●平成18(ワ)23787等 損害賠償請求事件 特許権「携帯電話機」

 本日は、『平成18(ワ)23787等 損害賠償請求事件 特許権 民事訴訟「携帯電話機」平成20年05月30日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080604091900.pdf)について取り上げます。


 本件は、携帯電話機についての特許権を有する原告が,被告に対し,被告の販売する携帯電話機は,本件特許権に係る発明の技術的範囲に属するものであり,被告製品を販売する被告の行為は,本件特許権を侵害するものであるとして,民法709条及び特許法102条3項に基づき,実施料相当額の損害等の賠償を求め、棄却された事案です。


 なお、特許請求の範囲の請求項1は、

「外部記憶媒体を着脱可能に装着する記憶媒体装着手段と,該記憶媒体装着手段に装着された外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しを行う記録読出し手段とを備える携帯電話機であって,
 当該携帯電話機の自局電話番号を記憶する自局番号記憶手段と,前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体にデータを記録する際に,そのデータに関係付けて前記自局電話番号を識別するための番号識別子を当該データと共に記録させる番号識別子付加手段と,
 前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体からデータを読み出す前に,そのデータに関係付けられて記録された番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する判定手段と,
 前記関係付けられた番号識別子が前記自局電話番号に該当しない場合に,前記記録読出し手段による当該データの読出しを禁止する読出し禁止手段とを備えることを特徴とする携帯電話機。」

 であります。


 本件では、明細書の記載等を参酌して、特許請求の範囲における「番号識別子」の用語の意義の解釈しており、この点で参考になる事案かと思います。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸、裁判官 平田直人、裁判官 柵木澄子)は、


『1 争点1(各被告製品は構成要件B2ないしB4を充足するか)について

構成要件B2の「前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体にデータを記録する際に,そのデータに関係付けて前記自局電話番号を識別するための番号識別子を当該データと共に記録させる番号識別子付加手段と,」(争点1−a),構成要件B3の「前記記録読出し手段が前記外部記憶媒体からデータを読み出す前に,そのデータに関係付けられて記録された番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する判定手段と,」(争点1−b),構成要件B4の「前記関係付けられた番号識別子が前記自局電話番号に該当しない場合に,前記記録読出し手段による当該データの読出しを禁止する読出し禁止手段とを備える」(争点1−c)は,いずれも「番号識別子」をその構成要素としていることから,各被告製品が構成要件B2ないしB4を充足するか否かは,記録読出し手段がSDカード(外部記憶媒体)にコンテンツ(データ)を記録する際に,そのコンテンツと共にSDカードに記録される「暗号化された固定値」が,上記「番号識別子」に該当するか否かによるといえる。



 そこで,まず,「暗号化された固定値」が「番号識別子」に該当するか否かについて検討する。


(1) 「番号識別子」の意義

ア 本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の記載

 請求項1には,「前記自局電話番号を識別するための番号識別子」との記載がある。


 ここに「前記自局電話番号」とは,請求項1の記載から,「外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しを行う携帯電話機の電話番号」を指すことが明らかである。


イ「識別子」の意義

(ア) 「識別」とは,「(i)みわけること。(ii)人または動物が,質的または量的に異なる二つの刺激を区別し得ること。弁別。」(広辞苑第6版),「物事の相違を見分けること。」(大辞林第3版。甲12)を意味する。

 「識別子」とは,「(identifier)コンピューターで,対象を一意に識別するために使われる記号列。」(広辞苑第6版),「〔identifier〕コンピューターで扱う装置やプログラム,あるいはデータを互いに区別するために使われる文字列や数字。」(大辞林第3版。甲12)を意味する。


 また,「一意」とは,「(i)一つの考え。また同じ考え。(ii)(副詞的に)一つの事に精神を集中するさま。ひたすら。(iii)(unique)ただ一通りに定められること。」(広辞苑第6版),「(i)意味や値が一つに確定していること。(ii)(副)ひたすら,一つの事にだけ心を集中するさま。一意的(形動)意味や値が一つに確定しているさま。」(大辞林第3版。甲21)を意味する。


 さらに,「ため」とは,「(助詞「の」「が」或いは用語の連体形につづく)(i)利益。(中略)(ii)(利益を期する意から)目的。」(広辞苑第6版)を意味する。


(イ) 「識別子」については,「JIS工業用語大辞典第2版」(乙1。1987年11月発行)では,「〔identifier〕言語対象物を名付ける字句単位。(例)変数,配列,レコード,ラベル,手続きなどの名前。」と,「MARUZEN IEEE電気・電子用語辞典」(乙2。平成元年9月発行)では,「〔identifier〕(1)名付け,表示,位置指定に使われる記号。識別子はデータ構造,データ項目あるいはプログラムロケーション等に関係づけて使われる。(2)データ項目を識別しまたは名付け,ときにはそのデータの性質を示すために使われる文字または文字の集り。」と,「ネットワーク・情報用語辞典」(乙4。1989年10月発行)では,「identifier,ID(i)データの項目を識別し,または名づけ,ときにはそのデータの性質を示すために使われる文字/文字の集合体。(ii)データが格納されている/格納される場所を一義的にさす名称,また,データ項目を特定して参照する場所。」と,「情報処理用語IBM」(乙5。第17刷1981年2月)では,「identifier 識別子,識別名データの本体を識別したり,指示したり,または名付けることを目的とした記号。」と定義されている。


(ウ) 以上によれば,「識別子」とは,「対象を一意に識別するために使われる記号」,すなわち「対象をただ一通りに見分けることを目的として使われる記号」を意味するものと解される。


ウ 上記「前記自局電話番号を識別するための番号識別子」との請求項の記載及び上記「識別子」の意義によれば,本件発明における「番号識別子」とは,「自局電話番号(外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しを行う携帯電話機の電話番号)をただ一通りに見分けることを目的として使われる記号」を意味するものと解するのが相当である。


 上記解釈は,構成要件B3の「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する判定手段」との記載にも整合するものといえる。


 すなわち,「番号識別子が前記自局電話番号に該当するか否かを判定する」とは,番号識別子を判定対象として,当該番号識別子が,自局電話番号(ここでは,外部記憶媒体に対するデータの読出しを行う携帯電話機の電話番号を指す。)に該当するか否かを判定することを意味するから,「番号識別子」は,自局電話番号に該当するか否かの判定の対象たり得るものである必要がある。「番号識別子」とは,上記解釈によれば,「自局電話番号をただ一通りに見分けることを目的として使われる記号」であるから,自局電話番号に該当するか否かの判定の対象たり得るものであるといえる。


エ 本件明細書の発明の詳細な説明の記載
(ア) 本件明細書の発明の詳細な説明には次の記載がある。

a【発明が解決しようとする課題】
 ・・・省略・・・
b 【課題を解決するための手段】
 ・・・省略・・・
c 【発明の実施の形態】
 ・・・省略・・・

(イ)本件明細書の発明の詳細な説明中には,「番号識別子」の意義について特に,限定又は拡張した記載はない。


 他方,上記のとおり,本件明細書において開示されている実施例は,「自局電話番号」自体をそのまま番号識別子として用いる例及び「自局電話番号を所定の規則でコード化した記号」を番号識別子として用いる例のみである。


 そうすると,「番号識別子」を上記ウのとおり解釈することは,本件明細書の発明の詳細な説明の記載とも整合するものといえる。

オ 以上のとおり,「番号識別子」とは,「自局電話番号をただ一通りに見分けることを目的として使われる記号」であって,目的的に用いられる記号であるから,「番号識別子」であるというためには,あらかじめ自局電話番号を見分けることを目的として設定されており,かつ,これを用いる体系において,当該記号をもって自局電話番号を見分けることができるものである必要がある。偶々,あるいは結果的に,自局電話番号を見分けたのと同一の機能を果たすことができるだけでは足りないというべきである。


カ 原告は,「番号識別子」とは「特定の電話番号がある電話番号と同じか違うかの区別ができるもの」をいうと解すべきであると主張する。


 原告が主張するとおり,本件発明は,メモリカード等の外部記憶媒体に対するデータの記録・読出しが可能な携帯電話機において,外部記憶媒体に記録したデータが,その記録を行った携帯電話機以外の電話機で利用されるのを禁止することができるようにすることを目的とするものである(上記エ(ア)a参照)。そして,上記課題の解決のためには,「対応する電話番号が1つしかない記号」が外部記憶媒体にデータを記録する際に,そのデータと関係付けて付加されていれば足り,このような記号を用いることによって,同記号に対応する電話番号の携帯電話機でなければコンテンツデータを読み出すことができないという機能を果たすことは可能と考えられる。


 しかしながら,本件発明は,上記課題を解決するための手段として,請求項1及び上記エ(ア)b記載のとおり,「番号識別子」を外部記憶媒体にデータを記録する際に,そのデータと関係付けて付加し,番号識別子を判定対象として,当該番号識別子が,自局電話番号に該当するか否かを判定することをその構成とするものであるから,単に結果として,外部記憶媒体に記録したデータをその記録を行った携帯電話機以外の電話機で利用することができないようにするという機能が果たされていればよいというものではない。


 原告の上記解釈は,「識別子」が目的的に用いられる記号であり,かつ,自局電話番号に該当するか否かの判定対象となるものである点を看過するものであり,相当でない。


(2) 各被告製品における「暗号化された固定値」の「番号識別子」該当性ア各被告製品が,いずれも,外部記憶媒体である「SDカード」を着脱可能に装着する「SDカードスロット」を備え,「SDカードスロット」に装着した「SDカード」に対してコンテンツデータの記録,読出しを行う機能を備える携帯電話機であって,当該電話機の自局電話番号を記憶する機能を備えることを特徴とする携帯電話機であること,各被告製品が,いずれも,別紙被告製品説明書記載の構成を備えることは当事者間に争いがない。


 すなわち,各被告製品においては,●(省略)●という構成がとられている。


イ 以上のとおり,各被告製品における「暗号化された固定値」は,所定の「固定値」を,記録を行う携帯電話機の自局電話番号及びその他の情報から所定のアルゴリズムにより生成された暗号鍵を用いて暗号化した記号であり,暗号化されたコンテンツをメモリカードから読み出す前に,読出しを行う携帯電話機が自局電話番号及びその他の情報から所定のアルゴリズムにより,正しい復号鍵(記録を行う携帯電話機が自局電話番号及びその他の情報から所定のアルゴリズムにより生成した暗号鍵と同一の鍵)を生成し,「暗号化された固定値」を正しく(所定の「固定値」と一致する値に)復号することができるか否かを見分けることを目的として使われる記号であると認められる。


 そうすると,各被告製品における「暗号化された固定値」は,あらかじめ自局電話番号を見分けることを目的として設定されたものであるということはできないから,本件発明における「番号識別子」には該当しないというべきである。


ウ また,各被告製品における「暗号化された固定値」は,所定の「固定値」を当該携帯電話機の自局電話番号及びその他の情報から所定のアルゴリズムにより生成された暗号鍵を用いて暗号化した記号であるから,「自局電話番号」だけではなく,「その他の情報」にも依存する記号である。そうすると,同一の電話番号であっても,同じく暗号鍵の生成に用いられる「その他の情報」が異なれば,「暗号化された固定値」は異なる記号となり得る(被告の主張によれば,「暗号化された固定値」はコンテンツごとに異なる。)から,別紙被告製品説明書記載の各被告製品のシステムにおいて,「暗号化された固定値」は,電話番号が同じであるかどうかを見分けることができるものではない(すなわち,同一の電話番号であっても,異なる「暗号化された固定値」が生成されることにより,「異なる対象」であると認識されるという事態が生じ得るのである。)。


 よって,各被告製品における「暗号化された固定値」は,別紙被告製品説明書記載の各被告製品のシステムにおいて,当該記号をもって自局電話番号を見分けることができるものであるとはいえないから,本件発明における「番号識別子」には該当しないというべきである。


エ原告の主張について


(ア) 原告は,「暗号化された固定値」は,自局電話番号に応じて定まる値であるから,「自局電話番号を所定の規則でコード化したもの」であるといえる旨主張する。


 しかしながら,各被告製品においては,自局電話番号及びその他の情報から所定のアルゴリズムにより生成された暗号鍵(復号鍵)を用いるため,各被告製品の構成自体から,自局電話番号が異なれば,生成される暗号鍵と復号鍵が必ず異なるとはいえても,自局電話番号が同じであれば,生成される暗号鍵と復号鍵が必ず同一であるとは直ちにいえない。


 そして,「実験結果報告書」(甲17)及び「実験結果報告書(2)」(甲22)の結果は,「機種」,「名義人」,「製造番号」が暗号鍵(復号鍵)の生成に関与していないことを示すものにすぎず,上記証拠によって,各被告製品において,自局電話番号が同じであれば生成される暗号鍵と復号鍵が必ず同一であることを認めるに足りず,他にこれを認めるに足りる証拠はない。


 そうすると,各被告製品において,「その他の情報」が暗号鍵(復号鍵)の生成に関与していないこと,すなわち,「暗号化された固定値」が自局電話番号に応じて定まる値であることは立証されていないから,これを前提とする原告の上記主張は採用することができない。


(イ) 原告は,各被告製品における「その他の情報」は,暗号化に関係するものであって,本件発明の「番号識別子」の該当性判断に影響を及ぼすものではない旨主張する。
しかしながら,各被告製品の構成においては,「自局電話番号」も「その他の情報」も,いずれも所定のアルゴリズムにより暗号鍵(復号鍵)を生成するために用いられるものであり,両者とも,暗号化技術との関係は同じであるといえるから,「その他の情報」のみを,暗号化技術に関するものであり,「番号識別子」の該当性判断に関係がないものであるとする原告の上記主張は採用することができない。


(ウ) 原告は,1つの「番号識別子」に1つの自局電話番号が対応すれば,その「番号識別子」により,これに対応する自局電話番号を他の電話番号と見分け,あるいは区別することができるのであるから,必ずしも1つの自局電話番号に1つの番号識別子が対応する必要はない旨主張し,その例として,ある自局電話番号Xに複数の番号識別子A,Bが対応するとしても,各番号識別子A,Bに自局電話番号Xのみが対応する限り,別の自局電話番号Yに対して,例えば番号識別子Aがその自局電話番号Yと対応するかどうかによって,自局電話番号Xと自局電話番号Yとを見分けることができることを挙げる。


 しかしながら,上記の例では,「A」という記号に電話番号Xが対応していること(あるいは,「A」という記号に電話番号Yが対応していないこと)を認識していることを前提として,「A」という記号によって,電話番号Xと電話番号Yとを見分けることができると言っているにすぎず,「A」という記号それ自体によって,電話番号が同一か否かを見分けることができることを導いてはいない(「A」という記号が電話番号Xと電話番号Yとを見分けているのではなく,「A」と「電話番号X」との対応関係が電話番号Xと電話番号Yを見分けているのである。)。


 すなわち,1つの「番号識別子」に1つの自局電話番号が対応すれば,その「番号識別子」により,これに対応する自局電話番号を他の電話番号と見分け,あるいは区別することができるとの原告の上記主張は,上記の例によっては,何ら論証されてはいない。


 原告の上記主張は採用することができない。

(3) 各被告製品の構成要件B2ないしB4の充足性

 以上のとおり,各被告製品における「暗号化された固定値」は構成要件B2ないしB4の「番号識別子」には該当しないから,各被告製品は,構成要件B2ないしB4を充足しない。


(4) 以上によれば,各被告製品は,いずれも本件発明の技術的範囲に属さない。

2 結論

 よって,原告の第1ないし第4事件請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから,これをいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。 』

 と判示されました。


 特許請求の範囲に記載された「番号識別子」の用語の意義を、明細書の記載等を考慮して解釈しており、特許法第70条2項の規定等からも、妥当な判決かと思います。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 追伸;<気になった記事>

●『CiscoIntel,Alcatelなど6社がWiMAXアライアンス結成,特許プールを構築へ』http://itpro.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080610/307022/
●『インテル、シスコなど6社がWiMAXの特許団体を設立』http://www.computerworld.jp/topics/alliance/111249.html
●『CiscoIntelら計6社、WiMAX向けに「Open Patent Alliance」設立』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0806/10/news027.html
●『Intel など、WiMAX 技術の発展を目指した Open Patent Alliance を設立』http://japan.internet.com/allnet/20080610/4.html
●『シスコ、インテルサムスンなど6社、WiMAXの特許管理団体設立』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3684
●『HPとAcer、3件の特許侵害訴訟などで全面和解』http://www.nikkeibp.co.jp/news/it08q2/574294/
●『HPと台湾エイサーが特許訴訟で和解』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3672
●『ミツミ電機、ディスクドライブの特許侵害でサムスン電子を提訴』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3685
●『特許訴訟の勝訴率、過去13年間で最高の水準に−PWCが報告』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3693
●『MS、ビデオコーディング特許に関する訴訟でアルカテル・ルーセントに勝利』http://japan.gamespot.com/news/story/0,3800076565,20374841,00.htm
●『Microsoft 対 Alcatel-Lucent、お互いの特許侵害訴訟で痛みわけ』http://japan.internet.com/busnews/20080609/10.html
●『EPOとSIPO、中国の知的財産権保護で協力』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3675
●『LG電子が敗訴、最高裁が「特許権の消尽論」を適用』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3687
 ・・・米国最高裁の判決文は、こちら(http://www.supremecourtus.gov/opinions/07pdf/06-937.pdf)です。