●平成20(行ケ)10001「音素索引多要素行列構造の英語と他言語の対訳

 本日は、『平成20(行ケ)10001 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「音素索引多要素行列構造の英語と他言語の対訳辞書」平成20年08月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080827101011.pdf)について取上げます。


 本件は、本願発明が特許法2条1項に定義する「発明」ということはできず,同法29条1項柱書きの規定により特許を受けることができないとした拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容、すなわち特許庁の拒絶審決が取り消された事案です


 本件は、6/25の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080625)で取上げた、『平成19(行ケ)10369 審決取消請求事件 特許権「歯科治療システム」平成20年06月24日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080625101726.pdf)に続き、特許法2条1項に定義する「発明」の該当性に関し、特許庁の判断が覆った事案であり、この点で、審査基準ないしは審査・審判等に影響を与える事案ではないかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 上田洋幸)は、


『 1 取消事由2について

 当裁判所は,本願発明が,人の精神活動又は人為的取り決めであり,自然法則を利用したものといえないとした審決の論理及び結論には誤りがあると解する。その理由は,以下のとおりである。


(1) 特許法2条1項所定の発明の意義

 特許法2条1項は,発明について,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」をいうと規定する。


 したがって,ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,いかに,具体的であり有益かつ有用なものであったとしても,その課題解決に当たって,自然法則を利用した手段が何ら含まれていない場合には,そのような技術的思想の創作は,特許法2条1項所定の「発明」には該当しない。


 ところで,人は,自由に行動し,自己決定することができる存在であり,通常は,人の行動に対して,反復類型性を予見したり,期待することは不可能である。


 したがって,人の特定の精神活動(社会活動,文化活動,仕事,余暇の利用等あらゆる活動を含む。),意思決定,行動態様等に有益かつ有用な効果が認められる場合があったとしても,人の特定の精神活動,意思決定や行動態様等自体は,直ちには自然法則の利用とはいえないから,特許法2条1項所定の「発明」に該当しない。


 他方,どのような課題解決を目的とした技術的思想の創作であっても,人の精神活動,意思決定又は行動態様と無関係ではなく,また,人の精神活動等に有益・有用であったり,これを助けたり,これに置き換える手段を提供したりすることが通例であるといえるから,人の精神活動等が含まれているからといって,そのことのみを理由として,自然法則を利用した課題解決手法ではないとして,特許法2条1項所定の「発明」でないということはできない。


 以上のとおり,ある課題解決を目的とした技術的思想の創作が,その構成中に,人の精神活動,意思決定又は行動態様を含んでいたり,人の精神活動等と密接な関連性があったりする場合において,そのことのみを理由として,特許法2条1項所定の「発明」であることを否定すべきではなく,特許請求の範囲の記載全体を考察し,かつ,明細書等の記載を参酌して,自然法則の利用されている技術的思想の創作が課題解決の主要な手段として示されていると解される場合には,同項所定の「発明」に該当するというべきである。


 この観点から,本願発明が,特許法2条1項所定の「発明」に当たるか否かについて検討する。


(2) 本願明細書の記載及び本願発明の内容


ア 本願発明の特許請求の範囲(請求項3項)は,前記第2の2のとおりである。すなわち,


「音素索引多要素行列構造の英語と他言語の対訳辞書の段階的相互照合的引く方法。対訳辞書の引く方法は,以下の三つの特徴を持つ。一,言語音の音響物理的特徴を人間視覚の生物的能力で利用できるために,英語の音声を子音,母音子音アクセント,スペル,対訳の四つの要素を横一行にさせた上,さらに各単語の子音音素を縦一列にローマ字の順に排列(判決注「配列」の誤記と認める。)させた。二,英語音声を音響物理上の特性から分類した上,情報処理の文字コードの順に配列させたので,コンピュ−タによるデータの処理に適し,単語の規則的,高速的検索を実現した上,対訳辞書を伝統的辞書のような感覚で引くことも実現した。三,辞書をできるだけ言語音の音響特徴と人間聴覚の言語音識別機能の特徴に従いながら引くようにする。すなわち,まずは耳にした英語の音声を子音と母音とアクセントの音響上の違いに基づいて分類処理する。次に子音だけを対象に辞書を引く。同じ子音を持った単語が二個以上有った場合は,さらにこれら単語の母音,アクセントレベルの音響上の違いを照合する。この段階的な言語音の分類処理方法によって,従来聞き分けの難しい英語音声もかなり聞き易くなり,英語の非母語話者でも,英語の音声を利用し易くなった。以下ではさらに詳しく説明する。英語の一単語に四つ以上の要素(基本情報)を持たせ,辞書としての本来の機能を果すだけでなく,これらの基本情報の段階的相互照合的構造によって,調べたい目標単語を容易に見つける索引機能も兼ねる。探したい目標単語の音声(音素)に基づいて,子音音素から母音音素への段階的検索する方法の他に,目標単語の前後にある候補単語の対訳語,単語の綴り字内容を相互に照合する方法という二つの方法によって目標単語を見つける。まずは目標単語の音声から子音音素を抽出し,その子音音素のロ?マ字転記列(判決注「ローマ字転記列」の誤記と認める。)のabc順に目標単語の候補を探す,結果が一つだけあった場合は,その行を目標単語と見なし,この行にあったすべての情報を得る。子音転記の検索結果が二つ以上あった場合は,さらに個々候補の母音音素までを照合する。もしくは,前後の候補の対訳語と単語の綴り字までを参照しながら,目標単語を確定する。」


イ 本願明細書の「発明の詳細な説明」欄には,図面とともに,以下の記載及び説明がある。


 ・・・省略・・・


ウ 本願発明の内容

上記「本願発明の特許請求の範囲」の記載によれば,本願発明の内容は,以下のとおり整理することができる。すなわち


(ア) 対象とする対訳辞書について,英語の単語を,(i)子音,(ii)母音子音アクセント,(iii)スペル,(iv)対訳の四つの要素を横一行にさせた上,さらに各単語の子音音素を縦一列にローマ字の順に配列させたこと,そして,英語音声を音響物理上の特性から分類した上,情報処理の文字コードの順に配列させたことを構成要素としている。
(イ) 対訳辞書の引き方について,(i)耳にした英語の音声を,子音と母音とに,アクセントの音響上の違いに基づいて分類処理する,(ii)目標単語の音声から子音音素を抽出する,(iii)その子音音素のローマ字転記列のabc順に目標単語の候補を探す(子音だけを対象に辞書を引く。),(iv)結果が一つだけあった場合は,その行を目標単語とみなし,この行にあったすべての情報を得る,(v)子音転記の検索結果が二つ以上あった場合は,さらに個々候補の母音,アクセントレベルの音響上の違いを照合する,(vi)子音の他,母音,アクセントが同じであった場合は,目標単語の前後にある候補単語の対訳語,単語の綴り字内容を相互に照合する方法によって目標単語を見つけるとの手順を踏み,できるだけ言語音の音響特徴と人間聴覚の言語音識別機能の特徴に従いながら対訳辞書を引くこと,探したい目標単語の音声(音素)に基づいて,子音音素から母音音素への段階的検索をすることを構成要素としている。


(ウ) 機能上の特徴について,(i)言語音の音響物理的特徴を人間視覚の生物的能力で利用できること,(ii)コンピュ−タによるデータの処理に適し,単語の規則的,高速的検索を実現したこと,(iii)対訳辞書を伝統的辞書のような感覚で引くことも実現したこと,(iv)段階的な言語音の分類処理方法によって,従来聞き分けの難しい英語音声もかなり聞き易くなり,英語の非母語話者でも,英語の音声を利用し易くなったこと,(v)英語の一単語に四つ以上の要素(基本情報)を持たせ,辞書としての本来の機能を果すこと,(vi)これらの基本情報の段階的相互照合的構造によって,調べたい目標単語を容易に見つける索引機能も兼ねることを挙げている。


(3) 特許法2条1項所定の「発明」への該当性について


ア 前記(2)の認定を基礎に,本願発明の特許法2条1項の「発明」該当性について判断する。


 本願発明の特徴は,以下のとおりである。


 すなわち,英語においては,発音のパタンが多く,文字と発音の「ズレ」も著しいため,発音から文字の綴り字を推測することは難しい。その点を解決するための手段として,本願発明は,非母語話者であっても,一般に,音声(特に子音音素)を聞いてそれを聞き分け識別する能力が備わっていることを利用して,聞き取った音声中の子音音素を対象として辞書を引くことにより,綴り字が分からなくても英単語を探し,その綴り字,対訳語などの情報を確認できるようにし,子音音素から母音音素へ段階的に検索をすることによって目標単語を確定する方法を提供するものである。そして,子音を優先抽出して子音音素のローマ字転記列をabc順に採用している点からすると,本願発明においては,英語の非母語話者にとっては,母音よりも子音の方が認識しやすいという性質を前提として,これを利用していることは明らかである。そうすると,本願発明は,人間(本願発明に係る辞書の利用を想定した対象者を含む。)に自然に具えられた能力のうち,音声に対する認識能力,その中でも子音に対する識別能力が高いことに着目し,子音に対する高い識別能力という性質を利用して,正確な綴りを知らなくても英単語の意味を見いだせるという一定の効果を反復継続して実現する方法を提供するものであるから,自然法則の利用されている技術的思想の創作が課題解決の主要な手段として示されており,特許法2条1項所定の「発明」に該当するものと認められる。


イ この点につき,審決は,特許法2条1項所定の「発明」に該当しない根拠を,概要,以下のとおり述べる。


(ア) 「一,言語音の音響物理的特徴を人間視覚の生物的能力で利用できるために,英語の音声を子音,母音子音アクセント,スペル,対訳の四つの要素を横一行にさせた上,さらに各単語の子音音素を縦一列にローマ字の順に配列させた。」との記載は,対訳辞書の引く方法の特徴というよりは,引く対象となる対訳辞書の特徴というべきものであって,本願発明の「辞書を引く方法」は,人間が対訳辞書を引く方法を特許請求するものであると解釈可能であるから,対訳辞書の特徴がどうであれ人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めに留まるものである。


「二,英語音声を音響物理上の特性から分類した上,情報処理の文字コードの順に配列させたので,コンピュ−タによるデータの処理に適し,単語の規則的,高速的検索を実現した上,対訳辞書を伝統的辞書のような感覚で引くことも実現した。」との記載は,この特徴もやはり対訳辞書の引く方法の特徴というよりは,引く対象となる対訳辞書の特徴というべきものであって,本願発明の「辞書を引く方法」は,人間が対訳辞
書を引く方法を特許請求するものであると解釈可能であるから,対訳辞書の特徴がどうであれ人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めに留まるものである。


「三,辞書をできるだけ言語音の音響特徴と人間聴覚の言語音識別機能の特徴に従いながら引くようにする。すなわち,まずは耳にした英語の音声を子音と母音とアクセントの音響上の違いに基づいて分類処理する。次に子音だけを対象に辞書を引く。同じ子音を持った単語が二個以上有った場合は,さらにこれら単語の母音,アクセントレベルの音響上の違いを照合する。」との記載は,人間の聴覚で識別された言語音の音響特徴にしたがって分類処理し,人間が対訳辞書を引く方法を記述しているものであり,人間の聴覚で識別された言語音の音響特徴を分類処理することは,専ら人間の精神活動を規定したものにすぎず,人間の精神活動である分類処理の結果にしたがって,人間が辞書を引く動作は,人間が行うべき動作を特定しており,人為的取り決めそのものといえ,やはり,自然法則を利用しているものとはいえないなどの理由を述べる。


(イ) しかし,審決の判断は,以下のとおり失当である。

 前記(1)のとおり,出願に係る特許請求の範囲に記載された技術的思想の創作が自然法則を利用した発明であるといえるか否かを判断するに当たっては,出願に係る発明の構成ごとに個々別々に判断すべきではなく,特許請求の範囲の記載全体を考察すべきである(明細書及び図面が参酌される場合のあることはいうまでもない。)。


 そして,この場合,課題解決を目的とした技術的思想の創作の全体の構成中に,自然法則の利用が主要な手段として示されているか否かによって,特許法2条1項所定の「発明」に当たるかを判断すべきであって,課題解決を目的とした技術的思想の創作からなる全体の構成中に,人の精神活動,意思決定又は行動態様からなる構成が含まれていたり,人の精神活動等と密接な関連性を有する構成が含まれていたからといって,そのことのみを理由として,同項所定の「発明」であることを否定すべきではない。


 そのような観点に照らすならば,審決の判断は,(i)「対訳辞書の引く方法の特徴というよりは,引く対象となる対訳辞書の特徴というべきものであって,・・・対訳辞書の特徴がどうであれ人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めに留まるものである」などと述べるように,発明の対象たる対訳辞書の具体的な特徴を全く考慮することなく,本願発明が「方法の発明」であるということを理由として,自然法則の利用がされていないという結論を導いており,本願発明の特許請求の範囲の記載の全体的な考察がされていない点,及び,(ii)およそ,「辞書を引く方法」は,人間が行うべき動作を特定した人為的取り決めであると断定し,そもそも,なにゆえ,辞書を引く動作であれば「人為的な取り決めそのもの」に当たるのかについて何ら説明がないなど,自然法則の利用に当たらないとしたことの合理的な根拠を示していない点において,妥当性を欠く。


 したがって,審決の理由は不備であり,その余の点を判断するまでもなく,取消しを免れない。


 のみならず,前記のとおり,本願の特許請求の範囲の記載においては,対象となる対訳辞書の特徴を具体的に摘示した上で,人間に自然に具わった能力のうち特定の認識能力(子音に対する優位的な識別能力)を利用することによって,英単語の意味等を確定させるという解決課題を実現するための方法を示しているのであるから,本願発明は,自然法則を利用したものということができる。


 本願発明には,その実施の過程に人間の精神活動等と評価し得る構成を含むものであるが,そのことゆえに,本願発明が全体として,単に人間の精神活動等からなる思想の創作にすぎず,特許法2条1項所定の「発明」に該当しないとすべきではなく,審決は,その結論においても誤りがある。


(4) 小括


 そうすると,審決が,本願発明について,自然法則を利用した技術的思想の創作ではなく,特許法2条1項に定義する「発明」ということはできず,同法29条1項柱書きの規定により特許を受けることができないと判断した点は誤りであり,取消事由2は理由がある。


2 結論

 以上によれば,その余の点を判断するまでもなく,審決は違法であり,原告の請求は理由がある。よって,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。