●平成19(行ケ)10412 審決取消請求事件「作業用アームレスト」

 今日は、午後から弁理士会会員研修に行ってきました。研修内容は「特許明細書の記載要件(36条)」で、複数の講師がそれぞれ説明するパネルディスカッション形式でした。「特許明細書の記載要件(36条)」については、個人的にもとても興味・関心があり、「最近は36条違反の拒絶理由が増えている。」点や、「知財高裁大合議の「偏光フィルム事件」は米欧だと36条の要件を満たしている。」等の情報も得られ、本日の研修内容はとても参考になりました。テキストに掲載されていて面白そうな判決例については、この日記でも取上げていきたいと思います。


 さて、本日は、『平成19(行ケ)10412 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「作業用アームレスト」平成20年08月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080827100340.pdf)について取上げます。


 本件は、進歩性違反の拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、進歩性の判断に際し、本願発明と引用発明とは、課題に対する解決方法を異にするものであるから,引用発明は,本願発明に係る技術を示唆するものではない、と判断した点で、とても参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 上田洋幸)は、


『当裁判所は,取消事由1に関する原告の主張には理由があり,原告の請求を認容すべきものと判断する。


 すなわち,引用発明は,ボールジョイントにより「支竿(2)」を揺動させることで,「支竿(2)」の上端に設けた「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするものであるのに対し,本願発明は,弾性的支柱の弾性変形により,弾性的支柱の上端に設けたアームレストを略水平方向に移動可能とするものであり,両者は課題に対する解決方法を異にするものであるから,引用発明は,本願発明に係る技術を示唆するものではない。以下,その理由を述べる。


1 取消事由1(相違点1についての容易想到性の判断の誤り)について


(1) 引用発明の記載について

ア 刊行物(甲1)の記載

 刊行物1(甲1)には,以下の記載がある。

 ・・・省略・・・

イ 引用発明における「支竿(2)」の意義及び作用

 以上の記載によれば,引用発明の「支竿(2)」は,その下端で「ボールジョイント(5)」を介して「机留め(3)」の下部に連結されて垂直方向を含む上方に伸び,その上端で「腕受け(1)」を「ボールジョイント(4)」を介して支承するものであり,垂直方向に配設されたロッド形の単一の支承要素と解することができる。そして,「支竿(2)」は,その下端の「ボールジョイント(5)」により,その上端が略水平方向に移動可能とされ,「支竿(2)」が動くことによって,「腕受け(1)」も,略水平方向に移動可能とされ,「腕受け(1)」の上端の「ボールジョイント(4)」によって,乗せられた腕の動きに応じて,その傾き等の姿勢を変更可能とするものである。


(2) 本願発明について

ア 本願発明の明細書の記載

(ア) 特許請求の範囲の記載

 本願発明に係る特許請求の範囲請求項1の記載は前記第2,2のとおりであり,この記載によれば,「弾性的支柱」は,(i)「上端が略水平方向に移動可能な垂直方向に配設され」,(ii)それが動くにつれてアームレストが「略水平方向に移動可能であり」,(iii)「ロッド形の単一の支承要素からなっていてアームレストを弾力をもって支承するためのばねを有」するものである。


 そうすると,「弾性的支柱」は,それ自体がその上端に備えたアームレストを略水平方向に移動させる弾性を有した「弾性的」な「支柱」を意味するとともに,アームレストを弾力をもって支承するためのばねを有したロッド形の単一の支承要素であると,当業者により合理的に理解される。


(イ) 本願明細書における発明の詳細な説明の記載


 本願明細書(甲5,6)には,「弾性的支柱」に関して図面とともに次の記載がある。

a 「図面に示す本発明の実施形態について説明する。受台3は床に置かれたスタンド4に載せられ,床から台3までの垂直な支柱2によって支持されており,多少弾力性を含んでいてもよい。支柱2は支持パイプ22と,この支持パイプ22中に滑動可能に嵌合した支持柱23とを有し,支持パイブ22及び支持柱23は,スチールで形成してもよいし,上に置かれた受台3が十分に動けるようにグラス・ファイバーや,いろいろな半径のばね,又はフラット・ばねで弾力性のあるものにしてもよい。これによって上部での腕の動きがより容易になる。」(2頁8行〜17行)

b 「支持パイプ22は下端がばね21によって支承され,ばね21は下端がスタンド4に設立された受筒5に受納されている。また支持パイプ22の上端はばね25によって支承され,ばね25の上下端は,受台3の支持孔6及び支持筒10内に受納され,支持筒10は支持パイプ22の上端に設けられている。」(2頁23行〜3頁4行)


c 「また受台3は,これを支持する支柱2の上下端がばね21,25によって支持されているため,使用者の腕に当接している個所の全体に渡ってほぼ均一に柔軟に当接し,腕に疲労をあたえることが防止される。」(3頁9行〜12行)


 以上の記載によれば,支柱2は弾性を有する素材であるスチールで形成してもよく,又は上端の受台3が十分に動けるようにグラス・ファイバーやいろいろな半径のばねやフラット・ばねといった素材で形成して弾力性のあるものにしてもよいものと解される。


イ 「弾性的支柱」の意義及び作用


 前記アで認定した本願明細書の記載によれば,「支柱(2)」は,弾性を有する素材で形成して弾力性のあるものにしてもよいとされるが,そこでいう「弾性」とは,「外力によって形や体積に変化を生じた物体が,力を取り去ると再びもとの状態に回復する性質。」を意味し(広辞苑第6版1776頁),「弾力」とは,「物体が変形に抗して,原形に復しようとする力」を意味するので(同1783頁),「支柱(2)」は,「弾性的に変形し,その変形による弾性復元力で原形に復元する支柱」であるといえる。そして,「支柱(2)」は,その素材をスチールとした場合でも,その上端が略水平方向に移動することで,その上端に支承した「受台(3)」を略水平方向に移動させることができ,そして,グラス・ファイバーや,いろいろな半径のばね,又はフラット・ばねといった素材で形成して弾力性のあるものとした場合には,「受台(3)」を略水平方向に十分に移動させて上部での腕の動きがより容易にさせることができるとされる。したがって,「支柱(2)」は,それ自体の弾性により,その上端に支承した「受台(3)」を略水平方向に移動させることができるものと解される。また,「支柱(2)」の上端には「ばね(25)」が設けられており,「受台(3)」は「ばね(25)」を介して「支柱(2)」の上端に支承されているのであるから,「支柱(2)」は,「受台(3)」を弾力をもって支承するためのばねを有しているといえる。


 したがって,本願明細書の記載を参照しても,前記アで認定したとおり,本願発明の「弾性的支柱」は,それ自体がその上端に備えたアームレストを略水平方向に移動させる弾性を有した支柱であると解される。


(3) 相違点1についての容易想到性の有無

ア 以上認定した事実を前提にすると,引用発明においては,「支竿(2)」は,その下端の「ボールジョイント(5)」により揺動することで,その上端が略水平方向に移動可能であり,それによって,その上端に設けられた「腕受け(1)」が略水平方向に移動可能としたものである。


 引用発明の「腕受け(1)」が本願発明の「アームレスト」に相当するところ,刊行物1には,「支竿(2)」の弾性について何ら記載されるところはない。


すなわち,本願発明は,弾性的支柱の弾性変形により,弾性的支柱の上端に設けたアームレストを略水平方向に移動可能とするのに対し,引用発明は,ボールジョイントにより「支竿(2)」を揺動させることで,「支竿(2)」の上端に設けた「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能としているといえるから,引用発明は,本願発明の弾性力をもって水平方向に移動可能に支承するという弾性的支柱の技術的意義を記載・示唆するものではない。


したがって,「弾性的支柱」と「支竿(2)」とはそれらの技術的意義が相違するから,上端に支持した「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするために,「支竿(2)」として弾性を有する素材を採用することが刊行物1に示唆されているとはいうことができない。


イ また,引用発明と周知技術との組合せについても,以下のとおり容易とはいえない。


 すなわち,上記(1)で述べたとおり,引用発明には,「ボールジョイント(5)」により,「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とするという技術的思想が記載されており,「支竿(2)」の弾性により「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とする技術的思想は開示も示唆もされていない。


 そうすると,本願発明と引用発明とは,腕受け(アームレスト)を水平方向に移動可能とする点において,技術的思想が異なるから,仮に身体保持具としての弾性力のある支柱が甲2及び甲3により周知の技術であるとしても,引用発明において,「支竿(2)」の上端に支承された「腕受け(1)」を略水平方向に移動可能とする手段として,「ボールジョイント(5)」に代えて,上記周知技術を適用することが容易であったいうことはできない。


(4) 被告の主張に対し


ア 被告は,本願明細書の「受台3は床に置かれたスタンド4に載せられ,床から受台3までの垂直な支柱2によって,支持されており,多少弾力性を含んでいてもよい。」との記載を根拠に,「支柱(2)」は弾力性を有さないものであってもよく,「弾性的支柱」は「支柱(2)」とは別個の部品であり,かつ「アームレストを弾力をもって支承するためのばね」と別のばねにより,アームレストを略水平方向に移動させるものも含まれると主張する。


 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり採用できない。


 すなわち,前記説示のとおり「弾性的支柱」は特許請求の範囲の記載に基づいて,それ自体が弾性を有する支柱と解すべきであり,上記本願明細書の記載は,単に「受台(3)」が弾性を含んでもよいとの趣旨を記載したにすぎないものと解するのが合理的である。したがって,被告の主張は失当である。


イ また,被告は,本願発明には「弾性的支柱が本来の待機位置を有するものである」ことを裏付ける事項が記載されていないと主張する。


 しかし,被告の上記主張も,以下のとおり採用できない。

 前記(1)で検討したとおり,「弾性的支柱」は,特許請求の範囲の記載に基づいてそれ自体が弾性を有する支柱であり,「弾性的に変形し,その変形による弾性復元力で原形に復元する支柱」であると解されるから,本来の待機位置を有するものと理解するのが合理的である。本願発明の「弾性的支柱」は,アームレストを水平方向に移動させる際に本来の待機位置を有するものであるといえる。したがって,被告の主張は失当である。


(5) 小括


 以上のとおり,刊行物1には,「支柱の弾性によりアームレストを略水平方向に移動可能にする」という技術的思想が記載又は示唆されていない。そて,引用発明及び周知技術(甲2,3)に基づいて,当業者が本願発明を容易に想到することができたということはできない。したがって,審決が,相違点1について容易に本願発明をすることができたと判断した点に誤りがある。


2 結論

 以上のとおり,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の主張する取消事由1には理由があり,審決の判断の誤りがその結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって,原告の請求は理由があるからこれを認容し,主文のとおり判決する。 』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。