を取得する(同条1項)ことからすると,同条4項に規定する「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」とは,使用者等が当該発明を実施することによって得られる利益の額ではなく当該発明を実施する,権利を独占することによって得られる利益(独占の利益)の額と解すべきである。


 本件では,後記(2)エのとおり,被告が,少なくとも競業他者の一部に対し,本件各特許の実施を許諾しているものと認められるところ,原告においては,被告が本件各特許を自ら実施しているとして,それによって得た利益を相当対価算定の根拠として主張している。


 このような場合においては,使用者等が,当該特許権を有していることに基づき,実施許諾を受けている者以外の競業他者が実施品を製造,販売等を禁止することによって得ることができたと認められる収益分をもって,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」というべきである。


 なお,改正前特許法35条3項及び4項の規定は,職務発明についての特許を受ける権利の承継時において,当該権利を取得した使用者等が当該発明の実施を独占することによって得られると客観的に見込まれる利益のうち,同条4項所定の基準に従って定められる一定範囲の金額について,これを当該発明をした従業者等において確保できるようにすることを趣旨とする規定と解される。


 もっとも,特許を受ける権利自体が,将来特許登録されるか否か不確実な権利である上,当該発明により使用者等が将来得ることができる利益を,その承継時において算定することは,極めて困難であることにかんがみれば,その発明により使用者等が実際に受けた利益の額に基づいて,「その発明により使用者等が受けるべき利益の額」を事後的に算定することは,「利益の額」の合理的な算定方法の1つであり,同条項の解釈としても当然許容し得るところというべきである。


 そして,当該特許発明の実施について,実施許諾を得ていない競業他者に対する禁止権に基づく独占の利益が生じているといえるためには,当該特許権保有と競業他者の排除との間に因果関係が認められることが必要であるところ,その存否については,


(i)特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)を採用しているか,あるいは,特定の企業にのみ実施許諾をする方針(限定的ライセンスポリシー)を採用しているか,


(ii)当該特許の実施許諾を得ていない競業他者が一定割合で存在する場合でも,当該競業他者が当該特許発明に代替する技術を使用して同種の製品を製造販売しているか,代替技術と当該特許発明との間に作用効果等の面で技術的に顕著な差異がないか,また,


(iii)包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方が,当該特許発明を実施しているか又はこれを実施せず代替技術を実施しているか,さらに,


(iv)特許権者自身が当該特許発明を実施しているのみならず,同時に又は別な時期に,他の代替技術も実施しているか等の事情を総合的に考慮して判断すべきである。


(2) 事実認定


 ・・・省略・・・


(3) 検討

 上記(2)の認定事実及び第2,1の前提となる事実によれば,次のようにいうことができる。


ア 代替技術について

(ア) 被告と競業する松下電器産業,シャープ等の他の電機・電子機器メーカーは,ディスクリート方式又はホログラム方式の光学ピックアップを製造,販売している。


 他方,被告は,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを採用することにより,平成3年,当時,最も薄型であったポータブルCDプレーヤー「D−J50」を製造,販売することができたと認められるが,それ以降,被告が,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを採用することにより,ポータブルCDプレーヤー等の薄型化,小型化を指向する製品の市場において,競業他者と比較して優位にあることを認めるに足りる証拠はない。


 そして,ディスクリート方式の光学ピックアップを搭載した新型PS2は,レーザーカプラー方式の光学ピックアップを搭載したPS2に比較して,より薄型となっていることなどからすると,ディスクリート方式及びホログラム方式と本件各発明との間に,光学ピックアップ自体,ひいては,当該光学ピックアップを採用した製品を,薄型化,小型化できるとの作用効果等の面で,顕著な差異が存在すると認めることはできない。


(イ) この点,原告は,本件各発明の特徴として,薄型化,小型化に加え,故障率の低下という高信頼性や製造コストの低価格化を挙げるが,本件各発明を採用した光学ピックアップ及び他の方式を採用した光学ピックアップの故障率や,製造に要する費用等について,具体的な差異を認めるに足りる的確な証拠はない。なお,乙28ないし30には,「シャープのホログラムユニットの価格=約290円,本方式のレーザーカプラーの価格=約200円」との記載があるが,これらは原告を含む本件各発明の発明者らが記載したものであって,比較の対象となっている具体的な製品や価格の算定根拠等が明らかでなく,シャープ以外のメーカーの製品も含めて,製造コストの低下の点においても,顕著な差異が存在するとまでは認めることができない。


 また,原告は,本件各発明は,不法コピー防止に資する旨を主張するが,他の方式との間で,不法コピーの防止の程度にいかなる差異が存在するのかを認めるに足りる証拠はない。


(ウ) なお,被告の競業者において,本件各発明につき実施許諾を得ている者の具体的な割合等を認定するに足りる証拠はない。


イ ライセンスポリシーについて


 上記第2,1(2)ア(ア)ないし(カ)のとおり,本件各発明は,いずれも昭和61年以降に出願されたものであるから,本件ジョイントライセンス契約における「許諾特許」には含まれず,直接的には許諾の対象となっていない。


 しかしながら,本件各発明は,本件ジョイントライセンス契約が規定するCDオーディオプレーヤー,CD−ROMプレーヤー等を製造するために必須ではないが,それに付随する発明であると認められるから,本件各特許は,本件ジョイントライセンス契約2条2.03項に基づき,フィリップス社による実施権許諾の対象となっていたというべきである。


 そうすると,本件各特許に関しては,特許権者が当該特許について有償実施許諾を求める者にはすべて合理的な実施料率でこれを許諾する方針(開放的ライセンスポリシー)が採用されていたと認めるのが相当である。


ウ 包括ライセンス契約あるいは包括クロスライセンス契約等を締結している相手方の実施状況
 

 本件クロスライセンス契約の相手方であるA社が,本件各発明を実施していると認めるに足りる証拠はない。


エ 被告による代替技術の実施状況

被告は,従来から,ディスクリート方式の光学ピックアップを製造,販売しており,新型PS2には,ディスクリート方式の光学ピックアップが採用されている


(4) 小括

 以上検討したところによれば,被告は,本件各特許につき,開放的ライセンスポリシーを採用していたこと,本件各発明の代替技術が存在し,両者の間に作用効果等の面で顕著な差異が存在すると認めることができないこと,クロスライセンス契約の相手方が,本件各発明を実施しているとは認められないこと,被告自身も本件各発明の代替技術を実施していたこと等を総合考慮すると,被告の競業他者が本件各発明を実施していないことが本件各特許の禁止権に基づくものであるという因果関係を認めることはできない。


 したがって,被告が,仮に,本件発明AないしCを自己実施しているとしても,それらの禁止権の効果により独占の利益を得ているということはできない。


 以上のとおり,本件発明AないしCについて,被告に「使用者等が受けるべき利益の額」が認められないのであるから,これらの発明についての相当の対価の額も認められず,その余の点について判断するまでもなく,本件発明AないしCについての相当の対価の支払請求は,いずれも理由がないことに帰する。 』


 と判示されました。


 なお、本判決文で引用している最初の最高裁判決は、『平成13(受)1256 補償金請求事件 特許権 民事訴訟オリンパス職務発明事件」平成15年04月22日 最高裁判所第三小法廷』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/63C0C6C63BFAD25F49256DB00026A1E1.pdf)です。


 詳細は、本判決文を参照して下さい。