●平成16(行ケ)290特許権「線状低密度ポリエチレン系複合フイルム」

 本日は、『平成16(行ケ)290 特許権 行政訴訟「線状低密度ポリエチレン系複合フイルム」平成17年03月30日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/D6EF3999A06D14BF492570FC00022332.pdf)について取上げます。


 本件は、特許が異議申立てにより取り消されたため、その取消しを求めた審決取消訴訟を請求しつつ訂正審判をしましたが、その訂正審判が棄却審決されたため、その訂正審判の棄却審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 なお、その特許異議の取消決定の取消しを求めた審決取消訴訟は、9/8の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080908)に取上げた『平成15(行ケ)272 特許権 行政訴訟「線状低密度ポリエチレン系複合フイルム」平成17年03月30日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/88BC04D46D9FDE8E492570FC0002232D.pdf)のようです。


 本件でも、特許法第36条の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 佐藤久夫、裁判官 設樂隆一、裁判官 高瀬順久)は、

1 【法126条3項,36条4項の解釈適用の誤り】について 

 審決の「先ず初めにいえることは、本件特許発明において如何なる平均粒径が選定されているのか及び平均粒径が選定されるべきか何処にも記載がない上、粒度分布として如何なる分布基準が発明を適切に表現できるかについて何ら記載されていないのであり、代表径の選び方についても何ら記載がないのであるから、本件特許発明が特定できていないことは明かであるということである。」(4頁),「先ず言えることは、球状粒子に特定したからといって、粒子の直径自体を意味しているものではないということである。


  願書に添付した明細書及び図面では、元々、粒子の材料、粒子の形状などについて、特に特定するところがなく、球状粒子に限るものではなかったものであり、また、球状だからといって微細粒子の外形形状が真球を意味するものではなく、球に近い形状をしているといにすぎず、しかも、願書に添付した明細書及び図面には、球状という記載のみで球状粒子が真球であるとか、あるいは球状粒子の真球度について何ら記載するところもないことなどを参酌するなら、「球状」とは、一般常識で意味するところを離れ、真球という意味で用いられているとすることは根拠がないことである。


  してみると、球状粒子とはいっても、真球ではない以上、球に近似した代表径であり、近似した直径であるにすぎず、球状粒子の直径自体を意味しているとはいえない。


  なお、球状粒子の場合には、測定される粒径が粒子が球に近いことから、実際の個々の粒子の直径に近似した値が得られやすいというに過ぎず、その直径自体を意味しているとの主張は妥当でない。」(5頁)等の記載から明らかなとおり,審決は,訂正前明細書に平均粒径の定義・意味,測定方法の特定がない(当然,訂正明細書にもない。)ことを出発点として,本件訂正により,不活性微粒子を「球状シリカ」,「球状ゼオライト」,「球状架橋ポリメチルメタアクリレート」としても,依然として,平均粒径の定義・意味が定まらないから,発明が明確でなく,実施可能要件も満たさないと判断しているものであって,その判断が,訂正後の発明についてなされていることは明らかである。


  原告の主張は失当である。


2【法36条5項2号違反の判断の誤り】について


(1) 審決の理由は,要するに,本件発明の球状の不活性微粒子について,代表径,平均粒径,粒度分布のいずれも定まらず,平均粒径の定義・意味が定まらないから,本件発明は特定を欠く,というものである。


(2) 平均粒径については,個数平均径,長さ平均径,体積平均径等複数の種類があり,当然それらの計算式は異なるものである(甲第4号証,第12号証,乙第1号証,第2号証)。


  ところで,乙第2号証には,

ア 一辺が7μmの立方体が4個,6μmと8μmの立方体が各3個,5μmと9μmの立方体が各2個,4μmと10μmの立方体が各1個の合計16個の立方体からなる粉粒群について,長さ平均径,面積平均径及び体積(重量)平均径を基準とした平均粒径が,それぞれ7μm,7.17μm,7.34μmとなることが図5.2に示されており,また,面積長さ平均径は7.4μm,体面積平均径は7.7μmとなることも示されている(30頁),


イ 「5.1.2粒度測定法 現在,粉体の粒度測定に利用され,市販されているものを原理的に分類し,測定範囲,測定された粒度の意味などをまとめると表5・2のようになる。」(36頁)として,この表5・2には,光学顕微鏡及び電子顕微鏡を用いれば,測定粒子径は長さや面積ほか,分布基準は個数分布となり,コールターカウンター法によれば測定粒子径は球相当径,分布基準は重量分布,レーザ前方散乱法及び光散乱(OWL)によれば測定粒子径は球相当径,分布基準は体積分布基準となり,それぞれ異なることが記載されている。


  以上によれば,図5・2に記載された単純な分布モデルに関して平均粒径を計算しても,長さ,面積あるいは体積のどれを基準とするかで,最大10%程度の差があることがわかる(上記図5.2では,粒子の形状は立方体として図示されている。しかし,球であっても比率が変わらないことは当然である。また,図5.2は,単純な分布モデルに関するものであり,分布次第では,上記差がもっと大きくなることも予想されるものである。)。これによると,例えば長さ平均径では2.9μmとなり本件発明の数値範囲に入らないものが,体面積平均では約3.2μmとなり,その数値範囲に入るような場合がある。


  したがって,平均粒径の定義・意味,測定方法を特定しなければ,平均粒径の意義は明確でない,と認められる。


  なお,平均粒径の測定方法として,レーザー光回折法,コールターカウンター法,重力沈降法等種々の方法があり,かつ,同一の定義の平均粒径を測定する測定手段間でも,その値が異なることがあることは,甲第16号証及び第17号証の実験報告書において,同じ球相当径についての異なる測定結果が開示されていることからも裏付けられるところであり,原告が主張するように,測定方法の違いにより実質的な差異が生じないとは言い切れない。


(3) この平均粒径について,訂正明細書には,例えば以下の記載があるに過ぎない。

ア「【0010】・・・平均粒径が3μm未満では滑り性や耐ブロッキング性が悪化するので好ましくない。逆に15μmを越えると外観が悪化するので好ましくない。・・・該不活性微粒子は,1種類でもよいし,平均粒径の異なるものを2種以上併用してもかまわない。平均粒径の異なるものを2種以上併用するのが好ましい実施態様である。該不活性微粒子は有機質であっても無機質であってもどちらでもかまわない。また,有機質と無機質の複合体であってもかまわない。無機質微粒子としては,線状低密度ポリエチレンに不溶性で,かつ不活性なものであれば特に制限はない。具体的には,シリカ,アルミナ,ジルコニア・・・これらの無機微粒子は天然品,合成品のどちらでもよく,粒子の形状も特に制限はない。」(3頁〜4頁)


イ「【0011】・・・架橋高分子粒子の材料としては,例えば,アクリル酸,メタアクリル酸・・・等のアクリル系単量体,スチレンやアルキル置換スチレン等のスチレン系単量体等と・・・等の架橋性単量体との共重合体;メラミン系樹脂;ベンゾグアナミン系樹脂;フェノール系樹脂;シリコーン系樹脂等が挙げられる。・・・該不活性微粒子の形状は特に限定されないが実質的に球状あるいはラグビーボール状のものが好ましい。・・・」(4頁)。


ウ「【0016】・・・本発明においては,該B層には平均粒径2〜7μmの不活性微粒子を0.3〜1.5重量%含まれる必要がある。平均粒径が2μm未満では滑り性や耐ブロッキング性が悪化するので好ましくない。逆に7μmを越えると外観が悪化するので好ましくない。3〜6μmがより好ましい。」


 これらの記載には,平均粒径の定義・意味,その測定方法について特定もされておらず,また,球状の不活性微粒子の具体的な製品名も挙げられていない。


 その他,訂正明細書のどこにも,それらを把握する手掛かりとなる記載はない。そうすると,当業者は,訂正明細書に接しても,その平均粒径として示された値がどのようなものであるか把握できないことになる。


  もっとも,明記がない場合にどのようなものが採用されるかについて当業者間に共通の理解があれば,特定はされているという余地はある。


 しかし,特許実務においても,上記の各種の平均粒径や測定方法が実際に使用されており,それぞれの意義や測定方法が明細書に明記されているのであって(乙第3号証ないし第8号証,第11号証),当業者間に上記のような共通の理解があるとは認められない。なお,原告も,審判手続では本件発明の平均粒径が個数平均径であるとしていたのに対し,本訴では体積平均径であるとしており,その主張は一貫していない。


(4) 以上のとおり,平均粒径の定義・意味,その測定方法如何で,その数値は有意に異なってくるものであり,しかも,いずれの定義・意味ないし測定方法も実際に使用されており,当業者間において,(明記がない場合)どれを使用するのが通常であるとの共通の認識があったと認めることもできないのであるから,訂正明細書においても,それについて定義する必要があるというべきである。


  しかるに,前記のとおり,訂正明細書には,それらを特定する明示の記載も,その手掛かりとなる記載もないのであるから,仮に,「球状」の特定の物質から成る不活性微粒子と特定することにより,その物質及び代表径の意義(球の直径)が把握できるとしても,なお,特定に欠けることは明らかである。


(5) 原告は,平均粒径は,本件発明の本質的部分ではないから,その特定は厳密でなくてもよい,と主張する。


  しかし,本件発明の目的は「【発明が解決しようとする課題】本発明の目的は,低温熱接着性,耐ブロッキング性に優れ,かつ,剛性の良好な線状低密度ポリエチレン系複合フィルムを提供することにある」(訂正明細書2頁)のであり,(3)において引用したとおり,平均粒径を一定の範囲のものにすることは,少なくとも耐ブロッキング性を確保するのに必要であるというのであるから,本件発明の本質的部分であることは明らかである。


  そして,そうである以上,平均粒径が,上記効果を達成できないような数値であってはならないのは当然であるから,既に甲第11号証で開示されている技術事項が存在するとしても,訂正明細書において厳密に定められる必要がないということはできない。


  以上のとおりであるから,審決には,法36条5項2号の判断の誤りはない。


3【法36条4項違反の判断の誤り】について


(1) 2で述べたとおり,そもそも本件発明において平均粒径の定義を特定できず,またメーカー名・商品名での特定もない以上,当業者は,どのような平均粒径を持った球状の不活性微粒子を用いればよいのかわからないであるから,本件発明を実施できないことは明らかである。


(2) 原告は,本件発明で用いる球状シリカ,球状ゼオライト及び球状架橋ポリメチルメタアクリレートは,いずれも市販品として入手容易なものばかりであり,それを用いて実施できる,と主張する。


  しかし,訂正明細書に,球状の不活性微粒子として,メーカーの公称値が特許請求の範囲に記載された平均粒径の範囲にあてはまるものであれば,どのような製品でも使用できるなどという記載はなく,現実に,そうであると認めるに足りる証拠もない。


 平均粒径の定義や測定方法に種々のものがあって,実際に複数のものが用いられていること,値も有意に異なることは,2で述べたとおりである。そして,当業者が,本件発明の不活性微粒子の平均粒径の値がメーカーの公称値であると信じるとも認められない。原告の主張は,失当である。


4 結論

  以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は理由がなく,その他,審決には,取消しの事由となるべき誤りは認められない。


  よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。