●平成19(ワ)32196不当利得返還請求事件「図形表示装置及び方法」

Nbenrishi2008-08-30

 本日は、『平成19(ワ)32196 不当利得返還請求事件 特許権 民事訴訟「図形表示装置及び方法」平成20年08月28日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080829092532.pdf)について取上げます。


 本件は、不当利得の返還請求事件で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、東京地裁における特許発明の技術的範囲の解釈の判断が参考になるかと思います。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸、裁判官 平田直人、裁判官 柵木澄子)は、


2 争点(3)〔本件発明の技術的範囲の解釈〕について

(1)特許法70条は,その1項において,「特許発明の技術的範囲は、願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならない。」と規定し,その2項において,「前項の場合においては、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとする。」と規定している。


 これらの規定によれば,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならないものの,特許請求の範囲の意味内容をより具体的で正確に判断する資料として,明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語の意味を解釈すべきものと解するのが相当である。


 そして,公衆に発明の技術を開示した代償として当該発明に独占権を与えるという我が国の特許制度の趣旨や,特許発明は,発明の詳細な説明に,当業者が実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されたものでなければならないとする特許法36条の趣旨に照らすと,特許請求の範囲に記載された特許発明の技術的範囲は,明細書の実施可能に開示された技術に基づいて解釈されるべきである。


 ところで,前記第2の1前提となる事実(2)のとおり,本件発明1の特許請求の範囲には,

「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップと、
 垂直方向読出信号および水平方向読出信号が入力され、指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力する座標回転処理手段と、
 図形発生手段と、
を備え、
 前記第1の読出信号を前記マップに供給して該マップより読出順序データを得、該読出順序データと前記第2の読出信号とを前記図形発生手段に供給して図形データを得、該図形データによって図形表示を行う図形表示装置であって、
 前記図形発生手段は、ピクセル単位で、前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得、図形を回転表示することを特徴とする図形表示装置。」

 との記載があり,本件発明2の特許請求の範囲には,

「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータを記憶するマップを設けるステップと、
 垂直方向読出信号および水平方向読出信号を受け取って、指定された回転量に対応した第1の読出信号および第2の読出信号を出力するステップと、
前記第1の読出信号に基づいて前記マップから読出順序データを得るステップと、
前記読出順序データと前記第2の読出信号とから図形データを得、該図形データによって図形表示を行うステップと、
を備える図形表示方法であって、
 図形表示を行う前記ステップが、ピクセル単位で、前記区域毎の独立した表示内容の読出順序データを受けて該読出順序データに対応する図形データであって前記第2の読出信号によって特定されたピクセルデータを得、図形を回転表示するステップを含むことを特徴とする図形表示方法。」

 との記載がある。


 しかしながら,これらの記載のうち,「垂直方向読出信号および水平方向読出信号」,「第1の読出信号」,「第2の読出信号」,「座標回転処理手段」,「図形発生手段」,「読出順序データ」等の用語は,特定の意味で使用されているものの,それ自体,抽象的かつ機能的な表現であるため,特許請求の範囲の記載だけでは,当業者において,いかなる技術的意義を有するのかを理解することができない。また,「複数個のピクセルからなる区域毎に独立した表示内容を指示するデータ」,「図形データ」,「ピクセルデータ」等の用語については,それらの一般的な意味を理解することも可能であるものの,これら相互の関係,さらには,「第1の読出信号」,「第2の読出信号」,「読出順序データ」との関係が不明であり,特許請求の範囲の記載だけでは,当業者において,本件発明の技術的範囲を正確に理解することが困難であるといわざるを得ない。


 そこで,以下において,本件発明の技術的範囲の理解のため,本件明細書の発明の詳細な説明等を参照することとする。


(2)本件明細書(甲2)には,発明の詳細な説明として,次の記載がある(なお,明らな誤記と認められる記載については,訂正して記載する。)。

 ・・・省略・・・

(3)本件明細書の発明の詳細な説明の記載によれば,本件発明は,「マップと図形発生部とを用いて図形を回転表示することができる図形表示装置及び方法に関するもの」であり(前記(2)ア),従来の技術においては,「キャラクタジェネレータを用いた装置によって図形(文字を含む)を表示するために、マップおよびキャラクタジェネレータによって表示図形が記憶されたメモリを構成し、マップから読出された読出順序データによってキャラクタジェネレータから図形データを読出し、その読出した図形データを、ラスタスキャン方式によって図形として表示」していたところ(前記(2)イ),「表示位置を水平方向や垂直方向に移動表示させる位のことは可能だが、描画用メモリを持たないため、図形を拡大・縮小表示することが可能であるかどうかも明らかでなく、まして、図形の回転表示など、当該技術分野の技術者の全く思い及ばないところであり、その手法は未知のものであった。」とされている(前記(2)ウ)。


 本件明細書には,前記(2)ウのとおり,「この発明は、マップとキャラクタジェネレータとを用いて図形の回転表示を可能とする装置及び方法を提供することを目的とする。」と記載されているものの,前記(2)エのとおり,課題を解決するための手段(段落【0009】)の記載内容は,本件発明の特許請求の範囲の記載と同一であって,それ以上に具体的な記載はされていない。


 そして,前記(2)オのとおり,本件明細書では,その大部分が実施例の説明に割かれており,この唯一の実施例が詳細に記載されているものである。


 このように,本件明細書の発明の詳細な説明及び図面を参照しても,実施例以外には十分な技術的事項の開示がされていないため,本件発明の技術的範囲の解釈に当たっては,この唯一の実施例の記載にあらわれた図形の回転表示の技術を考慮せざるを得ないというべきである。


 そして,前記(2)オによれば,本件発明の技術的事項を具体的にあらわす唯一の実施例においては,ラスタスキャン方式の下で,座標回転処理部によって座標系に左右の回転を与え,16×16ピクセル単位で区域毎に独立した表示内容が記憶されたマップから,アクセス中の記憶内容のほかに,マップ上の左右いずれかの隣接した部分の記憶内容をも読み出し(アクセス中の部分の記憶内容は「ナウ」,その左隣の部分の記憶内容は「ネクスト」,右隣の部分の記憶内容は「バック」と定義されている。),読み出した2つの記憶内容に基づきキャラクタジェネレータから隣接した2つの図形データを一度に取り出すことにより,図形を回転して表示することを可能にする技術が開示されている。


 すなわち,本件発明の技術的な要点は,マップから隣接する2つの図形を表示するためのデータを取り出し,このデータに基づきキャラクタジェネレータから隣接した2つの図形データを一度に取り出して,2つの図形を同時に処理対象とすることによって,図形の回転表示を実現することにあるものと認めることができる。


 他方,原告は,本件明細書において,本件発明の基本的な考え方は,回転後の座標値からキャラクタコードと回転後のピクセルデータを取得し,これを1ピクセル毎に繰り返すことで任意の回転表示を実現することにあるのであり,実施例は,上記の基本的な考え方を前提とした上で,ハードウエアで実現するための速度を重視して,マップや図形発生手段で複数ピクセルをまとめて処理した例を記載したにすぎない旨を主張する。


 しかしながら,本件明細書中において,原告の主張する1ピクセル毎の繰返しの処理により回転表示を実現するとの技術思想を開示した記載を見出すことはできない。


 つまり,本件明細書において,本件発明の技術的事項を具体的に開示する唯一の実施例は,前記(2)オの段落【0058】ないし【0067】の記載にあらわれたとおり,図形の回転表示を実現するために,1ピクセル毎の繰返しではなく,いわば1キャラクタ幅(実施例では,16ピクセル)毎の繰返しをもって,隣接する2つのキャラクタの図形データを斜めに順次読み出す処理による技術を示したものにほかならないというべきである。


 原告の主張は,本件明細書の開示に基づかないものであって,採用することができない。


 そこで,以下においては,上記の技術的範囲の解釈を踏まえて,本件発明の構成要件の解釈をすることとする。 』

 
 と判示されました。

 
 なお、本件は、原告および被告の同一性等からして、昨年の4/19の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20070419)で取上げた、『平成18(ネ)10007 損害賠償請求控訴事件 特許権 民事訴訟 「図形表示装置及び方法事件」平成18年09月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20060929110516.pdf)に関連する事件のようです。なお、こちらは知財高裁事件であり、知財高裁における特許発明の技術的範囲の解釈について、とても参考になる事案です。


 詳細は、本判決文を参照してください。