●平成11(行ケ)285 特許権 行政訴訟「ヒト白血球インタフェロン」

Nbenrishi2008-09-15

 本日は、『平成14年04月25日 東京高等裁判所 平成11(行ケ)285 特許権 行政訴訟「ヒト白血球インタフェロン」平成14年04月25日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/542A20A113BF881349256BF8002017E4.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許無効審判の訴えの利益の有無や、引用発明が特許法29条1項3号に規定される「刊行物に記載された発明」に該当するか否かの判断について、参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第6民事部 裁判長裁判官 山下和明、裁判官 設樂隆一、裁判官 宍戸充)は、。


1 本案前の主張(訴えの利益の有無)について

(1) 原告が本件発明の特許権者であったこと,被告が本件特許を無効とすることについて審判の請求をし,特許庁が本件特許を無効とするとの審決をしたこと,本件特許の特許権の存続期間が平成11年11月22日に満了したことは,当事者間に争いがない。


 原告と被告とが,本件発明及び特許1652163号(本件特許に係る出願の親出願に係る特許である。)の発明の特許権に関する実施許諾契約(本件許諾契約)を締結していたことは,当事者間に争いがない。


 この争いがない事実及び弁論の全趣旨によれば,本件発明は,ヒト白血球インターフェロン製剤を製造又は販売し,あるいは,製造又は販売しようとしている者にとって,少なからぬ影響を受け,関心を持たざるを得ないものであったことを認めることができる。そして,現に,原告・被告間に特許料支払債務の存否を巡って紛争があることについても,当事者間に争いがない。


 そうすると,原告と被告あるいは第三者との間において,本件特許の有効か無効かが前提問題となり,無効ということになればそれにより紛争が解決されてしまうという関係が存在する可能性も,一概には否定することができない。


 本件特許は,存続期間が満了しているとしても,無効審決が確定すれば遡及して存在しなかったものとみなされ(特許法125条),その効果は,原告と被告との間のみならず第三者にも及ぶのであるから,審決の確定が本件特許が有効であることを前提とする法律関係に影響を及ぼすことは,明らかである。


 被告は,特許料支払債務の存否の争いは,本件特許の有効性を巡るものではなく,原告が平成11年8月2日に被告に送付した書簡(乙第7号証)の解釈を巡って生じているものであるから,原告と被告との間には,本件特許の有効性を巡っての特許料支払義務の存否に関する争いは存在しないと主張する。


 しかしながら,特許料支払債務の存否の争いは,基本的には本件特許の有効性を前提とするものであるから,紛争の展開次第では,本件特許を無効とする審決が取り消されるかどうかが直接に紛争に影響を及ぼすこともあり得るものというべきである。


 以上によれば,原告に訴えの利益があることは,明らかというべきである。原告に訴えの利益がないとする,被告の本案前の主張は,理由がない。


2 取消事由1(引用発明が特許法29条1項3号に規定される「刊行物に記載された発明」に当たる,との誤認)について


(1) 引用刊行物(本訴の甲第3号証,審決の甲第1号証)に,「比活性が3×108単位/mg蛋白質,分子量が21,000d又は15,000dであり,二次元ゲル電気泳動分析により,純粋であるドデシル硫酸ナトリウムを含まないヒト白血球インタフェロン」(審決書16頁14行〜18行)が記載されていることは,当事者間に争いがない。


(2) 原告は,引用刊行物には,原料となるカンテル調製物の入手方法等,特定の分離精製条件,具体的検定方法等が記載されていないので,引用刊行物に接した当業者は,同刊行物に記載されたヒト白血球インターフェロンを容易に得ることができないから,引用発明は,特許法29条1項3号に規定される「刊行物に記載された発明」に当たらない,と主張する。


(ア) 特許法29条は,その1項で,「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。・・・3 特許出願前に日本国内又は外国において,頒布された刊行物に記載された発明」と規定し,また,同法36条は,発明の詳細な説明には,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が容易にその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果を記載しなければならない。」(平成6年法律第116号による改正まで。同改正以後は,「その発明の属する技術の分野における通常の知識を有す者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に、記載しなければならない。」)と規定している。


 特許法29条と36条の上記各規定を対比すれば,特許法は,特許を受けようとする発明について,その明細書に,当業者が容易に実施できるように記載していなければならないとしているものの,特許を受けようとする発明と対比される「頒布された刊行物に記載された発明」については,そのようなことを求めていないことが明らかである。このように,特許法が,特許を受けようとする発明について厳しい要件を要求しているのは,特許制度が,発明を公開した者にその代償として一定期間一定の条件で独占権を付与するものであり,発明の詳細な説明の記載が明確になされていないときは,発明の公開の意義も失われ,ひいては特許制度の目的も失われてくることになるからである。


 一方,「頒布された刊行物に記載された発明」においては,特許を受けようとする発明が新規なものであるかどうかを検討するために,当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるのであるから,当業者が容易に実施できるように記載されているかどうかは,何ら問題とならないものというべきである。


 むろん,当該発明が,未完成であったり,何らかの理由で実施不可能であったりすれば,これを既に存在するものとして新規性判断の基準とすることができないのは当然というべきであるから,その意味で,「頒布された刊行物に記載された発明」となるためには,当該発明が当業者にとって実施され得るものであることを要する,ということはできる。しかし,容易に実施し得る必要は全くないものというべきである。


 このことは,例えば,当業者であっても容易に実施することができないほど極めて高度な発明がなされたとき,当業者が容易に実施することができないからといって,新規性判断の資料とすることができないといえないことからも,明らかである。要するに,特許法29条1項3号の「頒布された刊行物に記載された発明」に求められるのは,公知技術であるということに尽き,その実施が容易かどうかとは関係がないものというべきである。


 原告は,物の発明については,公知の刊行物に記載された発明が特許法29条1項3号にいう「刊行物に記載された発明」となるためには,その刊行物に,当該物と対比されるべき構成が記載されているだけでは足りず,その製造法も,容易に実施できる程度に記載されている必要があるというべきである,公知の刊行物に当業者が容易に製造することができる程度に記載されていない場合には,当業者は,その発明を再現することができず,このように再現性のない発明は,むしろ,未完成の発明というべきであって,これを既に公衆の共有財産になっている発明とすることはできないからである,と主張する。


 しかしながら,公知の刊行物に記載された物の技術的思想が,当業者が容易に実施できる程度に記載されていないからといって,当業者が当該発明を再現することができないとか,当該発明は公衆の共有財産となっていないとかいえないことは,論ずるまでもないことである。むろん,当業者にとって発明が実施不能である場合には,その発明が「刊行物に記載された発明」となり得ないことは明らかである。


 しかし,この場合に,当業者にとって実施不能かということと,当業者が容易に実施できる程度に開示されているか,とは別問題である。原告は,実施容易性の問題と実施可能性の問題とを取り違えて議論しているものであり,失当である。


 ・・・省略・・・


 そうである以上,物の具体的な検査方法や測定方法が記載されている必要はないというべきである。


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。