●平成12(ワ)11657不正競争民事訴訟「磁気信号記録用金属粉末事件」

 本日は,『平成12(ワ)11657 不正競争 民事訴訟「磁気信号記録用金属粉末事件」平成13年09月20日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/7502C0475D6EF35649256B10001CD835.pdf)について取上げます。


 本件は、先日の弁理士会の継続研修の「不正競争防止法の改正について」のテキストに取上げられていた事案です。


 本件は、被告が原告の顧客である訴外ソニー株式会社に,原告の製造・販売する磁気信号記録用金属粉末は被告の有する日本国特許を侵害すると考える旨告知したことは,競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為(不正競争防止法2条1項13号)に当たると主張して,原告が,被告に対し,同法4条に基づき損害賠償を求めるとともに,同法7条に基づき謝罪広告の掲載を求め、その請求が棄却された事案です。


 先日の研修会での講師の話によれば、本事件のように、取引先への警告でも、状況により当該警告が正当な権利行使と認められる場合には、正当な行為として違法性が阻却される、という新しい判断が出てきたとのことです。


 なお、下記では、不正競争防止法2条1項13号を、改正後の14号に修正しています。


 つまり、東京地裁(民事第46部 裁判長裁判官 三村量一、裁判官 村越啓悦、裁判官 青木孝之)は、


『 1 不正競争防止法2条1項14号は,競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知し,又は流布する行為を不正競争行為の一類型として規定する。


 これは,営業者にとって重要な資産である営業上の信用を虚偽の事実を挙げて害することにより競業者を不利な立場に置くことを通じて,自ら競争上有利な地位に立とうとする行為は,不公正な競争行為の典型というべきであることから,これを不正競争行為と定めて禁止したものである(平成5年法律第47号による改正前の不正競争防止法(昭和9年法律第14号)においても,1条1項6号に同様の規定が置かれていた。)。


 上記立法趣旨にかんがみれば,競業者に特許権等の知的財産権を侵害する行為があるとして,競業者の取引先等の第三者に対して警告を発し,あるいは競業者による侵害の旨を広告宣伝する行為は,その後に,特許庁又は裁判所の判断により当該特許権等が無効であるか,あるいは競業者の行為が当該特許権等を侵害しないことが確定した場合には,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するというべきである。


 しかしながら,他方,特許権等の知的財産権を行使する行為は,正当行為として許されるものであるところ,特許法は,物の発明について,その物を生産する行為のみならず,その物を使用し,あるいは譲渡する行為等をも,発明の実施としているから(特許法2条3項1号),特許権者は,その競業者が当該特許権を侵害する製品を製造し,これを譲渡している場合において,その譲受人が業として当該製品を使用し,あるいは再譲渡しているときには,特許権者は,競業者たる譲渡人のみならず,譲受人に対しても,その行為が特許権を侵害するとしてその責任を問うことが可能である。


 そこで,競業者が特許権侵害を疑わせる製品(以下「侵害被疑製品」という。)を製造販売している場合において,特許権者が競業者の取引先に対して,競業者が製造し販売する当該製品が自己の特許権を侵害する旨を告知する行為が,虚偽の事実の告知として不正競争行為に該当することがあるかどうかが,問題となる。


 このような場合において,特許権者が競業者の取引先に対して行う前記告知は,競業者の取引先に対して特許権に基づく権利を真に行使することを前提として,権利行使の一環として警告行為を行ったのであれば,当該告知は知的財産権の行使として正当な行為というべきであるが,外形的に権利行使の形式をとっていても,その実質がむしろ競業者の取引先に対する信用を毀損し,当該取引先との取引ないし市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものであるときには,当該告知の内容が結果的に虚偽であれば,不正競争行為として特許権者は責任を負うべきものと解するのが相当である。そして,当該告知が,真に権利行使の一環としてされたものか,それとも競業者の営業上の信用を毀損し市場での競争において優位に立つことを目的としてされたものかは,当該告知文書等の形式・文面のみによって決すべきものではなく,当該告知に先立つ経緯,告知文書等の配布時期・期間,配布先の数・範囲,告知文書等の配布先である取引先の業種・事業内容,事業規模,競業者との関係・取引態様,当該侵害被疑製品への関与の態様,特許侵害争訟への対応能力,告知文書等の配布への当該取引先の対応,その後の特許権者及び当該取引先の行動等,諸般の事情を総合して判断するのが相当である。


2 これを本件についてみると,本件においては,(i) 被告は,当初,原告との交渉を行ったが,交渉が進展しないことから,ソニーに本件書簡を送付したものであること,(ii) 本件書簡等のソニー宛ての書簡において,被告は,本件特許及び対応外国特許の内容を示した上で,ソニー自身の行為が特許権侵害に該当するので,自身の行為についての対応として自らの判断により交渉に応じてほしい旨を繰り返し述べていること,(iii) ソニーは原告製品を用いてビデオテープを自ら製造販売しているのであって,単に侵害被疑製品の流通に関わるか又はこれを使用するだけの者とは異なること,(iv) ソニーは,世界有数の大企業であり,高度の技術陣を擁し,特許権侵害訴訟に対処する能力・経験を十分に有すること,(v) ソニーは,被告宛ての書簡(乙8)において,特許侵害の有無について被告と直接議論しないことによる自身の危険を十分に承知していると述べていること,(vi) 現に,被告は,ソニー・エレクトロニクス・インク社及びソニーを相手として,米国において訴訟を提起していること,といった事情が存在するものであって,これらの事情に照らせば,被告がソニーに対して本件書簡を始めとする一連の書簡を送付したのは,真にソニーに対して本件特許等の権利を行使することを前提として,訴訟提起に先立って直接の交渉を持つために行ったものと認めるのが相当である。


 そうであれば,被告がソニーに本件書簡等を送付した行為は,権利行使の一環として正当行為と評価すべきものであって,単に市場において優位な立場に立つことを目的として第三者に対して虚偽の陳述を行った行為と同視することはできず,結局のところ,不正競争防止法2条1項13号所定の不正競争行為に該当するということはできない。


 なお,被告がソニーに送付した本件書簡を始めとする書簡においては,本件特許のみならず,米国第4290799号特許等の対応外国特許をも挙げて,原告製品がこれらの権利を侵害する旨が記載されていたものであるところ,本件特許については,前記のとおり,原告と被告との間で,原告製品について本件特許に基づく差止請求権等が存在しないことを確認する判決が確定しているが,前記米国特許等については,特許の有効性や原告製品が技術的範囲に属するかどうかの司法判断は示されておらず,現に米国特許についてこの点が米国裁判所において審理されているところである。


 被告によるソニーに対する特許侵害の指摘は,米国において販売されていたビデオテープについてされていたのであるから,ソニー宛ての書簡においては,前記米国特許の侵害が重要な比重を占めていたものというべきところ(現にその後被告は米国特許に基づいてソニー及び関連会社に対する特許権侵害訴訟を提起している。),当該米国特許の侵害の点についての本件書簡の記載は,現時点においては,いまだこれを虚偽の事実ということはできない。したがって,この点からも,本件書簡の送付をもって,直ちに不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するということはできない。



3 よって,原告の請求は理由がないから,主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は,本判決文を参照してください。