●平成15(ネ)514 特許権 民事訴訟「フェモチジン事件」(1)

 本日は、『平成15(ネ)514 特許権 民事訴訟「フェモチジン事件」平成15年11月27日 大阪高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/28658AF345383D4C49256E3600184B93.pdf)について取上げます。


 本件は、特許権侵害差止請求控訴事件で、本件控訴が棄却された事案です。


 本件では、まず、争点(1)の「被告医薬品は、本件特許発明の構成要件を文言上充足し、本件特許発明の技術的範囲に属するか否か」についての判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪高裁(第8民事部 裁判長裁判官 竹原俊一、裁判官 小野洋一、裁判官 中村心)は、


『 1 争点(1)について

 ・・・省略・・・ 
(2) 特許請求の範囲の解釈

ア(ア) 本件特許発明は、「B型」のファモチジンを対象とするところ、「B型」は、純粋なB型に限定されるのか、それとも一定比率以下のA型とB型との混合物を含むものであるのかについて検討する。


 (イ) 前記認定のとおりの本件明細書の発明の詳細な説明の記載内容を検討すると、本件明細書は、従前結晶多形の存在が知られていなかったとされるファモチジンについて、融解吸熱最大、赤外吸収スペクトルの特性吸収帯及び融点を異にするA型とB型の複数の結晶型(結晶多形)があること、A型とB型は、物理化学的性質及び生体利用可能性において大きく相違し、結晶化の動力学的条件により結晶型が決せられることなどを前提として、特許請求の範囲において、純粋なB型とその製造方法を示したものであると理解することができる。


 特に、本件明細書の発明の詳細な説明の記載(【0018】、【0030】)からすれば、原告は、方法特許(請求項2及び3)に係る記載ではあるが、その最大の利点は、100%の形態学的純度を有するファモチジンを製造し、かつ、正確にファモチジン多形を相互に並びに明らかにされていない組成の多形混合物から区別することにあること、他方、他の結晶型が5%含有されているものは純粋な結晶型ではない(【0018】の記載がこのように解される理由は、原判決38頁22行目の「本件明細書」から39頁4行目の「いうべきである。」までに記載のとおりであるから、これを引用する。)との認識を明らかにしていることが認められる。


(ウ) しかも、平成8年意見書(乙第8号証)の記載内容からすれば、原告は、本件特許発明の特許性について、本件特許発明の対象は純品なB型であるとして、A型とB型との混合物であった従来例との差異を強調することにより特許査定を得たことが認められる。


(エ) 以上によれば、本件特許発明の対象となるB型とは、基本的に、A型を全く含まない純粋なB型(以下「純粋なB型」という。)を意味するものと解するのが相当である。


(オ) これに対し、原告は、本件明細書及び平成8年意見書の記載内容について、前記第3の1(1)ア(オ)のとおり主張するが、本件明細書及び平成8年意見書の記載内容をそのように理解することができないことは、原判決38頁3行目から39頁4行目までに記載のとおり(ただし、38頁16行目の「マグネチックスラーター」を「マグネチックスターラー」と改める。)であるから、これを引用する。


 また、原告は、本件特許発明は、結晶多形を有するファモチジンを、物質の物理的性質により分類したものであって、結晶型のみに着目して混合物か純粋物かに分類したものではないから、本件特許発明の対象は、構成要件(i)ないし(iii)の各パラメータを全て充足する、「形態学的に均質な」(上記各パラメータという指定された特性についてその組成の一様な)B型と解すべきであり、純粋なB型に限定する必要はなく、A型を含むB型についても、上記各パラメータを充足する限り本件特許発明の技術的範囲に属すると主張する。


 しかし、本件明細書の発明の詳細な説明には、構成要件(i)ないし(iii)の各パラメータを充足するものがB型ファモチジンであること、方法特許(請求項2及び3)の目的が、正確にファモチジン多型を相互に並びに明らかにされていない組成の多型混合物から区別された、100%の形態学的純度を有するファモチジンを製造する点にあること等を示唆する記載があるのみであり、原告主張のようなものも本件特許発明の「ファモチジン」に含まれることをうかがわせる記載ないし示唆は全くないから、原告の上記主張は採用することができない。


イ(ア) もっとも、前記ア記載のとおり本件特許発明の対象となるB型とは、基本的に、A型を全く含まない純粋なB型を意味するものであるとしても、測定法の問題や絶対的に純粋な結晶は存在しないこと(弁論の全趣旨)に照らせば、通常の測定法では検出できない程度のA型が混入したB型(以下「ほぼ純粋なB型」という。)についても、本件特許発明の対象となるB型に含まれると解する余地はある。


 そして、具体的に何%までA型が混入したとしても、ほぼ純粋なB型といい得るかについては、本件明細書の特許請求の範囲のみならず、発明の詳細な説明にも明示されていない(ただし、本件明細書中には、多くとも5%未満であることを示唆する記載【0030】は存在する。)が、本件特許請求の範囲第1項は、融解吸熱最大(構成要件(i))、赤外吸収スペクトル(構成要件(ii))及び融点(構成要件(iii))により、本件特許発明の対象を特定していることを考慮すると、上記の各構成要件について、本件特許請求の範囲第1項に記載されたB型の特性のみが検出され、A型の特性が検出されない程度しかA型を含んでいないB型も、ほぼ純粋なB型として、本件特許発明の構成要件を文言上充足すると解することが可能であると考えられる。


 そして、上記の、融解吸熱最大(構成要件(i))及び赤外吸収スペクトル(構成要件(ii))について、B型の特性のみが検出され、A型の特性が検出されないという意味は、次の(イ)及び(ウ)のとおりである。


(イ) 融解吸熱最大について、本件明細書に、B型はDSCで159℃、A型は167℃であることが明瞭に区分して記載されていること(【0002】、【0010】、【0011】、【0016】及び【0017】等)からすれば、構成要件(i)の「その融解吸熱最大がDSCで159℃にあり、」とは、その融解吸熱最大がDSCで159℃にあり、A型の混入を示す高温側の融解吸熱最大が存在しないことを指すと解釈すべきである。


(ウ) 赤外吸収スペクトルについて、本件明細書に、B型の特性吸収帯は3506、3103及び777?-1にあり、A型のそれは3450、1670、1138及び611?-1であることが明瞭に区分して記載されていること(【0010】、【0011】、【0016】及び【0017】等)からすれば、構成要件(ii)の「その赤外スペクトルにおける特性吸収帯が3506、3103及び777?-1にあり、」とは、上記の特性吸収帯が検出されるのみならず、A型の混入を示す3450、1670、1138及び611?-1の特性吸収帯が検出されないことを指すと解釈すべきである。


(エ) なお、この点に関し、原告は、融解吸熱最大(構成要件(i))及び融点(構成要件(iii))は、赤外吸収スペクトル(構成要件(ii))によって、対象物が、公知のA型とB型との混合物とは区別された、本件特許発明の対象であるB型と同定された後、B型であることを確認するため補助的に用いられる特性であると解すべきである旨主張するが、本件明細書にそれをうかがわせる記載ないし示唆は全くないばかりか、そのような解釈は構成要件(i)及び(iii)を無視するに等しいものであって、採用することができない。


(3) 被告医薬品の構成要件該当性
 
 ・・・省略・・・

(4) 以上のとおり、被告医薬品は、純粋なB型ではなく、しかも、融解吸熱最大(構成要件(i))及び赤外吸収スペクトル(同(ii))において、A型の特徴が検出されるものであるから、ほぼ純粋なB型であるともいえず、本件特許発明の技術的範囲に属しないことが明らかである。 』


 と判示されました。


 明日に続きます。