●平成20(行ケ)10045 審決取消請求事件「IC用絶縁膜の作成方法」

 本日は、『平成20(行ケ)10045 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「IC用絶縁膜の作成方法」平成20年09月10日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080911145348.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)と、取消事由2(手続的瑕疵)についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 石原直樹、裁判官 榎戸道也、裁判官 杜下弘記)は、


1 取消事由1(刊行物1発明の認定の誤り)について

(1) 原告は,「フロン」は必ずしも塩素を含まないフルオロカーボンを意味するわけではなく,塩素を含むクロロフルオロカーボンを指すことが多いといえるのであり,CF ,C F ,C F ,C F 等のフッ素系ガスが慣用名の「フロン」ガスに該当するとはいえないから,フルオロカーボンガスを流入させることは記載されているが,クロロフルオロカーボンを流入させることは記載されていない刊行物1に基づき,刊行物1発明を認定した審決は,判断の前提を誤ったものである旨主張する。


(2) 「フロン」の意義

ア 以下の各文献には,「フロン」について次のような記載がある。

・・・省略・・・

イ 上記ア(ア)〜(ケ)の各文献における「フロン」に関する説明のうち,「フロン」を「クロロフルオロカーボン」に限定していると理解されるのは,(ア)の文献のみであるということができ((ウ)の文献については,「多くの場合フッ素以外に塩素をも含むのでクロロフルオロカーボンとも称される。」とされているが,この記載からは「フロン」が「クロロフルオロカーボン」に限定されるものでないことは明らかである。),しかも,(ア)の文献は,本件特許出願に係る出願日後に発行された刊行物であるから,その記載が,本件特許出願当時における当業者の技術常識を示すものであると即断することもできない。


 これに対し,その余の文献は,いずれも本件特許出願に係る出願日前に発行された辞典類,基礎的な解説書又は特許公開公報(明細書)等であり,それぞれフルオロカーボンが「フロン」に含まれることが記載されているのであるから,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられていると解するのが当業者の技術常識であったものと認められる。


(3) 本願明細書の記載


 本願明細書(甲第6号証)には,「フロンガス」に関する次の記載がある。


「なお,フロンガスとしては,CFC−113,CFC−12等を用いることができる。炭化水素ガスとしては炭素数3以下の低級炭化水素のガス,すなわち,メタン,エタン,エチレン,アセチレン,プロパン,プロピレンを用いることができる。ここで炭素数3以下としたのは,炭素数4以上となると,原料が液体となり,反応器への導入が困難となるためである。炭素数3以下の低級炭化水素ガスの中でも,特に不飽和結合を有するエチレン及びアセチレン等が高い成膜速度を得る上で有利である。」(段落【0007】)


 そして,上記記載において,フロンガスとして例示されているCFC−113とCFC−12はクロロフルオロカーボンに属するものであるということができるが,これはあくまで例示であるから,このような記載があるからといって,直ちに,本願発明の「フロン」が,クロロフルオロカーボンを意味し,フルオロカーボンを含まないと理解することはできない。


 また,本願明細書中に,本願発明の「フロン」が,「クロロフルオロカーボン」を指し,「フルオロカーボン」を含まないことを明らかにするような記載は存在しない。



 そうすると,本願明細書においても,「フロン」の語は当業者の技術常識に基づく通常の用法として,すなわち,フルオロカーボンを含む意味で用いられているものと解さざるを得ない。


(4) 以上によると,審決が,本願発明の「フロン」を,クロロフルオロカーボンに限定されず,フルオロカーボンを含むものとして理解したことは相当であり,原告の主張を採用することはできないから,取消事由1は理由がない。


2 取消事由2(手続的瑕疵)について

(1) 原告は,本件特許出願の審査をした審査官は,本願発明の原料ガスであるフロンガスと,刊行物1の原料ガスであるCF とが相違すると認めていたとした上で,審決が,原告の主張に対し,「出願人(判決注・原告)は塩素を含まない単なるフッ化炭素と,塩・フッ化炭素とで化学プロセスが異なる旨主張するが,フロンには,これら両者が含まれるので,この主張は,特許請求の範囲の記載に基づかない主張であって,採用できない。」と説示したことを捉え,審判官は,拒絶査定の理由とは異なる特許法36条6項1号の拒絶の理由を発見したということになるから,審判において拒絶理由を通知すべきであったにもかかわらず,審判段階で拒絶理由通知はなされていないから,審決は同法159条2項,50条に違背すると主張する。


 しかしながら,同法50条の「審査官は,拒絶をすべき旨の査定をしようとするときは,特許出願人に対し,拒絶の理由を通知し,相当の期間を指定して,意見書を提出する機会を与えなければならない。」との規定,及び同法159条2項の「第五十条・・・の規定は,拒絶査定不服審判において査定の理由と異なる拒絶の理由を発見した場合に準用する。」との規定によれば,拒絶査定不服審判において,拒絶査定による拒絶の理由とは異なる拒絶の理由により,拒絶査定を維持し,審判請求を不成立とする審決をする場合には,審判請求人に対し改めて拒絶理由通知をする必要があるものの,仮に,審判合議体が,拒絶査定による拒絶の理由のほかに,これと異なる拒絶の理由を発見したとしても,その異なる拒絶の理由を,審決における拒絶の理由とするのでなければ,審判請求人に対し,その異なる拒絶の理由を改めて通知する必要がないことは明らかである。


 しかるところ,本件特許出願に対する拒絶査定(甲第9号証)は,本件特許出願を「平成18年3月29日付け拒絶理由通知書に記載した理由」により拒絶すべきとしたものであり,当該拒絶理由通知書(甲第7号証)には,拒絶の理由として,刊行物1のほか,特開平8−236517号公報及び特開平8−24560号公報を引用し,本願明細書に記載された請求項1〜3に係る発明は,上記各引例に記載された発明に基づき当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨の記載がある。そして,審決も,本願発明が刊行物1発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたものであることは,上記のとおりであり,したがって,審決における拒絶の理由は,拒絶査定による拒絶の理由に含まれるものであって,これと異なる拒絶の理由ということはできない。


(2) もっとも,上記拒絶査定には,「備考」として以下の記載がある。

 ・・・省略・・・

 この記載は,刊行物1発明のCF (フルオロカーボン)を,「フロンCFC−113」に転用(置換)することの容易性について言及するものと認められ,この記載のみからすれば,原告主張のとおり,拒絶査定においては,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたと考えられないでもない。


 しかるところ,拒絶理由通知の制度趣旨は,審査官又は審判官が出願を拒絶すべき理由を発見したときに,出願人に対してその旨を通知することにより,出願人に意見を述べる機会及び手続補正をする機会を与えて,特許出願制度の適正妥当な運用を図ることにあるから,拒絶査定において,フルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであるとされていたと仮定して,そのことにより,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとすれば,上記(1)のとおり,審決の拒絶の理由が,拒絶査定における拒絶の理由に含まれるものであるとはいえ,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったと解する余地もある。


 しかしながら,上記拒絶理由通知書(甲第7号証)には,「引用文献1(判決注・刊行物1)の【0007】〜【0020】,引用文献2(判決注・特開平8−236517号公報)の【0008】〜【0023】には,それぞれフルオロカーボンガスと炭化水素ガスとをプラズマ重合させて,半導体装置の絶縁膜を形成することが記載されており,本願明細書に記載された従来技術によって公知の引用文献3(判決注・特開平8−24560号公報)記載の同じフロン類であるフロンガス,CFC−113,CFC−12のプラズマ重合物を,同じ半導体装置用絶縁膜の用途に用いることは当業者が適宜なし得た事項である。」との記載があり,この記載によれば,審査官(拒絶査定と同一の審査官である。)は,フルオロカーボンガスを,CFC−113,CFC−12(クロロフルオロカーボンガス)と「同じフロン類であるフロンガス」と認識していたことが認められるから,そもそもフルオロカーボンが本願発明の「フロン」とは異なるものであると認識していたということ自体が疑わしくなる。


 また,その点は措くとしても,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられていると解するのが当業者の技術常識であったものと認められることは,上記1(2)イのとおりであり,現に,上記拒絶理由通知に応じて原告自身が意見書(甲第8号証)とともに提出した上記1(2)ア(イ)の文献にも,「フロン」がフルオロカーボンとクロロフルオロカーボンの慣用名であることが明記されているのである。上記意見書(甲第8号証)の記載によれば,原告が,本願発明の「フロン」を「分子中にフッ素の他,塩素を含」むもの,すなわち,クロロフルオロカーボンとしていることが認められるが,そうであるならば,上記のとおり,本件特許出願当時,単に「フロン」といった場合,通常,フルオロカーボンを含む意味で用いられており,上記拒絶理由通知書にもその旨の記載がある以上,原告としては,意見書の提出と併せて,本願明細書の「フロン」との記載を,原告自身の意図するところに合わせて改めるべく,手続補正をすべきであったのであり,そのようにすることに格別の障害があったと認めることはできない。


 そうすると,フルオロカーボンもクロロフルオロカーボンと同様「フロン」に含まれるものであることを前提とする審決の判断が,原告にとって全く予期し得ぬ不意打ちに当たり,その旨を通知するのでなければ,原告の防御権行使の機会を奪い,その利益保護に欠けることになるものとは到底いうことができず,この点からも,審判合議体が,改めて拒絶理由の通知をすることが必要であったということはできない。


(3) 以上によれば,審決に,拒絶理由通知の懈怠の手続的瑕疵があった旨の原告の主張を採用することはできないから,取消事由2は理由がない。


第5 結論


 以上の次第で,取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却すべきである。


 よって,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。