●平成20(行ケ)10066 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟(2)

 本日は、『平成20(行ケ)10066 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟 平成20年09月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080930134106.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由4(無効理由3〔実施可能要件違反〕についての判断の誤り)についての判断も、参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 今井弘晃、裁判官 清水知恵子)は、


『(2) 取消事由4(無効理由3〔実施可能要件違反〕についての判断の誤り)について


ア(ア) 審決は,(i)本件発明1の「ゼリー化(ゲル化)」のためには特別な配, 合剤を要すると解される ところ(審決56頁7行 ) ,本件明細書には限られた液状アルコールの例示と,エチレングリコールに対して詳細不明のアクリル酸重合体と中和剤を不明の配合で加えて本件発明1の体液漏出防止部材を製造することが記載されているのみである(審決56頁8行〜13行,59頁下2行〜60頁4行,(ii)本件発明1のゼリーは)かたまり状のものであって,液状アルコールを単に公知の増粘剤で増粘しただけの粘液(液体)ではないから,当業者は「アクリル酸重合体」を「増粘剤」全般と等価なものとして理解できない(審決56頁20行〜24行,(iii)製造に当たっての,一般的な材料の選定方針,具体的な)配合例が記載されておらず,またアルコール全般に有効なかたまり状のゼリーの調整方法が周知技術として存在していたことを示す証拠もないから,当業者が本件発明1を実施できる程度に明確かつ十分な記載がされていないから,本件発明1の特許は,特許明細書の発明の詳細な説明が改正前特許法36条4項に規定する要件を満たしていない出願に対してなされたものである(60頁6行〜14行,とした。)


(イ) しかし既に検討したとおり本件発明1における「ゼリー」は,「粘液」を意味し「アルコール系」は「高吸水性ポリマーに吸収されない,親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」と解すべきであるから,アルコール全般に有効なかたまり状のゼリーの調整方法が当業者において実施可能なように本件明細書には記載されていないとの理由で改正前特許法36条4項の規定に違反するとする審決の判断は,その前提が誤りであり,この誤りが結論に影響することは明らかであるから ,取消しを免れない。


イ(ア) 進んで,本件発明1の「ゼリー」は「粘液」を意味し「アルコール系」は「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」であるとして,本件明細書が改正前特許法36条4項の実施可能要件を満たすか否かにつき検討する。


 審決が前提とするように「アルコール全般に有効なかたまり状のゼリーの調整方法」が,明細書に示されている必要はないが,本件明細書が実施可能要件を満たしているといえるためには,「高吸水性ポリマーに吸収されない親水性を有する液状のアルコールに分類される化合物」を用いて液状の「ゼリー状体液漏出防止材」が本件明細書に,当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載がされている必要はある。


(イ) 本件明細書(甲74)には,ゼリーの製造方法として次の事項が開
示されている。


 ・・・省略・・・


(エ) 特許庁の審査基準では,実施例を用いなくても当業者が明細書及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて発明を実施できるように説明できるときは,実施例の記載は必要でないが,一般に物の構造や名称からその物をどのように作り,どのように使用するかを理解することが比較的困難な技術分野(例:化学物質)に属する発明については,通常,特許明細書において,実施に当たって使用可能な具体的な材料名,製造条件等を示し,一つ以上の代表的な製造例を挙げることで,当業者が発明を実施するための手がかりを確保するとされており(甲47,審査基準第?部第1章明細書の記載要件,17頁15〜22行参照),その内容は合理的であると解される。


 本件発明1の場合,本件明細書には上記に述べたように,その手がかりとなる材料名,製造条件などを示した具体的な実施例等の記載はないから,このような記載で当業者が当該発明を実施できる程度に明確かつ十分な記載がされているといえるためには,技術常識に基づいて,当業 者であれば具体的な材料名製造条件が理解できる必要がある(甲47審査基準第?部第1章,明細書の記載要件,18頁15〜17行参照。)。


 ・・・省略・・・


(オ) 以上の甲22,甲48ないし52の記載を総合すると,アルコールに増粘剤を加えて粘液とすることは各種の技術分野で行われる一般的な技術であり,増粘剤としてアクリル酸重合体を採用し,中和剤で中和することも良く行われることといえる。そして,アクリル酸重合体として具体的な材料名の例示がない事例,またその調整例がない事例もあることを考慮すると,アルコールにアクリル酸重合体を加え,これを中和剤で中和して,粘液状のアルコールを製造することは化学技術分野一般において,技術常識に近いものと認められる。


 また本件発明1の属する遺体の処置に関する技術において,体液を吸収するために高吸水性樹脂粉末を用いることは広く行われていた(本件明細書段落【0003】等)ことであるから,具体的な材料名の提示がないとしても,遺体に適用する高吸水性ポリマー粉体としてどのような材料があるかは,当業者であれば容易に理解するものと認められる。そして,粘性を有するアルコールに粉末状の高吸水性ポリマーを混入すれば,その粘性のためにアルコール中における高吸水性ポリマーの移動が阻害され,分散状態を維持し得ることは自明のことであり,このことは甲51,52からも裏付けられるものである。


 そうすると,本件明細書程度の記載があれば,当業者であれば本件発明1を容易に実施し得ると認められるから,改正前特許法36条4項の規定に違反するとした審決の判断は誤りである。


(カ) 被告は,アクリル酸重合体には数多くの重合体が含まれ,それがどのようなアルコールについて増粘剤として有効に作用するか自明ではないから,数多くの試行錯誤と実験を必要とし,実施可能要件を満たしていない旨主張する。


 確かに被告が主張するように,不適当なアクリル酸重合体とアルコールの組合せが存在することは想像されるが,アクリル酸重合体が増粘剤として機能し,アルコールに粘性を持たせることが一般的に行われているのであるから,適当な組合せを見つけることが当業者にとって必要以上に困難なことと解することはできない。被告の主張は採用することができない。


(キ)a また被告は,なお本件明細書の記載にしたがって容易に本件発明1を実施できないとして,甲4,6を提出する。


 ・・・省略・・・


 また,アルコールの種類を変えた甲6( 山口大学実験報告書(乙「第18号証)に関する検証・追加実験報告書,平成18年11月2 」7日,被告取締役B作成)の実験でも,同様に分離するとしている。そして被告はこれらの実験結果からして,カルボキシポリマー(増粘剤)を添加しなかった場合,全てのアルコールにおいて高吸水性ポリマーを分散させておくことはできなかったから,増粘剤の使用は絶対必要条件であるが,請求項1にはこの点の記載がない旨主張する。


 しかし,本件発明1のゼリーは粘液状のものであり,またその粘度を適当に調節することにより,中に分散した高吸水性ポリマーが移動しにくくなるであろうことは当業者には自明のことと認められ,被告実験においても,適当なアルコールと高吸水性ポリマーを組合せ,ゼリーの粘度を適宜に調整すれば,高吸水性ポリマーが分離し難いゼリーを得ることが困難とはいえない。


 従って,被告の実験結果をもってしても,本件明細書の記載から本件発明が容易に実施できないとはいうことはできない。


 なお被告は,増粘剤の使用が必須事項であると主張するが,適度な粘度のアルコールと,当該アルコールに適した高吸水ポリマーを選択することにより,分散状態を保てるであろうことも予想できるから,被告の実験結果から増粘剤の使用が必要条件であるとまではいえない。被告の主張は採用することができない。


オ 以上の検討によれば,本件発明1についての判断を前提とした本件発明2ないし4についての審決の判断も同様に誤りである。


4 結語


 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由1の主張は理由がないが,取消事由3,4については理由があり,これが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。


 よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由があるから認容することとして,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。