●平成19(行ケ)10074 審決取消請求事件 特許権「空気清浄装置」

 本日は、『平成19(行ケ)10074 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「空気清浄装置」平成20年03月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080327141436.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消請求事件で、その請求が認容された事案です。


 本件では、取消事由1(独立特許要件の有無を判断する対象の誤り)と、取消事由2(拒絶理由通知の懈怠)との双方について理由があると判断されており、また理由の点でも、特許庁にとり、とても厳しい判断が出されているものと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義、裁判官 古閑裕二、裁判官 浅井憲)は、


1 取消事由1(独立特許要件の有無を判断する対象の誤り)について

(1) 本件補正の内容

 平成18年7月14日付け手続補正書(甲第22号証)によれば,本件補正は,請求項1及び2に「前記マイナスイオン発生器は,前記中心軸線と平行で,前記吹き出し口へ向かって延びる電極を備え,この電極に高電圧が印加されることにより,」とあるのを,いずれも「前記マイナスイオン発生器は,前記中心軸線と平行で,前記吹き出し口へ向かって延びる1つの電極のみを備え,この1つの電極に高電圧が印加されることにより,」と変更する(下線の文言を加える)とともに,これに伴って明細書の記載を一部変更するものであるが,請求項3ないし6には,何らの変更も加えないものであることが認められる。


(2) 独立特許要件の有無の判断対象


 特許法17条の2第5項は,「第百二十六条第五項の規定は、前項第二号の場合に準用する。」と規定し,同条4項2号は,「特許請求の範囲の減縮(第三十六条第五項の規定により請求項に記載した発明を特定するために必要な事項を限定するものであつて,その補正前の当該請求項に記載された発明とその補正後の当該請求項に記載される発明の産業上の利用分野及び解決しようとする課題が同一であるものに限る。)」と規定している。そして,同法126条5項は,「・・・を目的とする訂正は、訂正後における特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明が特許出願の際独立して特許を受けることができるものでなければならない。」と規定している。


 上記規定の文言及び上記規定において特許法126条5項を準用する趣旨は,特許請求の範囲の減縮により改めて特許要件の具備を再審査する必要が生ずる点にあるものと解されるところからすると,独立特許要件が要求されるのは,特許法17条の2第4項2号に定めるいわゆる限定的減縮に相当する補正の場合に限られ,これ以外の補正については,要求されないことは明らかである。


 被告は,特許法17条の2第4項2号において問題とされているのは,「特許請求の範囲」全体について減縮があったか否かであって,その一部にでも減縮があり「特許請求の範囲」が全体でみて減縮されたものであれば,同条5項により,「特許請求の範囲に記載されている事項により特定される発明」について独立特許要件の判断が必要となると主張するが,上記主張は,特許法126条5項の文言に反する上,同法17条の2第5項において同法126条5項を準用する趣旨を正解しないものであるから採用することはできない。


 したがって,被告の上記主張を採用することはできない。


 なお,被告の援用する知的財産高等裁判所平成17年(行ケ)第10266号事件・平成18年2月16日判決は,被告の主張に沿うものであるが,当裁判所は前記理由から見解を異にするものである。


(3) 本件補正においては,前記(1)のとおり,限定的減縮に相当する補正がされた請求項は,請求項1及び2のみであり,請求項4は補正の対象になっていない。したがって,独立特許要件は,補正発明1又は2について判断すべきであり,補正発明4について独立特許要件がないと判断した審決には,独立特許要件の判断を誤った違法があり,本件補正を却下した点は誤りである。


2 取消事由2(拒絶理由通知の懈怠)について


 上記1のとおり,審決には,本件補正を却下した誤りがあるが,本件補正が認められたとしても,補正発明について特許要件の具備の有無について判断する必要があるところ,審決は,補正発明4(内容は補正前発明4と同一)について進歩性がないことを理由にして,審判請求は成り立たないとの結論に至っているから,補正発明4の進歩性の判断に誤りがなければ,審決の結論は維持されることになる。そこで,補正発明4について,まず,取消事由2を検討する。


(1) 平成18年1月27日付け拒絶理由通知書(甲第4号証)には,請求項4(補正発明4)について,以下の記載及び引用文献の記載がある。(記載された文献が審決の引用する甲1ないし3刊行物と一致するときは,[ ]内に注記する。)


「・請求項4
・引用文献等1 [甲2刊行物]
・備考


 引用例1[甲2刊行物]には,「ソケットに装着される螺旋型電極11'を一端に有し,他端に開口部分が設けられるとともに,内部へ空気を取り入れる貫通孔53’が設けられ,中心軸線を有する「ハウジング10',支持部材53及び蓋部51」と,この「ハウジング10',支持部材53及び蓋部51」内に収納され,前記螺旋型電極11'からの交流を直流に変換する整流器23と,前記「ハウジング10',支持部材53及び蓋部51」内に収納され,前記整流器23からの電圧を調節する「インバータ増幅器25,トランスフォーマ26及び高電圧整流器27」と,前記「ハウジング10',支持部材53及び蓋部51」内に収納され,前記「インバータ増幅器25,トランスフォーマ26及び高電圧整流器27」に接続された陰イオン発生機30’と,前記「ハウジング10',支持部材53及び蓋部51」の他端に設けられ,前記螺旋型電極11'からの電力によって点灯するランプ12とからなり,前記陰イオン発生機30’は,前記中心軸線と平行で,前記開口部分へ向かって延びる放電極58と,この放電極58と同心の円形開口部を有し,前記放電極58と対峙するイオン集塵パネル52とを備え,この放電極58及びイオン集塵パネル52間に高電圧が印加されることにより,前記両電極間で放電が起こって空気流を前記放電極58側から前記イオン集塵パネル52側へ流すとともに,前記開口部分から放出する空気浄化装置」が記載されている。(特に,図6乃至8に係る他の実施実施例を参照。)ケースの吹き出し口からマイナスイオンとオゾンとを含む空気流を放出するオゾン発生器は従来周知の技術である(例えば,引用例4[甲1刊行物]及び5に記載されたオゾン発生装置を参照。)ので,引用例1[甲2刊行物]に記載された空気清浄装置に,上記従来周知の技術を寄せ集めて,この出願の請求項4に係る発明のような構成にすることは,当業者が容易に想到し得たものと認める。」


「引用文献等一覧
1 特表平9−508065号公報[甲2刊行物]
2 登録実用新案第3045395号公報
3 米国特許第5847514号明細書[甲3刊行物]
4 特開平10−152307号公報[甲1刊行物]
5 特開平10−25103号公報」


(2) 本件拒絶査定(甲第5号証)における拒絶理由は,「平成18年1月27日付け拒絶理由通知書に記載した理由によって,拒絶すべきものである。」

とするものである。


 上記の記載から,拒絶査定においては,甲2刊行物を主たる引用例とし,甲2刊行物記載の空気清浄装置に,「ケースの吹き出し口からマイナスイオンとオゾンとを含む空気流を放出するオゾン発生器」との「従来周知の技術を寄せ集めて,この出願の請求項4に係る発明のような構成にすることは,当業者が容易に想到し得た」ことを拒絶理由としていたことが明らかである。また,甲1刊行物は,上記「従来周知の技術」を立証するために例示されていたものである。


(3) 他方,審決は,前記第2の3のとおり,補正発明4と甲1発明とを対比した上で,補正発明4は,甲1発明及び甲2発明並びに甲1ないし3刊行物記載の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により,特許を受けることができないとしており,甲1刊行物を主たる引用例としていることが明らかである。


 そして,甲2刊行物は,相違点1についての判断においては,「空気清浄装置を電球型とすること」が周知の技術であることの根拠として例示され,相違点3についての判断においては,甲1発明に適用する「空気浄化装置のケースの他端に照明灯を設けるという技術」を認定するための根拠とされている。


 以上のとおり,審決は,拒絶査定において主たる引用例とされていた甲2刊行物ではなく,甲1刊行物を主たる引用例として,補正発明4と対比し,判断したものである。


(4) 一般に,出願に係る発明と対比する対象である主たる引用例が異なれば,一致点及び相違点の認定が異なることになり,これに基づいて行われる進歩性の判断の内容も異なることになる。


 したがって,審決において,拒絶査定における主たる引用例と異なる刊行物を主たる引用例として判断しようとするときは,原則として,特許法159条2項で準用する50条本文の定めに従い,拒絶理由を通知して,出願人に対し意見書を提出する機会を与えるべきであり,出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情がない限り,通知を懈怠してされた審決の手続は違法である。


 本件においては,審決における主たる引用例(甲1刊行物)は,拒絶査定における主たる引用例(甲2刊行物)と異なる刊行物であり,甲1刊行物については,出願人(原告)に対して拒絶理由通知がされていない。そこで,上記の特段の事情の有無を検討することにする。


(5) 被告は,上記の特段の事情として,(i)甲1発明は,甲2発明とともに,空気の浄化を行う装置である点で補正発明4と同一の技術分野に属し,補正発明4との一致点及び相違点はその記載から容易に判断することができること,(ii)甲1刊行物は原告本人による特許出願に係る刊行物であり,原告はその技術を熟知している上,平成18年4月10日付け意見書(甲第18号証)及び審判請求における請求の理由(甲第24号証)中で,甲1発明と補正発明4との相違点を指摘していることからみて,周知例としてであっても甲1刊行物が通知されているから,原告は,甲2発明のみならず,甲1刊行物に記載された技術内容についても検討を行い,意見を述べる機会があったと主張する。


ア まず,補正発明4と甲1発明及び甲2発明の属する技術分野が同一であっても,甲1発明と対比するか,甲2発明と対比するかによって一致点及び相違点は異なり得ることは明らかである。


また,主たる引用例は,その性質上,同一又は類似の技術分野のものであることは当然であり,技術分野が同一であることから,直ちに一致点及び相違点の認定が「容易に判断」されるものではない。したがって,被告の主張する(i)の事情は,特段の事情となり得るものではない。

イ 被告は,甲1刊行物が原告本人による特許出願に係る刊行物であることを挙げるが,発明の内容を熟知しているからといって,直ちに審判官の視点に立って甲2刊行物を主たる引用例とした場合の一致点及び相違点の違いまで認識することができるとする根拠はない。


 また,被告は,原告が甲第18及び第24号証において甲1発明と補正発明4との相違点を指摘していることを挙げる。


しかし,甲第18及び第24号証によれば,原告は,いずれの機会においても甲2刊行物との対比判断に対する意見を中心にして検討していることは明らかであり,甲1刊行物についての意見は付随的なものにすぎないものと認められるのであって,主たる引用例記載の発明と周知技術の組合せを検討する場合に,周知例として挙げられた文献記載の発明と補正発明4との相違点を検討することはあり得るから,甲1発明と補正発明4との相違点を指摘しているからといって,甲1刊行物を主たる引用例としたときの相違点の検討と同視することはできない。


 したがって,被告の主張する(ii)の事情も,特段の事情といえるほどのものではない。


ウ 以上のとおり,本件において,拒絶理由通知の懈怠があっても,出願人の防御権を奪うものとはいえない特段の事情があると認めるに足りる証拠はない。


 なお,確かに,被告の引用する東京高等裁判所平成5年(行ケ)第29号事件・平成8年5月30日判決は,拒絶理由通知の懈怠があっても,出願人の防御権を奪うものとはいえないときは,審判手続に違法があるとはいえないことを判示している。


 しかし,出願人の防御権を奪うものか否かは,個々具体の事案において判断されることであり,上記判決が周知技術として引用した文献を改めて拒絶理由を通知することなく主たる引用例として用いても出願人の防御権を害しないと一般的に判示したものではないことは明らかである。

3 結論

 以上に検討したところによれば,審決取消事由1及び2は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,審決は違法なものとして取り消されるべきである。


 よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。