●平成18(行ケ)10563知財高裁大合議「感光性熱硬化性樹脂組成物及び

 本日は、コカコーラの瓶の形状の立体商標についての判決文の公表がありましたが、それは明日取り上げるとして、まずは本日判決の言い渡しのあった知財高裁大合議事件である、『平成18(行ケ)10563 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「感光性熱硬化性樹脂組成物及びソルダーレジストパターン形成方法」平成20年05月30日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080530152605.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許無効審決の取消を求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、審査基準にて例外として認められている、いわゆる「除くクレーム」の是非について知財高裁でも認めた点で、参考になるかと思います。


 特に、本件では、先行発明の重複を除くため、本件訂正後の特許請求の範囲の記載された先行発明に記載された「TEPIC」という登録商標の物質を除く訂正が認められるか否かも参考になるかと思います。


 なお、本件では、判決文に記載されているように、知財高裁は,特許法180条の2の求意見制度により特許庁長官の意見を聴いた上で,判決したとのことです。


 つまり、知財高裁(特別部 裁判長裁判官 塚原朋一、裁判官 中野哲弘、裁判官 飯村敏明、裁判官 田中信義、裁判官 杜下弘記)は、


1 取消事由1(本件訂正の適否についての判断の誤り)について


(1) 原告は,上記第3の1のとおり,本件各訂正は,いわゆる「除くクレーム」による訂正であるところ,このような訂正は平成6年法律第116号改正附則6条1項においてなお従前の例によるとされた同法による改正前(以下「平成6年改正前」という。)の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」における訂正ということはできないと主張する。


(2) また,原告は,本件各訂正後の特許請求の範囲の記載は,登録商標「TEPIC」の記載を含むものであるところ,登録商標の記載によって本件各訂正の内容を技術的に特定することはできないから,本件各訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであるということはできないと主張するほか,本件各訂正は,本件訂正前の各発明におけるごく一部の組合せを除外するのみであるから,本件訂正前の各発明と本件各発明は実質的に同一であり,特許請求の範囲を「減縮」するものということはできないとも主張する。

そこで,これらの主張について,順次検討する。


(2) 「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内」の意義について

ア 上記規定の沿革及び趣旨並びに解釈


 平成6年改正前の特許法17条2項は,「前項本文の規定により明細書又は図面について補正をするときは,願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と規定しているところ,同規定は,平成5年法律第26号による改正において,平成11年法律第160号による改正前の特許協力条約に基づく国際出願等に関する法律11条の「国際予備審査の請求をした出願人は,通商産業省令で定める期間内に限り,当該請求に係る国際出願の出願時における明細書,請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において,明細書,請求の範囲又は図面について補正をすることができる。」との文言を参考として規定されたものであり,さらに,上記法律11条は特許協力条約34条(2)(b)の「出願人は,国際予備審査報告が作成される前に,所定の方法で及び所定の期間内に,請求の範囲,明細書及び図面について補正をする権利を有する。この補正は,出願時における国際出願の開示の範囲を超えてしてはならない。」との規定を受けたものである。同条項は,出願人のために出願についての補正を許容する一方,出願時に開示された範囲を超える補正を許さないとすることにより,第三者との利害の調整を図る趣旨の規定であると考えられる。


 したがって,平成6年改正前の特許法17条2項も,その趣旨において同様の規定であると理解することができる(同法17条の2第2項が同法17条2項を準用するほか,同法17条の3第2項が「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしなければならない。」と定めるのも同様である。)。


 そして,平成6年改正前の特許法134条2項は,第三者に不測の損害を与えない範囲において,特許権者に明細書又は図面を訂正する機会を与えることにより,発明の保護を図る主要国の制度との調和を図りつつ,無効審判の審理と同時に訂正についても審理を行うことができるようにして審理遅延を回避するとともに,ただし書において,補正と同様に,訂正も「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならないことを定めたほか,訂正はいったん特許が付与された後に特許が無効となることを回避するために行われることから,このような目的を達するために最小限の範囲と考えられる「特許請求の範囲の減縮」,「誤記の訂正」又は「明りようでない記載の釈明」を目的とするものである場合に限って認められるとしたものである(ただし書部分は,訂正審判請求における訂正について定める平成6年改正前の特許法126条1項ただし書と同様である。)。


 以上によると,平成6年改正前の特許法は,補正について「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならないと定めることにより,出願当初から発明の開示が十分に行われるようにして,迅速な権利付与を担保し,発明の開示が不十分にしかされていない出願と出願当初から発明の開示が十分にされている出願との間の取扱いの公平性を確保するととともに,出願時に開示された発明の範囲を前提として行動した第三者が不測の不利益を被ることのないようにし,さらに,特許権付与後の段階である訂正の場面においても一貫して同様の要件を定めることによって,出願当初における発明の開示が十分に行われることを担保して,先願主義の原則を実質的に確保しようとしたものであると理解することができる(なお,平成6年回生前の特許法126条2項は,訂正審判請求における訂正について「実質上特許請求の範囲を拡張し,又は変更するものであつてはならない」と規定し,同規定が同法64条4項及び134条5項において準用されていることから,訂正審判請求における訂正のほか,出願公告をすべき旨の決定の謄本の送達があった後の補正及び訂正請求における訂正が第三者に不測の不利益を及ぼすものでないことが担保されているものと解することができる。)。


 このような特許法の趣旨を踏まえると,平成6年改正前の特許法17条2項にいう「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言については,次のように解するべきである。


 すなわち,「明細書又は図面に記載した事項」とは,技術的思想の高度の創作である発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対して開示されるものであるから,ここでいう「事項」とは明細書又は図面によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となるところ,「明細書又は図面に記載した事項」とは,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。


 そして,同法134条2項ただし書における同様の文言についても,同様に解するべきであり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる。


 もっとも,明細書又は図面に記載された事項は,通常,当該明細書又は図面によって開示された技術的思想に関するものであるから,例えば,特許請求の範囲の減縮を目的として,特許請求の範囲に限定を付加する訂正を行う場合において,付加される訂正事項が当該明細書又は図面に明示的に記載されている場合や,その記載から自明である事項である場合には,そのような訂正は,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,「明細書又は図面に記載された範囲内において」するものであるということができるのであり,実務上このような判断手法が妥当する事例が多いものと考えられる。


 ところで,平成6年法律第116号附則8条1項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前(以下「平成6年改正前」という。)の特許法29条の2は,特許出願に係る発明が当該特許出願の日前の他の特許出願であって当該特許出願後に出願公開がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面に記載された発明(以下「先願発明」という。)と同一であるときは,その発明については特許を受けることができない旨定めているところ,同法同条に該当することを理由として,平成5年法律第26号附則2条4項によりなお従前の例によるとされる同法による改正前の特許法123条1項1号に基づいて特許が無効とされることを回避するために,無効審判の被請求人が,特許請求の範囲の記載について,「ただし,…を除く。」などの消極的表現(いわゆる「除くクレーム」)によって特許出願に係る発明のうち先願発明と同一である部分を除外する訂正を請求する場合がある。


 このような場合,特許権者は,特許出願時において先願発明の存在を認識していないから,当該特許出願に係る明細書又は図面には先願発明についての具体的な記載が存在しないのが通常であるが,明細書又は図面に具体的に記載されていない事項を訂正事項とする訂正についても,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書が適用されることに変わりはなく,このような訂正も,明細書又は図面の記載によって開示された技術的事項に対し,新たな技術的事項を導入しないものであると認められる限り,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」する訂正であるというべきである。


 以上を前提として,以下において,本件各訂正について検討する。


イ 本件各訂正について

(ア 本件明細書(乙第1及び第2号証)には次の記載がある(ただし,記載箇所の特定は本件特許に係る特許公報の記載箇所による。)。

・・・省略・・・

ウ 本件へのあてはめ

 上記アのとおり,訂正が,当業者によって,明細書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができるというべきところ,上記イによると,本件各訂正による訂正後の発明についても,成分(A)〜(D)及び同(A)〜(E)の組合せのうち,引用発明の内容となっている特定の組合せを除いたすべての組合せに係る構成において,使用する希釈剤に難溶性で微粒状のエポキシ樹脂を熱硬化性成分として用いたことを最大の特徴とし,このようなエポキシ樹脂の粒子を感光性プレポリマーが包み込む状態となるため,感光性プレポリマーの溶解性を低下させず,エポキシ樹脂と硬化剤との反応性も低いので現像性を低下させず,露光部も現像液に侵されにくくなるとともに組成物の保存寿命も長くなるという効果を奏するものと認められ,引用発明の内容となっている特定の組合せを除外することによって,本件明細書に記載された本件訂正前の各発明に関する技術的事項に何らかの変更を生じさせているものとはいえないから,本件各訂正が本件明細書に開示された技術的事項に新たな技術的事項を付加したものでないことは明らかであり,本件各訂正は,当業者によって,本件明細書のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであることが明らかであるということができる。


 したがって,本件各訂正は,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであると認められる。


エ 審査基準について

 原告は,「除くクレーム」に関する審査基準の記載は特許法に適合するものではないと主張し,仮に審査基準が,「除くクレーム」について,特許法の例外を定めたものであるとすると,例外については厳格に運用される必要があるところ,審決は「除くクレーム」が例外として許容されるための要件を認定していない旨主張する。


 そこで,これらの点についても,以下において検討する。審査基準(特許法180条の2に基づく意見書添付の参考資料2)の「第III部明細書又は図面の補正」,「第I節新規事項」,「3.基本的な考え方」の項には,次のように記載されている。

 ・・・省略・・・

 以上の記載は補正に関するものであるが,同記載に係る基準は,願書に(最初に)添付した明細書等に「記載した事項の範囲内において」との文言の解釈に関するものであるから,平成6年改正前の特許法17条2項(なお,審査基準の上記記載は,現行特許法17条の2第3項についての記載であるが,同条項は,平成6年改正前の特許法17条2項がその後の改正を経たものであり,「記載した事項の範囲内において」との文言の解釈において変更はない。)に適合するとともに,同法134条2項ただし書における同様の文言の解釈にも適合するものであることを要する。


 上記「基本的な考え方」(1)において「『当初明細書等に記載した事項』の範囲を超える内容を含む補正」は許されないとしているのは,補正が新規の技術的事項を導入するものでないことを要する旨を記載したものと理解することができるところ,明細書等の記載に特定の技術的事項に係る記載を追加する場合のみならず,特定の技術的事項に係る記載を除外する場合にも同様に妥当するものというべきである。


 そして,同(2)〜(5)は明細書等に記載された技術的事項を認定する際に留意すべき点を記載したものであり,明示的な記載の有無にかかわらず,当業者によって明細書等に記載された情報を総合して導かれる事項は「記載した事項」ということができることを示していると理解することができる。


 そうすると,これら「基本的な考え方」の個別の記載は,いずれも上記アにおいて説示した「明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」との文言の解釈とも整合的に理解することができるものである。


 さらに,審査基準は,上記記載部分に続く「4.特許請求の範囲の補正」の「4.2 各論」の項において,「補正が許される例」として「発明特定事項の一部を限定する補正」の2つの例(「請求項の『記録又は再生装置』という記載を『ディスク記録又は再生装置』とする補正」,「請求項の『ワーク』という記載を『矩形ワーク』とする補正」)を挙げており,一定の技術的事項(「ディスク形式以外の記録又は再生装置」,「矩形以外のワーク」)を除外する補正を許容するものとしているが,これらの例のように特定の技術的事項に係る記載を追加する補正において,明細書等に補正事項そのものが記載されている場合には,特段の事情のない限り,このような補正が新規な技術的事項を導入しないものであると認めることができる。



 他方,審査基準の「第?部明細書又は図面の補正」,「第I節新規事項」,「4特許請求の範囲の補正」,「4.2 各論」,「(4) 除くクレーム」の項には,次のような記載がある。


「『除くクレーム』とは,請求項に係る発明に包含される一部の事項のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。

 補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,補正により当初明細書等に記載した事項を除外する『除くクレーム』は,除外した後の『除くクレーム』が当初明細書等に記載した事項の範囲内のものである場合には,許される。

 なお,次の(i),(ii)の『除くクレーム』とする補正は,例外的に,当初明細書等に記載した事項の範囲内でするものと取扱う。
(i)請求項に係る発明が,先行技術と重なるために新規性等(第29条第1項第3号,第29条の2又は第39条)を失う恐れがある場合に,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,当該重なりのみを除く補正。


(ii)・・・
(説明)
 上記(i)における『除くクレーム』とは,補正前の請求項に記載した事項の記載表現を残したままで,特許法第29条第1項第3号,第29条の2又は第39条に係る先行技術として頒布刊行物又は先願の明細書等に記載された事項(記載されたに等しい事項を含む)のみを当該請求項に記載した事項から除外することを明示した請求項をいう。


(注1)『除くクレーム』とすることにより特許を受けることができるのは,先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合である。そうでない場合は,『除くクレーム』とすることによって進歩性欠如の拒絶の理由が解消されることはほとんどないと考えられる。

(注2)『除く』部分が請求項に係る発明の大きな部分を占めたり,多数にわたる場合には,一の請求項から一の発明が明確に把握できないことがあるので,留意が必要である。
・・・
このような取扱いとする理由は,以下の通りである。

?たまたま先行技術と重複するために新規性等を欠くこととなる発明について,このような補正を認めないとすると,発明の適正な保護が図れない。そして,このような場合,先行技術として記載された事項を当初の請求項に記載した事項から除外しても,これにより第三者が不測の不利益を受けることにもならない。
・・・
(具体的事例)
(i)の例:補正前の特許請求の範囲が『陽イオンとしてNa イオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤』と記載されている場合において,先行技術に『陰イオンとしてCO3 イオンを含有する無機塩を主成分とする鉄板洗浄剤』の発明が記載されたものがあり,その具体例として,陽イオンをNa イオンとした例が開示されているときに,特許請求の範囲から先行技術に記載された事項を除外する目的で,特許請求の範囲を『陽イオンとしてNa イオンを含有する無機塩(ただし,陰イオンがCO3 イオンの場合を除く)……』とする補正は,許される。・・・」


 審査基準の上記記載は,「除くクレーム」とする補正について,「例外的に」明細書等に記載した事項の範囲内においてする補正と取り扱うことができる場合について説明されたものであるが,「例外的」とする趣旨は,上記「基本的な考え方」に示された考え方との関係において「例外的」なものと位置付けられるというものであると認められる。


 しかしながら,上記アにおいて説示したところに照らすと,「除くクレーム」とする補正が本来認められないものであることを前提とするこのような考え方は適切ではない。


すなわち,「除くクレーム」とする補正のように補正事項が消極的な記載となっている場合においても,補正事項が明細書等に記載された事項であるときは,積極的な記載を補正事項とする場合と同様に,特段の事情のない限り,新たな技術的事項を導入するものではないということができるが,逆に,補正事項自体が明細書等に記載されていないからといって,当該補正によって新たな技術的事項が導入されることになるという性質のものではない。


 したがって,「除くクレーム」とする補正についても,当該補正が明細書等に「記載した事項の範囲内において」するものということができるかどうかについては,最終的に,上記アにおいて説示したところに照らし,明細書等に記載された技術的事項との関係において,補正が新たな技術的事項を導入しないものであるかどうかを基準として判断すべきことになるのであり,「例外的」な取扱いを想定する余地はないから,審査基準における「『除くクレーム』とする補正」に関する記載は,上記の限度において特許法の解釈に適合しないものであり,これと同趣旨を述べる原告の主張は相当である。


 もっとも,審査基準は,特許出願が特許法の規定する特許要件に適合しているか否かの特許庁の判断の公平性,合理性を担保するのに資する目的で作成された判断基準であり,審査基準において特許法自体の例外を定める趣旨でないことは明らかであるから,原告の主張のうち,審査基準の上記記載が特許法の例外を明示的に定める趣旨であるとの理解を前提とする部分は,そもそも相当ではない。


 また,上記「(説明)」の「(注1)」において「 先行技術と技術的思想としては顕著に異なり本来進歩性を有する発明であるが,たまたま先行技術と重複するような場合」とされているのは,「除くクレーム」とすることにより「特許を受けることができる場合」であり,「除くクレーム」とする補正が認められるための要件について記載されたものではないから,原告の主張のうち,審査基準の上記記載が,「除くクレーム」とする補正が例外として認められるための要件であるとの理解を前提とする部分もまた相当ではない。


(3) 特許請求の範囲の記載における商標の使用と「特許請求の範囲の減縮」について

ア 平成6年改正前の特許法134条2項ただし書は,訂正は「特許請求の範囲の減縮」,「誤記の訂正」又は「明りようでない記載の釈明」を目的とする場合に限って許容される旨を定めているところ,訂正が「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものということができるためには,訂正前後の特許請求の範囲の広狭を論じる前提として,訂正前後の特許請求の範囲の記載がそれぞれ技術的に明確であることが必要であるということができる。

 
 そして,本件訂正後の特許請求の範囲の記載には「TEPIC」という登録商標が使用されていることから,本件訂正後の特許請求の範囲の記載によって特定される本件各発明の内容が技術的に明確であるということができるかどうかが問題となる。


イ 本件各訂正には,「(D)『1分子中に少なくとも2個のエポキシ基を有するエポキシ化合物』である多官能エポキシ樹脂(TEPIC:日産化学(株)製,登録商標)」との記載部分が含まれるが,上記(2)イのとおり,本件各訂正は,先願発明と同一であるとして特許が無効とされることを回避するために,先願発明と同一の部分を除外することを内容とする訂正であるから,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものであると認められる。


 そうすると,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書に基づく特許出願時において「TEPIC」の登録商標によって特定されるすべての製品を含むものであるということができるから,その限度において,「TEPIC」との登録商標によって特定された物が技術的に明確でないということはできない。
 

 なお,一般に,登録商標による物の特定が必ずしも技術的に明確であるということはできず,本件各訂正における「TEPIC」が,具体的にどの「TEPIC」を指すものであるかについても,本件訂正後の本件特許に係る明細書の記載のみから明らかであるということはできないところ,上記明細書の記載に接した第三者が特許請求の範囲に記載された発明の内容を理解するためには,本件各訂正に係る「TEPIC」が先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」であることが,明細書中に明示されることが本来望ましい。


 本件においてこのような明示を行うためには,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を訂正して,先願明細書の実施例2に記載された発明を除外するために特許請求の範囲の記載が訂正された旨を明示することが必要となる。


 そして,このような訂正は,特許請求の範囲の記載の訂正に伴って,発明の詳細な説明の記載について,明りょうでない記載の釈明を目的として行うものであるということができるところ,上記(2)アにおいて説示したところに照らすと,新たな技術的事項を導入しないものであると認められ,実質上特許請求の範囲を拡張又は変更するものでもないということができる。しかしながら,前記の審査基準に依拠する特許庁の従来からの実務において,このような訂正が「明細書又は図面に記載された事項の範囲内において」するものではないとされていたことから,特許権者である被告はあえてこのような訂正を請求せず,特許請求の範囲の記載の訂正において「TEPIC」とのみ記載して除外部分を特定したものと考えられる。


 そして,上記のとおり,本件各訂正における「TEPIC」は,先願明細書の実施例2に記載された「TEPIC」を指すものと認められることからすると,上記のとおり本来望ましい方法によらなかったことを理由として,本件訂正が不適法であるとまでいうことはできない。


ウ また,平成2年通商産業省令第41号による改正前の特許法施行規則24条は,明細書の様式に関し,「願書に添附すべき明細書は,様式第十六により作成しなければならない。」と定めており,様式16は,明細書の記載の様式について,「登録商標は,当該登録商標を使用しなければ当該物を表示することができない場合に限り使用し,この場合は,登録商標である旨を記載する。」としているところ,その趣旨は,商標登録制度においては,登録商標とこれによって特定される物の性状や組成の対応関係が担保されておらず,登録商標による物の特定は必ずしも一義的に明確であるとはいえないことから,一般に,明細書の記載における登録商標の使用について,極めて例外的な場合に限定して許容されるものと位置づけることにあるということができる。


 本件各訂正の内容は,上記(2)イのとおり,本件訂正前の各発明から引用発明と同一の部分を除外するために,除外の対象となる部分である引用発明の内容を,本件訂正前発明1及び2の成分であって,これらのいずれについても多種の物質又は製品が該当し得るところの成分(A)〜(D)及び同(A)〜(E)ごとに分説し,先願明細書の実施例2の特定の物質又は製品の記載を引用しながら,消極的な表現形式(いわゆる「除くクレーム」の形式)によって特定しているものであり,引用発明と同一の部分を過不足なく除外するためには,このような方法によるほかないと考えられることから,本件各訂正において,引用発明を特定する要素となっている「TEPIC」との商標の記載を使用して除外部分を表示したことが,上記規則24条に反するものということはできない。


エ 以上によると,本件各訂正において登録商標が使用されたことによって,その内容が不明確になったということはできない。


 なお,原告は,本件各訂正は,本件訂正前の各発明におけるごく一部の組合せを除外するのみであるから,本件訂正前の各発明と本件各発明は実質的に同一であり,特許請求の範囲を「減縮」するものということはできない旨主張するが,その趣旨は,本件各訂正によって除外される部分は無視することができる程度に限定されたものであるから,本件各訂正前の各発明と本件各発明は実質的に同一である旨の主張であると理解することができる(訂正によって除外される部分が限定されていたとしても,当該訂正が特許請求の範囲の減縮を目的とするものであると認められることに変わりはない。)ところ,この主張は取消事由2の主張と同一であるから,その当否については下記2において判断する。


(4) 上記(2)及び(3)のとおり,本件各訂正は,平成6年改正前の特許法134条2項ただし書にいう「願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内において」するものであり,かつ,「特許請求の範囲の減縮」を目的とするものであると認められるから,本件訂正を認めた審決の判断に誤りはなく,取消事由1は理由がない。

 したがって,本件発明の要旨は,本件各発明として特定されるとおりのものであると認められる。  』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。