●平成17(行ケ)10220 特許権 行政訴訟「ケース」(1)

Nbenrishi2008-09-28

 本日は、以前、弁理士会の特許法第36条の研修で紹介された、『平成17(行ケ)10220  特許権 行政訴訟「ケース」平成17年09月14日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20F0B6C3D9738F0D4925710E002B12BB.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審判の棄却審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件でも、実施可能要件についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 佐藤久夫、裁判官 三村量一、裁判官 古閑裕二)は、


『1 本件発明1,2及び4に関する本件明細書の記載不備の無効理由に係る判断の誤りをいう点(取消事由1)について


 原告は,本件発明1,2及び4について,特許請求の範囲の記載は,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に記載された発明の効果を生ずるための必須の構成を欠いており,発明としては明確性を欠き,あるいは未完成であって,改正前特許法36条6項の要件を満たさず,また,本件明細書中の「発明の詳細な説明」欄の記載は,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから,改正前特許法36条4項の要件を満たさないと主張するので,この点につき検討する


(なお,原告は,「未完成発明」との文言を用いるが,審判手続においていわゆる特許法29条柱書にいう発明未完成ではなく,明細書の記載不備をいうものとして主張しているものであるから(審決書4頁5行〜8行。審決が原告の主張をこのように解したことについては,本件訴訟において原告は不服を述べておらず,改正前特許法36条についての判断を誤ったものとして非難している。),その趣旨において判断する。)。


(1) 原告は,本件発明1について,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,【発明の効果】はケースとスライダとを組み合わせることによって初めて得られるものであることが明示されているが,特許請求の範囲における本件発明1の記載では,単にケースのみしか特定されておらず,スライダに関しては何の記載もなく特定されていないから,【発明の効果】の項に記載の作用効果を得ることはできない,と主張する。


 しかしながら,本件発明1の特許請求の範囲には,「並列係合溝」は,「蓋体と箱体とのそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出すると共に,延長を内方に7字状に屈曲した屈曲壁によって設けた」ものであることが記載されている。この記載によれば,「並列係合溝」は,蓋体の側壁の上縁から連なって上方に突出する屈曲壁と,箱体の側壁の上縁から連なって上方に突出する屈曲壁とによって設けられるものであり,それぞれの屈曲壁は,延長が内方に7字状に屈曲しているのであるから,その内方に7字状に屈曲して形成される凹部,すなわち,並列係合溝は,蓋体及び箱体のそれぞれの側壁の上縁から連なって上方に突出する部分よりも内側に位置し,並列して配置された構成と認められる。このように,特許請求の範囲の記載から,ケースに設けられる「並列係合溝」の具体的形状を特定することができる。そして,並列係合溝は,単なる「溝」ではなく,「係合溝」とされていることから,当業者であれば,当該溝に係合する何らかの係合部材の存在を認識することができるものと認められる。


 上記のとおり,並列係合溝は,「7字状」すなわち溝が屈曲壁の内側に位置しているものであるから,当該係合溝に係合される何らかの係合部材も,屈曲壁の内側にて係合するものとなる。


 当該構造においては,係合部材,すなわちスライダが外側から係合する従来の構造に比べると,スライダが外部に露出していないだけ,スライダの引き抜きに対する防止効果に優れているということができる(甲3。本件明細書の段落【0027】【0028】参照)。


 すなわち,従来品はスライダが露出しているため,係合部に金属片を差し込むなどにより係合を外したり,スライダを破壊することが容易であるのに対して,このような露出がないため,係合を外したり,スライダを破壊することが難しいということができる。


 また,審決の認定するとおり,「係合部が外部より見えにくい」という構造であることから,「万引きを躊躇させる等」との効果もある。


 したがって,本件発明1については,特許請求の範囲の記載の構造から,商品の不正な持ち出し(盗難)の防止という課題の解決(甲3。本件明細書の段落【0002】)が達成できるものということができる。


 本件発明1は,その設置箇所及び形状から格別の作用効果を奏し得る並列係合溝を備えたケースをその内容としたものであり,並列係合溝に係合する係合部材を構成要件としなくとも,当該特有の形状を有する並列係合溝を備えることにより,当業者にその構成と機能ないしは作用効果とを認識させることができるのであるから,特許請求の範囲の記載に不備があるということはできず,改正前特許法36条6項の要件を満たさないものではない。


 また,上記のとおり,本件発明1については,特許請求の範囲の記載から係合溝の設置箇所及び形状を特定できるものであり,かつ,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,係合溝の設置箇所及び形状に関する段落【0007】のほか,【発明の実施の形態】中に「第1の実施形態」に関し,図1及び図2の説明がされているものであるから(段落【0012】〜【0015】。甲3。),当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができる。したがって,改正前特許法36条4項の要件を満たさないということもできない。


 なお,原告は,本件発明1について,「万引き等商品の不正な持ち出しを躊躇させる等本件特許発明の目的及び効果が達成できるものである。」とした審決の判断は,本件明細書に記載のない審決独自の認定にかかるものであり,また,上記効果は『人間の感情』に依存するものであって,審決の認定するような効果を有するのであれば,本件発明1は,「自然法則を利用」したものではなく,万引きを「躊躇」するという「人間の感情」を利用したものであって,かつ何ら「高度」なものではないから,そもそもその「発明性」を否定されるべきものであると主張する。


 しかし,本件明細書には,【従来の技術及びその課題】として「例えば,レンタルショップでレンタル商品であるビデオテープやディスクなどの収納ケースを並べて陳列した際,ケースの収納商品の盗難防止機能,すなわちケースを開放して収納商品の抜き取りを防止する手段がないため,商品の不正な持ち出し(盗難)が発生する。」との記載(段落【0002】。甲3)があることからすれば,本件発明1の構成を採用することにより,係合部が内側に位置することで,係合部材が外側から係合する従来の構造に比べると,係合部材が外部に露出していないことから,一見しただけでは係合を解除する方法が明らかでなく,引き抜きに対する防止効果に優れているということができるから,「商品の不正な持ち出しを躊躇させる」という審決の認定した効果をもって,審決独自の認定ということはできない(ちなみに,当初明細書(甲4)の段落【0022】には,「陳列時のケースAからスライダBを引く抜くことは,不正感によりちゅうちょさせて盗難防止になる。」との記載がある。)。また,当該効果は,本件発明1の構成から生ずるものであるから,人間の感情に依存するものということもできない。


(2) 原告は,本件発明1,2は,特許請求の範囲の記載においてケースのみを特定し,スライダの特定がされていないから,本件明細書記載の効果を有さないものであり,本件発明1,2の記載と発明の効果の記載に齟齬があるものであって,改正前特許法36条6項,4項の要件を満たさないと主張する。


 たしかに,本件発明1,2は,特定の並列係合溝を設けたケースのみに係るものであり,特許請求の範囲においてはスライダの形状が特定されていない。


 しかし,本件発明1,2の特許請求の範囲においては,その設置箇所及び形状から格別の作用効果を奏し得る並列係合溝を備えたケースが記載されているものであり,これと係合する係合部材の形状が想定し得るものであるから,並列係合溝に係合する係合部材を構成要件としなくとも,並列係合溝と当該係合部材との協働によりもたらされる作用効果が本件明細書に記載されている以上,特許請求の範囲の記載に不備があるということはできず,改正前特許法36条6項の要件を満たさないものではない。原告の主張は採用できない。


 また,本件発明2についても,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができ,改正前特許法36条4項の要件を満たさないということもできない。


(3) 原告は,本件発明4について,本件明細書の段落【0056】に記載されるように「スライダ」と「ケース」に加え「店側の解除具」によって作用効果を得られるとされているにもかかわらず,特許請求の範囲の記載は,店側の解除具あるいは係合解除用解除具についての特定が何らされていない,と主張する。


 しかしながら,本件発明4は,特許請求の範囲に記載された構成のみから一定の技術思想が把握できるものであり,かつ,これにより「ケースに収納してある商品の盗難を防止することができる」という作用効果を奏することが認識できるのであるから,改正前特許法36条6項の要件を満たさないものではない。原告の主張は採用できない。


 また,本件発明4についても,本件明細書の「発明の詳細な説明」欄には,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているということができ,改正前特許法36条4項の要件を満たさないということもできない。


(4) 上記のとおり,本件発明1,2及び4については,いずれも改正前特許法36条6項,4項の規定を満たしていないということはできない。


 したがって,この点についての審決の判断の誤りをいう原告の主張は,いずれも採用することができない。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。