●平成10(ワ)6066特許権 民事訴訟「携帯用定容積比率混合容器」

Nbenrishi2008-04-19

 本日は、『平成10(ワ)6066  特許権 民事訴訟「携帯用定容積比率混合容器」平成12年06月29日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/1C5F29114DBF267C49256A77000EC36D.pdf)について取り上げます。


 本件は、4/14の日記(http://d.hatena.ne.jp/Nbenrishi/20080414)で取り上げた『平成11(ワ)6516 特許権 民事訴訟「携帯用定容積比率混合容器」平成12年06月29日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/CCCEFE2612455FDE49256A77000EC363.pdf)に関連する事案です


 本件では、弁理士のなした鑑定や、その鑑定を信用した被告の過失などについての裁判所の判断が参考になるかと思います。


 つまり、大阪地裁(第二一民事部 裁判長裁判官 小松一雄、裁判官 阿多麻子、裁判官 前田郁勝)は、


『 一 本件告訴及び本件調査依頼の経緯

 証拠(乙一、二、三の1〜11、四、五、七の1、2、八、九、原・被告各代表者本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。


 1 被告は、本件発明の特許出願後、本件発明を商品化した混合計量容器を「ポリミックス」の名称で販売していたところ、平成九年七月初旬、被告が本件特許の実施権を与えている大沢ワックス株式会社から、「『ポリミックス』の模造品と思われる『ハウスキャット混合計量タンク』なる商品が市中に多数出回っており、販売価格も低いため営業競争にならない。このまま放置すると、被告の商品は全く売れなくなるので、急遽対策をとってほしい。」との連絡を受けた。そこで、被告において、原告製品とポリミックスを対比したところ、同じ携帯混合容器で形状こそ多少異なるものの、その使用目的、使用方法、使用効果は全く同一であり、発明の構成要件は全く同一であるという結論に達した。


  2 被告は、平成元年ころ、小林物産株式会社(以下「小林物産」という。)がポリミックスと類似するポリ混合容器を製造販売した件で、同社を特許権侵害の罪で刑事告訴するとともに、金沢地方裁判所に損害賠償等請求訴訟を提起したことがあり、この時は、小林物産及び同社社長並びに営業所長が罰金刑に処せられ、民事訴訟において、被告が勝訴判決を得た。被告代表者で、本件発明の発明者でもある【D】(以下「【D】」という。)は、原告製品は、基本的に本件発明と同一の構成を有するが、目盛や取っ手を設けたり、第一室の中央部を陥没させている点からみて、本件特許権の存在を知りながら故意に一部を変形させた不良製品であり、小林物産の行為と比較しても悪質な特許権侵害であるから、このような悪質な侵害者に対しては、警告書等を送付することなく刑事告訴を行うのが相当であると考えた。


  3 被告は、小林物産を刑事告訴する際に鑑定を依頼した【E】弁理士(以下「【E】弁理士」という。)に対し、原告製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かの鑑定を求めたところ、【E】弁理士からは、平成九年八月一二日付けで、原告製品は本件発明の技術的範囲に属するとの鑑定見解書が提出された。


 右鑑定見解書の内容は、
(i)本件発明に係る混合容器と原告製品は同一の目的を意図したもので、作用効果においても全く同一である、
(ii)両者の構成要件は、構成要件aー(イ)、dー(ニ)において若干の相違があるが、この相違点は原告製品が二つの液体を混合するものであるのに対し、本件発明は三つ以上の液体の混合が可能な容器についても技術的範囲を有する点で相違するだけである、
(iii)原告製品は、混合液二・一リットルまでは本件発明の構成要件をことごとく包含するが、混合液二・一リットル〜四・五リットルでは構成要件aを具備しないものであり、本件発明の利用部分と不完全利用部分を備えており、一部利用関係があるから、原告製品は本件発明の技術的部分に属するものというべきである、というものであった。


  4 また、被告は、小林物産の時にも事実調査を依頼したピー・オー・アールに対し、原告製品の流通経路及び販売個数等について事実調査を依頼したところ、平成九年八月六日から二六日にかけて、同社から、原告製品が、被告の主要市場である関東及び中京方面を中心に多数販売されていること、原告製品の販売経路はエンチョー、カインズ、名鉄ホームセンター、アントの系列店舗であること、原告製品は、末端小売店であるホームセンターなどでは、ポリミックスと並べて陳列販売されていること等を記載した調査報告書一〇通が提出された。そこで、被告は、同年九月、前記調査報告書及び鑑定見解書を添付して、金沢東警察署に告訴状を提出した。なお、【D】は、本件告訴に先立ち、原告の所在地及び代表者の氏名を確認する目的で、原告代表者に直接電話を掛けたが、その際、原告製品が本件特許権を侵害している旨の警告は行わなかった。


  5 原告は、平成九年八月、ピー・オー・アール調査員の訪問を受けたエンチョーから、原告製品が本件特許権を侵害しないことを証明する旨の文書を出すよう要求されたことから、弁理士に先行技術の調査を依頼し、本件特許権の存在を知ったが、右弁理士から、原告製品は本件発明の「いかなるレベルにおいても断面積比率を一定にする」という構成と異なっており、本件特許権には抵触しない旨の回答を得たので、その後も、原告製品の販売を継続した。


  6 被告は、本件告訴の後、特許庁に対し、原告製品が本件特許の技術的範囲に属することの判定を請求したが、右判定においては、原告製品は本件特許の技術的範囲に属しないとの結論が出された。


 二 争点1(本件告訴及び本件調査依頼は、原告に対する不法行為に該当するか)について

  1 同(一)(原告製品は、本件発明の技術的範囲に属しないものか)について
原告製品の構成を本件発明の構成要件と対比すると、構成(ロ)と構成要件b、構成(ハ)と構成要件cはそれぞれ一致する。


 しかし、原告製品は、容器を通常の姿勢に置いた場合、第一室Aの目盛が一ないし二・五リットルの範囲では、第一室Aと第二室Bの相互の横断面積比率が一定に保たれているが、第一室Aが目盛二・五ないし四・五リットルの範囲で内側に凹型に陥没する形状を呈して段部を形成していることから、第一室Aの目盛が二・五リットルを越えると、第一室Aの第二室Bに対する横断面積比率は、第一室Aの目盛一ないし二・五リットルの範囲における第一室Aの第二室Bに対する横断面積比率より小さくなるため、構成(イ)は、構成要件aのうち「容器を通常の姿勢に置いた場合、相互の断面積比率が実質上如何なるレベルにおいても一定である」という部分を満たしておらず、その結果、構成(ニ)も、構成要件dのうち「定量比率」という部分を満たさないこととなる。


 さらに、容器に設けた少なくとも二つの室が「容器を通常の姿勢に置いた場合、相互の断面積比率が実質上如何なるレベルにおいても一定である」という構成は、明細書の記載に照らして、本件発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的部分であることが明らかであり(甲一)、しかも右文言は、出願当初の明細書の特許請求の範囲には記載されていなかったが、その後の手続補正書により記入された部分であり、昭和五七年一〇月二九日付けで特許庁審査官から出願前の公知技術を引用して進歩性がないとして拒絶理由を受けたのに対して、被告は、引例には「各室間の水平レベルにおける断面積比率を一定とする、本願に係る基本的技術思想の開示は全くなく」と意見書で主張し、さらに、手続補正書により、発明の詳細な説明の欄のうち、本件発明特有の解決手段を示す部分を、「この目的を達成するための本発明の構成は、容器を通常の姿勢に置いた場合、相互の断面積比率が実質上如何なるレベルにおいても一定であるような二つの室と・・(中略)・・前記室相互間を連通せしめるための連通手段とより成っている」と訂正したことが認められ(甲九〜一五)、右出願の経緯に鑑みても、本件発明の構成要件aの「容器を通常の姿勢に置いた場合、相互の断面積比率が実質上如何なるレベルにおいても一定である」という部分は、本件発明の本質的部分であるといわざるを得ない。したがって、本件発明の本質的部分を具備しない原告製品は、文言侵害はもちろん、均等として本件発明の技術的範囲に属すると解される余地もないというべきである。


  2 同(二)(被告が、原告製品が本件特許権を侵害していると誤信して、本件告訴及び本件調査依頼を行ったことに過失があるか)について


(一) 平成一〇年法律第五一条による改正前の特許法一九六条一項、二項によれば、行為者が故意をもって特許権を侵害した場合には、特許権者の告訴により、特許権侵害罪により公訴を提起して刑事罰を科することができたところ、告訴権は、犯罪の被害者その他刑事訴訟法に規定する告訴権者から、捜査機関に対し犯罪事実を具体的に申告し、犯人の処罰を求める意思表示であり、国家が刑罰権を独占していることの反映として、被害者等の私人に認められる刑事法上の権利であるから、告訴権の行使は、原則として、権利の行使として適法であり、不法行為を構成するものではないと解される。


 しかしながら、刑法上、虚偽告訴罪(同法一七二条)が規定され、被告訴人が犯罪を犯していないことを知りながら告訴をした者は、刑事罰の対象となることに加え、いったん刑事告訴が行われた時には、これを捜査の端緒として、被告訴人が捜査機関による捜査対象とされることから、もし被告訴人が実は犯罪を犯していなかった場合、被告訴人は、結果的に、いわれなく捜査対象とされたことにより、精神的苦痛、信用毀損等の損害を被ることを考慮すれば、刑事告訴の場合であっても、告訴時において、告訴人が告訴の理由がないこと、すなわち、被告訴人の行為が犯罪に当たらないことを知りながら、専ら被告訴人に刑事処分を受けさせる目的で告訴をした場合はもとより、告訴人がわずかな調査をすれば、告訴の理由がないことを容易に知り得たにもかかわらず、専ら、被告訴人に損害を与える目的で刑事告訴を行った場合には、例外的に、民事上の不法行為を構成する可能性があると解するのが相当である。


 この点について、原告は、特許法違反の罪は故意犯であるから、特許法違反を理由に刑事告訴を行う者には、告訴に先立ち警告書による警告手続を行うべき注意義務があると主張する。


 しかしながら、被告訴人が告訴に先立ち、特許権者から警告を受けたという事実は、被告訴人の警告書受領後の行為については、特段の理由がなければ、故意が阻却されないことを意味するにとどまるものと解せられ、特許権侵害の罪における故意について、警告書が唯一の立証手段とはいえないのであるから、特許権者が、特許権侵害の罪で刑事告訴を行うに先立ち、侵害者と疑われる者に対して、警告書を送付しなければならない注意義務があるとは認め難い。


(二) 本件において、被告が、原告を特許権侵害の罪で告訴するに先立ち、原告に警告書を送付しなかったのは、前記一で詳述したとおり、本件発明の発明者である【D】が、原告製品が本件特許権の実施品と全体的な構成を同一にしながら、一部異なる部分を設けていることに着目し、これを根拠に、原告製品を特許権の存在を知りながら侵害を回避する目的で構成を変更した改悪実施品と考え、小林物産の場合と比較しても悪質な侵害品であると確信するに至ったからであり、右によれば、被告が、原告製品が本件特許権の侵害に当たらないことを知りながら、専ら原告に刑事処分を受けさせる目的で本件告訴を行ったということはできない。


 加えて、被告が、本件告訴に先立ち、【E】弁理士に鑑定を依頼し、原告製品が本件特許権を侵害している旨の鑑定見解書を得ることにより告訴の理由の裏付けを得た上、調査事務所であるピー・オー・アールに依頼して、原告製品の販売実態を調査し、その調査報告書を検討するなどして、相当の期間及び費用をかけて調査を行った上で、本件告訴に及んでいることを考慮すれば、本件において、被告がわずかな調査をすれば、告訴の理由がないことを容易に知り得た場合にもかかわらず、専ら原告に損害を与える目的で刑事告訴を行ったとは推認することができず、ほかに右事実を認めるに足る証拠もない。


 この点につき、原告は、【E】弁理士の鑑定見解書は矛盾に満ちたもので、結論の誤りは明らかであるとして、かかる鑑定見解書を参照したこと自体に被告の過失があるかのごとく主張するが、特許発明の技術的範囲への属否の判断については複数の見解があるのが通例であり、ことに、本件のように、構成要件の一部を欠くものの技術的範囲への属否については、学説上の論議も存在することに鑑みれば、仮に告訴人が参照した鑑定見解書の見解が、特許庁若しくは裁判所が採用している見解とは異なるものであったとしても、告訴人がこれを前提として告訴をしたこと自体に過失があるとはいえない。


 以上によれば、本件告訴の手続きには違法はないというべきである。


(三) 原告は、金沢東警察署の警察官による原告商品の引上げ行為及び原告が調査を依頼した調査事務所ピー・オー・アールの調査員の調査時の言動についても、被告の本件告訴及び本件調査依頼における過失と因果関係がある旨主張するが、警察官の行為に対する責任は、当該警察官が属する警察署を管轄する地方自治体にあり、調査事務所調査員の行為に対する責任は、調査員の雇用者である当該調査事務所にあって、いずれも被告とは異なるものであるから、右警察官及び調査員の活動をもって、被告の過失を構成することはないというべきである。


 三 以上の次第で、原告の請求には理由がないから、主文のとおり判決する。』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


追伸;<気になった記事>

●『治療技術特許の是非、政府知財本部で議論へ』http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20080418AT1G1703H18042008.html
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●『米特許法改正案、損害賠償額の算定方法などに反対多数』http://techon.nikkeibp.co.jp/article/NEWS/20080417/150584/?ref=BPN
●『意匠・商標出願動向調査報告』http://www.jpo.go.jp/cgi/link.cgi?url=/shiryou/isyou_syouhyou-houkoku.htm
●『<労使訴訟>控訴遅れ1審確定 JR西の弁護士がミス』http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080419-00000051-mai-soci