●平成19(行ケ)10401 審決取消請求事件「物品の溶剤清浄化方法」

 本日は、『平成19(行ケ)10401 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「物品の溶剤清浄化方法」平成20年09月10日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080911144256.pdf)について取上げます。


 本件は、特許無効審決の取り消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由1の「サポート要件」についての判断が参考になるかと思います。
 

 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 石原直樹、裁判官 榎戸道也、裁判官 杜下弘記)は、


1 取消事由1(「サポート要件」についての判断の誤り)について


(1) 原告は,本件明細書の例10及び11には,「特定の低沸点のフッ素化エーテル」 に該当する化合物の代表的な実施例として,「テトラフルオロエチルエチルエーテル」 が記載されており,当該実施例に記載された溶剤組成物が奏する効果として,例1〜9に具体的に記載されているものと同様の「 回路板からの融剤残渣の清浄化イオン系融剤残渣の除去割合」が得られる,フロン代替物としてのオゾン層破壊防止効果という「所望の効果(性能)」が記載されているから,本件発明1がサポート要件を満たさないとした審決の判断は誤りである旨主張する。


 また原告は, 本件発明1と同様の理由によって,本件発明2〜9についてもサポート要件を満たさないとする審決の判断は前提を誤っている旨主張する。


(2) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時(本件では優先権主張日)の技術常識に照らし,当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきであり,明細書のサポート要件の存在は,特許出願人(特許拒絶査定不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の原告)又は特許権者(平成15年法律第47号附則2条9項に基づく特許取消決定取消訴訟又は特許無効審判請求を認容した審決の取消訴訟の原告,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟の被告)が証明責任を負うと解するのが相当である(知財高裁特別部平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号)24〜25頁参照。)



 そこで,本件発明1が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができるかどうかが問題となる。


(3) 発明の詳細な説明の記載

 本件明細書の発明の詳細な説明の欄には,次の記載がある。


 ・・・省略・・・


(4) 上記(3)の各記載及び弁論の全趣旨によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の欄の記載について,次のようにいうことができる。


ア 本件発明は,電子部品又は印刷回路板のような汚染物品の清浄化に使用する溶剤としての低分子量エーテルの使用に関する発明である(上記(3)ア。)


イ このような溶剤には,環境への影響上良好であり,安定性があり,低毒性であり,不燃性であるなどの性質が求められている。


 しかるところ,普通の清浄化方法では,使用する溶剤が雰囲気中へ消失すること,すなわち大気中に残存することを完全に防止することはできないが,最近「普通の溶剤」はオゾン層に長期の悪影響を及ぼしてしまうことがわかり,代替溶剤が望まれている(上記(3)イ)。


ウ 本件発明1に係る物品の清浄化方法において使用される溶剤であるフッ素化エーテルは,「普通の溶剤」よりも安定性があり,従来の「普通の溶剤」類の代替品として使用することができるところ,代替する「普通の溶剤」よりもアルミニウムに対して安定的であるという利点がある(上記(3)ウ,エ。)


エ フッ素化エーテルを溶剤組成物として用いた例が例1〜11に示されているが,例1〜4は,塩素原子を含むフッ素化エーテルである2−クロロ−1,1,2−トリフルオロエチルメチルエーテル又はこれとメタノールとの混合物を用いた例であり,例5〜9は,沸点33〜35℃(630mmHg)のフッ素化エーテルであるテトラフルオロエチルメチルエーテル又はテトラフルオロエチルメチルエーテルメタノールとの共沸混合物(沸点34.5℃ ,テトラフルオロエチルメチル)エーテルと1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンとの共沸混合物(沸点34.9℃)若しくはテトラフルオロエチルメチルエーテルと1,1,2−トリクロロ−1,2,2−トリフルオロエタンとメタノールとの三元共沸混合物(沸点34.5℃)を用いた例であって,これら例1〜9は本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えていない(上記(3)オ。なお,630mmHgの圧力の下で沸点33〜35℃であるテトラフルオロエチルメチルエーテルの沸点が,1気圧(760mmHg)の下で54.5℃〜120℃となることが,本件特許出願に係る優先権主張日当時の当業者の技術常識上明らかであると認めることはできない。)。


オ 例1〜4については,清浄化試験の結果として,良好なイオン系融剤残渣の除去率が示され(例1〜3 ,また,アルミニウムの存在下における安定化試験の)結果として,安定性が高いことが記載されている(例4 。例5〜9については, )清浄化試験の結果として,沸点33〜35℃(630mmHg)のフッ素化エーテルであるテトラフルオロエチルメチルエーテルを用いたものについては良好なイオン系融剤残渣の除去率が示され(例5) ,上記三元共沸混合物についてはやや良好なイオン系融剤残渣の除去率が示されている(例9 (上記(3)オ。) )


カ 例10は,沸点56℃のフッ素化エーテルであるテトラフルオロエチルエチルエーテルと , メタノールとの共沸混合物沸点48 6℃ を用いた例(例11)は ,上記テトラフルオロエチルエチルエーテルエタノールとの共沸混合物(沸点46.3℃)を用いた例であるが,これら例10,11については,清浄化試験や安定性試験の結果が記載されていない(上記(3)カ。)


(5) ところで,弁論の全趣旨によると,本件明細書において,従来例に係る「普通の溶剤」として念頭に置かれているものはフロンであること,すなわち,本件発明はオゾン層破壊の原因物質であることが判明したフロンに代わる新たな溶剤フロン代替品を用いた物品の溶剤清浄化方法の発明であることが認められるところ(甲第10号証),「1989年 (平成元年 )12月20日株式会社工業調査会発行の代替フロンの探索環境保護と実用化への道」(43〜44頁)によると,フロン代替品については,オゾン破壊能力が小さく,かつ温室効果が小さいものである必要があるため,比較的安定しており,塩素の含量が少ないことが求められるほか,従来のフロンの使用状況は開放的な場合が多いことから無毒か低毒性である必要があり,引火点以下の範囲での使用が望ましいことから可能な限り不燃性であることも求められることが認められる。



 このようなフロン代替品に求められる性質を踏まえ,上記(4)で認定した本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を見ると,本件発明1の物品清浄化方法における溶剤であるフッ素化エーテルは,フロン代替品として共通に求められる性質(オゾン層に長期の悪影響を及ぼさないという点を含めて環境への影響上良好であり,安定性があり,低毒性であり,不燃性であるという性質)を満たすことを前提として,清浄化機能に優れ,特にアルミニウムに対して安定的である点に特徴があるものであるということができる。このことは,上記(3)オのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明中,実施例の記載において,清浄化試験及びアルミニウム存在下における安定性試験を行っていることとも整合するものである。


 そうすると,本件発明1がサポート要件を満たすというためには,本件発明1の物品の溶剤清浄化方法による清浄化機能が従来の溶剤であるフロンを使用したものとおおむね同等か,それ以上のものであること,及び,アルミニウム存在下において安定していることが,発明の詳細な説明に記載されている必要があるというべきである(なお,原告は「フロン代替物としてのオゾン層破壊防止効果」が本件発明の効果であるかのように主張するが,上記に説示したところに照らし,採用することはできない。)。


 しかしながら,本件明細書の発明の詳細な説明に実施例として記載されている例1〜11のうち,例1〜9は,上記(4)のエのとおり,使用されているフッ素化エーテルが本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えていないものであり,また,例10 , 11は,これに使用されているフッ素化エーテルが本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えているものであるとしても,上記(4)のカのとおり,清浄化試験及びアルミニウム存在下における安定性試験の結果がいずれも記載されていないのであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1の実施例に相当する例の記載を欠いたものといわざるを得ない。


 そして,本件明細書の他の記載において,本件発明1が上記の作用効果を奏することについて具体的に触れた部分はない。


 この点に関して原告は , 例10及び11に先立って記載されている例1〜4(塩素原子を含むフッ素化エーテル)や ,例5〜9(低沸点のフッ素化エーテル)には,「具体的に回路板から融剤残渣を清浄化し,イオン系融剤残渣の除去割合を測定した例が記載されて」おり,例10及び11はいずれも,これら例1〜9に具体的に記載されているものと同様の効果(回路板からの融剤残渣の清浄化,イオン系融剤残渣の除去割合 )が得られる「特定の低沸点のフッ素化エーテルに該当する化合物」の代表的な例としての「テトラフルオロエチルエチルエーテル」を記載したものであると主張するが,本件明細書中に原告主張のように理解する根拠となるような記載は認められず,そうであれば,当業者が明細書の記載を理解する上において,本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えていないフッ素化エーテルを使用した場合の作用効果についての記載が,本件発明1のフッ素化エーテルの構成を備えたフッ素化エーテルを使用した場合についても当然に及ぶものと認識するようなことは,期待すべくもないといわざるを得ない。このことは,異議時訂正の経過を参酌してもなお同様である。


 したがって,原告の主張を採用することはできず,本件発明1に係る物品清浄化方法は,当業者が,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,その課題を解決することができると認識できる範囲に含まれているということはできないというべきであり,本件発明1がサポート要件を満たしているということはできない。


(6) 本件発明2〜9は本件発明1を直接又は間接に引用するものであり,本件発明1に係る溶剤組成物を必須の構成要件とするものであるから,本件発明1と同様の理由により,サポート要件を満たしているということはできない。


2 結論


 以上のとおり,本件発明がサポート要件を満たしているということはできないとした審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がないから,その余の点について判断するまでもなく,本訴請求は理由がないというべきである。


 よって,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。