●平成12(ネ)2147 特許権侵害差止再審請求事件

 本日は、『平成12(ネ)2147 特許権侵害差止再審請求事件(18(ム)10002,19(ム)10003) 特許権 平成20年07月14日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080715110654.pdf)について取上げます。


 本件は、再審原告(実施者)が,再審被告(特許権者)との間の東京高等裁判所平成12年(ネ)第2147号特許権侵害差止請求控訴事件について,同裁判所が平成12年10月26日に言い渡した確定判決に対し,提起した再審の訴えを求め、その再審の請求が認容された事案です。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義、裁判官 榎戸道也、裁判官 浅井憲)は、


『1 再審被告の本案請求は,再審原告による再審原告製品の製造販売行為が本件特許権を侵害するとして侵害行為の差止め等を求めるものである(特許法100条)から,再審被告が本件特許権を有する旨の主張が請求原因であり,本件では,この請求原因事実として再審被告を特許権者とする本件特許の設定登録がされた事実は争いがないところ,本件特許を無効とする前記第2の1(5)及び(6)の審決が確定したことにより本件特許権は初めから存在しなかったものとみなされる(同法125条本文)のであるから,上記無効審決が確定した旨の主張は権利消滅の抗弁であり,本件では,この抗弁事実も争いがない。


 したがって,再審被告の本案請求は,その余の点につき検討するまでもなく理由がないことに帰する。これに対し,再審被告は,その趣旨が必ずしも明瞭とは言い難いものの,本件においては再審原告の上記抗弁主張が許されない旨主張するものと解されるので,再審被告の主張に即して,以下,その当否を検討する。


2 まず,再審被告は,前記第2の3(1)のとおり,(i)前審控訴審の口頭弁論終結日はキルビー判決の後であるところ,キルビー判決後においては,裁判所は特許権侵害訴訟において特許の有効無効を判断することができるようになったのであり,現に再審原告は本件特許が無効である旨主張したが,原判決はこれを排斥し,再審被告の本案請求を認容した一審判決を是認したのであるから,原判決の確定により本件特許の有効無効問題は決着ずみであるとして,原判決で審理判断された無効理由とは別個の無効理由であっても,その主張は遮断されるべきであり,これを蒸し返すことは許されない,(ii)民事訴訟の紛争解決機能に基づき,特許の有効無効問題の点も含めて審理判断をした確定判決による決着は尊重される必要があり,無効審決が確定しても覆されるべきではない,(iii)原判決が言い渡される前から無効審判請求が繰り返された経過からみても本件特許の有効無効問題は決着済みというべきである,として,本件審判請求は信義則に反し,権利の濫用となる旨主張するところ,これを善解すれば,再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが信義則に反し許されないことを主張するものと解し得るので,以下,これを前提に検討する。


(1) キルビー判決は,「特許の無効審決が確定する以前であっても,特許権侵害訴訟を審理する裁判所は,特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すベきであり,審理の結果,当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは,その特許権に基づく差止め,損害賠償等の請求は,特段の事情がない限り,権利の濫用に当たり許されないと解するのが相当である。」と判示し,特許権侵害訴訟における権利濫用の法理を確立した。然して,キルビー判決後は,特許権侵害訴訟を審理する裁判所は,キルビー判決の示した権利濫用の法理に基づく抗弁(以下「権利濫用の抗弁」という。)を判断するため特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かを審理判断することができるものとされ,これが認められた場合には権利濫用の抗弁を認めて特許権者の請求を棄却するものとされた(当裁判所に顕著な事実)。そこで,再審原告は,キルビー判決の示した権利濫用の法理に従い,前審控訴審において,本件特許に特許法36条4項又は6項違反の無効理由があるとして権利濫用の抗弁を主張したが,原判決は,この抗弁を排斥し,再審原告の控訴を棄却し,再審被告の本案請求を認容した前審一審判決を維持した。なお,再審原告は,上記無効理由に基づく無効審判を請求したが,請求は成り立たないとの審決がされており,本件特許を無効とした審決の無効理由は公知例(特開昭51-82458号公報。新甲4の2の2)と周知技術による進歩性の欠如であった。


(2) 上記のように,原判決は,無効理由の存在の明白性という権利濫用の抗弁について判断した上で本案請求を認容した一審判決を維持したのであるから,たとえ同抗弁で主張したものとは別個の無効理由であっても,原判決の確定後にこれを主張し,本案に係る訴訟物の存否を争うことができるとすることは,確定判決に求められる紛争解決機能を損ない,法的安定性を害するとともに,確定判決に対する当事者の信頼をも損なうこととなるから,再審被告の前記(i),(ii)の主張もそのような趣旨のものとして理解する余地はある。


 しかしながら,そうだとしても,再審被告の前記(i),(ii)の主張は,結局,確定判決に認められる既判力に基づく遮断効を主張するものに過ぎないのであって,再審開始決定が確定した後の本案の審理においては,判決の確定力自体が失われているのであるから,再審被告の前記(i),(ii)の主張は,その前提を欠くものといわざるを得ない。


 また,特許権侵害訴訟を審理する裁判所は,キルビー判決後においても,特許が有効であることを前提とした上で,権利濫用の抗弁となる無効理由の存在の明白性を判断するのであり,特許の有効無効それ自体を判断するものではないのであるから,キルビー判決の法理に基づく権利濫用の抗弁と無効審決の確定による権利消滅の抗弁とは別個の法的主張と理解すべきものである。したがって,原判決が再審原告の主張した権利濫用の抗弁について判断したからといって,本件特許の有効性について判断したものとはいえず,また,原判決の確定により本件特許の有効無効問題が決着済みとなったということもできない。


 加えて,前記(1)のとおり,再審原告が前審控訴審で権利濫用の抗弁として主張した無効理由と本件特許を無効とした無効審決の理由とされた無効理由は異なるものであり,しかも,原判決の当時,無効審決の無効理由とされた公知例の存在を再審原告が認識していなかったことは当事者間に争いがないことからすれば,再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが無効理由の主張を蒸し返したものであるとは認められないのであり,この点からも再審被告の前記(i)の主張は失当である。


 さらに,本件特許1について無効審決がされたのは再審原告による3回目の無効審判請求においてであり(前記第2の1(4),(5),後記3(1)ア),本件特許2について無効審決がされたのは2回目の無効審判請求においてである(前記第2の1(6),後記3(1)ア)が,無効審判の請求人及び請求期間には制限がなく,また,特許無効審判の確定審決の登録による同一事実及び同一証拠に基づく対世的な一事不再理効の制約(特許法167条)に抵触しない限り,同一人であっても再度の無効審判請求ができる等の無効審判制度の趣旨に照らすならば,無効審判請求を繰り返し行ったとの一事をもって直ちに再審原告と再審被告との間において前記第2の1(5),(6)の無効審決がされる前に本件特許の有効無効問題に決着がついたものと扱うべき理由はないし,本件全証拠を検討しても,再審原告の無効審判請求が濫用的なものであってそれによる法律効果の主張を再審開始後の本案の審理において制限しなければならない事情は窺われず,再審被告の前記(iii)の主張も理由がない。

 
 以上のとおりであるから,再審被告の前記(i)ないし(iii)の主張はいずれも採用できない。


3 次に,再審被告は,前記第2の3(2)のとおり,再審原告と再審被告は,原判決確定後にした本件特許権の侵害に基づく損害賠償請求訴訟における訴訟上の和解(以下「本件和解」という。)において,将来本件特許を無効とする審決が確定しても,原判決の認めた侵害行為の差止め自体はそのまま維持するという趣旨の合意をしたから,本件和解の上記趣旨に照らすと,本件再審請求は信義則に反するものである旨主張するところ,これを善解すれば,再審原告が無効審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することが信義則に反し許されないことを主張するものと解し得るので,以下,これを前提に検討する。

(1) 証拠(新乙8,12,14,18,20)及び弁論の全趣旨によれば,本件和解に至る経緯として,次の事実が認められる。


ア 無効審判請求について

(ア) 再審原告は,平成12年7月27日,本件特許1について,特許庁に無効審判の請求をした(無効2000−35411号事件)が,特許庁は,平成13年12月4日,上記請求は成り立たない旨の審決をした。


再審原告は,東京高等裁判所に上記審決の取消しを求める訴えを提起した(同庁平成14年(行ケ)第25号事件)が,同裁判所は,平成15年6月19日,再審原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。(以上,新乙12)


(イ) 再審原告は,平成15年5月21日,本件特許1及び2について,特許庁に無効審判の請求をした(無効2003−35204号事件)が,特許庁は,平成16年1月7日,上記請求は成り立たない旨の審決をした。


 再審原告は,東京高等裁判所に上記審決の取消しを求める訴えを提起した(同庁平成16年(行ケ)第51号事件)が,同裁判所は,平成16年11月11日,再審原告の請求を棄却する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。(以上,新乙14)


イ 損害賠償請求訴訟における和解について

(ア) 再審被告は,原判決確定後の平成13年7月17日,再審原告に対し,再審
原告製品の製造販売が本件特許権の侵害に当たるとして,不法行為に基づく損害賠償を求める訴訟を東京地方裁判所に提起し(同庁平成13年(ワ)第14954号事件),同裁判所は,上記事件において再審被告の請求を一部認容する旨の判決を言い渡した。


(イ) 再審原告は,上記判決を不服として東京高等裁判所に控訴を提起し,再審被告も附帯控訴を提起した(同庁平成14年(ネ)第3277号控訴事件,同第4479号附帯控訴事件)。同事件の平成15年10月22日和解期日において,再審原告と再審被告との間に本件和解が成立した。


 本件和解においては,再審原告が再審被告に対し,和解金として2億9627万3817円の支払義務があることを認め,これを支払う旨の条項があるところ,当時,再審原告は,本件特許1及び2について上記ア(イの無効審判を,本件特許1について前記第2の1(4)の無効審判をそれぞれ請求していたことから,仮に将来本件特許について無効審決が確定した場合でも,再審被告は再審原告に対し,上記和解金を返還する義務がないことを確認する条項が合意されたが,当時,審理中の上記無効審判請求の取扱いに関する条項や将来再審原告が本件特許について無効審判請求をすることを禁止する旨の条項はなく,清算条項も損害賠償請求事件に限定されたものであった。(以上,新乙8)


(2) 前項に認定の事実によれば,本件和解が成立した当時,再審原告がした本件特許についての無効審判請求が特許庁に係属しており(本件特許1については2回目,同2については1回目の無効審判請求),かかる状況を前提として,再審原告は再審被告に対し和解金を支払うものの,無効審決が確定しても再審被告は和解金の返還義務はないとされ,他方,上記無効審判請求はそのまま維持され,また,将来の無効審判請求を禁止する条項もなかったというのであるから,本件和解においては,原判決の認めた侵害行為の差止め等に関して何らの合意も成立しておらず,また,前提とされていなかったものと認めるのが相当である。したがって,将来本件特許を無効とする審決が確定しても,原判決の認めた侵害行為の差止め自体はそのまま維持することが本件和解の内容であるとの再審被告の上記主張は理由がない。


 以上によれば,本件再審請求が本件和解の趣旨に反するとは認められないから,本件再審請求が信義則に反するとの再審被告の主張は理由がない。


4 以上のとおり,再審被告の主張を検討してみても,再審原告が本件特許を無効とする審決の確定による権利消滅の抗弁を主張することを制限すべき理由はないというべきであるから,再審被告の本案請求は理由がなく,これを認容した原判決は取消しを免れない。


第4 結論

 よって,原判決を取り消し,再審被告の本案請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。 』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


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