●平成18(ワ)6162特許権侵害差止等請求事件「無鉛はんだ合金」(2)

 本日も、『平成18(ワ)6162 特許権侵害差止等請求事件 特許権 民事訴訟「無鉛はんだ合金」平成20年03月03日 大阪地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080307150949.pdf)について取り上げます。


 本日は、争点(1)の「被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。」について取り上げます。この判断にも、大阪地裁の考え方が良く現われていると思います。


 つまり、大阪地裁(第26民事部 裁判長裁判官 山田知司、裁判官 高松宏之、裁判官 村上誠子)は、


『2 争点(1)ア(構成要件Aの「残部Snからなる」の充足性)について


(1) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。


ア 不可避不純物とは,おおむね,金属製品において,原料中に存在したり,製造工程において不可避的に混入するもので,本来は不要なものであるが,微量であり,金属製品の特性に影響を及ぼさないため,許容されている不純物ということができる(弁論の全趣旨)。


 はんだ合金に関する不可避不純物については,JISにおいて次のとおり定められている。


(ア) 平成11年制定のJIS−Z3282(乙3)


A級(電気,電子部品などの一般的用途を目的としたもの)の化学成分として,Sn−Cu系のはんだにおいては,Sn99%Cu1%及びSn97%Cu3%の場合に,Agは0.05%以下。


(イ)  (ア)を改正した平成18年制定のJIS−Z3282(甲6)

 Sn−Cu系の鉛フリーはんだにおいては,Sn97%Cu3%及びSn99.3%Cu0.7%の場合に,Agは0.10%以下。


イ 被告製品は,別紙「ソルダーコートLLS227α分析結果」のとおりの成分組成を有しており,Agを0.084%含有している(甲5)。


(2) 本件発明の無鉛はんだ合金は,その組成を「Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snからなる」(構成要件A)というものであり,文言上は,これら以外の金属成分を含有しない構成とされている。


 また,前記本件明細書の記載からすると,本件発明は,構成要件A所定の「Cu0.3〜0.7重量%,Ni0.04〜0.1重量%,残部Snからなる」組成の無鉛はんだ合金が,構成要件B所定の「金属間化合物の発生を抑制し,流動性が向上した」との性質を有することを見出した点にその技術的意義を有するものであると認められるが,一般に合金は,その成分組成が異なれば,その特性が大きく異なることが通常のことである(甲27の19頁。上記のように本件発明の) 成分組成が厳密に限定されているのは,このためであると考えられる。


 これらの点からすると,本件発明は構成要件Aに記載される以外の成分組成を含むことを基本的に許容するものではなく,例外的にそれが許容されるとしても,せいぜい,そのようなものとして本件明細書において言及されている不可避不純物か,又はそれと同様に合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当である。


 しかるところ,被告製品は前記のとおりAgを0.084%含有しており,これは,本件発明の特許出願時ないし優先日当時のJIS規格において,Sn−Cu系のはんだ合金において定められた許容不純物としての範囲(0.05%)を上回るものであるから,不可避不純物ということはできない。そして,特許出願ないし優先日の後にJIS規格が変更されたとしても,それはその時の技術常識や事情等に基づいて変更されたものと推認されるから,平成18年制定のJIS−Z3282においてSn−Cu系の鉛フリーはんだについてAgは0.10%以下と定められたとことをもって,Agを0.084%程度含有しても合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日当時の技術常識に照らして容易に予見し得たと認めることはできないし,他にこれを認めるに足りる証拠はない。


 したがって,被告製品は,構成要件Aの「残部Snからなる」の要件を充足しない。


(3) 原告の主張の検討


ア 原告は,甲第6号証のJIS規格においては,被告製品に含有されるAgは,不可避的不純物の範囲内にあると主張する。


 確かにはんだ合金について,不可避不純物として許容される成分含有量がどの程度のものであるのかについては,他にその点に関する技術常識を示す証拠もないから,我が国で広く普及しているJIS規格における許容不純物の基準が,当業者における技術常識を示すものと認めることができる。


 しかし,原告が指摘する甲第6号証のJIS規格は,前記のとおり,本件発明の特許出願時ないし優先日の後に改正されて制定されたものである。


 特許権者は,発明の公開の代償として,存続期間中の当該発明に対する独占権を与えられるのであるが,その特許要件の存否は,先願主義の観点から,特許出願時ないし優先日を基準として判断される(特許法29条等)。そのため,明細書における「発明の詳細な説明は,通商産業省令で定めるところにより,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければならない。」(本件発明の優先日〔特許出願時でも同じ〕時点の特許法36条4項)とされ,また,これを受けた同時点の特許法施行規則24条の2も,「特許法第36条第4項の通商産業省令で定めるところによる記載は,発明が解決しようとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項を記載することによりしなければならない。」としている。


 このことからすると,発明の独占権の範囲を画する技術的範囲の解釈に当たっても,当該発明の特許出願時ないし優先日当時の技術常識に基づいて判断すべきものであり,本件においても,本件明細書がいう「不可避不純物」の解釈についても同様である。


 そして,本件発明の特許出願時ないし優先日当時のJIS規格が定める許容不純物の基準に基づくと,被告製品に含まれるAgが不可避不純物と認められないことは先に述べたとおりである。


 したがって,原告の上記主張は採用できない。


イ 原告は,被告製品においても,本件発明の要求する成分元素をすべて備え,かつNi添加による流動性の向上という本件発明の作用効果を奏しているから,被告製品程度のAgを添加している場合には,いわゆる「附加」に該当すると主張する。


 しかし,一般に合金は,その成分組成が異なれば,その特性が大きく異なることが通常のことであり,そのために発明の構成中で合金の組成が厳格に特定されていることからすると,発明の構成に含まれない成分を含有している場合にも発明の作用効果を奏しているということから,直ちに付加ないし利用関係を構成するということはできない。


 なぜなら,上記のような合金の性質からすると,発明の構成中にない成分を添加した場合にも合金の性質が維持されるのか否かは予測できないのが通常であるから,単にある成分を添加しても発明の作用効果を奏することが特許出願後に確認されただけで付加ないし利用関係を構成するとしたならば,特許出願時においては作用効果を奏するか否かが不明であり,したがって,その時点ではそのような作用効果を奏するものとして開示されていなかった組成の合金についても独占権を認めることになり,発明の公開の代償として当該発明に対する独占権を与えるという特許制度の趣旨に反することになるからである。


 そして,この観点からすると,前記のとおり本件発明は構成要件Aに記載される以外の成分組成を含むことを基本的に許容するものではなく,例外的にそれが許容されるとしても,せいぜい,そのようなものとして本件明細書において言及されている不可避不純物か,又はそれと同様に合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当である。


前記1(3)末尾の本件明細書の記載もこの解釈を左右するものではない(なお,本件明細書の同箇所では,Ni独自の効果を阻害する金属が合金中に存在することは好ましくないとされているが,原告が指摘するラゴーン法による実験結果(甲17)によれば,Sn−0.7%Cu系合金におけるAgの添加は,単独で添加した場合でもNiと共に混合添加した場合でも流動性の低下をもたらすとされているのであるから,仮にこの実験結果を採用するとすれば,このように流動性を低下させる被告製品におけるAgの添加をもって,なおさら単なる付加であるということはできない。)。


 したがって,原告の上記主張は採用できない。


(4) 以上より,被告製品は本件発明の技術的範囲に属しない。 』


 と判示されました。


 昨日取り上げたサポート要件での判断は勿論ですが、本日取り上げた侵害論のところでも、大阪地裁は、

特許権者は,発明の公開の代償として,存続期間中の当該発明に対する独占権を与えられるのであるが,その特許要件の存否は,先願主義の観点から,特許出願時ないし優先日を基準として判断される(特許法29条等)。」とか、


 さらには「したがって,その時点ではそのような作用効果を奏するものとして開示されていなかった組成の合金についても独占権を認めることになり,発明の公開の代償として当該発明に対する独占権を与えるという特許制度の趣旨に反することになるからである。」等というように、

 発明の公開の代償として当該発明に対する独占権を与える特許制度の制度趣旨に経ち返って判断しており、そういう意味で本件は、大阪地裁の考え方がとても良くわかる事件の一つではないかと思いました。


 しかし、それにしても、上記判決文における、

「イ 原告は,被告製品においても,本件発明の要求する成分元素をすべて備え,かつNi添加による流動性の向上という本件発明の作用効果を奏しているから,被告製品程度のAgを添加している場合には,いわゆる「附加」に該当すると主張する。


 しかし,一般に合金は,その成分組成が異なれば,その特性が大きく異なることが通常のことであり,そのために発明の構成中で合金の組成が厳格に特定されていることからすると,発明の構成に含まれない成分を含有している場合にも発明の作用効果を奏しているということから,直ちに付加ないし利用関係を構成するということはできない。


 なぜなら,上記のような合金の性質からすると,発明の構成中にない成分を添加した場合にも合金の性質が維持されるのか否かは予測できないのが通常であるから,単にある成分を添加しても発明の作用効果を奏することが特許出願後に確認されただけで付加ないし利用関係を構成するとしたならば,特許出願時においては作用効果を奏するか否かが不明であり,したがって,その時点ではそのような作用効果を奏するものとして開示されていなかった組成の合金についても独占権を認めることになり,発明の公開の代償として当該発明に対する独占権を与えるという特許制度の趣旨に反することになるからである。


 そして,この観点からすると,前記のとおり本件発明は構成要件Aに記載される以外の成分組成を含むことを基本的に許容するものではなく,例外的にそれが許容されるとしても,せいぜい,そのようなものとして本件明細書において言及されている不可避不純物か,又はそれと同様に合金の流動性向上に影響を与えないことが特許出願時ないし優先日の技術常識に照らして容易に予見し得るものに限られると解するのが相当である。・・・

 したがって,原告の上記主張は採用できない。」

 の判示は、化学分野の基本発明に第三者が後から付加成分を添加しても、基本発明と特性が変わらず、同一作用効果が得られる場合でも、その基本発明の明細書にその付加成分が開示されていないから、基本発明に明細書に開示のない付加成分を添加した製品は技術的範囲外である、と判断しているように思われ、特許権者に厳しいのではないかと思います。


 詳細は、本判決文を参照してください。