●平成19(行ケ)10293審決取消請求事件 商標権「チョコレート菓子」

 本日は、『平成19(行ケ)10293 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「チョコレート菓子の立体商標」成20年06月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080701150044.pdf)について取上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が認容された事案です。


 本件では、本願商標は,商標法第3条第1項第3号に該当しないと判断した審決が誤りであると判断されており、この判断の点で参考になる事案かと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義、裁判官 榎戸道也、裁判官 浅井憲)は、


1 取消事由1(商標法3条1項3号該当性判断の誤り)について

 商標法3条1項3号の「その商品の・・・形状・・・を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」の意義

 最高裁昭和54年4月10日第三小法廷判決(判例時報927号233頁)は,商標法3条1項3号の趣旨について,「商標法3条1項3号に掲げる商標が商標登録の要件を欠くとされているのは,このような商標は,商品の産地,販売地その他の特性を表示記述する標章であって,取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないものであるとともに,一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないものであることによるものと解すべきである。」と説示しているところ,上記に説示するところは,立体商標制度が導入されたことにより影響を受けるものとは解されないから,以下,上記説示に沿って検討することとする。


 上記説示によれば,商標法3条1項3号に該当する商標の類型として,一つは,「取引に際し必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲するものであるから,特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないもの」であり(以下「独占不適商標」という。),他は,「一般的に使用される標章であって,多くの場合自他商品識別力を欠き,商標としての機能を果たし得ないもの」である(以下「自他商品識別力欠如商標」という。)から,以下,本願商標について上記の各観点から検討する。


(1) 独占不適商標該当性について


 本願商標は,別紙のとおり,平型の略直方体をした板状のチョコレートの上部の長手方向に垂直に直線状の溝を設けてこれを同形の4つの区画に区切り,向かって左側の区画から,順次,車えび,扇形の貝殻,竜の落とし子及びムラサキイガイの図柄を配列し,これらの図柄をマーブル模様をしたチョコレートで立体的に模した形状からなる標章であり,証拠(甲第5,第6及び第58号証)及び弁論の全趣旨によれば,原告は自己が製造・販売するチョコレート菓子(商品名シーシェルバー)の商標とする意図の下に創業当時から使用してきた貝殻模様などを用いて創作したものと認められ,これを左右する証拠はない。


 上記のとおり,本願商標は,4種類の魚介類の図柄の選択及び配列の順序並びに立体的に構成されたこれらの図柄のマーブル模様の色彩等において,少なくとも本件全証拠からは同様の標章の存在を認めることができないという意味で個性的であるところ,上記認定のとおり,本願商標は,原告において,その製造・販売に係るチョコレート菓子(シーシェルバー)に付する立体商標として採択する意図の下に,原告が1958年の創業当時から使用していた貝殻等の図柄等を採用して構成し,創作したものと認められるから,これらの事実によれば,本願商標がチョコレート菓子の取引において,「必要適切な表示としてなんぴともその使用を欲する」ものであり,それ故に「特定人によるその独占使用を認めるのを公益上適当としないもの」に該当するものと認めることはできず,本件全証拠を検討してもこれを認めるに足りる証拠はない。


 したがって,本願商標が独占不適商標に該当するものと認めることはできない。


(2) 自他商品識別力欠如商標該当性について


ア 前記最高裁判決は,自他商品識別力欠如商標について,「一般的に使用される標章であ(る)」ために「商標としての機能を果たし得ないもの」と説示しているところ,上記要件のうち前段は,商標法3条1項3号との関係では,同号の「普通に用いられる方法で表示する標章」の一つの解釈を示したものと理解することができる。


 ところで,当該標章が「一般的に使用される標章であ(る)」か否かは,当該商品の属する取引分野の取引の実情に基づいて判断されることが必要であることは多言を要しないところであるから,まず,本願商標に係る指定商品であるチョコレート菓子に係る取引の実情について見ることとする。


イ 以下に掲記の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,チョコレート菓子の取引の実情に関して,以下の事実が認められる。


(ア) 複数のチョコレート菓子の製造販売業者により,上部に直線状の溝を形成した板状ないしは棒状のチョコレート菓子が製造販売されている(乙第4号証の1ないし11)が,その中には,本願商標と同様に平型で略直方体の板状ないしは棒状であって,上部の長手方向に垂直に等間隔で設けられた直線状の溝により複数の小区画に分割された形状に成型された商品が存在しており(乙第4号証の2,5),このような形状は,チョコレート菓子の形状の代表的なものの一つ(以下「板状タイプ」という。)となっているといえる。


(イ) 複数のチョコレート菓子の製造販売業者により,植物の葉や実,エビ,貝殻,竜の落とし子等を模した立体的形状のチョコレート菓子が製造販売されており(甲第41,44,46号証,乙第5号証の1ないし7),このような形状は,チョコレート菓子の形状の代表的な一つ(以下「立体形状タイプ」という。)となっているといえる。


(ウ) 複数のチョコレート菓子の製造販売業者により,円形,楕円形又は方形の台状をしたチョコレートの上部に植物の葉や果実等を模した立体的形状を乗せたチョコレート菓子が製造販売されており(乙第6号証の1ないし7),このような形状は,チョコレート菓子の形状の代表的な一つ(以下「立体装飾タイプ」という。)となっているといえる。


(エ) 縦横に溝を有する板状タイプのチョコレートの上部の各区画上に,帽子を模した立体的な形状を乗せたチョコレート菓子も製造販売されている(乙第7号証の1,2)。


ウチョコレート菓子は,代表的な嗜好品の一つであり,その購買者は,広く一般消費者であることは周知の事実であるところ,嗜好性の強い食品の特質上,第一にチョコレート菓子自体の味に注目し,次いで食べ易さにも注目することもまた周知の事実であるが,同時にチョコレート菓子の製造・販売者によって前項に認定したような創意と工夫を凝らした各種形体のチョコレート菓子が開発・製造・販売されている事実からも容易に推認することができるように,チョコレート菓子の形体自体についても美感や好感度を訴えるものとして需要者の注意を引き付ける重要な視覚的要素となり得るものと認識されているものと見ることができる。


エ 以上を踏まえて,本願商標が「一般的に使用される標章であ(る)」と言えるか否かについて検討する。


 本願商標は,平型の略直方体をした板状のチョコレートの上部に長手方向に垂直に直線状の溝を設けてこれを同形の4区画に区切り,向かって左側から各区画上に,車えび,扇形の貝殻,竜の落とし子及びムラサキイガイの図柄を順次配列し,これらの図柄をマーブル模様のチョコレートで立体的に模した形状からなる標章であることは前記のとおりであるところ,その全体的な形状はチョコレート菓子の代表的形体の一つである板状タイプであると同時に立体装飾タイプでもあり,板状タイプに立体装飾タイプを合体させた形体のチョコレート菓子の一種であるといえる。これによれば,本願商標に係る標章は,チョコレート菓子の形体を表現する従来の手法に従い,これを組み合わせた表現手法を採用したものということができるから,この意味で表現手法自体に新規性があるとはいえない。


 しかし,本願商標が「一般的に使用される標章であ(る)」と言えるか否かは,その表現手法自体が一般的であるか否かではなく,具体的な形体として表された標章それ自体について見るべきであるから,さらに進んでこの点について検討する。


 前記認定のように,チョコレート菓子の取引の実情においては,立体形状タイプとして,植物の葉や実,エビ,貝殻,竜の落とし子等を模した立体的形状のチョコレート菓子が製造・販売されていることから見ると,本願商標を構成する各図柄を分離して個々的に見た場合,車エビ及び貝殻は新規な図柄に当たらないし,竜の落とし子の図柄については,原告は,その尾が背の側に外巻である点において腹の側に内巻である通常の図柄とは異なる新規な図柄であると主張するところ,この点の差異は指摘されて気付く程度のいわば微差と言っても良いものであるから,本願商標の自他商品識別力を評価する上でこの違いをことさらに強調することは困難であると言わざるを得ないというべきである。


 しかしながら,本願商標においては,車えび,扇形の貝殻,竜の落とし子及びムラサキイガイの4種の図柄を向って左側から順次配列し,さらにこれらの図柄をマーブル模様をしたチョコレートで立体的に模した形状からなるのであり,このような4種の図柄の選択・組合せ及び配列の順序並びにマーブル色の色彩が結合している点において本願商標に係る標章は新規であり,本件全証拠を検討してもこれと同一ないし類似した標章の存在を認めることはできない。


 そして,これらの結合によって形成される本願商標が与える総合的な印象は,本願商標が付された前記のシーシェルバーを購入したチョコレート菓子の需要者である一般消費者において,チョコレート菓子の次回の購入を検討する際に,本願商標に係る指定商品の購入ないしは非購入を決定する上での標識とするに足りる程度に十分特徴的であるといえ,本件全証拠を検討しても本願商標に係る標章が「一般的に使用される標章」であると認めるに足りる証拠はないし,本願商標が「商標としての機能を果たし得ないもの」であると認めるに足りる証拠もない。


オ 被告は,商品等の形状は,基本的に識別標章たり得ないし,商品等の形状には選択し得る形状に一定の幅があるのが通常であり,商品等の製造者・販売者や需要者は,そのような認識を当然に持っているのであるから,商品等の形状そのものからなる立体商標は,それが商品等の形状として一般に採用し得る範囲内のものと認識される限りにおいては,多少特異なものであっても,選択し得る形状の一つと理解されるにとどまるのであって,商品等の機能又は美感と関係のない特異な形状以外は,「商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標」に当たると主張する。


 確かに,商品の形状は,第一次的には,当該商品自体の持つ機能を効果的に発揮させたり,あるいはその美感を追求する等の目的で選択されるものであり,取引者・需要者もそのようなものとして認識するであろうことは被告の主張するとおりである。


 しかしながら,商品の形状は,取引者・需要者の視覚に直接訴えるものであり,需要者は,多くの場合,まず当該商品の形状を見て商品の選択・選別を開始することは経験則上明らかであるところ,商品の製造・販売業者においては,当該商品の機能等から生ずる制約の中で,美感等の向上を図ると同時に,その採用した形状を手掛かりとして当該商品の次回以降の購入等に結び付ける自他商品識別力を有するものとするべく商品形体に創意工夫を凝らしていることもまた周知のところであるから,一概に商品の形体であるがゆえに自他商品識別力がないと断ずることは相当とはいえないものである。


 これをチョコレート菓子についてみると,前記のとおり,チョコレート菓子の選別においては,多くの場合,第一次的には味が最も重要な要素であるといえるが,同時にその嗜好品としての特質からチョコレート菓子自体の形体も外形からチョコレート菓子の識別を可能ならしめるものとして取引者・需要者の注目を引くものと見ることができるのであり,このことはチョコレート菓子の形体に板状タイプ,立体形状タイプ,立体装飾タイプなどがあり,各製造業者が様々な立体模様等を採用して独自色を創出しようとしていることからも容易に窺うことができるところであり,ここにおいてはチョコレート菓子の外形,すなわち形体が,美感等の向上という第一次的要求に加え,再度の需要喚起を図るための自他商品識別力の付与の観点をも併せ持っているものと容易に推認することができるのである。


 このように見てくると,嗜好品であるチョコレート菓子の需要者は,自己が購入したチョコレート菓子の味とその形体が他の同種商品と識別可能な程度に特徴的であればその特徴的形体を一つの手掛かりにし,次回以降の購入時における商品選択の基準とすることができるし,現にそのようにしているものと推認することができるのであるから,その立体形状が「選択し得る形状の一つと理解される限り識別力はない」とする被告の主張は,取引の実情を捨象する過度に抽象化した議論であり,にわかに採用し難いところである。


 また,被告は,本願商標はチョコレート菓子の形体において広く採用された表示方法の寄せ集めに過ぎないから,本願商標に接した需要者は,商品の単なる装飾としか認識できないと主張するところ、確かに,本願商標に係る標章の表現手法自体は既に述べたように新規なものとは言い難いことは被告の指摘するとおりであるが,本願商標に係る標章は,4種の図柄の選択・組合せ及び配列の順序並びにマーブル色の色彩が結合している点において新規であり,個性的であるから,この程度の識別力があれば,本願商標が付されたシーシェルバーを食した需要者である一般消費者はその味と新規な標章により次回の購入の可否を検討する際において他の同種商品と識別することが可能であるものと推認することができるから,被告の上記主張も採用することはできない。


 なお,被告は,商品等の機能又は美感と関係のない特異な形状に限って自他商品識別力を有するものとして,商標法3条1項3号の商品等の形状を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標ということはできないとするが,商品の本来的価値が機能や美感にあることに照らすと,このような基準を満たし得る商品形状を想定することは殆ど困難であり,このような考え方は立体商標制度の存在意義を余りにも限定するものであって妥当とは言い難い。


(3) 以上によれば,本願商標が商標法3条1項3号所定の商標に該当するとは認め難いことに帰するから,審決は,同規定の解釈,適用を誤ったものであり,取消事由1は理由があるものというべきである。


2 結論


 よって,本訴請求は理由があるからこれを認容することとし,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。