●平成15(ネ)277実用新案権 民事訴訟「圧流体シリンダ」名古屋高裁

 本日も、『平成15(ネ)277 実用新案権 民事訴訟「圧流体シリンダ」平成17年04月27日 名古屋高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/330685562CD687494925710E00091047.pdf)について取上げます。


 本件では、ボールスプライン最高裁判決を引用した均等論による侵害の判断で、均等侵害を認めた点で参考になります。


 つまり、名古屋高裁(民事第3部 裁判長裁判官 青山邦夫、裁判官 田邊浩典、裁判官 手嶋 あさみ)は、


『(5) 争点(1)ウ「イ号物件は,本件考案と均等といえるか。」について


 ア 構成要件Aの「スチールバンド」は,「スチール」の材質からなる「バンド」の意味と解されるところ,イ号物件においては,これが存在せず,「樹脂製」の「バンド」によって構成されているから,構成要件Aの「スチールバンド」を充足しない。したがって,イ号物件は,本件考案を文言侵害しないことは明らかである。


 イ 被控訴人は,上記の相違にかかわらず,イ号物件は,本件考案の請求の範囲に記載された構成と均等なものとしてその技術的範囲に属する旨(均等論)主張する。


 一般に,実用新案権侵害訴訟において,相手方が製造等をする製品(以下「対象製品等」という。)が考案の技術的範囲に属するか否かを判断するときは,願書に添付した明細書の請求の範囲の記載に基づいて,その技術的範囲を確定しなければならず(法26条,特許法70条1項),請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合には,これらの対象製品等は,考案(実用新案権)の技術的範囲に属するということはできない(したがって,権利侵害は存しない)のが原則である。


 しかし,(ア)出願の際に将来のあらゆる侵害態様を予想して明細書の請求の範囲を記載することは極めて困難であり,相手方において,その構成の一部を出願後に明らかになった物質・技術等に置き換えることによって,実用新案権者による権利行使を容易に免れることができるとすれば,考案の保護・奨励を通じて産業の発達に寄与する等の法の目的に反するばかりでなく,社会正義に反し,衡平の理念にもとる結果となるのであって,このような点を考慮すると,考案の実質的価値は,第三者が請求の範囲に記載された構成からこれと実質的に同一なものとして容易に想到することのできる技術に及び,第三者はこれを予期すべきものと解するのが相当である。


 他方,(イ)考案の出願時において公知であった技術や,当業者が出願時にこれから容易に推考することができた技術については,そもそも何人も実用新案権を受けることができなかったはずのものであるから(法3条),対象製品等がそのようなものであれば,考案の技術的範囲に属するものということはできないし,(ウ)出願手続において出願人が請求の範囲から意識的に除外したなど,考案者の側においていったん考案の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとった等,権利者が後にこれと反する主張をすることが,禁反言の法理に照らし許されないといった事情が存在する場合には,当該考案について保護は与えられるべきではない。


 したがって,以上を総合すると,上記のように対象製品等に考案の構成要件と一部に異なる部分が存する場合であっても,

(i)当該部分が考案の本質的部分ではなく,
(ii)当該部分を対象製品におけるものと置き換えても,考案の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するものであって,
(iii)上記のように置き換えることに,当業者が,対象製品の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,
(iv)対象製品が,考案の出願時における公知技術と同一又は当業者がこれからその出願時に容易に推考できたものではなく,かつ
(v)対象製品が考案の出願手続において登録請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,その対象商品等は,実用新案登録請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,考案の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁判所平成10年2月24日第3小法廷判決・民集52巻1号113頁参照)。


 ウ そこで以下検討すると,まず(i)の本質的部分とは,登録請求の範囲のうちで,先行技術と対比して当該考案特有の課題解決手段を基礎づける特徴的な部分,言い換えれば,当該部分が他の構成に置き換えられるならば,全体として当該考案の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解される。そのような本質的特徴に係る構成要件を欠く場合には,もはや対象製品等は当該考案と技術的思想を異にするものであって,同一の技術という余地はないと考えられるからである。


   しかるところ,本件明細書によれば,本件考案はピストンロッドを有しないいわゆるロッドレスシリンダについての考案であること,ロッドレスシリンダは,バレルに封入したピストンに一体に止着したドライバーの先端を,バレルの長手方向にピストンの軸線と平行に穿設したスリットにより外部に突出させ,2本のバンドのうちインナーバンドにて圧流体を密封するとともに,アウターバンドにてスリット内の防塵を行うように構成され,圧流体供給口よりバレル内に圧流体を供給することにより,ピストンと一体構成のドライバーがスリット内において左右に移動し,ドライバーによって被移送体を移送する構造になっていること,そして,スリットはドライバーの摺動抵抗を少なくするため,スリットの側壁とドライバーとの間に遊隙が設けられていること,そのため,このままの状態でシリンダを作動させ被移送体を移送させると,ドライバーに軸芯と直角方向の荷重が作用した場合には,その荷重方向によって右又は左(本件明細書第2図参照)に倒れ,スリットの側壁と2本のバンドに摺接しながら移動するので,摺動抵抗を増大させるばかりでなく,正確な直線移動を行い得なくなり,精密機械に使用することは適当でなくなる問題が生じること,さらに,シリンダは圧流体を供給することにより,バレルが押し広げられてスリットが広くなる傾向があり(この広がり幅は圧流体の圧力の強弱,ピストンのストロークの長短等の条件により種々変化する),そのため上記の欠点は更に助長されること,このような欠点を是正するために,従来は,ドライバーに案内子を取り付け,この案内子をガイドロッドによって案内する方法か,バレル上面の左右の稜角部にガイドレールを取り付け,この左右のガイドレールによってドライバーを案内する方法がとられてきた(本件明細書第4図参照)こと,しかし,上記の各従来技術によれば,ドライバーが傾倒する欠点は防止することができるが,ガイドロッドによって案内する方法は,ガイドロッドをシリンダと別個に設けなければならないため装置が大型になり,また,バレルの稜角部にガイドレールを設ける方法は,圧流体の供給によってスリットが広がることにより,ガイドレールのゲージも共に広がり,摺動抵抗が増大するおそれがあるという欠点を有していたこと,本件考案は,上記欠点を解決するために,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに,その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に設け,その上にスリット幅方向の両外側に案内面をそれぞれ備えた棒状の案内レールを一体に突設して,片持ち状態でドライバーを案内することによって,装置を小型化しつつ,圧流体が供給されてピストンの軸芯に負荷が作用してもドライバーが左右に傾倒することなく,摺動抵抗を極めて小さくして,ドライバーを支障なく正確に案内できるようにしたもの(かつセンサスイッチ等の制御機構の取付けにも支障ないようにしたもの)であること,以上の事実が認められる。


 これによれば,本件考案の特徴は,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁の一方のみに,その側壁から下方に延びる側壁の下方部にベースを一体に設け,その上にスリット幅方向の両外側に案内面をそれぞれ備えた棒状の案内レールを一体に突設して,片持ち状態でドライバーを案内することによって,装置を小型化しつつ,圧流体が供給されてピストンの軸芯に負荷が作用してもドライバーが左右に傾倒することなく,摺動抵抗を極めて小さくして,ドライバーを支障なく正確に案内できるようにしたことにあり,この構成が本質的部分であると認められる。他方,ロッドレスシリンダにおいて,スリットを密封し,バレル内に供給された圧流体を封じ込めるものとして,スチールバンドを用いることは,本件考案の本質的部分でないことも明らかである。


 この点について,控訴人は,構成要件Aは,いわゆる「おいて書き」の形式で記載され,本件考案の前提要件であるから,「スチールバンド」は,本件考案の本質的部分である旨主張するところ,なるほど,「おいて書き」に記載される構成は,公知技術や上位概念を表示する場合の用語例として用いられることが多いことは否定できないが,本質的部分か否かは,その記載形式だけで決定されるものではなく,前記のとおり,従前技術と比較して,当該考案の特徴がどの部分に存在するかを実質的に考察して判断すべきものであるところ,上記のとおり,本件考案の本質的部分が,バレルのスリットを挟んだ両側の側壁のうち,一方のみに案内レールを突設して,片持ち状態でドライバーを案内することにあると認められるから,控訴人の主張は採用できない。


 エ 次に,前記のとおり,構成要件Aの「スチールバンド」は,スリットを密封し,バレル内に供給された圧流体を封じ込める作用効果を有しているところ,この目的,作用効果を達成するためのバンドが鋼製でなければならないという技術的理由は見当たらず,イ号物件の樹脂製のベルトも,同様の目的,作用効果を有していることは,その構成から明らかであるから,(ii)の置換可能性を肯認することができる。


 この点について,控訴人は,樹脂製バンドが,「スチールバンド」と比較して,種々の利点を有すると主張し,両者の作用効果が同一であることを否定するが,本件考案における「スチールバンド」が果たすべき役割は,上記のとおり,スリットを密封し,バレル内に供給された圧流体を封じ込めることにあり,かつそれでもって足りるから,樹脂製バンドが,この役割を果たすに際して,「スチールバンド」が有していない利点を持っているとしても,置換可能性が否定されるものではなく,控訴人の上記主張は,採用できない。


 オ 続いて,(iii)の要件について判断するに,証拠(甲3,乙3,5の1,2)によれば,ロッドレスシリンダにおいて,スリットを密封するシールバンドとしてスチールバンド又は樹脂製バンドを用いることは,本件考案出願当時において公知であったと認められ,これに照らせば,イ号物件の製造開始時において,当業者は,「スチールバンド」を樹脂製バンドに置き換えることを容易に想到することができたというべきである。


 カ さらに,控訴人は,(iv)の要件に関し,イ号物件は,公知技術1,公知技術4及び公知技術5を併せれば,当業者が極めて容易に推考できた旨主張するが,この点に関する判断は後記(2)のとおりであり,上記の各公知技術によって,本件考案ひいてはイ号物件を容易に推考できたと認めることはできない。


 キ 最後に,控訴人は,本件出願時に樹脂製バンドは既に存在し,容易想到であり,上位概念である「シールバンド」という用語を用いるについて何の支障もなかったにもかかわらず,被控訴人は,出願に際し,あえて(誤って)樹脂製バンドを含まない「スチールバンド」という文言で請求の範囲を特定し,これを訂正することなく放置しているというのであるから,そもそも予見不可能な構成要件を備えた被疑侵害品の出現による不利益・不公平の防止を目的とする均等論を適用する余地はなく,不作為による意識的除外((v)の要件)に該当するか,包袋禁反言の法理により,これに反する主張をすることは許されない旨主張する。


 確かに,出願人は出願に際し,自由にその請求の範囲を確定し得ること,また,請求の範囲が,先に述べたとおり,実用新案権の及ぶ範囲を第三者に対して明示する根幹的な役割を果たすものであることからすれば,周辺技術を開発しようとする第三者に対し不合理な危険を強いる結果になることは,厳に慎まなければならない。


 しかしながら,本件考案の技術的特徴及びその課題と効果は先に判示したとおりであり,「シールバンド」が属する構成要件Aは公知であって,本件考案において,その本質的部分ないし技術的特徴に関する限り,スリットを密封するシールバンドの材質が何らの技術的意味も有しないことは,当業者であれば,一見明らかにこれを知り得るものというべきである。


 そして,被控訴人が,本件考案の出願手続において,樹脂製バンドによる構成を意識的に除外したと認めるに足りる証拠はない(甲1によれば,本件明細書中の考案の詳細な説明にも,従来技術の説明においてロッドレスシリンダの一般的な構成を示すために1回だけ「スチールバンド」の用語が使用されているにすぎないことが認められる。他の案件に関しいかなる用語を使用していたかは,本件の判断を左右するに足りない。)。


 均等論の本質が,前記のとおりの点にあって,本質的でない文言の相違によって保護を否定される権利者と第三者との間の利害を法の趣旨及び正義,衡平の観点から調整を試みようとするものであることに鑑みると,本件のように構成要件を異にする部分が考案と実質的に同一の範囲に属することを第三者が一見明白に知り得るような場合には,これに考案の技術的範囲が及ぶことを予想することを強いる結果となったとしても,なお衡平に悖るとは言えないというべきである。


 控訴人は,包袋禁反言の法理を援用するが,上記の法理は,例えば出願中の審査官からの登録拒絶通知又は無効理由通知に対応して,権利者がその権利の登録ないし存続を図るべく,権利の範囲を限定し,あるいはそれを明確ならしめる特定文言を付加したなどの事情が存する場合に,後日,これに反する主張をすることは,信義則によって禁じられるという内容であるところ,本件のように,より広義の用語を使用することができたにもかかわらず,過誤によって狭義の用語を用い,かつ広義の用語への訂正をしない(このような訂正が許されるか否かはともかく)というだけでは,均等の主張をすることが信義則に反するといえないというべきである。


 ク したがって,樹脂製ベルトを用いたイ号物件は,「スチールバンド」を構成要件Aの要素とする本件考案と均等であり,同考案の技術的範囲に属するものと解するのが相当である。 』

 と判示されました。


 なお、本件の原審である『平成8(ワ)2964 実用新案権 民事訴訟「圧流体シリンダ事件」平成15年02月10日 名古屋地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/A508502DF8371DCC49256D39000E3021.pdf)の均等侵害の判断については、昨年の8/18の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20070818)でも取上げています。


 詳細は、本判決文を参照してください。