●平成19(ワ)7660 商標権侵害差止等請求事件「招福巻」

 本日は、『平成19(ワ)7660 商標権侵害差止等請求事件 商標権「招福巻」平成20年10月02日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20081003115544.pdf)について取り上げます。


 本件は、「招福巻」の商標権を有する原告が、包装に「十二単招福巻」の標章を付した巻きずしの販売等をする被告の行為に対し商標権侵害として差止め等を求めた商標権侵害差止等の請求事件で、その請求が一部認容された事案です。


 本件では、争点である、

(1) 被告標章は本件商標に類似するか
(2) 本件商標権の効力は被告標章に及ばないか(商標法26条1項2号,4号)
(3) 本件商標の登録は商標登録無効審判により無効にされるべきものであって,本件商標権に基づく権利行使が許されないものであるか(商標法39条,特許法104条の3第1項)
(4) 原告の損害

 の判断について、参考になる事案かと思います。


 つまり、大阪地裁(第21民事部 裁判長裁判官 田中俊次、裁判官 西理香、裁判官 北岡裕章)は、


『第3 争点に対する判断

 事案の性質に鑑み,争点(2),争点(3),争点(1),争点(4)の順に判断する。

1 争点(2)(本件商標権の効力は被告標章に及ばないか)について

 ・・・省略・・・

(3) 「招福巻」は普通名称か

ア 上記(2)の認定事実によれば,全国のスーパーマーケットやすし店等において,節分用の巻きずしの名称として「招福巻」という文字を含む商品名が用いられている例は少なからずあること,その中には,宣伝用チラシ等において,節分用の巻きずしを指す一般的な名称として「招福巻」を用いていると見る余地のあるものもあることが認められる。

 ・・・省略・・・

ウ 以上の事実に加え,原告が平成19年2月に,被告をはじめ,株式会社サボイ,広越株式会社,株式会社柿の葉すし本舗たなか等,節分用巻きずしに「招福巻」を使用する業者に対して警告を行い,これらの会社から今後「招福巻」を使用した巻きずしを販売しないなどの確約を得ている(甲21ないし22の各1・2)など,本件商標権を守るために一定の対応をしていることも併せ考慮すると,全国のスーパーマーケットやすし店等において,節分用の巻きずしの名称として「招福巻」を含む商品名が用いられている例が多数あるからといって,このことから直ちに,「招福巻」が,節分用の巻きずしの普通名称(商標法26条1項2号)になったものと認めることはできず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。


(4) 「招福巻」は慣用商標か

 以上によれば「招福巻」が節分用の巻きずしについて慣用されている商標(同項4号)ということもできない。

(5) 「招福巻」は「招福」という効能を普通に用いられる方法で表示するものか「招福巻」との名称は,その字義からして「福を招く巻きずし」と読むことができ,節分の日に「その年の恵方に向いて無言で壱本の巻寿司を丸かぶりすれば其年は幸運に恵まれる」という前記風習と結びつけて命名されたことがうかがえる。

 しかし,前記風習により節分の日に恵方を向いて無言で巻きずしを丸かぶりすると「其年は幸運に恵まれる」ひいては「福を招く」と関西地方を中心とした日本の一部地域において信じられていたとしても,そのような主観的な一種の「信仰」の内容をもって商品である巻きずしの「効能」ということはできず,「招福巻」との表示が,その「効能」を普通に用いられる方法で表示したものということもできない。


(6) 小括

 以上によれば,被告標章のうち「招福巻」の部分は節分用の巻きずしの普通名称,効能を普通に用いられる方法で表示する名称又は慣用商標のいずれにも当たらない。したがって,これらに当たることを前提に,商標法26条1項により本件商標権の効力が被告標章に及ばないと主張する被告の抗弁は,理由がない。


2 争点(3)(本件商標の登録は商標登録無効審判により無効にされるべきものであって,本件商標権に基づく権利行使が許されないものであるか)について

(1) 前記のとおり,「招福巻」は節分用の巻きずしとしての普通名称,効能を示す名称又は慣用商標のいずれにも当たらないから,これらに当たることを前提に本件商標登録が商標法3条1項1号,2号及び3号に該当し無効であるとの被告の主張は,理由がない。


(2) 前記のとおり,近時全国のスーパーマーケットやすし店等において,節分用の巻きずしの名称として「招福巻」を含む商品名が用いられている例が少なからず見られるとはいうものの,いまだ,「招福巻」が節分用の巻きずしの普通名称又は慣用商標になったということはできず,また,商品の効能を普通に用いられる方法で表示する名称であるともいえないから,「招福巻」が自他識別力を喪失したということはできない。


 また,「招福巻」に独占適法性がないということもできない。したがって,本件商標登録が商標法3条1項6号に該当し無効であるとの被告の主張も,理由がない。


(3) よって,被告の権利行使制限の抗弁は理由がない。


3 争点(1)(被告標章は本件商標に類似するか)について


(1) 被告標章の要部

 招福巻」は,それ自体として自他識別性に欠けることはない。また,被告標章は,本件商標「招福巻」の前に「十二単の」という修飾語を付加したものであるところ,そこでいう「十二単の」というのは,巻きずしに12種類の具材が入っていることを示しているにすぎず(甲3参照),その使用態様からしても「十二単」の部分に自他識別力があるものとは認められない。したがって,被告標章の要部,すなわち被告標章において自他識別力があるのは,「招福巻」の部分であって,「十二単招福巻」の全体ではないというべきである。


(2) 被告標章と本件商標との類否

 そうすると,被告標章の要部である「招福巻」と本件商標である「招福巻」は,称呼及び観念が同一であるから,被告標章は本件商標に類似する。


4 争点(4)(原告の損害)について

(1) 損害不発生の抗弁について

 以上によれば,被告による被告標章の使用は本件商標権を侵害するものであるから,被告は原告に対し,これによって原告に生じた損害を賠償すべき義務を負うところ,被告は,節分用の巻きずしの販売に当たりその包装に「十二単招福巻」という商品名を付したことはその売上げに全く寄与していないことが明らかであるとして,原告にこれによる損害は発生していないと主張する。


 そこで検討するに,確かに,証拠(乙30,31)及び弁論の全趣旨によれば,上記商品に「十二単招福巻」という商品名を付する以前の時期である平成17年度において,被告は,被告商品と同一価格帯の予約販売品として「十二単の至福巻」という名称の商品(1本1280円)と「子宝巻」という名称の商品(1本980円)を販売しており,その売上げは,前者が204万1600円,後者が123万1860円であったこと,また,「十二単招福巻」という商品名を別の商品名に変更した後の時期である平成20年度において,被告は,被告商品と同一価格帯の予約販売品として「13品目の開運恵方巻」という名称の商品(1本980円)を販売しており,その売上げは,337万9000円であったことが認められるところ,これによれば,被告が被告商品を販売していた平成18年度及び平成19年度の売上げ(後記(2)ア参照)は,被告商品とは異なる商品名の商品を販売していた平成17年度及び平成20年度における売上げと大差がないことが認められる。


 しかし,このような異なる年度の売上げの比較に基づき被告標章を使用することによる被告商品の売上げへの寄与がないというためには,被告標章の使用の有無以外の他の条件がすべて同じであることが前提となるところ,本件全証拠によっても,他の条件がすべて同じであるか否かは明らかではない。


 また,前記認定のとおり,近時全国の多数のスーパーマーケットやすし店等において,「招福巻」が節分用巻きずしの商品名として使用されるようになっていたことからすると,これらの業者は,「招福巻」の顧客吸引力を無視できないものと認識していたものというべきである。


 したがって,被告標章を使用して被告商品を販売することが被告の売上げに全く寄与していないことが明らかであるとは認められないから,被告の損害不発生の抗弁は理由がない。


(2) 損害額

ア 売上金額

 証拠(乙26〜29)及び弁論の全趣旨によれば,被告が被告商品を販売したのは,平成18年1月から2月にかけて及び平成19年1月から2月にかけてのみであり,被告は,この間,被告商品をスーパーマーケット「ジャスコ」において,通常価格を,平成18年度は1本980円(消費税込み)で,平成19年度は1本1380円(消費税込み)で販売したこと,その売上げは,平成18年度が3514本,327万2000円(消費税抜き)であり,平成19年度が2527本,272万4673円(消費税抜き)であること,以上の事実が認められる。


 上記売上数量及び売上金額は,いずれも被告の開示によるものであるところ,原告は,被告の開示売上数量は被告の企業規模に比して少なすぎる等信用できない旨主張する。


 しかし,証拠(乙26,28,32)及び弁論の全趣旨によれば,被告商品の販売方法は,平成18年度はすべて予約販売であり,平成19年度も主として予約販売であったところ,被告が節分の日に販売するすし商品全体の売上げの圧倒的部分は店頭販売に係る売上げが占めており,予約販売に係る売上げはごくわずかであったことが認められる。そうすると,被告商品に関する被告の開示売上数量及び売上金額も首肯し得るところであり,企業規模との対比等から一概に実際の売上数量及び売上金額より少ないということはできない。他に,被告商品について上記認定額を超える売上げがあったことを認めるに足りる証拠はない。


 したがって,平成18年度及び平成19年度における被告商品の売上金額(消費税込み)は,327万2000円×1.05+272万4673円×1.05=343万5600円+286万0907円=629万6507円(小数点以下四捨五入)となる。


イ 使用料相当額

 原告は,対価を得て本件商標の使用を他に許諾する意思のないことを明らかにしていること,その他本件に顕れた一切の事情を考慮すると,本件商標の使用料相当額は,売上金額(消費税込み)の5%相当額と認めるのが相当である。


 そうすると,商標法38条3項所定の使用料相当額は,629万6507円×0.05=31万4825円(小数点以下四捨五入)となる。


ウ 代理人費用

 原告代理人弁理士が被告代理人弁護士らと本件提訴前に交渉をしたが不調に終わったこと,被告が販売数量を開示しなかったこと,原告が弁護士・弁理士を訴訟代理人として本件訴訟を提起したことは,当事者間に争いがない。以上の事実に加え,本件訴訟の難易,本判決の結論等,本件に顕れた一切の事情を考慮し,被告による本件商標権侵害の不法行為と相当因果関係のある代理人費用としては,20万円をもって相当と認める。

エ 合計

31万4825円+20万円=51万4825円


5 結論


 以上によれば,原告の本件請求は,被告標章をすしの包装に付し,又は被告標章を包装に付したすしを販売又は販売のために展示することなどの使用の差止め及び商標権侵害の不法行為民法709条)に基づく損害賠償として51万4825円及びこれに対する平成19年3月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。