●平成20(行ケ)10024 審決取消請求事件 特許権「パチンコ機」

 本日は、『平成20(行ケ)10024 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「パチンコ機」平成20年08月06日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080808101539.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、認容された取消事由2の「(本願補正発明についての進歩性判断の誤り)について」の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 森義之、裁判官 澁谷勝海)は、


4 取消事由2(本願補正発明についての進歩性判断の誤り)について

(1) 原告は,審決の挙げた周知例(甲2公報,甲3公報)及び被告が本件訴訟で挙げる周知例(乙1公報)はいずれも審決の認定する周知事項(最後に可変表示を停止する可変表示部の図柄を停止した後,最終的に大当たり図柄の組み合わせを構成させるときには,前記可変表示部を,リーチ状態が成立しているライン上又はリーチ状態が成立していないライン上に一旦停止させた後,該可変表示部を,再び動作させてリーチ状態が成立しているライン上に停止させるようにすること)を基礎付けるものではないから,これを前提としてなした審決の進歩性の判断は誤りである旨主張するので,以下,甲2公報,甲3公報,乙1公報について,順次検討する。


(2)ア甲2公報には次の記載がある。

 ・・・省略・・・

イ以上によれば,甲2公報には,可変表示装置に設けられる複数の可変表示部材を順次停止して予め定められた組合せ位置に特定図柄の組合せが表示されたときに特定遊技状態を生起せしめる弾球遊技機において,前記複数の可変表示部材のうち,少なくとも最後に停止制御される最後可変表示部材を前記組合せ位置を含む複数の位置に図柄を表示することができるように構成し,前記最後可変表示部材を除く他の可変表示部材の可変表示動作が停止し,その停止時に表示される図柄と前記最後可変表示部材が停止したときに表示される図柄との前記組合せ位置における組合せが前記特定図柄の組合せとなる可能性がある状態となったとき,前記特定図柄を前記複数の位置間で移動表示するように前記最後可変表示部材を表示制御する表示制御手段を備えたことを特徴とする弾球遊技機についての記載がある。


 そして,実施例には,この弾球遊技機において,中央の可変表示器は3つの可変表示器14a〜14bで構成されることが記載されているとともに,同構成に代えて,一つの可変表示器で図柄を移動表示しても良いとされており(段落【0047】),また,甲2公報において「移動表示」とは,請求項1に「特定図柄を前記複数の位置間で移動表示する」とあるように,位置を変えて表示することを意味しているから,この記載は,一つの可変表示器の位置を移動させて図柄を表示させることを意味するものと認める
ことができる。


 しかし,甲2公報には,上記移動表示の動作に関して,リーチ状態になると同時に中図柄(可変表示器14bに表示される図柄)を一旦大当たり図柄の組合せとすることと,その後,当たり図柄を上下方向にスクロール表示するものである旨の記載(段落【0044】)はあるが,これが中央の可変表示器をリーチ状態が成立しているライン上に一旦停止させた後,再び動作させるようにすることを意味するものなのか,それとも中図柄の表示とスクロールの動作が一連のものとしてなされ遊技者において可変表示器がライン上に停止されたものとして認識されないような態様を意味するものなのかは,同記載によっては不明といわざるを得ない。


 しかも,仮にこれが前者を意味するものと解したとしても,それ自体は審決が周知事項とすることのうち,「可変表示部を,リーチ状態が成立しているライン上に一旦停止させるようにすること」を開示するに止まり,「可変表示部を,リーチ状態が成立していないライン上に一旦停止させるようにすること」を開示するものではないし,その他,甲2公報においてこれを開示するものと理解することができる記載は見当たらない。


 この点被告は,大当たり図柄が上下往復スクロールして上端ないし下端において移動方向が切り替わる時点で「リーチ状態が成立していないライン上に一旦停止」する旨主張するが,前記2に認定した本願補正発明の意義に照らせば,ここにおける「一旦停止」とは遊技者において大当たりにならなかったと誤信させる程度の停止状態を指すものと解すべきであって,上下往復スクロールが継続する過程で可変表示部が反転する状態がこれに当たるものでないことは明らかであるから,被告の上記主張は採用することができない。


ウ そうすると甲2公報には,「最後にスクロール表示を停止する中央の可変表示器の図柄を停止した後,最終的に大当たり図柄の組み合わせを構成させるときには,前記中央の可変表示器を,リーチ状態が成立しているライン上又はリーチ状態が成立していないライン上に一旦停止させた後,該中央の可変表示器を,再び動作させてリーチ状態が成立しているライン上に停止させるようにすること」が記載されていると認めることはできない。


(3)ア 次に,甲3公報には次の記載がある。

 ・・・省略・・・

イ 以上によれば,甲3公報には,数字をランダムに表示する縦横2列2行以上の多数の可変表示部を備え,表示部の数字が停止した状態での組合せにより特賞遊技を開始するパチンコ機が記載されているところ,同パチンコ機においては,表示部の数字の配列を把握しやすくするために,特賞遊技状態となる可能性が高くなったときに,対象となる表示部の数字変動だけが見えるよう,表示部に配置した調光板を透明とする技術は開示されているが,審決が認定した前記周知技術は全く開示されていないといわざるを得ない。


(4)アまた,乙1公報には次の記載がある。

 ・・・省略・・・

イ 以上によれば,乙1公報にはパチンコ機の図柄表示方法が記載されているところ,その実施例には,左側の3個の表示部からなる左図柄表示部7と,中図柄表示部8と,右側の三個の表示部からなる右図柄表示部9との,3つの表示部を有するパチンコ機において,中図柄の停止に先立って停止表示された左図柄と右図柄の組み合わせがリーチ図柄となった場合には,中図柄の図柄変動が低速と一時停止とで数回繰り返した後停止し,すべて同じ図柄が揃った場合に大当たりとする技術が記載されていると認められる。


 しかし,乙1公報に記載された上記パチンコ機の表示部においては,左右の図柄の組合せがリーチ図柄となった場合に,中図柄の図柄が特徴的な変動をするものの,表示部自体は固定されており,その位置が移動することは想定し得ず,表示部における図柄の変動が停止された後に表示部自体がラインを移動することはあり得ない。


 そうすると,乙1公報には,審決が認定した周知技術の開示はされていないといわざるを得ない。


(5) 以上検討したところからすれば,審決が周知技術として認定した,「最後に可変表示を停止する可変表示部の図柄を停止した後,最終的に大当たり図柄の組み合わせを構成させるときには,前記可変表示部を,リーチ状態が成立しているライン上またはリーチ状態が成立していないライン上に一旦停止させた後,該可変表示部を,再び動作させてリーチ状態が成立しているライン上に停止させるようにすること」(審決11頁8行〜13行)は,甲2公報,甲3公報及び乙1公報には開示されていないから,上記事項が本件出願前に周知の技術であったと認めることはできない。


 したがって,上記周知技術の存在を前提として本願補正発明は容易想到とした審決は,前提において誤りがあるといわざるを得ない。


(6)ア これに対し被告は,審決が認定する周知技術は,遊技者が注目する最後に可変表示を停止する「可変表示部の図柄」の移動表示の態様を表現しようとするものであるから,審決に記載された周知技術が意図する内容は,「一般的に,最後に可変表示を停止する可変表示部の図柄を停止した後,最終的に大当たり図柄の組み合わせを構成させるときには,前記可変表示部の図柄を,リーチ状態が成立しているライン上またはリーチ状態が成立していないライン上に一旦停止させた後,該可変表示部の図柄を再び動作させてリーチ状態が成立しているライン上に停止させるようにすることが周知」と言い換えることができるとし,甲2公報及び乙1公報にはそのような意味での周知技術が開示されていると主張する。


 しかし,前記2のとおり,本願補正発明においては,第2表示部内に表示されるシンボルマークの移動表示と第2表示部自体の移動は明確に区別され,(i)第2表示部内に表示されるシンボルマークの移動表示を停止し,(ii)その後,前記第2表示部の位置をリーチ状態が成立していないライン上に敢えて一旦停止させ,(iii)さらにその後,当該第2表示部を再び移動させてリーチ状態が成立しているライン上に停止させる,という独特の過程を経るものであり,その際,第2表示部には大当たりを期待させる図柄が第1表示部におけるシンボルマークの停止表示位置の範囲内で移動して表示されることを一つの特徴とするものである。


これに対し,被告の上記主張に係る構成は,可変表示部の図柄の変動のみを構成要素とし,しかも,乙1公報においては大当たりの図柄自体が第1表示部におけるシンボルマークの停止表示位置の範囲外に移動すること(すなわち,表示部から消えてしまうこと)をも想定するものであって,両者は技術的な意義を異にするものといわざるを得ない。


 そうすると,被告の主張する上記技術を引用例発明に適用したとしても,これだけでは本願補正発明の構成が導き出せるものではないから,被告の上記主張は採用することができない。


イ また被告は,甲2公報と乙1公報とではリーチ状態が成立しているライン上にある可変表示部に最終的に事前に決定された大当たり図柄を停止させるまでの過程ないし態様が異なるものの,リーチ状態が成立した後,最終的に大当たり図柄の組合せを構成させるときに,最後に可変表示を停止する可変表示部の図柄に着目して,事前に停止させことが決定された大当たり図柄が,当たりとならない位置から当たりとなる位置へと移動する態様は両公報に共通する周知技術であり,これを引用例発明に適用すれば本願発明は容易想到である旨主張する。


 被告の上記主張は,甲2公報と乙1公報に開示された大当たりとなるまでの過程を,大当たり図柄がはずれの位置から当たりの位置へ移動するという内容に抽象化して共通点を把握した上で,これを引用例発明に適用するというものであるが,前記のとおり,本願補正発明の構成は大当たりとなるまでに独特の過程を経る点に特徴があり,本願補正発明の技術的意義はこの点に見出されるのであるから,その具体的な過程自体の容易想到性を検討することなく,単に上位概念化された過程を引用例発明に適用したとしても,それのみで本願補正発明の構成が容易想到といえるものではない。


 したがって,被告の上記主張は採用することができない。


5 結論


 以上によれば,原告主張の取消事由2は理由があり,審決は違法として取消しを免れない。


 特許庁は,本件補正の可否につき,手続要件及び実体要件を含めて,改めて審理すべきである。


 よって,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。