●平成13(ネ)2296 特許権 民事訴訟 東京高等裁判所

Nbenrishi2008-08-17

 本日は、『平成13(ネ)2296 特許権 民事訴訟 平成14年04月30日 東京高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/5B2275D0D3C54E9249256BF8002017EB.pdf)について取上げます。


 本件は、特許権侵害差止請求控訴事件で、本件控訴が棄却された事案です。


 本件では、拒絶理由通知に対する意見書中での主張により、本件発明の本質的部分が認定され、また、特許権取得の過程において均等の成立を妨げる特段の事情が存在するものと判断され、均等侵害が成立しないと判断されており、この点で参考になる事案かと思います。


 つまり、東京高裁(第18民事部 裁判長裁判官 永井紀昭、裁判官 塩月秀平、裁判官  古城春実)は、


『当裁判所も、控訴人の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却すべきものであると判断する。その理由は、当審における控訴人の主張について次のとおり付加するほか、原判決の事実及び理由欄の「第三 当裁判所の判断」の一及び三(原判決33頁6行ないし40頁1行、及び52頁3行ないし57頁1行)のとおりである。

 1 本件発明(1)について

 (1) 本件発明(1)の構成要件B1は、(i)所定量のヘパリン塩を用意し、(ii)所定量の水溶性充填剤を用意し、(iii)該ヘパリン塩と該充填剤とを合し、(iv)a該混合工程の後この混合したヘパリン塩および充填剤を凍結乾燥して複数の綿撒糸を製造し、b該綿撒糸の一つ又は複数を注射器に入れるが、(v)この際該一つ又は複数の綿撒糸は約15U.S.P単位より低いヘパリン活性を有し、というものである。


 被告方法が構成要件B1(iv)の「複数の綿撒糸を製造し、該綿撒糸の一つ又は複数を注射器に入れる」という「順序」を踏むものでなく、したがって、構成要件B1(iv)を文言上充足しないことは、原判決の認定のとおりであり、控訴人も当審においてこの点を争うものではない。


 そうすると、被告方法は、控訴人主張の構成要件B1(iv)に関する均等侵害が成り立たない限り、構成要件B1(ii)を充足すると否とにかかわりなく、本件発明(1)の技術的範囲に属するとはいえないことになる。


 そこで、以下、被告方法について、控訴人主張の構成要件B1(iv)に関する均等侵害の成否を検討する。


 (2) 証拠(乙5、7、8、甲2、3、4)及び弁論の全趣旨によれば、本件特許出願の経過は、原判決34頁10行ないし39頁4行に摘示のとおりであり、出願人は、平成8年12月19日付拒絶理由通知(乙5)に対して、同9年7月14日付けで手続補正書を提出し(乙7)、特許請求の範囲を本件明細書記載のものに補正するとともに、同日付けで意見書(乙8)を提出したこと、及び、同意見書には本件発明に関して、


 (i) 「新請求項1は、本願発明がヘパリン塩の存在による誤差を回避しつつ、血液試料の遊離カルシウムイオン濃度を測定することを包含しています。この本願請求項1に記載した測定法は、従来血液試料を採取するときに注射器中に使用した量に比較して、少量のヘパリン塩を必要とするにすぎません。比較的僅少量のヘパリン塩を注射器中に使用することは、その小さい寸法のために多くの製造上及び取り扱い上の問題を有します(本願明細書【0017】【0018】)。本願測定法は、充填剤を減少量のヘパリンと共に包含して成形される1つ以上の綿撒糸を必要とします。更に、この綿撒糸は凍結乾燥法を用いて製造されます。すなわち、本願におけるヘパリンの減少量及び充填剤を含有する綿撒糸は注射器自体の中で混合されないということです。綿撒糸を製造した後、これら綿撒糸の1つ又は複数を注射器内に挿入します。・・・本願発明におけるこれらの多くの工程の組合わせは公知技術に見出すことはできません。」、


 (ii) 「(引用例1には)更に、ヘパリン塩及び充填剤の組合わせ綿撒糸を最初に凍結工程により製造し、次いで血液試料を採取(する)ために注射器中に挿入し、配置することを示唆する教示も全くありません。」、


 (iii) 「(引用例2に関し)この公報中にも、凍結乾燥工程により綿撒糸を製造し、かつ次いで注射器中に綿撒糸を挿入配置し、・・・は記載されていません。」、


 (iv) 「本願発明以前に、綿撒糸を凍結乾燥法により製造し、かつ充填剤を含有することにより、その製造上及び取り扱い上の問題を解決して、更に綿撒糸中に存在するヘパリン量を減少させるという著しい特徴部に関する記載は全くありません。


 特に、注射器中に綿撒糸を配置する前に凍結乾燥工程を用いて、必要とされる低量のヘパリン及び充填剤を組み合わせることに関して従来技術にはどんな示唆も見いだすことができません。」、


 (v) 「新請求項4はその成分及び濃度により規定した本願発明により得られる綿撒糸に関するものです。・・・更に、この綿撒糸を使用することにより初めて、血液試料中の遊離カルシウムイオン濃度を測定する際にヘパリンの使用による誤差を現象することが可能になり、かつその製造及び取り扱い上の問題が解決されたのです。」と記載されていることが認められる。


 (3) 上記(2)で認定した本件特許の出願経過に照らすと、出願人は、拒絶理由通知に対する意見書(乙8)の中で、補正後の特許請求の範囲に記載された発明が引用例記載の発明とは区別され、新規性及び進歩性を有するものであることを説明して、「綿撒糸を製造した後、これら綿撒糸の1つ又は複数を注射器内に挿入します。・・・本願発明におけるこれらの多くの工程の組合わせは公知技術に見出すことはできません。」、「(引用例2には)綿撒糸を最初に凍結工程により製造し、次いで血液試料を採取(する)ために注射器中に挿入し、配置することを示唆する教示も全くありません。」(下線付加)等と主張していたことが認められる。


 綿撒糸を製造した後、これを注射器内に入れる旨の説明は、意見書中に繰り返し表れており、説明の趣旨自体は明確であって、不用意な言明とも認められないところ、その内容は、これを客観的にみると、「綿撒糸を製造した後、・・・注射器内に挿入する」という工程の組合わせないし「順序」が公知技術との相違点であるとして、本件発明の新規性及び進歩性を説明しているものであり、上記工程ないし順序が本件発明の特徴的部分であることを言明したものであると理解される。


 そして、出願人が特許請求した発明の特徴について、出願手続中で提出した意見書等において自ら説明し言明した事項は、通常、特許請求された発明の内容を、出願人自身の認識に基づいて、最も端的に表現したものということができるのであるから、均等論の適応が問題となる場面で、当該発明の特徴的部分がどこにあるかを把握するに当たっては、これらの言明を参酌して、出願に係る発明の特徴的部分を出願人の説明どおりのものとして理解することが、一般に合理的であると考えられる。


 本件においては、意見書の記載内容自体に照らしても、拒絶理由通知で指摘された公知技術との関係においても、特許出願手続の過程における出願人自身の言明に反して、綿撒糸を製造した後注射器内に入れるという「順序」が発明の特徴的部分ではないと理解すべき事情は認められない。


 そうすると、本件発明(1)において、綿撒糸を製造し、その後に綿撒糸を注射器内に入れるという工程ないし順序は、本件発明(1)を特徴づける発明の本質的部分であると解するのが相当であり、この工程ないし順序を踏まない被告方法を本件発明(1)と均等のものということはできない。


 (4) 控訴人は、意見書(乙8)では、引用例と本件発明との相違点のすべてに言及したため、前記「順序」も本件発明(1)を構成する内容として主張されることになったにすぎず、「綿撒糸を製造した後、注射器内に挿入する」という「順序」を発明の本質的要素として強調したことはないと主張する。


 しかし、同意見書中の記述が、客観的にみて、「まず綿撒糸を製造すること」ないし上記「順序」が本件発明を特徴づける要素であるという趣旨の主張であると認められることは前判示のとおりであるから、控訴人の主張は採用することができない。


 また、控訴人は、意見書と同日付けで提出された手続補正書(乙7)では、「順序」によって本件発明(1)を限定する補正はしておらず、この同手続補正書による補正の趣旨からみても、意見書中の記述が「順序」によって本件発明(1)を限定する趣旨のものでなかったことが理解されるし、拒絶理由通知に示された引用例は、拒絶を回避するために順序により本件発明を限定する必要を生じさせるようなものではなかった、などと主張する。


 しかし、意見書は補正後の本件発明について、その特徴を説明しているものであるから、同時期になされた補正において「順序」による明示の限定がなされなかったいう事実があっても、そのことは意見書の内容が「順序」を発明の特徴として述べたものであると認定することを妨げるものではない。


 特に、補正内容との関連でいうと、上記補正後の明細書の発明の詳細な説明中には、依然として「独立した固体として取り扱うのが容易な強度を有する綿撒糸」の製造に関する事項(控訴人主張の作用効果Bに関連する)が記載されており、これらの詳細な説明の記載全体を踏まえて意見書を読み、かつ請求項1の記載と照らし合わせて合理的に理解するときは、意見書中の記述は、原判決認定のとおり、「綿撒糸を製造した後、これら綿撒糸の一つ又は複数を注射器に挿入する」という工程そのものが本件発明(1)の特徴であることを強調したものということができる。


 また、引用例との関係において発明を限定する必要がなかったと事後的に評価することができる場合であっても、出願人自身が自ら発明の特徴について述べていた事項は、均等論適用の場面で当該発明の特徴的部分を把握するうえで、重視されるべき解釈資料と位置づけられるのであり、本件においては、控訴人の上記主張を勘案しても、発明の特徴的部分を出願人の言明どおりのものとして把握することを不合理とする事情は存在しないというべきである。



 以上のとおりであるから、綿撒糸を製造し、その後に綿撒糸を注射器内に入れるという工程ないし順序は本件発明(1)の特徴をなす本質的部分ではないとする控訴人の主張は、採用することができない。


 (5) さらに、出願人が、拒絶理由通知に対する意見書(乙8)において、「綿撒糸を製造した後、これらの綿撒糸の1つ又は複数を注射器に挿入する」という工程ないし順序は、公知技術に見いだすことができない旨主張し、この点に基づいて本件発明(1)の新規性及び進歩性を主張していたことは、別の観点からみると、本件発明(1)を限定したものとも評価することができる。


 出願経過記録を検討する第三者は、出願手続の過程で提出された出願人の意見書等の中でなされた表明に依拠して特許請求された発明を理解し、その技術的範囲についての予測を形成することも多いという事情を考えるとき、出願手続中で出願人自ら発明の新規性及び進歩性を基礎づける特徴として説明していた事項が権利成立後、権利行使の場面において、発明の本質的特徴に係わる事項ではないと主張され、均等論の適用が求められた場合に、これを安易に認めることは相当でないというべきである。


 本件においては、特許権取得の過程において、出願人自身が発明の特徴を主張することにより本件発明(1)を限定する趣旨とみられる言明をしているのであり、そのことからすると、均等の成立を妨げる特段の事情が存在するというべきである。

 (6) 以上のとおりであるから、被告方法は、本件発明(1)の構成要件B1(iv)に関して、本件発明(1)と均等の構成を有するものとはいえない。


 したがって、構成要件B1(ii)の充足性について判断するまでもなく、被告方法は、本件発明(1)の技術的範囲に属するものとはいえない。


 2 本件発明(2)について


 被告製品中のヘパリンとポリビニルピロリドン混合物の凍結乾燥物が、文言上、本件発明(2)の構成要件ア(ii)を充足しないこと、また、上記凍結乾燥物に関する控訴人の均等の主張に理由がないことは、原判決のとおり(52頁3行ないし57頁1行)であり、控訴人も当審において、この点を特に争わないところである。


 したがって、被告製品は、本件発明(2)の技術的範囲に属するものとはいえない。


 3 結論


 以上検討したところによれば、控訴人の本訴請求はいずれも理由がなく、これらを棄却した原判決は相当である。よって、本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。