●平成19(行ケ)10402 審決取消請求事件 意匠権「短靴」

 本日は、『平成19(行ケ)10402 審決取消請求事件 意匠権 行政訴訟「短靴」平成20年05月28日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080528162448.pdf)について取り上げます。


 本件は、意匠登録無効審判の棄却審決の取消を求めた審決取消し訴訟で、その請求が認容された事案です。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 石原直樹、裁判官 榎戸道也、裁判官 杜下弘記)は、


1 取消事由1(本件意匠と引用意匠1の類似性判断の誤り)について

 原告は,本件意匠と引用意匠1の共通点のうち「靴側面に付された略台形状の外周内に,斜めに配置された5本の帯状の凹部からなる」点は本件意匠の要部というべきであり,また,審決が認定する両意匠の差異点はいずれも僅少な差であって,本件意匠と引用意匠1が「意匠全体として異なる美観を起こさせるもの」ということはできないから,本件意匠と引用意匠1が類似しないとした審決の判断は誤りであると主張するので,以下,この点について検討する。


(1) 本件意匠と引用意匠1の類似性についての審決の判断

ア 共通点の認定

 審決は,本件意匠と引用意匠1の意匠に係る物品が「短靴」と「運動靴」で類似しているとしたほか,両意匠の共通点につき,次のように認定した。


(ア) 部分意匠である本件意匠と引用意匠1の相当部分は,いずれも靴の両側部分を構成する部分であって,ミッドソールの上部に設けられた略変形台形状の部分であり,その用途及び機能,物品全体の形態の中での位置,大きさ,範囲がほぼ共通する。


(イ) 外周形状について,底辺をミッドソールと靴甲部の境界線の上部の線,上辺を靴甲部に配置した鳩目に相当する部分の側部に靴甲部の稜線の傾斜角度と略平行に傾斜して引いた直線とし,つま先側斜辺をつま先側に約60度傾斜して引いた直線かかと側斜辺をつま先側に約50〜60度傾斜して引いた直線として , これら4辺により囲まれた略変形台形状とする点で共通する。


(ウ) さらに,外周の内側3辺に沿って設けられた仕切り枠と,外周に沿う枠内に縦に4本設けられた仕切り枠によって枠内を5等分し,仕切り枠とほぼ同幅の略帯状凹部を5本形成し,各仕切り枠によって形成される5本の略帯状凹部につき,3辺を仕切り枠で囲み,4辺の長さが全て異なるとともに,上辺よりも下辺を長尺とした略四辺形とし,5本ともつま先側に約60度で傾斜させ,つま先側からかかと側にかけて徐々に縦方向に長くし,メッシュ地とした点で共通する。


イ 差異点の認定

 審決は, 当該物品全体の形態の中での位置につき,部分意匠である本件意匠はミッドソールに隣接した部分であるのに対し,引用意匠1の相当部分はミッドソールのやや上部に設けられた部分である点で差異があるとしたほか,本件意匠と引用意匠1の差異点につき,次のように認定した。


(ア) 略変形台形状の外周形状につき,本件意匠は底辺をミッドソールと靴甲部の境界をなすやや上方へ湾曲した線としているのに対し,引用意匠1は底辺をミッドソールと靴甲部の境界線からやや上部にミッドソールに平行に引かれた直線としている点,本件意匠はかかと側の斜辺をつま先側に約50度傾斜してつま先側の斜辺とは傾斜角度が異なる直線としたのに対し,引用意匠1はつま先側に約60度傾斜してつま先側の斜辺と平行に引いた直線としている点,本件意匠は上方の2つの角を湾曲させてアール形状としたのに対し,引用意匠1は角に湾曲がない点で差異がある。


(イ) 外周内側に形成される仕切り枠につき,本件意匠は3辺のみに沿って設け,底辺には仕切り枠を設けずミッドソールに隣接させているのに対し,引用意匠1は底辺にも設け,外周の内側4辺に沿って設けている点で差異がある。


(ウ) 5本の略帯状凹部につき本件意匠は, 3辺のみに仕切り枠を設け,底辺をミッドソール境界線に隣接しているのに対し,引用意匠1は4辺を仕切り枠で囲んでいる点,本件意匠は上方の2つの角を湾曲させてアール形状としたのに対し,引用意匠1は角をアール形状としていない点,本件意匠は各々違った角度に傾斜させているのに対し,引用意匠1は5本とも同じ角度に傾斜させている点で差異がある。


ウ 共通点及び差異点の評価

 審決は,上記ア,イの共通点及び差異点の認定を前提として,本件意匠と引用意匠1は,基本的構成態様において相違するとともに,各部の具体的構成態様における差異点が相俟って異なった意匠的効果があり,差異点が共通点を凌駕して,意匠全体として異なる美感を起こさせるものであると評価したものである。


 しかるところ,当該評価においては,差異点のうち,本件意匠はミッドソールに隣接した部分であるのに対し,引用意匠1の相当部分はミッドソールのやや上部に設けられた部分である点,外周形状につき,本件意匠は底辺をミッドソールと靴甲部の境界線としているのに対し,引用意匠1は底辺をミッドソールと靴甲部の境界線からやや上部に引かれた直線としている点,外周内側の仕切り枠につき,本件意匠は,3辺のみ に沿って設け底辺には仕切り枠を設けず ,ミッドソールに隣接させているのに対し引用意匠は外周の内側4辺に沿って設けている点,5本の略帯状凹部につき,本件意匠は3辺のみに仕切り枠を設け,底辺をミッドソール境界線に隣接しているのに対し,引用意匠1は4辺を仕切り枠で囲んでいる点が,3辺枠か4辺枠かという両意匠の基本的構成態様に係り,かつ,大きな割合を占める底辺部全体の構成態様における差異であって,看者の注意を引くものであると判断され,他方,本件意匠と引用意匠1に共通する構成態様である,略変形台形状の外周形状枠内を仕切り枠によって等分して,ほぼ同幅の略帯状凹部を数本形成し,その各略帯状凹部を略四辺形とし,つま先側に約60度で傾斜させ,つま先側からかかと側にかけて徐々に縦方向に長くした構成態様は公知意匠(1)〜(6)により,また,略変形台形状の外周形状枠内を5等分して,同幅の略帯状部を5本形成し,その各略帯状部を略四辺形とし,つま先側に約60度で傾斜させ,つま先側からかかと側にかけて徐々に縦方向に長くした構成態様(以下「5本の略帯状部に係る構成態様」という)は公知意。匠(7)〜(13)により,ぞれぞれ引用意匠1の公知日以前から広く知られた構成態様であり,新規な創作性があるものではないから,格別看者の注意を引くものではないと判断されている。


 なお,公知意匠(1)〜(6)の構成は以下のとおりである(公知意匠(7)〜(13)の構成については,後記(2)において個別に示す。)。


(2) 審決が,上記(1)ウのとおり,5本の略帯状部に係る構成態様が格別看者の注意を引くものではないと評価した根拠は,公知意匠(7)〜(13)から,同構成態様が引用意匠1の公知日以前において広く知られたものであるとする点にある。


 そこで,これらの公知意匠について順次検討する。

 ・・・省略・・・

(3) ところで意匠法にいう意匠とは物品物品の部分を含むの形状模様若しくは色彩又はこれらの結合であって,視覚を通じて美感を起こさせるものをいうのであり( 意匠法2条1項), 同法3条1項3号が,同項1,2号の意匠(公知意匠)と並んで,これに類似する意匠についても意匠登録を受けることができない旨規定しているのは,公知意匠に係る物品と同一又は類似の物品につき,公知意匠に類似する美感を起こさせるような意匠については,独占的実施権である意匠権を付与するに値しないと考えられるからであり,意匠権の効力が,登録意匠に類似する意匠,すなわち,登録意匠に係る物品と同一又は類似の物品につき,登録意匠と類似の美感を起こさせる意匠について及ぶものとされている(同法23条)ことと裏腹の関係にあるものである。


 したがって,同法3条1項3号に係る意匠の類否判断とは,同号該当の有無が問題とされている意匠と公知意匠のそれぞれから生ずる美感の類否についての判断をいうものであり,その判断は,意匠に係る物品の全体(部分意匠については当該部分の全体)に係る構成態様及び各部の構成態様について認定した共通点及び差異点を,それらが類否判断に与える影響を各々評価した上で,それらを総合して行うべきものである。そして,その場合に,共通点又は差異点の認定に係る構成態様がよく知られたものであるときは,そのような構成態様は通常ありふれたものであるから,一般に看者の注意を引き難くなり,そのような構成態様に係る共通点又は差異点が類否判断に及ぼす影響も相対的に小さいことが多く,したがって,両意匠の共通点をなす構成態様がよく知られたものであるときは,当該共通点によって両意匠が類似と判断される度合いは低くなることが多いということはできる。


 しかしながら,ある物品に係る特定の製造販売者が,その製造販売に係る当該物品の特定の部位に,特定の構成態様からなる意匠を施し,そのような意匠が施された物品が,当該特定の製造販売者の製造販売に係る商品として,長年にわたり,多量に市場に流通してきたため,当該意匠の態様が,その製造販売者を表示するいわばロゴマークに相当するものとして,需要者に広く知られるに至ったような場合においては,当該物品に関する限り,そのような意匠の態様は,広く知られているからといって,看者の注意を引き難くなるものではなく,むしろ,広く知られているために , かえって,その注意を引くものであることは明らかであり,そうであれば,そのような構成態様が共通する場合においては,その共通点が意匠の類否判断に及ぼす影響は,相対的に大きいものとなるというべきである。



 しかるところ,上記(2)の認定事実に,甲第4〜第6,第15,第16,第18号証及び弁論の全趣旨を総合すれば,5本の略帯状部に係る構成態様は,原告がその製造販売する運動靴(スニーカー)の側面に施してきたものであって,かかる意匠を施した運動靴が,原告の製造販売する商品として,長年にわたり,多量に市場に流通してきたために,本件意匠の登録出願日前までに,かかる5本の略帯状部に係る構成態様は,原告を表示するいわばロゴマークに相当するものとして,需要者に広く知られるに至っていたものと認めることができる。


 そして,略変形台形状の外周形状について必ずしも明確に認識することのできない公知意匠(10)の1例が存在するのみでは,かかる認定を覆すに足りず,他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。


 そうすると,5本の略帯状部に係る構成態様が,広く知られているものであるゆえに格別看者の注意を引くものでないとした審決の評価は誤りといわざるを得ず,かかる構成態様は逆に看者の注意を引くものというべきである。


(4) そこで,本件意匠と引用意匠1の類否について検討するに,本件意匠と引用意匠1の意匠に係る物品が類似するほか,両意匠に上記(1)のアの各共通点が認められることは,審決の認定のとおりであるが,これらの共通点のうち,5本の略帯状部に係る構成態様,すなわち,略変形台形状の外周形状枠内を5等分して,同幅の略帯状部を5本形成し,その各略帯状部を略四辺形とし,つま先側に約60度で傾斜させ,つま先側からかかと側にかけて徐々に縦方向に長くした構成態様が,広く知られているものであるゆえに格別看者の注意を引くものでないとした審決の評価は誤りであって,かかる構成態様は逆に看者の注意を引くものであることは,上記(3)のとおりである。

 そして ,5本の略帯状部に係る構成態様を含む略変形台形状の外周形状枠内を ,5等分して,メッシュ地よりなる同幅の略帯状凹部を5本形成し,その各略帯状凹部を略四辺形とし,つま先側に約60度で傾斜させた構成態様は,両意匠の意匠に係る物品におけるその位置関係,意匠全体に占めるその割合,その機能等にかんがみて,両意匠の最も特徴的な部分であり,看者の注意を強く引くものであると認めることができ,本件意匠と引用意匠1は,このような構成態様において共通するものである。


 他方,本件意匠と引用意匠1に,上記(1)のイの各差異点(ただし,後記外周形状の上方つま先側の角の形状に関する点を除く)があることは,審決の認定のと。おりである。そして,審決が,両意匠の基本的構成態様に係るものとして挙げた各差異点,すなわち,本件意匠はミッドソールに隣接した部分であるのに対し,引用意匠1の相当部分はミッドソールのやや上部に設けられた部分である点,外周形状につき,本件意匠は底辺をミッドソールと靴甲部の境界線としているのに対し,引用意匠1は底辺をミッドソールと靴甲部の境界線からやや上部に引かれた直線としている点,外周内側の仕切り枠につき,本件意匠は3辺のみに沿って設け,底辺には仕切り枠を設けずミッドソールに隣接させているのに対し,引用意匠1は外周の内側4辺に沿って設けている点,5本の略帯状凹部につき,本件意匠は3辺のみに仕切り枠を設け,底辺をミッドソール境界線に隣接しているのに対し,引用意匠1は4辺を仕切り枠で囲んでいる点が結局部分意匠である本件意匠及び引用意匠1のこれに相当する部分が ,それぞれ3辺枠か ,4辺枠か(底辺がミッドソールと靴甲部の境界線に隣接するか,これとの間に間隔があるか)という差異に帰着することも審決の判断のとおりであるが,当該差異は,畢竟,上記略変形台形状の外周形状枠内を5等分して,メッシュ地よりなる同幅の略帯状凹部を5本形成し,その各略帯状凹部を略四辺形とし,つま先側に約60度で傾斜させた構成態様の底辺部における差異であるにすぎず,上記構成態様との関係では相対的に目立たない部分に係るものである上,甲第16〜第19号証によれば,靴の両側部に略帯状部を形成した意匠において,略帯状部の下辺をミッドソールと靴甲部の境界線に隣接させる構成態様も,これとの間に間隔を設ける態様も,ともにありふれていることが認められる(なお ,複数のメーカーの商品にそれぞれ両態様があることが認められるので ,略帯状部の下辺をミッドソールと靴甲部の境界線に隣接させる態様 ,又は間隔を設ける態様が,5本の略帯状部に係る構成態様のように,製造販売者を表示するいわばロゴマークに相当するものということもできない 。)のであるから,上記差異は,格別看者の注意を引くものではないというべきである。


 さらに,審決が各部の具体的構成態様における差異であるとする差異点のうち ,略変形台形状の外周形状及び5本の略帯状凹部について,本件意匠は上方の2つの角を湾曲させてアール形状としたのに対し , 引用意匠1は角に湾曲がない点(なお ,引用意匠1における外周形状の上方の2角のうち,少なくともつま先側の角については,アール形状となっていることが認められ,この点については,審決の差異点の認定自体が誤りである。)は,それぞれ上辺の微細な点に関する差異であり,また略変形台形状の外周形状につき ,本件意匠は, かかと側の斜辺をつま先側に約50度傾斜してつま先側の斜辺とは傾斜角度が異なる直線としたのに対し,引用意匠1はつま先側に約60度傾斜してつま先側の斜辺と平行に引いた直線としている点,及び5本の略帯状凹部につき本件意匠は各々違った角度に傾斜させているのに対し,引用意匠1は5本とも同じ角度に傾斜させている点は,わずかな角度の相違に基づくものであって,一見して直ちに感得し得るようなものではなく,いずれも看者の注意を引かない微差であるというべきである。


 そうすると,その余の差異点も含め,本件意匠と引用意匠1との差異点は,上記のとおり,両意匠の最も特徴的な部分であり,看者の注意を強く引くものであると認められる,略変形台形状の外周形状枠内を5等分して,メッシュ地よりなる同幅の略帯状凹部を5本形成し,その各略帯状凹部を略四辺形とし,つま先側に約60度で傾斜させた構成態様における共通点を凌駕するものとはいえず,両意匠が意匠全体として異なる美感を起こさせるものと認めることはできないから,両意匠は類似すると認めるのが相当である。


(5) 以上のとおり,本件意匠と引用意匠1とが類似しないとした審決の判断は誤りであり,取消事由1は理由がある。

2 結論

 以上の次第で,取消事由1は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は取り消しを免れない。

よって,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。