●平成11(ワ)3968特許権「畳のクセ取り縫着方法及び畳縫着機」(1)

 本日は、少し前の事件ですが、特許発明の技術的範囲の解釈として参考になる、『平成11(ワ)3968 特許権 民事訴訟「畳のクセ取り縫着方法及び畳縫着機」平成12年10月19日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/77337C1267D6A64049256A77000EC3AA.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許権侵害差止等を請求し、その請求が棄却された事案です。


 本件では、まず、「争点1(本件方法発明は技術的範囲を確定することができないものか)について」の判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第二一民事部 裁判長裁判官 小松一雄、裁判官 阿多麻子、裁判官 前田郁勝)は、


一 争点1(本件方法発明は技術的範囲を確定することができないものか)について

  1 特許発明の技術的範囲は、願書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず(特許法〔以下「法」という。〕70条1項)、その場合には、願書に添付した明細書の特許請求の範囲以外の部分及び図面を考慮して、特許請求の範囲に記載された用語の意義を解釈するものとされている(法70条2項)。


 また、明細書の発明の詳細な説明の欄には、出願時における当該技術分野の技術常識によって容易に理解され、当業者が実施できる程度に目的・構成・効果を明確かつ十分に説明することを要するから(法36条4項)、特許発明の技術的範囲の解釈に当たっては、当該特許発明が属する技術分野における公知技術及び当業者における技術常識を参酌することもできるものと解される。


 しかし、明細書の発明の詳細な説明や図面及び出願時の技術水準を参酌しても、特許請求の範囲の記載の一部がいかなる構成をいうか不明である場合、又は、明細書の記載が極めて不備であるため、明細書に記載された当該発明の内容を実施することができない場合においては、前記解釈手法によっても、特許請求の範囲を確定することができないことになるから、結局、技術的範囲の判断基準となる特許請求の範囲自体が、全体として不明瞭に帰するものといわざるを得ない。


 このような場合は、いかなる係争対象物も当該発明と対比することができないのであるから、仮に係争対象物が特許請求の範囲の記載の一部を満たすとしても、その特許発明の技術的範囲に属するという判断はできないと解するのが相当である。


2 なお、特許の無効審決が確定する以前であっても、特許権侵害訴訟を審理する裁判所は、特許に無効理由が存在することが明らかであるか否かについて判断することができると解すべきであり、審理の結果、当該特許に無効理由が存在することが明らかであるときは、その特許権に基づく差止め、損害賠償の請求は、特段の事情がない限り、権利の濫用に当たり許されないものと解するのが相当である(最高裁平成12年4月11日判決・民集54巻4号1368頁参照)。


 特許発明の技術的範囲が確定できない場合とは、明細書の特許請求の範囲が、発明の詳細な説明の記載に基づいていないこと(平成5年法律第26号による改正前の法(以下「平成2年法」という。)36条5項1号違反)に加え、発明の詳細な説明の記載が、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に、その発明の目的、構成及び効果が記載されていないこと(平成2年法36条4項違反)をいうものと解されるところ、平成2年法36条4項又は5項の要件を満たさない特許出願に対して特許がされたときには、その特許には無効原因があるとして、無効審判を請求することができるのであるから(平成2年法123条1項3号)、特許発明の技術的範囲が確定できない場合において、当該特許権に平成2年法36条4項、5項の無効事由があることが明らかである場合には、訂正審判による訂正が認められる蓋然性があるなどの特段の事情がなければ、その特許権に基づく差止め、損害賠償の請求が、権利の濫用に当たり許されないものと判断されることもあると解される。


3 本件特許権の「特許請求の範囲」請求項1は、「数値制御により自動的にクセ取り運動をする畳縫着機(10)を用いて、畳台(4)上に締付けられている畳床(5)の下前側をクセ取り縫着する方法において、上前側を切断縫着した畳床(5)を方向転換してその下前側を畳縫着機(10)に向けて畳台(4)上に載置した後、該畳床(5)の上前側に押付け力を付与して下前側を畳縫着機(10)に向けて移動するとき、該下前側の下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー53で確認した後、該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算しその計算値になるように畳床(5)を押し付け、その後、前記畳床(5)を締付けてから数値制御により自動的にクセ取り縫着することを特徴とする畳のクセ取り縫着方法。」というものであり、特許請求の範囲の記載には、畳の下前側をクセ取りする縫着方法において、数値制御の対象とされるものが何であるか、また、下前基準線の位置を計算するため検出センサー53が確認する対象が何であるかは記載されておらず、「該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」という記載についても、移動段階のどの時点において、畳床のどの部分を基準として計算を行うのか、また、離間隔とは畳床のどの部分と何との間隔をいうものかが明確になっていない。


 したがって、これらの点について、本件明細書の特許請求の範囲以外の部分の記載及び図面並びに公知技術を参酌しても発明の内容を合理的に解釈できないときには、本件発明の技術的範囲は不明瞭であるといわざるを得ない。


4 本件発明の技術的意義について

(一) 甲2によれば、本件明細書の「発明の詳細な説明」及び図面には、次の記載があることが認められる。

 ・・・省略・・・

(二) 本件明細書及び図面の上記記載に照らせば、本件発明は、従来技術である「数値制御方式によりミシン本体の走行に伴って畳台に締め付け固定した畳床を設定寸法に切断縫着する畳縫着機」が有する問題点を解決するため、「該下前側の下前基準線Lの位置を計算するために検出センサー53で確認した後、該下前基準線Lから移動された畳床5の下前側における畳幅方向の離間隔X0を計算しその計算値になるように畳床5を押し付け、その後、前記畳床5を締付けてから数値制御により自動的にクセ取り縫着」し、畳床の方向転換と位置決めを自動化することによって省力化を図ったことに特徴があるといえる。


(三) 原告は、本件発明において、数値制御により自動化が図られるものは、従来技術のようなミシン本体の位置決めではなく、畳床の方向転換と位置決めであると主張し、さらに、当業者の技術常識によれば、?数値制御による自動位置決め技術の基本は、「移動量=目標位置−現在位置」の関係を数値で制御することであり、?右「現在位置」はセンサーにより検知されると主張する。


 そこで、本件明細書の特許請求の範囲以外の部分及び当業者の技術常識を参酌して、本件発明にいう「数値制御」の意味について検討する。


 「数値制御」とは、JIS用語辞典によれば、「工作物に対する工具の位置をそれに対応する数値情報で指令する制御」と定義され、工作機械を対象として使われることが多いが、製図、布線、検査などにも用いられることが認められる(甲19)。また、「制御」とは、ある目的に適合するよう、対象となるものに所要の操作を加え、制御対象の物理量を所望の目標値と一致させることをいい、「制御」を行うためには、目的、制御対象、操作量、計測という4つの概念が必要となることが認められ(甲8)、「自動制御系」とは、「制御」の中でも、閉ループが形成され、制御結果が絶えずフィードバックされて目標値と比較され、目標値と制御量に差があれば、その差をなくすよう修正動作が行われるものをいうことが認められる(甲9、10)。


 これらの概念によれば、「数値制御による自動位置決め」を実行するためには、目標値、制御対象、操作、制御結果の計測、フィードバックによる修正動作に関する指令の内容が、あらかじめ数値情報により与えられている必要があり、これらの情報が不明確な場合には、数値制御を行うことはできないというべきである。


 前記(一)のとおり、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面において、目標値、制御対象、操作量、制御結果の計測、フィードバックによる修正動作の内容が明らかにされているのは、従来技術であるミシン本体12の制御装置29の動作を表す【0015】のみであり、畳床の方向転換と位置決めに関しては、「数値制御」に必要な情報を開示した部分は存在しないのであるから、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面並びに当業者における技術常識を参酌した場合、畳の下前側をクセ取りする縫着方法において、数値制御の対象とされるものは、従来技術と同様、ミシン本体の位置決めであると解するのが合理的であり、これを畳床の方向転換と位置決めと解することはできないというべきである


5 構成要件Cの「下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー53で確認し」の意義について

(一)  甲2によれば、本件明細書の「発明の詳細な説明」及び図面には、「下前基準線(L)」について、次の記載があることが認められる。

 ・・・省略・・・

(二) 本件明細書の発明の詳細な説明には、「下前基準線(下前切断位置)」「下前基準線L(下前切断位置)」という記載があり、これによれば、「下前基準線L」とは畳の下前側の切断位置と同義であると解される。他方、本件明細書の図面には、下前基準線を表す「L」の表示がなされた直線と、それに交差するジグザグ状の折れ線が両方描かれており、下前基準線Lと畳の下前側の切断位置は異なることが示されている。このように、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面には、下前基準線について二義的な記載があり、その意味は、明細書の特許発明の範囲以外の部分の記載及び図面によっても明らかでないというべきである。


 この点につき、原告は、「下前基準線(下前切断位置)」とは、クセ量がすべてゼロの場合には畳床5が下前基準線Lの位置で一直線に切断されるので下前基準線と切断位置が一致するが、クセがある場合にはクセ取りを行い、ジグザグ状に切断されるので下前基準線の位置は切断位置にならないという意味であると主張する。しかし、本件明細書は、「畳のクセ取り縫着方法及び畳縫着機」に関するものであり、クセがない場合(クセ量がゼロである場合)に関する記載は、明細書中の全記載を見ても存在しない。しかも、本件明細書【0007】には、「その下前側(クセ取り切断縫着する側)を畳縫着機10に向くよう方向転換された後に、その上前側を畳床押込み手段41により押し付けることにより、下前側が下前基準線L(下前切断位置)に位置合わせされる。」という記載があり、上記記載は、クセ取り切断縫着される場合(クセがある場合)でも、下前基準線Lが下前切断位置と一致することを意味するものと解されるから、原告の主張は、明細書の記載に反するものであり、かかる解釈を採ることはできないというべきである。


(三) 他方、証拠(甲23)によれば、「下前基準線」とは、畳業界において、畳の丈の半分(畳の基準幅寸法の位置)をいう用語として慣用されていることが認められ、右技術常識を参酌すれば、「下前基準線Lの位置を計算するため」とは、畳の基準幅寸法の位置を求めることをいうものと一応理解することができる。


 しかし、本件明細書には、畳の位置決めに関する過程中、どの時点における下前基準線(畳の基準幅寸法)の位置を計算するのか、また、そのため検出センサー53が確認する対象が何であるかが明らかにされておらず、これは、ミシン本体12の位置決めについては、マイクロコンピュータ30が算出する対象が「切断開始位置を基準としたY軸信号の現在位置」「Y軸方向の現在位置に対するX軸方向の目標位置(設定位置)を前記切断開始位置を基準として算出する。」と明記されていることと比較して不自然である。


 この点につき、原告は、ミシン本体の位置決めと畳床5の位置決め技術は同じ数値制御に関するものであるから、下前基準線の位置を求めるとは、下前基準線の現在位置を求めることを意味し、検出センサー53が確認する対象は、畳床5の現在位置であると主張する。


 しかし、本件明細書には、畳の位置決めについては、「現在位置」という記載は全く存在しない上、ミシン本体の位置決め過程と、畳床の方向転換及び位置決めは全く異なる過程であり、検出センサーが求める対象も当然に異なるはずであるから、ミシンの位置決めについて開示されたデータを直ちに畳床の位置決め過程に使用できると解することはできず、下前基準線を畳の基準幅寸法の位置とした場合であっても、本件明細書からは、畳床の位置決めを数値制御により定めるために必要な数値情報又はその基準となる位置関係を読み取ることはできない。


 以上によれば、「下前基準線(L)の位置を確認するために検出センサー53で確認し」の意義は、本件明細書の発明の詳細な説明及び図面を参酌してもなお不明確であるというべきである。


6 構成要件Dの「該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」の意義について

(一) 本件明細書(甲2)の「発明の詳細な説明」及び図面には、「該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」について、次の記載があることが認められる。

 ・・・省略・・・

(二)  発明の詳細な説明の各記載及び図面には、「該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」について、特許請求の範囲とほぼ同一の記載しかなく、上記記載から、特許請求の範囲に記載された用語の意義を合理的に解釈することはできないから、「移動された畳床(5)」「畳巾方向の離間隔(X0)」の意義は、明細書の特許請求の範囲以外の部分及び図面を参酌してもなお不明確であるというべきである。


 原告は、「該下前基準線Lから移動された畳床5の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」により計算されるものは、「畳床5を位置決めするため移動させる距離(Xd)」であり、その計算方法は、実施例に即して説明すれば、別紙参考図9のとおり、「Xd=Xc−X0=Xb−Xa−X0」であると主張する。しかし、本件明細書には、下前基準線L及び離間隔X0の記載があるのみで、原告のいう「Xa、Xb、Xc、Xd」に関する記載は皆無であり、このような解釈を導き出す公知技術の存在を認めるに足りる証拠もない。しかも、特許請求の範囲の「該下前基準線(L)から移動された畳床5の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し、その計算値になるように畳床5を押し付け」という文言によれば、ここで計算されるものは、あくまで「離間隔X0」であり、「移動量」であるとは解されないのであるから、原告の主張は、明細書に存在しない技術的事項を付加することにより、特許請求の範囲を解釈しようとするもので、法70条1項、2項により許されない。


6 以上によれば、本件方法発明は、構成要件Cのうち「下前基準線(L)の位置を計算するために検出センサー(53)で確認し」、構成要件Dのうち「該下前基準線(L)から移動された畳床(5)の下前側における畳幅方向の離間隔(X0)を計算し」の意義が、明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面並びに当業者の技術常識を参酌しても、いずれも不明確であり、当業者からみて、出願に係る発明の内容を合理的に解釈することができないから、全体として、技術的範囲を確定することができないというべきである。


 してみれば、仮に、被告製品を使用した被告方法が原告主張のとおりであったとしても、本件方法発明と被告方法を対比することができないのであるから、被告方法が本件方法発明の技術的範囲に属すると認めることはできず、被告製品について、本件方法発明の間接侵害に当たると判断することもできない。

・・・省略・・・

 以上によれば、被告方法は、技術思想の点からも、本件方法発明の技術的範囲に属すると認めることはできず、被告製品について、本件方法発明の間接侵害に当たると判断することはできない。 』


 と判示されました。

 
 詳細は、本判決文を参照してください。