●平成19(ネ)10096 不正競争行為差止等請求控訴事件「人工漁礁」

 本日は,『平成19(ネ)10096 不正競争行為差止等請求控訴事件 不正競争 民事訴訟「人工漁礁」平成20年04月23日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080423155227.pdf)について取り上げます。


 本件は、不正競争行為の差止請求を主位的請求とし、特許権に基づく差止請求等を予備的請求とした一審棄却判決の取消しを求めた控訴審で、その控訴が棄却された事案です。


 本件では、特許権侵害における均等論の判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官中野哲弘、裁判官森義之、裁判官澁谷勝海)は、

『1 当裁判所も,控訴人の本訴請求は主位的請求と予備的請求のいずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。


2 主位的請求(不正競争行為該当)について

 原判決19頁12行〜25頁2行(争点1についての判断)のとおりであるから,これを引用する。


3 予備的請求(特許権侵害)について

(1) 被告製品21M型の構成

 原判決25頁5行〜18行のとおりであるから,これを引用する。

(2) 原判決25頁19行〜29頁16行を次のとおり改める。

「(2) 被告製品21M型は構成要件Aを充足するかについて

ア被告製品21M型の通水性蛇籠には,「カキ殻」でなく「ホタテ貝殻」が入れられており,一方,本件特許発明の構成要件Aは「樹脂製又は鋼製の通水性のケース(1)内にカキ殻(2)を充填してカキ殻入りの通水性ケース(1)」とするものであるから,被告製品21M型は構成要件Aを文言上充足しない。


イ控訴人は,被告製品21M型の「ホタテ貝殻」は構成要件Aの「カキ殻」の均等物であると主張するので,以下検討する。

(ア) 特許権侵害訴訟において,特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存する場合であっても,
(i)この部分が特許発明の本質的部分ではなく,
(ii)この部分を対象製品等におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏するものであって,
(iii)このように置き換えることに当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者)が対象製品等の製造等の時点において容易に想到することができたものであり,
(iv)対象製品等が特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものではなく,
(v)対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情もないときは,対象製品等は,特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして,特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である(最高裁平成10年2月24日第三小法廷判決・民集52巻1号113頁)。


(イ) そこで,まず,上記(i)の要件(「この部分が特許発明の本質的部分ではなく,」)について判断する。

a 上記(i)の「特許発明の本質的部分」とは,特許請求の範囲に記載された特許発明の構成のうちで当該特許発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分,言い換えれば,同部分が他の構成に置き換えられるならば全体として当該特許発明の技術的思想とは別個のものと評価されるような部分をいうものと解される。

  そして,特許発明のある構成が「特許発明の本質的部分」に当たるかどうかを判断するに当たっては,特許請求の範囲・明細書・図面の記載・先行技術の内容・出願経過等から,特許発明を特許出願時における先行技術と対比して課題の解決手段における特徴的原理を確定した上で,対象製品等の備える解決手段が特許発明における解決手段の原理と実質的に同一の原理に属するものか,それともそれと異なる原理に属するものかという点から判断すべきものである。そこで,このような観点から本件について判断する。


b 本件特許明細書(特公平6−77493号公報,甲16の2)には,以下の記載がある。

(a) 従来の技術

(b) 発明が解決しようとする課題

(c) 課題を解決するための手段

(d) 作用

(e) 実施例

(f) 発明の効果

c 前記第2,2(2)記載の本件特許請求の範囲請求項2及び上記bの本件特許明細書の記載によると,本件特許発明は,(i)カキ殻は自然に存在する素材であってしかも多数の穴が形成されて生物が親しんで生活の場とし易いものであるから,カキ殻を通水性ケース内に収容することによって,餌料となる生物が多く棲息することとなり,魚貝類の繁殖と育成に好適な人工魚礁が得られる,(ii)通水性ケースを複数個集合する方法によるので構築が容易である。(iii)通水性ケースが壁又は柱の構成部材となり,かつ鋼製又はコンクリート製の枠体(3),板体又はブロック体の構造物で補強結合したもので,全体形状が任意な形状に構築可能であるので,潮流や底引網によって破損したり移動することを防ぐことができる,というものであると認められる。


d 一方,証拠(甲16の1・2,乙14,15の1〜8,16,17)及び弁論の全趣旨によれば,控訴人による本件特許の出願経過は,以下のとおりであったことが認められる。

・・・省略・・・

e 上記d認定の本件特許の出願経過によれば,控訴人は,本件特許発明について,乙16公報記載の発明との関係では,枠体に通水性ケースを取り付ける形状に特徴がある旨の主張をしているが,乙17公報等記載の発明との関係では,カキ殻を利用したこと,及びカキ殻を充填した通水性ケースを壁や柱全体の構成部材としたことに特徴がある旨の主張をしている。


f そして,乙16公報(特開昭50−142389号,公開日昭和50年11月17日,発明の名称「魚礁」,出願人ムサシ工業株式会社,乙16)には,「プラスチック製枠組魚礁の隙間へ,網製容器を設け,その内部へ貝殻のような魚の餌生物が附着しやすい物体を収納した魚礁」が記載されており(訂正明細書部分),その「貝殻」の例として「カキ殻」が記載されている。


 また,乙17公報(発明の名称「人工漁礁」,出願人T・Y,特公昭50−15717号,公告日昭和50年6月6日,乙17)には,「プラスチック製筺体を枠状に組んで連結した人工漁礁」が記載されているが,プラスチック製筺体にカキ殻を充填することは記載されていない。


g 以上を総合すると,(i)上記cのとおり,本件特許明細書には,カキ殻を利用したことによる利点が具体的に記載されていること,(ii)本件特許出願前には,「プラスチック製筺体を枠状に組んで連結した人工漁礁」(乙17公報)や「カキ殻を利用した人工魚礁」(乙16公報)は知られていたものの,本件特許発明のようなものは知られていなかったこと,(iii)そのため,控訴人は,上記eのとおり,本件特許の出願経過において,本件特許発明について,乙16公報記載の発明との関係では,枠体に通水性ケースを取り付ける形状に特徴があることを,乙17公報等記載の発明との関係では,カキ殻を利用したことに特徴があることを主張していたことが認められる。


 そうすると,本件特許発明については,通水性ケースを複数個集合して壁又は柱を構築するとともに,鋼製又はコンクリート製の枠体(3),板体又はブロック体の構造物で補強結合したという点のみならず,カキ殻を利用したという点についても,本件特許発明に特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分であるということができる。


h 以上のとおり,被告製品21M型の「ホタテ貝殻」は,本件特許発明の構成要件Aの「カキ殻」とは,本件特許発明の本質的部分において相違しており,上記(ア)の均等が認められる要件のうち(i)は認められない。


(ウ) 次に,上記(ii)の要件(「この部分を対象製品等におけるものと置き換えても特許発明の目的を達することができ同一の作用効果を奏するものであって,」)について判断する。


a 上記(イ)b(d)のとおり,本件特許明細書には,カキ殻について「多数の穴が形成されて」との記載がある。控訴人は,この「多数の穴が形成されて」という記載は,カキ殻そのものに穴が形成されていることを述べたものではなく,積み重ねられたカキ殻同士の間に生じる隙間のことを述べたものであると主張する。しかし,「穴」には,「向こうまで突き抜けた所」という意味のほかに,「くぼんだ所」という意味もあり,これと,カキ殻については,餌料となる生物が親和性を持ちやすく多数の居住穴を形成するとの,上記(イ)b(e)の本件特許明細書の記載を総合考慮すれば,上記の「多数の穴」とは,「多数のくぼんだ所」という意味に解すべきであり,控訴人主張のような意味に解釈することはできない。仮に,控訴人主張のように「多数の穴」が通水性ケース内部に積み重ねられたもの同士の間の隙間をいうものであり,積み重ねると隙間があく形状のものであればカキ殻でなくてもよいというのであれば,本件特許明細書にカキ殻の優れた効果を強調した記載をするとは考え難いところである。


b 本件特許発明の「カキ殻」は,上記認定のとおり,被告製品21M型に用いられているホタテ貝殻と比較すると,表面の凹凸が激しく,大小様々な多数の「穴」(くぼんだ所)を有するものであり,このことからすると,本件特許発明の「カキ殻」と被告製品21M型の「ホタテ貝殻」とが同一の作用効果を奏すると認めることはできない。


c 控訴人は,ホタテの貝殻もカキの貝殻も,通水性ケース内部に積み重ねられた場合には,その貝殻同士の間に多くの隙間が形成されることを証するとして,当審において樹脂製通水性ケースにホタテの貝殻を積み重ねた写真と同ケースにカキの貝殻を積み重ねた写真(甲53)を提出するが,上記のとおり本件特許明細書の「多数の穴が形成されて」との記載について控訴人の主張を採用することができないのであるから,甲53が上記認定を左右することはない。


(エ) 以上のとおりであるから,その余の均等が認められる要件(上記(ア)(iii)〜(v))について判断するまでもなく,被告製品21M型の「ホタテ貝殻」は,本件特許発明の構成要件Aの「カキ殻」の均等物であるということはできない。」


4 結論

 以上のとおりであるから,控訴人の主位的請求及び予備的請求は,いずれも理由がない。
よって,これと結論を同じくする原判決は相当であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。  』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


追伸;<気になった記事>

●『JASRAC公取委が立ち入り』http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0804/23/news051.html
●『中国の知財権における国際協力、6大課題に直面』http://www.pekinshuho.com/jj/txt/2008-04/23/content_111710.htm
●『特許出願、意外と多い? 世界一の分野相次ぐ』http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008042301000815.html
●『肥塚雅博・特許庁長官に聞く(上) 』http://www.business-i.jp/news/for-page/chizai/200804230001o.nwc