●平成19(行ケ)10239審決取消請求事件「ビットの集まりの短縮表現を

 本日は、『平成19(行ケ)10239 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「ビットの集まりの短縮表現を生成する方法」平成20年02月29日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080306163050.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許法第29条1項柱書違反の拒絶審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、審査基準に基づく特許法第2条1項にいう「発明」に該当するか否かの判断が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第2部 裁判長裁判官 中野哲弘、裁判官 森義之、裁判官 澁谷勝海)は、


『1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯,(2)(発明の内容),(3)(審決)の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。


 また甲7(審査基準第VII部第1章〔1頁〜62頁〕)によれば,コンピュータ・ソフトウェア関連発明に関する特許庁の審査基準として,請求項に係る発明が特許法上の「発明」であるためには,その発明は自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものであることが必要であるが,「ソフトウェアによる情報処理が,ハードウェア資源を用いて具体的に実現されている」場合は,当該ソフトウェアは「自然法則を利用した技術的思想の創作」であるとされ,そして「ソフトウェアによる情報処理がハードウェア資源を用いて具体的に,実現されている」とは,ソフトウェアがコンピュータに読み込まれることにより,ソフトウェアとハードウェア資源とが協働した具体的手段によって,使用目的に応じた情報の演算又は加工を実現することにより,使用目的に応じた特有の情報処理装置(機械)又はその動作方法が構築されることをいう,とされている。


2 原告は,本願発明が法2条1項に規定された「発明」に該当しないとした審決の判断に誤りがあると主張するので,以下この点について検討する。


(1) 法2条1項は,「この法律で『発明』とは,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう」と規定し,法29条1項柱書は「産業上利用することができる発明をした者は,次に掲げる発明を除き,その発明について特許を受けることができる。」と規定する。すなわち,法により特許として保護の対象とされる発明は,「自然法則を利用した技術的思想の創作」であることを要し,これを欠くときは,その発明は特許を受けることができないと解される。


 そこで,本願発明が「自然法則を利用した技術的思想の創作」に該当するかについて検討する。


(2) 本願発明の内容は前記第3の1(2)のとおりである。また第1次補正後の本願明細書(甲1,4)には,次の記載がある。


 ・・・省略・・・


(4) ところで上記数学的課題の解法ないし数学的な計算手順(アルゴリズム)そのものは,純然たる学問上の法則であって,何ら自然法則を利用するものではないから,これを法2条1項にいう発明ということができないことは明らかである。また,既存の演算装置を用いて数式を演算することは,上記数学的課題の解法ないし数学的な計算手順を実現するものにほかならないから,これにより自然法則を利用した技術的思想が付加されるものではない。


 したがって,本願発明のような数式を演算する装置は,当該装置自体に何らかの技術的思想に基づく創作が認められない限り,発明となり得るものではない(仮にこれが発明とされるならば,すべての数式が発明となり得べきこととなる。)。


 この点,本願発明が演算装置自体に新規な構成を付加するものでないことは,原告が自ら認めるところであるし,特許請求の範囲の記載(前記第3,1(2))をみても,単に「ビットの集まりの短縮表現を生成する装置」により上記各「演算結果を生成し」これを「出力している」とするのみであって, 使用目的に応じた演算装置についての定めはなく,いわば上記数学的なアルゴリズムに従って計算する「装置」という以上に規定するところがない。


 そうすると,本願発明は既存の演算装置に新たな創作を付加するものではなく,その実質は数学的なアルゴリズムそのものというほかないから,これをもって,法2条1項の定める「発明」に該当するということはできない。


3(1) これに対し原告は,デジタル演算回路又はプロセッサの本来的ハードウェアの性質上,乗算回数が実質的に計算時間を決定することから,そのような計算時間を減らすことは,ハッシュ化の実際の応用(装置)にあって要望される技術的課題であるとし,本願発明の技術的作用効果は,上記課題に対応した装置において計算時間を短縮させたことにあるなどと主張する。


 しかし,原告の主張する上記技術的課題は,デジタル演算回路ないしプロセッサという装置自体が有する課題であって,演算される数式自体の有する課題ではないところ,計算装置の要する計算時間を短縮するために計算式を変更しても,当該演算装置自体の演算処理能力が改善されるものでないことは明らかである。原告の上記主張は,複雑なアルゴリズムよりも平易なアルゴリズムの方が演算時間が短かくて済むという,いわば数学的な常識を述べたものにすぎず,原告の主張する課題は依然として解決していないのであるから,失当といわなければならない。


 なお原告は,本願発明は物理的な電気回路装置であり,かつ,当該アルゴリズムはコンピュータのような有限時間で動作する物理的構造上で実行されるからこそ上記技術的作用効果を有する点で,コンピュータ構造の本来的に有するハードウェア資源の物理的性質そのものに係るとして,本願発明が自然法則を利用した技術的思想に当たることになるとも主張するが,原告の上記主張は,数学的なアルゴリズムであってもコンピュータで演算を実行することで時間が短縮されれば発明になるというに等しく,自然法則を利用しない単なる数式を発明から除外する法2条1項の趣旨を没却するものであって,採用することができない


(2) また原告は「装置」の発明としての本願発明の具体的構成は,示された演算内容に応じて規定される演算回路として特許請求の範囲に明確に記載されている旨主張する。


 しかし,前記2(3)及び(4)のとおり,特許請求の範囲には数学的なアルゴリズムと,それを実現するものとして単に「装置」と記載されているのみであって,当該数学的アルゴリズムをデジタル演算装置で演算するための具体的な回路構成が記載されているものではない


 また原告の上記主張は,特許請求の範囲にデジタル論理演算を意味する演算内容を記載すれば,これに対応した一般的なデジタル論理演算回路(布線論理回路と蓄積プログラム論理回路)によるプログラムが特定されるというものであるが,特許請求の範囲に記載された数学的アルゴリズムがデジタル論理演算回路に置換可能であるとしても,それはプログラム可能な数式一般の持つ特性にすぎず,既存の演算装置に新たな技術的思想に基づく創作が付加されることを直ちに意味するものではない。その意味で,特許請求の範囲に原告主張のデジタル論理演算回路による演算内容が記載されたことは,前記2(4)に述べたところを左右するものではない。


 したがって,原告の上記主張は採用することができない。


(3) さらに原告は,本願発明には実用的な応用分野があり,例えば探索や通信等の技術分野に適用される,実用的で効率的なハッシュ装置を提供するものであると主張する。


 しかし,本願発明1〜3の特許請求の範囲をみても「ハッシュ関数」によるアルゴリズムのほかには,単に,ビットの集まりの短縮表現を生成する装置と記載するのみであって,当該装置がいかなる応用分野に適用されるものであるかを具体的に明らかにするところがない。


 また本願発明において入力されるものは「ビットの集まり」とされ「キー」は「少なくともnビットを有する」ものとされ,「p」は「2nより大きい最初の素数以上の素数」とされ,「ℓ」は「nより小さい」ものとされているが,これらは数学的な関係,を記述したにとどまり,原告の主張する応用分野におけるいかなる技術的思想に基づいてそのような数値が導き出されるかについて,何ら示唆するところがなく,それらの技術的意義を読み取ることができない。出力される「ビットの集まり」についても,衝突確率が所定以下となるという数学的な説明が与えられているにすぎない。そうすると,本願発明は,抽象的には原告の主張する分野において応用することが可能であるとしても,当該装置自体が直ちに具体的な技術的思想に基づき新たな創作を付加したものと解釈することはできないから,原告の上記主張は採用することができない。


(4) 以上のほか,原告は,審決が審査基準に基づき判断したことは,審査基準に記載されていない場合の発明該当性の判断を看過するもので,審理不尽の違法があるなどと主張するが,審決は上記2(4)で述べたところと同旨の理由をもって本願発明の「発明」該当性を否定したものと認められるから,そこに審理不尽の違法は認められない。したがって,原告の上記主張も採用することができない。


4 結論

 以上によれば,原告主張の取消事由は理由がない。

 よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。

 
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