●平成19(ワ)12522 職務発明の対価請求事件 特許権(1)

 本日は、『平成19(ワ)12522 職務発明の対価請求事件 特許権 民事訴訟 平成20年02月29日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080310141925.pdf)について取り上げます。


 本件は、被告の元従業員である原告が、被告に対し、改正前の特許法35条に基づき,原告が被告に承継させた職務発明に係る特許権について、相当対価の一部等を求め、棄却された事案です。


 本件では、争点2の消滅時効の抗弁の判断が参考になります。


 つまり、東京地裁(民事第47部 阿部正幸裁判長裁判官、平田直人裁判官、柵木澄子裁判官)は、


『当裁判所は,本件事案の内容に鑑み,まず,争点2(消滅時効の抗弁)から判断する。


職務発明について特許を受ける権利等を使用者等に承継させる旨を定めた勤務規則等がある場合においては,従業者等は,当該勤務規則等により,特許を受ける権利等を使用者等に承継させたときに,相当の対価の支払を受ける権利を取得する(特許法35条3項)。


 対価の額については,同条4項の規定があるので,勤務規則等による額が同項により算定される額に満たないときは同項により算定される額に修正されるのであるが,対価の支払時期についてはそのような規定はない。


 したがって,勤務規則等に対価の支払時期が定められているときは,その支払時期によるものと解するのが相当であり,勤務規則等の定めによる支払時期が到来するまでの間は,相当の対価の支払を受ける権利の行使につき法律上の障害があるものとして,その支払を求めることができないというべきである。


 そうすると,勤務規則等に,使用者等が従業者等に対して支払うべき対価の支払時期に関する条項がある場合には,その支払時期が相当の対価の支払を受ける権利の消滅時効の起算点となると解するのが相当である(最高裁平成15年4月22日第三小法廷判決・民集57巻4号477頁参照)。


 特許法35条3項に基づく相当の対価の支払を受ける権利は,同条により認められた法定の債権であるから,権利を行使することができる時から10年の経過によって消滅する(民法166条1項,167条1項)。


消滅時効について


(1) 前記当事者間に争いのない事実等に記載のとおり,本件発明等取扱規則には,従業員が職務発明をした場合は,その職務発明につき特許を受ける権利を被告に譲渡しなければならないこと(5条),被告は,職務発明についての出願がされた場合及び当該出願につき特許権の設定登録がされた場合は,その職務発明をした従業員に対し,補償金を支給すること(8条),被告が,特許権等に係る発明等を実施し,その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合は,被告は,その職務発明をした従業員に対し,褒賞金を支給すること(9条),これら補償金及び褒賞金の金額は,別に定める基準に基づき,補償金については特許部長が,褒賞金については社長が,それぞれこれを決定すること(10条)などが定められている。


 以上によれば,本件発明等取扱規則は,被告が従業員のした職務発明について特許を受ける権利を承継したときは,その発明をした従業者に対し,その対価として出願補償,登録補償,実績補償を支払うこと,このうち,出願補償の支払時期については出願した時点,登録補償の支払時期については特許権の設定登録がされた時点とすることを定めているものと認められる。


 他方,本件発明等取扱規則は,実績補償については,被告が,「特許権等に係る発明等を実施し」,「その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合」に,その職務発明をした従業員に対し支給すると定めている(9条)。実績補償の支払時期が発明の実施の効果が顕著であることの認定といういわば被告の意思いかんによって左右されると解することは相当でないから,上記規定は,実績補償の支払時期を特許権等に係る発明等の実施開始時(「特許権等に係る発明等を実施し」と規定されていることから,特許発明の実施開始時,又は特許権の設定登録時のいずれか遅い時点)と定めているものと解するのが相当である(「その効果が顕著であると認められた場合その他これに準ずる場合」とは,支払時期を定めたものではなく,支給の要件を定めたものと解すべきである。)。このように解することによって,被告においては,特許権の設定登録がされた発明が実施された場合,自発的に又は従業者からの請求を受けて,実施の効果が顕著であると認めたときに実績補償の支払をし,一方,従業者においては,支払額に不足があると考えれば,特許法35条3項に基づく相当の対価の不足額を請求することにより,被告と従業者との利害の調整を図ることができるといえる。


(2) 前記当事者間に争いのない事実等に記載のとおり,本件発明1の出願日は昭和56年8月20日,設定登録日は昭和63年11月10日であり,本件発明2の出願日は平成元年5月18日,設定登録日は平成6年4月11日であり,本件発明1及び同2の実施開始日は,平成5年10月7日である。


 そうすると,本件発明等取扱規則により,本件発明1についての相当の対価の支払時期は,出願補償については出願時である昭和56年8月20日となり,登録補償については設定登録時である昭和63年11月10日となり,実績補償については,設定登録日よりも実施開始時の方が遅いため,実施開始時である平成5年10月7日となり,上記の各時点が消滅時効の起算点となる。また,本件発明2についての相当の対価の支払時期は,出願補償については出願時である平成元年5月18日となり,登録補償については設定登録時である平成6年4月11日となり,実績補償については,設定登録日の方が実施開始時よりも遅いため,設定登録日である平成6年4月11日となり,上記の各時点が消滅時効の起算点となる。


 なお,弁論の全趣旨によれば,被告は,原告に対し,昭和56年11月末日ころまでに,本件発明1の出願時補償金として1200円を,平成元年2月末日ころまでに,本件発明1の登録時補償金として3600円をそれぞれ支払ったことが認められるから,本件発明1に係る出願補償,登録補償についての消滅時効の進行は各支払によりそれぞれ中断し,上記各支払があった時点から再度消滅時効が進行を開始した。


(3) そうすると,原告の本件発明1に係る相当の対価請求権及び本件発明2に係る相当の対価請求権は,いずれも,原告が,被告に対し,その履行を催告した平成19年2月1日(甲7の1,弁論の全趣旨。なお,本件訴えは,同催告から6か月以内の同年5月18日に提起された。)までに,その時効起算点から既に10年以上が経過しており,消滅時効が完成したというべきである。


 被告は,原告に対し,平成19年2月13日ころ,消滅時効を援用する旨の意思表示をしたことが認められるから(甲7の2・3),原告の本件発明1に係る相当の対価請求権及び本件発明2に係る相当の対価請求権は,いずれも時効により消滅した。


(4) 原告は,本件発明等取扱規則9条は,発明を実施し,当該発明の効果が顕著であることを実績補償の支払要件としているから,発明の実施後売上げに対する発明の効果が顕著であるか否かを判断するために必要な期間(実施後5年間,あるいは,少なくとも各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末)が経過した時点を実績補償の支払時期と定めたものである旨主張す
る。


 しかしながら,本件発明等取扱規則9条の文言に照らし,同条項が,実績補償の支払時期を,「実施後売上げに対する発明の効果が顕著であるか否かを判断するために必要な期間」(実施後5年間又は各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末)が経過した時期とすることを定めたものであると解することはできない。すなわち,上記条項を原告が主張するように解釈し,実施後5年間又は各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末が経過するまで支払期日が到来しないとすることは,その時点まで従業者等が対価を請求することができないということを意味するのであり,本件発明等取扱規則9条の文言からは,そのような解釈を導くことはできない。


 原告は,その主張の根拠として,本件特許報奨取扱い規則及び職務発明取扱規則施行細則(乙1の5)を挙げる。


 しかしながら,本件発明等取扱規則は,昭和48年9月1日から施行され,昭和55年1月1日から一部改定・施行されたものであるのに対し,本件特許報奨取扱い規則は平成13年11月21日から施行されたものであり,職務発明取扱規則施行細則は平成18年4月1日から施行されたもの(実績時補償金については,平成17年4月1日以降に出願がされた職務発明にさかのぼって適用され,同年3月31日までに出願がされた職務発明については適用されない。)であるから,本件特許報奨取扱い規則や職務発明取扱規則施行細則があるからといって,直ちに,これらの規定を前提に,これらの規定との整合性を考慮して本件発明等取扱規則の条項を解釈すべきであるとはいえない。


(5) 原告は,本件発明の実施開始時(アンプラーグの発売時)において,一従業員にすぎない原告が,本件発明の実績やその効果が顕著であるか否かを把握して,相当の対価の請求をすることは不可能である旨主張する。


 しかしながら,職務発明について特許を受ける権利を使用者に承継させた場合に従業者が取得する相当の対価請求権は,承継の時に発生するものであり,その相当の対価の額は,「発明により使用者等が受けるべき利益の額及びその発明がされるについて使用者等が貢献した程度を考慮して」定められるものであって(特許法35条4項),一定程度の不確定要素が伴わざるを得ないとしても,相当の対価請求権の発生時において,客観的に見込まれる利益の額として「使用者等が受けるべき利益の額」を算定することは可能であり,まして,特許権の設定登録がされた発明が実施された時点以降においては,既に実現化されている発明の実施の状況等を具体的に勘案して,「使用者等が受けるべき利益の額」を推計することができるというべきであるから,原告の上記主張は理由がない。


(6) 原告は,本件発明等取扱規則の規定(9条)が不明確であるために,被告が実施による効果を認定し,褒賞金を支払ってくれるものと信じて,あえて相当の対価請求権を行使しなかった原告に対し,このような規定を設けた被告が消滅時効を援用することは信義則に反し,許されない旨主張する。


 上記条項の文言は,褒賞金(実績補償)の支払時期について(支払時期を定めたものであるか否かについても含め)やや明確さを欠くものではあるものの,原告が主張するように,実施後5年間又は各年度ごとの実績に相当する分につき当該年度末が経過するまで支払期日が到来しないことを定めた規定であると誤認させるようなものであるとはいえず,本件発明の実施後,消滅時効の期間が経過するまでの間に,被告に実績補償の請求をすることを思い止まらせるようなものであったということはできないから,原告の上記主張も理由がない。 』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。