●平成20(行ケ)10023 審決取消請求事件 商標権「Elemis」

 本日は、『平成20(行ケ)10023 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「Elemis」平成20年07月03日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080707102127.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、審決の判断が支持され、その請求が棄却された事案です。


 本件では、商標法3条1項3号及び4条1項16号の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 本多知成、裁判官 田中孝一)は、


1 法3条1項3号該当性について

(1) 「エレミ」,「Elemi」等の周知性について

ア「elemi」の意味及び辞典等における掲載について

(ア) 「elemi」とは,カンラン属の木又はその木から採れる芳香性樹脂(オレオレンジ)であって,主としてニス,ラッカー,膏薬の製造や香料に用いられる(乙1〜4,28〜30)。そして,この樹脂の精油エッセンシャルオイル)は,「エレミ(elemi)」又は「エレミ油(エレミオイル,elemi oil)」と呼ばれ,クリーム,軟膏,香水などの原料として使われるとともに,アロマテラピーで使用される代表的な精油の一つとなっている(乙5〜25)。


(イ) 語学辞典についてみるに,「elemi」の語は,語彙が豊富な「小学館ランダムハウス英和辞典・第2版(平成6年1月1日発行)」(乙1),「ジーニアス英和大辞典(大修館書店。平成13年4月25日発行)」及び「小学館ロベール仏和大辞典(昭和63年12月発行)」に見出し語として掲載されているほか,「現代英和辞典(研究社。昭和48年発行)」(乙31),「リーダーズ英和辞典・第2版(研究社。平成11年5月発行)」(乙32)及び「新英和中辞典・第7版(研究社。平成18年1月発行)」に見出し語として掲載されている(なお,証拠として提出されている辞典のほか,一般的な辞典についても挙示した。)。他方,「カレッジラ
イトハウス英和辞典(研究社。平成7年11月発行)」(甲16),「ルミナス英和辞典(研究社。平成13年1月発行)」(甲17),「オックスフォード現代英英辞典・第5版(開拓社。平成7年発行)」(甲18),「ジーニアス英和辞典・改訂版(大修館書店。平成6年4月1日発行)」(甲19)「新和英中辞典・第4版(研究社。平成7年発行)」(甲20),「クラウン仏和辞典・第2版(三省堂。昭和58年12月10日発行)」(甲21)及び「アポロ仏和辞典・再版(角川書店。平成5年12月10日発行)」(甲22)には見出し語として掲載されていない。


(ウ) 「香りの百科」(日本香料協会編・朝倉書店。昭和60年6月25日発行),「最新・香料の事典」(荒井綜一ほか編・朝倉書店。平成12年5月10日発行)(甲23),「香りの総合事典」(日本香料協会編・朝倉書店。平成10年12月10日発行)(乙2),「改訂版・香りの事典・仏英和」(黒澤路可編・フレグランスジャーナル社。平成5年5月20日発行)(乙3)及び「マグローヒル・科学技術用語大辞典・改訂第3版」(日刊工業新聞社。平成12年3月15日発行)(乙4)には,見出し語等として「エレミ」,「elemi」等が掲載されている。


イ「elemi(エレミ)」との語の使用について

(ア) インターネットの少なくない数のショッピンクサイトの平成20年4月時点における商品の紹介において,エッセンシャルオイル精油)の一つである「エレミ油(エレミオイル)」が販売され,これを表すものとして,「エレミ」,「Elemi」,「ELEMI」の表示が使用され(乙5〜17),また,その商品の容器上のラベルに顕著に「ELEMI」,「エレミ」,「elemi」の表示が使用されているものがあり(乙11〜13,15〜17),このような状況は,平成17年時点においても大きく異なるところはなかったものと推測される。


(イ) インターネットの複数のショッピングサイトの同時点における商品の紹介において,「エルメス」等のブランドの香水等につき,その原材料として「エレミ」が使用されていることが記載されており(乙18〜25),このような状況は,平成17年時点においても同様に大きく異なるところはなかったものと推測される。


(ウ) さらに,エッセンシャルオイルを販売する目的等のため様々なオイルが紹介されているウェブページである「いんたーねっとアロマセラピー精油事典(http://www.nishiyama.org/aroma/dictionary/index.html)」(甲25)及び「精油の辞典(http://www.t-tree.net/jiten.htm)」(甲26)において,様々なエッセンシャルオイルの一つとして「エレミ」が紹介されていることが認められる。


ウ 上記ア及びイの事実によれば,平成17年の時点において,(i)「Elemi」の文字は,カンラン属の木又はその木から採れる芳香性樹脂の意味を表すとともに,その樹脂から抽出されるエッセンシャルオイル精油)である「エレミ油(エレミオイル)」を表すものとしても用いられていること,(ii)ウェブページにおいて,アロマテラピーに使用されるエッセンシャルオイルや化粧品の原材料の表示として,「エレミ」,「ELEMI」,「Elemi」又は「elemi」の語が使用されていることが認められ,このような事実からすると,アロマテラピーや化粧品に関心のある者においては,エッセンシャルオイルや香水等の原材料として,「エレミ」,「ELEMI」,「Elemi」又は「elemi」が周知性を有していたと認めることができる。


 この点について,原告は,「エレミ」や「elemi」が見出しとして掲載されている辞書等はいずれも専門化や一部の愛好家向けのものであって,一般的なものではないと主張する。


 しかしながら,原告は,辞書のうちあるものは見出し語として掲載されてないことを主張するが,辞書は,世間に流行する事象やこれを表す見出し語をアップツーデイトに網羅するものでは必ずしもなく,これを掲載するにしても,相当の程度のタイム・ラグを要するものであり,また,上記アのとおり,「エレミ」や「elemi」が見出しとして掲載されている辞書等のうちの幾つかが上級者レベルや愛好家を対象とするものであるにしても,上記イのとおり,エッセンシャルオイル精油)であるエレミ油については,アロマテラピーにおけるエッセンシャルオイル,香水等の原材料として,「エレミ」,「ELEMI」,「Elemi」又は「elemi」と表示されて使われ,その旨が表示されていることからすると,アロマテラピーや化粧品に関心のある者においては,エッセンシャルオイルや香水等の原材料として「エレミ」,「ELEMI」,「Elemi」又は「elemi」が周知性を有していることを否定すべき理由とはならない。


(2) 本願商標の構成について

 本願商標は,前記第2の1のとおり図案化された「Elemis」の欧文字から成るものであるところ,語頭の「E」の文字部分につき,中央の横線をやや波形とし,縦線を少し貫くようにし,当該縦線の上部との間にわずかにすき間を設けて表され,また,「l」,「m」及び「i」の各小文字の下部がやや右下がりに削り取られた全体として丸みを帯びた柔らかい印象の文字デザインで表されている。

 この図案化について,構成全体としてみると,「Elemis」の欧文字から普通に用いられる方法の範囲内のものであって,独自性の程度が低く,識別力が弱い。


(3) 「Elemi」と「Elemis」について


 英語において,「elemi」の複数形は「elemis」と表される(乙1)が,これは,カンラン属の木についての複数形をいうものと考えられ,文法的にみて,エレミ油の複数形をいうものではないと考えられる。


 しかしながら,英語においては,英語の複数形を表すときに単語の語尾に「s」を付すことが一般的に行われている。また,英単語の発音において,「Elemis」の「s」は摩擦音,かつ,無声音であり,しかも,単語の末尾であるから,単語の発音の中でみると,最も弱く発音される部分であるといえる。


(4) 本願の指定商品・指定役務とエレミ油との関係

ア 本願の指定商品のうち第3類には「香料類」が記載されているところ,この「香料類」には,「植物性天然香料,精油からなる食品香料,薫料」が含まれている(商標法施行規則別表(6条関係)。乙27)。また,この第3類「香料類」には,植物性天然香料,その他の各種香料及びそれらを原料として製造される薫料が含まれる(乙26の特許庁商標課編の「商品及び役務の区分解説〔国際分類第8版対応〕」)。


 そして,植物から得られる芳香のある揮発性の油であるエッセンシャルオイル精油)は,「植物性天然香料」として第3類「香料類」に含まれることになる。


 したがって,エッセンシャルオイルの一種であるエレミ油(エレミオイル)は,本願の指定商品中の「エッセンシャルオイル,香料類」に当たる。


イ また,エレミ油は,香水の原材料,石けん香料(乙2,18〜25)としても使用されることから,本願の指定商品中の「香水類,その他の化粧品,石けん類」の原材料に当たる。


ウ さらに,エレミ油は,アロマテラピーエステティック美容などに用いられること(乙5,7〜9,11〜17)から,本願の指定役務中の「エステティック美容,アロマテラピー」の提供の用に供する物に当たる。


(5) 原告は,英国,米国などで本願商標を付した化粧品等を販売し(甲12,13,62),また,海外のリゾート施設において本願商標を付したエステティック美容等が行われている(甲45,46)が,我が国では,一部のホテルにおいて原告製品が備品として利用されているものの,原告が関与する形での販売がされておらず(甲32,33,38),原告が関与する日本語のウェブページも存在しない。


 そして,原告製品や役務について記載されている日本語のウェブページは,原告製品が備品として置かれていたホテルに宿泊した者が,個人的にブログで取り上げたり,その入手方法を尋ねる,原告製品を入手した個人等がネットオークションでこれを売却しようとする,又は海外のエステティックサロン等の紹介文中に原告製品や役務が記載されているなどというものである(甲33〜35,37〜45)。


(6) 以上のとおり,(i)本願商標は,「Elemis」の欧文字から普通に用いられる方法の範囲内のものであって独創性の程度が低いこと,(ii)?本願商標の6文字中の冒頭から5文字は,エッセンシャルオイルであるエレミ油を表す語として用いられ,平成17年時点においても,アロマテラピーや化粧品に関心のある者においては,エッセンシャルオイルや香水等の原材料として,「エレミ」,「Elemi」が周知性を有していたこと,(iii)エレミ油の容器上のラベルにも,「ELEMI」,「Elemi」との表示が顕著にされているものがあること,(iv)「Elemi」と本願商標「Elemis」とは,単語の末尾の「s」の有無という点において異なるが,両者は,本願商標6文字のうち冒頭からの5文字までが共通し,また,本願商標の構成中語尾の「s」の文字は,英語の複数形を表すときに語尾に「s」を付すことが一般的に行われているものであることやその発音において最も弱く発音される部分であること,(v)我が国では,原告製品は正式に販売されていないこと,(vi)原告製品や役務について記載された日本語のウェブページは,個人的なものが中心であり,原告製品や役務が広く知れわたっていることを示すものとは考え難いこと,(vii)エレミ油は,本願の指定商品中の「エッセンシャルオイル,香料類」に含まれ,同商品中の「香水類,その他の化粧品,石けん類」の原材料に当たり,本願の指定役務中の「エステティック美容,アロマテラピー」の提供の用に供する物に当たることなどの事情が認められるのである。


 そうすると,本願商標登録出願の査定時である平成17年時点において,本願商標を,その指定商品中の「エッセンシャルオイル,香料類,香水類,その他の化粧品,石けん類」又はその指定役務中の「エステティック美容,アロマテラピー」に使用したときは,これに接するアロマテラピー,化粧品に関心のある取引者,需要者は,本願商標からエレミ油又はその原材料を認識し,商品の品質,原材料又は役務の質等が表示されているものと認識理解すると考えられ,本願商標は,自他商品,自他役務の識別標識としての機能を果たさないものといえる。


 したがって,本願商標は,法3条1項3号に該当するものといえる。


(7) なお,原告は,平成18年2月に実施された化粧品やエステティック美容の主たる需要者である20歳代から40歳代の女性を対象にしたアンケート(甲14)の結果によれば,(i)第1問「Elemisについて知っていることは?」に対して,「特になし」という回答が89.0%と最も多いが,「化粧品・エステのブランド」として「Elemis」を認識しているものが10.33%も存在しており,本願商標は,少なくとも当該分野における主たる需要者の間では,平成18年2月の時点で既に1割強の認知度を獲得していること,(ii)第2問「Elemisの表示から連想するものは?」に対し,「特になし」という回答が63.33%に減った一方,「化粧品・エステのブランド」という回答が33.67%に増加しており,「Elemis」を知らない者でも,これに何らかの意味があるとするならば,「化粧品・エステのブランド」であろうと連想するものが数多く存在すること,(iii)第3問「エッセンシャルオイルのエレミ油を知っていますか?」に対し,これを認識する者はわずか4.00%にすぎず,残りの96.00%であるほとんどの者が「エレミ油」など知らないと回答していることから,本願商標に対する需要者の認識はほとんど「エレミ油」とは関係のないところにあり,むしろこれを原告のブランドと認識している者の方がはるかに多い旨主張する。


 しかしながら,同アンケートは,懸賞サイトの会員のうちの20歳代から40歳代の女性300人を対象とし,インターネットを通じて指定の画面でボタンをクリックして一方的に回答する形式のものであって(甲14,50),その回答の正確性の検証が必ずしも十分とはいえない上に,各質問に対する選択肢がわずか2ないし3しかなく,第1問,第2問中には「化粧品・エステのブランド」という選択肢があって,回答者としてその選択肢の中で推測することによる誘導のおそれもあると考えられること,他方,前記(1)イのとおり,インターネットの複数のショッピングサイトにおける商品の紹介において,アロマテラピーに使用するエッセンシャルオイルとしてエレミ油が紹介されており,また,香水等の原材料として「エレミ」が表示されていることなどに照らすと,同アンケートの結果をもって,本願商標に対する需要者の認識は,ほとんど「エレミ油」とは関係のないところにあり,むしろこれを原告のブランドと認識している者の方がはるかに多いと速断できるというものではなく,原告の上記主張は採用できない。


2 法4条1項16号該当性について


 上記1の認定判断によれば,本願商標登録出願の査定時である平成17年時点において,本願商標を,エレミ油やこれを原材料としない香水類,化粧品,石けん類,香料等の指定商品又はエレミ油から成るエッセンシャルオイル,香料等を用いないエステティック美容,アロマテラピー等の役務に使用するときは,これに接するアロマテラピー,化粧品に関心のある取引者,需要者は,その商品がエレミ油から成る又はその原材料とするもの,又はその役務がエレミ油から成る商品を用いたものであると,商品の品質又は役務の質の誤認を生ずるおそれがあるということができる。


 したがって,本願商標は,法4条1項16号に該当するものともいえる。


3 結論

 以上によれば,本件商標が法3条1項3号及び4条1項16号のいずれにも該当し,これと同旨の審決の判断は相当であり,審決に取消事由があるとの原告の主張は理由がない。よって,原告の請求は棄却を免れない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。