●平成18(ワ)12773 特許権 民事訴訟「表示装置」大阪地裁

 今日は、午後から弁理士会の研修の『知財コンサルティングのための知識とスキル』とを受講してきました。


 3人の方が講演され、参考になりました。特に、妹尾堅一郎東大特任教授の『コンサルタントの基盤能力開発』は、プレゼンの仕方も含め、とても参考になりました。今後の仕事の参考にしたいと思います。


 さて、本日は、『平成18(ワ)12773 特許権 民事訴訟「表示装置」平成20年05月08日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080513093642.pdf)について取り上げます。


 本件は、被告が製造販売する液晶テレビに使用されている表示装置が,原告が特許権者である特許権の技術的範囲に属し,被告の同テレビの製造販売行為が原告の特許権を侵害するとして,原告が,被告に対し,特許権に基づき,特許権侵害による実施料相当額の損害賠償金の支払を求め、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許発明の技術的範囲は、特許請求の範囲に基づくものの(特許法70条第1項)、特許請求の範囲の用語の意義は、明細書や図面等の記載を参酌して解釈するものであり(特許法70条第2項)、あくまで特許発明の技術的範囲は発明者が出願当初明細書および図面に開示した範囲(発明)以外には及ばない、とする侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の基本的な解釈により判断しており、とても参考になる事案かと思います。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 山田知司、裁判官 村上誠子、裁判官 高松宏之)は、


1 本件発明の技術的範囲について(争点1)

(1) はじめに

 被告は,本件発明が立体映像表示装置についての発明であることを前提として,構成要件Bの「前記LCDに異なる画像を順次表示する」は,「異なる映像信号源から出力される方向の異なる画像を時間的に交互に表示する」と限定して解し,構成要件Dの「表示装置」は,「立体映像表示装置」と限定して解釈すべきであると主張する。


 そこで,まず,本件発明が二次元映像表示装置を含まない,立体映像表示装置についての発明であるか否か,すなわち構成要件Dについて検討する。


(2) 構成要件Dについて

ア 本件明細書の記載
証拠(甲2)によれば,本件明細書には次の記載があることが認められる。
(ア) 【発明の詳細な説明】【技術分野】【0001】
「本発明は,眼鏡を必要としない立体映像表示装置に関するものである。」
(イ) 【技術背景】
(ウ) 【発明が解決しようとする課題】【0016】
(エ) 【課題を解決するための手段】【0032】
(オ) 【発明の効果】【0033】
(カ) 【発明を実施するための最良の形態】【0066】

イ 前記認定事実によれば,本件明細書においては,【技術分野】【発明が解決しようとする課題】のいずれの項目においても,立体映像表示装置についてのものであることが明記されている。


 また,実施例についても,本件発明の構成要件をすべて備える実施例は実施例22ないし27であることから,本件発明の実施例は実施例22ないし27であると理解すべきところ,実施例22ないし24は,左右映像の全画面を時間的に分離することについての記載があり,前記認定のとおり,本件明細書の【0006】の記載によれば,左右映像の全画面を時間的に分離して表示するのは立体映像を表示するためであることが認められるから,実施例22ないし24は立体映像表示装置についての実施例である。実施例25は実施例24を前提とするものであるから,立体映像表示装置についての実施例であると認められ,実施例26,27は立体映像表示装置である旨明記されている。したがって,本件発明の実施例である実施例22ないし27は,いずれも立体映像表示装置についてのものであると認められる。


 そして,前記に認定した本件明細書の記載からすれば,本件発明は,従来の技術によれば,透過型映像表示板に左眼用と右眼用の各映像を表示し,左眼用と右眼用の各光源を時分割的に切り換えることにより,左右両眼にそれぞれ方向像が分離投影され,立体映像として観察されるところ,前記の透過型映像表示板にLCDを使用した場合,CRTの場合とは異なり,表示面上の画素は,次に同一画素に表示信号が来るまで前の表示を続けるので,時分割で切り換えて投影するはずの左右両眼用の方向像の表示が,走査線による書き換えが終了するまでの間,書き換えを始めた片方の眼用の新しい方向像と書き換えにより消される前の他方の眼用の古い方向像とが同時に表示されてしまい,完全に時間的に分離することができないという問題点があったので,片方の眼用の方向像が書き込まれた後,次の画像の書き換えが始まる前に,いったん全画面黒表示を行わせるための全画面黒信号を入力することにより,最初に書き込まれた片方の眼用の方向像とその次に書き込まれる他方の眼用の方向像を時間的に完全に分離することを実現した発明であると認められる。


 以上のとおり,本件明細書においては,技術分野,発明の課題,実施例のすべてにおいて,立体映像表示装置についての記載しかなく,立体映像の表示機能を備えない装置の記載はないこと,また,本件発明は,左右両眼に時分割した左右両眼用の方向像を投影することにより立体映像を表示する表示装置において,表示板にLCDを使用した場合の問題点を解決しようとする発明であることからすれば,本件発明は,左右両眼に時分割した左右両眼用の方向像を投影することにより立体映像を表示する立体映像表示装置の発明であって,立体映像の表示機能を備えない装置(二次元の映像のみを表示する装置)を含まない発明である。


 したがって,本件発明の技術的範囲は立体映像表示装置に限定されるから,構成要件Dは,「立体映像表示装置」と解すべきである。


(3) 本件原出願と構成要件Dの関係

 構成要件Dに係る上記の解釈は,次のような本件出願の経過からも裏付けられる。

ア本件原出願明細書の記載

 証拠(甲3)によれば,本件原出願明細書には,次の記載があることが認められる。
(ア) 【発明の名称】
「立体映像表示装置」
(イ) 【特許請求の範囲】

・・・省略・・・

(ウ) 【発明の詳細な説明】【0001】【産業上の利用分野】
「本発明は,眼鏡を必要としない立体映像表示装置に関するものである。」

・・・省略・・・

(エ) 【従来の技術】【0002】【0004】【0005】【0006】
(オ) 【発明が解決しようとする課題】【0007】
(カ) 【課題を解決するための手段】【0033】
(キ) 【0060】【作用】
(ク) 【0087】【実施例】
(ケ) 【0126】【本件発明の効果】
「本発明は,以上説明したように構成されているので,以下に示すような効果を奏する。」
【0127】
「本発明の請求項1記載の立体映像表示装置によれば,透過型映像表示板の時分割して表示された左右両眼用の方向像を,分割光源の左右2分割した領域の交互発光による照射によって,観察者の左右両眼へ選択的に投影することができ,このため観察者は眼鏡無しで立体映像を観察することができる。」


イ 前記認定事実によれば,本件原出願明細書においては,【発明の名称】が「立体映像表示装置」であり,【特許請求の範囲】の請求項1ないし27のすべてが,左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置であることを構成要件とするものであり,【産業上の利用分野】においても,立体映像表示装置に関する発明であることが明記されている。


 また,証拠(甲3)によれば,本件原出願明細書においては,【従来の技術】【0002】ないし【0032】においても,立体映像表示装置に関する技術の記載しかなく,【課題を解決するための手段】【0033】ないし【0086】においても,【実施例】【0087】ないし【0125】の実施例1ないし27のすべてについても,【発明の効果】【0126】ないし【0153】においても,左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置に関する記載しかなく,平面映像表示装置についての記載はないことが認められる(なお,本件原出願の請求項15に係る発明については後述する。)。


ウ 分割出願が行われると,新たな特許出願は,もとの特許出願の時にしたものとみなされるが,出願日の遡及が認められるためには,分割出願に係る発明がその原出願の願書に最初に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内のものであることを要する。


エ 本件において,本件出願が分割出願の適法要件を満たすものであるかどうかについて検討する。


 前記認定のとおり,本件原出願明細書には,従来の技術には立体映像表示装置の記載しかなく,発明の名称,特許請求の範囲,産業上の利用分野,課題を解決するための手段,実施例,発明の効果のいずれにおいても,左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置のみが記載されており,立体映像の表示機能を備えない装置(二次元の映像のみを表示する装置)に関する記載は一切なく,明細書又は図面に記載された事項の範囲内とすることもできない。


 したがって,仮に,本件発明が左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置についての発明ではなく,二次元の映像のみを表示する装置をも含む表示装置についての発明であると解釈すると,本件明細書には,本件原出願明細書又は図面に記載した事項の範囲内ではないものが含まれることになり,本件出願は分割出願の適法要件を満たさないことになってしまう。


オ そして,本件出願が分割出願の適法要件を欠くとすれば,出願日の遡及は認められず,現実の出願日である平成15年10月2日が本件発明の出願日となる。


 証拠(甲3)によれば,同出願日の前である平成8年12月24日には既に本件原出願の発明が公開されていることが認められる。また,前記認定事実によれば,本件発明は,その公開特許公報において,請求項22ないし26及びこれに関する【発明が解決しようとする課題】の【0015】【0032】,【課題を解決するための手段】の【0054】ないし【0058】,【作用】の【0081】ないし【0086】,【実施例】の【0119】ないし【0125】の記載のとおり,既に開示されていることが認められる。


 とすれば,本件発明は新規性を欠くものであり,特許法29条1項3号の規定する発明に該当し,同法123条1項2号に基づき,特許無効審判により無効にされるべきものとなってしまう。


 他方で,本件発明は,二次元映像のみを表示する装置を含まず,左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置のみに限定された表示装置の発明であると解すれば,同発明は,本件原出願明細書に記載されたものであるから,本件出願が分割出願の適法要件を欠くことにはならず,上記無効理由があるとはいえない。



 この点からみても,本件発明は,その技術的範囲の解釈に当たっては(発明の要旨の認定は別論である。),左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置のみに限定された表示装置の発明であるとすべきである。したがって,構成要件Dは,本件発明の技術的範囲の解釈としては「立体映像表示装置」と解釈するのが相当である。


(4) 原告の主張について

ア 特許庁審査官の認識について

 原告は,本件原出願拒絶理由通知書の記載からすれば,審査官は,本件原出願は立体映像表示装置と二次元表示装置の双方を含んだ発明であると理解していたのであり,本件出願は,立体表示装置に限る課題ではなく,面順次走査液晶表示器の画像一般に対する課題である疑似インパルス化技術に関する発明であることを示すため,発明の名称を本件原出願の「立体映像表示装置」からLCD一般が対象となる「表示装置」に変更して出願したと主張する。


 また,原告は,本件出願の特許庁審査官作成の特許メモにおいて,「左右視差画像等の異なる画像」と記載されていることから,審査官は,「異なる画像」は「左右視差画像」に限定されないという認識であった,出願情報では,本件原出願の審査時にはなかった「黒画面」が新たに審査官フリーワード記事として設定されているので,審査官は,本件発明が立体映像表示装置には限定されない,全画面黒表示の信号処理を行う液晶パネルを備えた表示装置であると認識していたと主張する。


 しかしながら,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めるべきものであり,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮して,特許請求の範囲に記載された用語を解釈するものとされているのであるから(特許法70条1項,2項),当該出願を取り扱った特許庁審査官の当該出願についての認識の内容は,特許発明の技術的範囲の決定に影響を及ぼすものではない。したがって,原告の主張は失当である。


 なお,証拠(甲4)によれば,本件原出願拒絶理由通知書には,「請求項22〜26に係る発明は,LCDを用いた(但し,クレーム中では規定されていない)場合にも,方向像を時間的に分離する発明である。」という記載があることが認められ,その中に「立体映像表示装置についての発明」といった表現はない。


 しかし,本件原出願明細書によれば,前記認定のとおり,本件原出願の特許請求の範囲の請求項22ないし26は,いずれも左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える方法による「立体映像表示装置」を構成要件とする記載がされているのであるから,本件原出願の請求項22ないし26に係る発明は,いずれも左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置に関する発明であることは明らかであって,本件原出願拒絶理由通知書の記載も,請求項22ないし26に係る発明が,左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置に限定されないことを意識して敢えて「立体映像表示装置」という文言を記載しなかったのではなく,同発明が左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置に関する発明であることが明らかであることから,特にその旨を記載しなかったにすぎないと理解できる。


 また,証拠(甲9,10)によれば,原告が指摘する特許メモには,「左右視差画像等の異なる画像」という記載があること,出願情報には「黒画面」が審査官フリーワード記事とされていることが認められるが,特許要件の有無の審査においては,進歩性の判断等も含めて,周辺の技術について調査することもあるのであって,上記の事実それ自体が本件発明が二次元表示装置を含むものであることの根拠となるものではない。


イ 二次元映像表示装置に関する記載について

(ア) 原告は,本件明細書【0014】【0027】において「通常の2次元映像を表示する場合でも」「通常の2次元映像表示装置に切り替えた場合に」という記載があることからも,本件発明に二次元映像表示装置が含まれると主張する。

(イ) 証拠(甲2)によれば,本件明細書には,次の記載があることが認められる。

 ・・・省略・・・

(ウ) また,証拠(甲3)によれば,本件原出願明細書には,次の記載があることが認められる。

 ・・・省略・・・

(エ) 前記認定事実によれば,原告が指摘する本件明細書の記載は,本件原出願の請求項15に係る発明(以下「請求項15発明」という。)に関する記載であることが認められるところ,請求項15発明は,透過型映像表示板,凸レンズ板,時分割して表示された左右2つの方向像を観察者の左右両眼へ選択的に投影して立体映像を表示するための分割光源,表示する方向像を時間交互に切り換える時分割手段,方向像の時間交互の切り換えに対応して左右2分割した領域で交互に発光するように制御する分割制御手段で構成したことを特徴とする立体映像表示装置(請求項1の発明)において,a)立体映像表示と,b)透過型映像表示板への片眼用画像の表示と分割光源の全面発光による平面映像表示とを,任意に切り換えられるように構成した立体映像表示装置であることが認められる。


 言い換えれば,請求項15発明は,立体映像表示装置であって,二次元映像も表示できる構成としたものにすぎず,立体映像の表示機能を備えない装置(二次元の映像のみを表示する装置)ではない。したがって,請求項15発明があることによって,本件発明の技術的範囲が,立体映像表示機能を備えない表示装置も含むことになるものではない。

よって,原告の主張は採用できない。


ウ 原告は,立体映像でも表示された対象が平面内でしか移動しない画像の場合,そこに表示された映像は画像であり,かつ平面内で移動しているため時間的に「異なる画像」が表示され,立体映像表示装置が表示する立体画像は,平面画像で時間的に「異なる画像」であることから,立体画像は平面画像を包摂し,立体映像表示装置による発明は,平面しか表示しない平面映像(二次元映像)表示装置にも適用されると主張する。


 しかし,前記認定のとおり,本件明細書の記載によれば,本件発明は左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置の発明であると解すべきであり,本件原出願明細書の記載からしても,分割の適法要件を満たしているという前提に立てば,本件発明は左右各眼用に対応して透過型映像表示板の表示を時間交互又は順次に切り換える立体映像表示装置の発明であると解さざるをえない。そのような表示装置が平面画像を表示することも可能であるとしても,そのことにより立体映像の表示機能を備えない装置(二次元の映像のみを表示する装置)までもが本件発明の技術的範囲に含まれるようになるものではない。


(5) 構成要件Bの解釈

 前記認定のとおり,本件発明は,透過型映像表示板に左眼用と右眼用の各映像を表示し,左眼用と右眼用の各光源を時分割的に切り換えることにより,左右両眼にそれぞれ方向像が分離投影する方法による立体映像表示装置において,透過型映像表示板にLCDを使用した場合,左眼用と右眼用の各映像を完全に時間的に分離できないという問題点を解決するため,片方の眼用の方向像が書き込まれた後,次の画像の書き換えが始まる前に,いったん全画面黒表示を行わせるための全画面黒信号を入力することにより,最初に書き込まれた片方の眼用の方向像とその次に書き込まれる他方の眼用の方向像を時間的に完全に分離することを実現した発明である。そして,本件発明は,左右両眼に時分割した左右両眼用の方向像を投影することにより立体映像を表示する立体映像表示装置の発明である。


 したがって,構成要件Bの「異なる画像を順次表示する」は,左眼用と右眼用の各映像を表示するための左眼用と右眼用の各光源を時分割的に切り換えて,左眼と右眼にそれぞれの異なる方向像が分離投影されるということであるから,「左右各眼用の各画像を時分割的に切り換えて順次表示する」という意味と解される。


 原告は,「異なる画像」とは,連続する画像信号が時間的に変化している画像全般,すなわち立体画像と平面画像の両方をいい,動画像は,異なる画像を順次表示させることで動きを表現するものであるから,二次元動画像も構成要件Bに含まれると主張する。


 しかし,前記認定のとおり,本件発明は,左右両眼に時分割した左右両眼用の方向像を投影することにより立体映像を表示する立体映像表示装置に関する発明であって,「異なる画像を順次表示する」について二次元動画像まで含めて解釈する余地はないから,原告の主張は採用できない。


2 被告製品の本件発明の技術的範囲への属否について(争点1)

(1) 被告製品の構成のうち構成要件Dに対応する点について

ア 被告製品の構成のうち構成要件Dに対応する点の構成(構成dないし構成d")について,原告は,被告製品は構成dすなわち「表示装置。」であると主張し,被告は,被告製品は構成d"すなわち「二次元映像表示装置。」であると主張する。


 被告製品が,被告が主張するとおりの「二次元映像表示装置。」(構成d")であるとすれば,構成要件Dを満たさないことになるので,まず,この点について判断する。

イ証拠(各事実の末尾に記載)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。
(ア) 被告製品はいずれも液晶テレビである(争いがない)。
(イ) 被告製品において受信可能な放送/メディアは,地上アナログ放送(アナログCATVを含む。),地上デジタル放送,BS/110度CSデジタル放送,デジタルCATVである。被告製品の入力端子は,ビデオ・Sビデオ入力(前面・後面各1個),D端子入力(種類「D4」×2個),コンポーネント入力1個,PC入力(映像,音声各1個)である。(甲17)これらは,いずれも通常は二次元映像を伝送・入力するものである。


(ウ) 立体映像表示をする方法としては,何らかの光学作用で立体映像を構成する多方向像のうち,各方向像に対応する表示光線を観察者の目の位置で収束させ,それぞれの収束点が横方向に観察者の左右両眼の間隔になるようにすることで,その観察位置に両眼を置くと自律的に左右両眼にそれぞれ左右映像が分離投影され,立体映像として観察できることが知られている(甲3の【発明の詳細な説明】【背景技術】【0002】)。


ウ 被告製品は二次元映像表示装置かどうかについて


 上記認定事実によれば,被告製品は,家庭等で使用される液晶テレビであって,受信可能な放送/メディアも通常,二次元映像を伝送しているものであり,入力端子も二次元映像を入力するものであることが認められる。


 そして,立体映像表示をする方法としては,立体映像を構成する多方向像があり,各方向像に対応する表示光線をそれぞれの収束点が観察者の左右両眼の間隔になるようにして観察者の目の位置で収束させ,観察者の左右両眼にそれぞれ左右映像が分離投影する方法が知られていることが認められるところ,被告製品が,このような方法を用いるために必要とされる,方向分離されるバックライト光を生成する構成,右眼用光源,左眼用光源,それぞれの光源からの光を右眼と左眼に集光するような凸レンズを用いて,右眼と左眼とにそれぞれ異なる画像を投影させるようにする機能を有していることを認めるに足りる証拠はない。


 よって,被告製品は,立体映像を表示できないから立体映像表示装置ではなく,二次元の映像のみを表示する「二次元映像表示装置」であると認められる。


 したがって,被告製品は,構成要件Dを充足しない。


エ 原告の主張について

(ア) 原告は,被告製品は,外部入力端子を有し,外部入力端子から左右画像・左右信号を入力して左右信号・左右画像を表示することが可能であり,これを制限する回路上の処理機能は,カタログ・現物のいずれにもないので,立体画像信号を入力して立体映像を表示することは可能であると主張する。


 確かに,被告パンフレットには,左右画像の入力を禁じる旨の文言はない。しかし,前記認定のとおり,被告製品が受信可能な放送/メディアは,地上アナログ放送(アナログCATVを含む。),地上デジタル放送,BS/110度CSデジタル放送,デジタルCATVであり,これらの放送/メディアにおいては,通常,二次元映像の動画像信号が伝送されることは,一般に広く知られた事実である。


 また,仮に,被告製品について,外部入力端子から,左右画像を表示するための左右信号を入力したとしても,前記のとおり,立体映像を表示するためには,左右画像に対応する表示光線の各収束点が観察者の左眼,右眼の各位置で収束させて,観察者の左右両眼にそれぞれ左右映像が時間を隔てて別々に投影されることが必要であるところ,原告は,被告製品に,このような装置が備わっていることを立証していない。


 よって,仮に,被告製品において,左右画像を表示するための左右信号を外部入力端子から入力可能であったとしても,被告製品が立体映像表示をする機能を備えていると認めることはできない。


(イ) 原告は,本来面順次の平面画像を表示するCRTにおいて,アタッチメント(素子ドライバ及びシャッタメガネ)を追加させることにより,時分割された左右画像を交互に表示して立体画像を表示できる技術が公知であるところ,LCDもCRTと同等な特性を持っているので,被告製品においても,アタッチメントの追加により,時分割された左右画像を交互に表示して立体画像を表示できるはずであると主張する。


 しかしながら,本件全証拠によっても被告製品が上記アタッチメントを備えていると認めることはできない。そして,アタッチメントを追加すれば立体映像を表示できるとしても,被告製品にはアタッチメントがない以上,これを立体映像表示装置ということはできない。なお,被告製品が上記アタッチメントとともに販売されているとか,もっぱらアタッチメントとともに販売されているなどといった事情も認められない。


 なお,証拠(甲2)によれば,本件明細書の【発明の詳細な説明】【技術分野】【0001】において,「本発明は,眼鏡を必要としない立体映像表示装置に関するものである。」と記載されていることからして,本件発明は,眼鏡等のアタッチメントを使用しなくても「立体表示装置」である表示装置についての発明であると理解すべきである。そして,被告製品がアタッチメントなくして立体映像を表示できる表示装置であることを認めるに足りる証拠はない。


(ウ) 原告は,被告製品の構成要件Dに対応する点について,構成dすなわち「表示装置。」であると主張する。しかし,構成要件Dの技術的範囲は「立体映像表示装置。」であるから,被告製品が「表示装置。」であるとしても,そのことは,被告製品が構成要件Dを充足しないとの前記認定に反するものではない。


(2) 被告製品の構成のうち構成要件Bに対応する点について

ア被告製品の構成
被告製品は,地上アナログ,地上デジタル,衛星放送等のメディアを通じて,二次元の動画像に関する信号,すなわち経時に変化する一連の一方向の画像に関する信号を受信し,経時に変化する一連の一方向の画像を表示する表示装置であることが認められる。したがって,被告製品の構成のうち構成要件Bに対応する点は,被告の主張するとおり「前記LCDに動画像を表示する場合において,」との構成を備えているものと認められる。


イ構成要件Bの充足性

構成要件Bが,「左右各眼用の各画像を時分割的に切り換えて順次表示する」という意味であることは前示のとおりである。他方,被告製品の上記「動画像」とは,「経時に変化する一連の一方向の画像」であって「左右各眼用の各画像を時分割的に切り換えたもの」ではないことは前記アのとおりである。したがって,被告製品は,「左右各眼用の各画像を時分割的に切り換えて順次表示する」ために必要な表示装置の構成を備えるものとは認められない。
よって,被告製品は構成要件Bを充足しない。


(3) まとめ


 以上のとおり,被告製品は,少なくとも本件発明の構成要件B,Dを充足しないから,本件発明の技術的範囲に属するとはいえない。


3 結論

 よって,原告の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 』

 と判示されました。


 なお、上記判決文における、「この点からみても,本件発明は,その技術的範囲の解釈に当たっては(発明の要旨の認定は別論である。),・・・」の部分も、侵害訴訟における特許発明の技術的範囲の解釈と、審査・審判段階における発明の要旨の認定との違いを明確に区別されており、この点でも参考になるかと思います。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 追伸;<気になった記事>

●『知財のプロ派遣 特許庁、出願競争で先手 』http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200805130011a.nwc
●『アルカテル・ルーセントとMSらの特許侵害訴訟、米連邦控訴裁で一部差し戻し』http://mainichi.jp/life/electronics/cnet/archive/2008/05/12/20373074.html
●『トヨタプリウス特許訴訟で4300万ドルの賠償命令は覆らず(Bloomber)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3465
●『米マイクロソフトHOYAが特許クロスライセンス契約(Microsoft)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3464
●『特許ライセンス企業のアカシア社、双方向テレビに関する特許技術を買収(Acacia)』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=3454
●『平成20年度特許法等改正説明会の開催について』http://www.jpo.go.jp/torikumi/ibento/ibento2/h20_kaisei.htm