●平成19(行ケ)10299「細糸を含むベースファブリックを有するプレス

 本日は、『平成19(行ケ)10299 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「細糸を含むベースファブリックを有するプレスフェルト」平成20年08月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080827111740.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、「特許を受けようとする発明が明確であること」を特許要件とした特許法36条6項2号についての判断の点で参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 齊木教朗、裁判官 嶋末和秀)は、


『 当裁判所は,(1)請求項1記載の「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」,(2)請求項7記載の「それぞれのクロス機械方向糸」,及び,(3)請求項7記載の「撚成されたモノフィラメント」の各意味内容は,いずれも明確であるので,これらについて明確性を欠くとした審決には誤りがあると判断する。その理由は以下のとおりである。


1 取消事由1(請求項1記載の文言の明確性)について

(1) 審決は,請求項1記載の「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」について,「撚成された」の記載が「モノフィラメント」あるいは「シングル撚糸」のいずれを修飾するのか,「モノフィラメント」の記載が単数あるいは複数のいずれであるのか,が一義的に明らかではなく,同記載部分は,(i)「撚って成る1本のモノフィラメント」からなる片撚糸,(ii)「撚って成る複数本のモノフィラメント」からなる片撚糸,(iii)撚って成る「1本のモノフィラメントからなる片撚糸」,?撚って成る「複数本のモノフィラメントからなる片撚糸」の4通りに解釈できるが,いずれも,その意味する技術内容が不明りょう又は多義的であって,一義的に定まらないから明確でないと判断した。


(2) しかし,以下のとおり,審決の上記判断には誤りがある。


ア 現明細書の記載

 現明細書には,以下の記載がある。

(ア)【0033】本発明のベースファブリック組合体又はベースファブリックに利用される糸は製品となった複合プレスフェルトの望まれる特性に応じて変わるであろう。本発明の思想によれば,ベースファブリックには,またはベースファブリック構造体の1層のベースファブリックには,撚成されたモノフィラメント撚糸からなる少なくとも1セットのクロス機械方向糸が使用されるであろう。当業者には周知であるが,撚糸(plied yarn)とは,2本以上のシングル糸が撚糸状態となっているものである。本発明の撚成されたモノフィラメント撚糸とは,撚成されたモノフィラメントが二本以上で撚られてシングル撚糸となったものである。
(イ)【0034】本発明のベースファブリックのクロス機械方向に使用される撚成モノフィラメント撚糸は,好適には,約0.1mmから約0.3mmの範囲の直径を有するシングルモノフィラメントを有している。本発明のベースファブリックのクロス機械方向に使用される最適な撚成モノフィラメント撚糸は,ポリアミドモノフィラメント撚糸である。この好適なポリアミドモノフィラメント撚糸は,PAモノフィラメント糸であり,一般的に0.1mmまたは0.2mmの直径で,2本撚タイプあるいは3本撚タイプである。


(ウ)【0035】ベースファブリックの残りの糸は,マルチフィラメント糸,モノフィラメント糸,撚ったマルチフィラメント糸またはモノフィラメント糸,スパン糸,あるいはそれらのいかなる組合せでもよい。当業者であれば本発明の思想に従って,望むプレスフェルトに合った糸タイプを選択することが可能である。


イ「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」の意義

(ア) 現明細書の【0033】によれば,「撚成されたモノフィラメント撚糸」について,「撚成されたモノフィラメント」が2本以上で撚られて「シングル撚糸」となったものであると定義されている。そして,これに続く,【0034】ないし【0035】の各記載は,【0033】で定義された趣旨を前提として,「撚成されたモノフィラメントからなるシングル撚糸」の内容の詳細を説明している。そうすると,現明細書の記載によれば,(i)「撚成された」の語はそれに続く「モノフィラメント」を修飾し,(ii)「モノフィラメント」は複数本を意味すると,それぞれ理解するのが合理的である。


(イ) この点,請求項1において「撚成されたモノフィラメント」が複数本であることは明示的に示されていない。


 しかし,上記ア記載のとおり,「撚成されたモノフィラメント」は「モノフィラメント」に撚りをかけたものであるところ,「モノフィラメント」は「1本の繊維」(甲1,乙3)を意味し,また,「シングル撚糸」は1本又は2本以上の糸で撚られたものを意味することは明らかである(甲2,甲3,乙2)。


 そうすると,「撚成されたモノフィラメント」について,更に撚りをかけて「シングル撚糸」とする場合,仮に「撚成されたモノフィラメント」が1本であることを前提として,その1本のモノフィラメントを対象として再度撚りをかけるということは,およそ技術常識に照らして,意味のない解釈となるから,当業者は,請求項1記載の「シングル撚糸」について,複数本の「撚成されたモノフィラメント」に撚りをかけたものであると理解するのが合理的であるといえる。すなわち,請求項1項の「シングル撚糸」の意義について,「撚成されたモノフィラメントが1本である場合」は,およそ技術常識から離れた解釈であるから,そのような場合を含まないと理解して差し支えない。


 以上のとおり,請求項1記載の「撚成された・・・シングル撚糸」とは,「撚成されたモノフィラメント」を複数本集めて撚られたシングル撚糸を指すものと理解されるべきである。


ウ 被告の主張に対し


 被告は,「撚り」の対象は「フィラメント糸」(甲3,乙2)であること,そして「フィラメント糸」は複数で構成されるものであること(乙3)等に照らすならば,撚りをかける対象としての1本の「糸」は,「フィラメント糸」を意味するのであって,「モノフィラメント」を想定することはないから,請求項1項所定の「撚成されたモノフィラメント」の意味内容が不明りょうであると主張する。


 しかし,被告の上記主張は,以下のとおり失当である。


 上記イのとおりであって,技術常識に照らすならば,請求項1所定の「撚成されたモノフィラメント」について,その撚成の対象は,「1本のモノフィラメント」であると理解するのが最も合理的である。


 また,甲12には,「1本又はそれ以上のフィラメントから成るフィラメント糸。よりがある場合とない場合とがあり,1本のフィラメントから成る糸をモノフィラメント糸,2本以上又はそれ以上のフィラメントから成る糸をマルチフィラメント糸という。」との記載があり,同記載からみても,撚りをかける対象を「モノフィラメント」であるとすることは想定できないものではない。

 したがって,「ただ1本のモノフィラメントのみ」に撚りをかけることを想定し得ないとした審決には誤りがある。


(3) 以上によれば,原告主張の取消事由1は,理由がある。


2 取消事由2(請求項7記載の文言の明確性)について

(1) 審決は,請求項7の「2層のベースファブリック層のそれぞれの少なくとも1セットのクロス機械方向糸のそれぞれのクロス機械方向糸」という記載における「それぞれのクロス機械方向糸」の意味については,2層のベースファブリック層のそれぞれの層に存在する少なくとも1セットのクロス機械方向糸のうち,(i)「2層のベースファブリック層に存在するすべてのクロス機械方向糸」を意味するのか,(ii)「各層において,すべてではなく1セット以上のクロス機械方向糸」を意味するのか,(iii)「1層のみの1セット以上のクロス機械方向糸」を意味するのかについて多義的な理解が可能であるから,不明確である旨判断している。


(2) しかし,上記の「2層のベースファブリック層のそれぞれの」という記載における「それぞれの」という言葉は,「2層」のうちの「それぞれの層」を意味するものと解されるから,「それぞれの少なくとも1セットのクロス機械方向糸」とは,「それぞれの層[各層]において,すべてではなく1セット以上のクロス機械方向糸」(審決が言及した上記(ii))を意味するものと理解するのが合理的である。


 よって,請求項7の「それぞれのクロス機械方向糸」の意味内容が一義的に明らかでなく,明確性を欠くとした審決の判断には誤りがあり,この点に関する原告の主張には理由がある。


3 取消事由3(請求項7の文言の明確性)について

 取消理由1に係る説示と同一であり,原告主張の取消事由3は,理由がある。


4 結論

 以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がある。その他,被告は縷々反論するがいずれも理由がない。したがって,原告の本訴請求は理由があるから,審決を取り消すこととし,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。