●平成19(行ケ)10432 審決取消請求事件「ダイヤル錠のラッチ」

 本日は、『平成19(行ケ)10432 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ダイヤル錠のラッチ」 平成20年07月17日 知的財産高等裁判所』 (http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080717154935.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、新規事項追加の補正の判断の点で参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 中平健、裁判官 上田洋幸)は、


『 当裁判所は,審決には,原告主張に係る取消事由はないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。

1 取消事由1(本件補正を却下した判断の誤り)について

 本件補正は,本願発明について,「ラッチ本体の傾斜端縁の一端に先細のばね掛けを形成し,一方,上記傾斜端縁に沿う平板部に貫通孔を設け,ラッチ本体の傾斜端縁に沿う部分に,上記ばね掛けを除いて,モールディングにより,横断面がコ字状をなし,その傾斜端縁を挟む一対の平行な部分が前記貫通孔において一体に連絡された,耐摩耗性の高分子材料から成る耐摩部片を固着すると共に,ばね掛けに係合させたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止めるようにしたことを特徴とするダイヤル錠のラッチ」とするものである。すなわち,本件補正は,ラッチ本体の傾斜端縁の一端に先細のばね掛けを形成すること,ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止めるとの構成の付加を含む。


 そこで,本件補正の「ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」との付加された構成が,旧特許法17条の2第3項所定の「明細書又は図面に記載した事項の範囲内」であるか否かについて判断する。


「掛け止める」の通常の意味を検討すると,「掛ける」とは「物に引っ掛けて離れないようにする。」ことを指し,「止める」とは「動かないように固定する。」ことを指す(広辞苑第6版511頁,2035頁参照)ことから,上記の「ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」とは,「ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に引っ掛けて離れないようにする,固定する」ことを指すと解すべきである。


 これに対して,原告は,「ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」とは,「ばね掛けに係合されたラッチばねの下端が耐摩部片の上端に接する」ことを含む意味に理解すべきであると主張する。しかし,原告の主張は,以下のとおり採用の限りでない。すなわち,本願明細書において,「掛け止められる」の語は,「その爪は止め片6の周囲に例えば90°の間隔で設けた係合凹部に掛け止められる」(段落【0022】)に用いられ,これに対応する図3には,各係合脚片82の先端に設けられた一対の爪は止め片6に引っ掛けて固定されている態様が示されていることに照らすならば,「掛け止められる」とは,上記検討したとおり「引っ掛けて離れないようにする,引っ掛けて固定する」との意味に理解するのが相当である。


 上記の理解を前提として,「ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」との付加された構成が,本件出願当初明細書及び図面に記載がされているか否かを検討する。


(1) 事実認定

 本件出願当初明細書及び図面(甲1)によれば,「ラッチばね」に関して以下の記載がある。

 ・・・省略・・・

(2) 判断

 以上のとおり,本願において,「ばね掛けに係合されたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」との構成における「掛け止められる」は,「引っ掛けて離れないようにする,固定する」との意味に理解するのが相当であるが,そのような構成が付加されることは,例えば,ラッチばねの横ずれ防止効果や「はずれにくくする」との効果やラッチとラッチばねの設置の位置関係の自由度の拡大効果など技術的な観点から新たな事項が付加されるものと解される余地が生ずる。


 ところで,上記のとおり,本件出願当初明細書には,ラッチばねで付勢させた平板状のラッチを備えたダイヤル錠において,「『高分子材料から成る耐摩部片』を用いること」,及び「『金属材料製のラッチ本体』と『高分子材料から成る耐摩部片』との固着方法」についての記載はあるものの,専らその点の開示に尽きるのであって,「ラッチばねの端部」と「耐摩部片」との位置関係について開示又は示唆する記載がないことはもとより,図3においても,「ラッチばね」のラッチ本体側の端部が「ばね掛け」(ばね止め)の周囲に位置することが示されているが,「ラッチばね」のラッチ本体側の端部と「ばね掛け」(ばね止め)との位置関係,係合の有無,態様は何ら示されていない。


 そうすると,「ばね掛けに係合させたラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止める」との構成は,本件出願当初明細書及び図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との対比において,新たに導入された技術的事項であるというべきである。


 この点について,原告は,本件出願当初明細書添付の図4及び図5(同各図から原告が描いた斜視図である甲14の図を含む。)によれば,「ラッチばねの端部を耐摩部片に掛け止めするようにしている」ことが示されていると主張する。


 しかし,上記各図のいずれによるも,ばね掛けに係合されたラッチばねの端部が耐摩部片に引っ掛けて離れないようにする,固定するとの技術的事項が示されているとはいえない。


 以上のとおり,本件補正は,本件出願当初明細書及び図面に記載した事項の範囲内においてされたものではないとした審決の判断に誤りはない。 』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 なお、本判決における新規事項追加の判断は、「除くクレーム」について新たな判断を示した、『平成18(行ケ)10563 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」平成20年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080530152605.pdf)における、

 『「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。

 という知財高裁が示した新たな基準により判断しています。


 本件は、知財高裁が示した新規事項追加の新たな基準により判断した事件として、

●6/12の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080612)で取上げた、
(1)『平成20(行ケ)10053 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「保形性を有する衣服」平成20年06月12日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080612154324.pdf)
●6/23の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080623)で取上げた
(2)『平成19(行ケ)10409 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「高度水処理装置及び高度水処理方法」平成20年06月23日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080623153753.pdf)

に続く3件目になります。


 追伸;<気になった記事>

●『東芝が音声符号化のG・729加入、ライセンス管理のシプロ発表』http://www.nejinews.co.jp/news/business/eid1087.html
●『東芝が音声符号化標準技術の特許管理団体に参画』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=4011
●『ソニー、近接無線転送技術「TransferJet」の普及団体を設立』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=4006
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●『エーザイ、胃酸分泌抑制剤の特許侵害訴訟で全面勝訴』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=4019
●『アステラス、特許侵害で米社を提訴=「ハルナール」後発品申請で』http://www.jiji.com/jc/c?g=eco_30&k=2008072200664
●『アステラス、米で「Flomax」後発品申請に対し特許侵害排除訴訟』http://jp.reuters.com/article/businessNews/idJPJAPAN-32849820080722