●平成12(ワ)22926「顆粒状ウィスカーおよびその製造方法事件」(1)

 本日は、『平成12(ワ)22926 特許権 民事訴訟「顆粒状ウイスカーおよびその製造方法事件」平成14年07月19日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/9F45CF32EC412F3949256C4400256D5E.pdf)について取上げます。


 本件は、特許権に基づき損害賠償および差止等を請求し、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許請求の範囲における「ほぼ球形」の用語の解釈の点で参考になる事案かと思います。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 森義之、裁判官 東海林保、裁判官 瀬戸さやか)は、

(1) 争点(1)ウ(顆粒の形状)について

 第1発明の構成要件C「ほぼ球形」は,(i)その文言,(ii)第1発明は,顆粒の直径についても構成要件となっている(構成要件B(i))が,直径は,球形であって初めて観念することができること,及び,(iii)前記1(7)で認定したとおり,原告は,本件特許の無効審判手続において,「本件発明において,直径のみを規定する顆粒は,『球形又はこれに近いもの』,又は『円形平板状の顆粒』に限定される。本件発明で粒径を規定せず直径のみを規定したのは,顆粒がほとんど球形であるためで,『通常,粒子の粒径は不定形の場合直径で示さない』」と主張していることからすると,「球形又はそれに近いもの」を意味するものと認められ,単に丸みを帯びた形状では「ほぼ球形」ということはできないものというべきである。


 原告は,出願手続中に補正によって第1発明に「ほぼ球形」の限定を加えたのは,先願の明細書(乙43の10)に記載された造粒方法で造粒される円柱形状を除外したものであると主張し,前記1認定の本件特許の出願経過からすると,原告が,第1発明に「ほぼ球形」の限定を加えたのは,先願の明細書(乙43の10)に記載された造粒方法で造粒される円柱形状を除外する目的があったことが認められるが,特許請求の範囲を,出願経過に基づいて,文言に反して広く解釈することはできないから,原告のこの主張は,構成要件Cの「ほぼ球形」を「球形又はそれに近いもの」よりも広く解釈することの根拠となるものでない。


 被告製品のうち,ティスモ−DHGの写真(甲24,乙40,乙41の1),ティスモ−D102PGの写真(甲27,乙46,62),ティスモ−D102SGの写真(甲27,乙47,62)のいずれを見ても,球径の大きな顆粒には,ほぼ球形といえる形状のものも散見されるが,大部分は形が定まっておらず,直径という概念を想起し難い不定形のものであり,顆粒が小さいものほどその傾向が著しくなるものと認められる。前記2(1)認定のとおり,顆粒の平均長径/短径比は,被告のデータでは1.65ないし1.99であり,原告のデータでも1.16ないし1.43であり,中には1.8を超えるものも存在したところ,別紙「長径/短径比と形状変化」(乙37別紙6)から明らかなように,平均長径/短径比が1.3を超えるものは,「ほぼ球形」とはいい難い。


 しかも,上記写真によると,いずれの顆粒もほぼ楕円形というわけではなく,ごつごつした岩状のものであるから,単に長径/短径比が1に近ければほぼ球形であるというわけでもない。株式会社東レリサーチセンターの報告書(乙41の1)では,ティスモ−DHGの顆粒は不定形であり,直径の測定は不可能であったとされており,株式会社UBE科学分析センターの報告書(乙62)でも,ティスモ−D102PG及びティスモ−D102SGの顆粒は,卵型や丸形をしたもの等,いろいろな形をしており,不定形であったとされている。


 なお,長径/短径の体積平均値を求めると,ティスモ−DHGは1.413,ティスモ−D102PGは1.344,ティスモ−D102SGは1.541である旨の原告作成の報告書(甲52)が存するが,体積平均値でなければならない根拠が認められない上,この報告書によっても,長径/短径の体積平均値は,1.3を超えているから,「ほぼ球形」とはいい難い。また,A博士の鑑定意見書(甲34)では,被告の製品は「ほぼ球形」の要件を満たすとされているが,この鑑定書は粒子がいずれも丸みを帯びた形状であることを述べているに過ぎないところ,単に丸みを帯びた形状では「ほぼ球形」ということはできないことは,前述のとおりである。


 以上述べたところに,弁論の全趣旨によると,ティスモ−D101HG及びティスモ−D101SGの顆粒は,ティスモ−DHG,ティスモ−D102PG及びティスモ−D102SGの顆粒と同様の形状を有していると認められることを総合すると,被告製品の顆粒は,「ほぼ球形」とはいえないから,第1発明の構成要件Cを充足しない。


(2) 争点(1)イ(顆粒の直径)について

 第1発明は,「顆粒の直径が0.1〜10?」と数値を限定している。そして,これは,本件発明の効果の1つである,空中に舞いやすく扱いにくい粉状ウィスカーを顆粒にして,粉塵が舞い上がらないようにする(本件公報2欄19ないし22行,6欄25行)ためには,ある程度の大きさの顆粒が必要であるので,顆粒の直径の下限値を設定したものと考えられる。


 また,本件特許の明細書第2表(本件公報5欄,6欄)は,実施例において得られた顆粒を篩分けしたと思われる重量パーセントによる粒度分布であるところ,これによると,粒子径0.149?未満のものは重量比で0.04%しか含まれていない。


 さらに,前記1(7)で認定したとおり,原告は,本件特許の無効審判手続において,引用例1が造粒繊維の平均径の記載を示しているのに対し,直径の上下限を示す第1発明とは異なること,本件発明は,特定の数値範囲の顆粒直径を有する顆粒ウィスカーであることを主張している。


 これらのことからすると,顆粒の直径が0.1?を下回るものが含まれている場合は,次に述べるような場合を除いては,第1発明の構成要件を充足しないというべきである。


 下限値が四捨五入して0.1?になる44.45μmであるとする原告の主張は,本件特許請求の範囲請求項1には「0.1?」と明示されており,他に本件特許の明細書(甲2の1,2)等に原告主張のように解すべき根拠が存するとも認められないから,原告主張のように解することはできず,第1発明における顆粒の直径の下限は,本件特許請求の範囲請求項1に記載されているとおり,0.1?であると認められる。


 もっとも,本件特許の明細書第2表(本件公報5欄,6欄)には,粒子径0.149?未満のものが重量比で0.04%存在したことが記載されているから,この中には,顆粒の直径が0.1?未満のものが含まれている可能性があり,このことからすると,顆粒の直径が0.1?未満のものが,ごくわずか,すなわち,上記第2表の程度含まれている場合には,顆粒の直径が0.1?未満のものが含まれているとしても,構成要件を充足する余地があるものということができる。


 そこで,被告製品について判断するに,前記(1)で認定したとおり,被告製品の顆粒は「ほぼ球形」とはいえず,不定形なものであるから,そもそも,このような不定形なものについて,直径を観念することはできない。


 原告は,被告製品を篩分けしたところ,0.1?未満の大きさの粒子は,重量パーセントで極めてわずかであると主張する。しかし,上記認定のとおり,上記第2表では,粒子径0.149?未満のものが重量比で0.04%存在したことが記載されているところ,前記2(2)認定のとおり,ティスモ−DHG,ティスモ−D102PG及びティスモ−D102SGにおいては,106μm未満のものが,2.24%ないし7.85%も存在しているのであり,弁論の全趣旨によると,ティスモ−D101HG及びティスモ−D101SGについても同様であると認められるから,被告製品においては,上記第2表より粒径の小さいものがはるかに多いということができる。


 また,被告が示したデータ(乙62)に基づき,個数ではなく体積で比較すると,100μm未満の顆粒は,ティスモ−D102PGについては,全顆粒の合計体積の0.8%,ティスモ−D102SGについては,顆粒の合計体積の0.6%に過ぎない旨の被告作成の報告書(甲30)が存する。しかし,この報告書の記載は,篩分けによるものではない上,この記載によっても,被告製品における100μm未満の顆粒の重量パーセントによる割合は,上記第2表に記載されているものよりも多く,同表の記載と同程度であるとは認められない。


 なお,原告は,0.1?未満の顆粒は,顆粒ではなく粉体であるとも主張するが,本件特許の明細書(甲2の1,2)には,顆粒と粉体を大きさで区別する記載はなく,0.1?未満の顆粒は,顆粒ではなく粉体であるとすると,構成要件において顆粒の直径の下限を設定する意味もなくなることからすると,原告の主張は採用できない。


 以上述べたところを総合すると,被告製品の顆粒は,「顆粒の直径が0.1〜10?」であるとはいえないから,第1発明の構成要件B(i)を充足しない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。