●平成18(行ケ)10439 審決取消請求事件「インクタンクおよびインク

 本日は、『平成18(行ケ)10439 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「インクタンクおよびインクタンクホルダ」平成20年02月21日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080221163902.pdf)について取り上げます。


 本件は、無効審決の取消しを求めた訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、差戻後の審判手続において,同法134条の3第5項の規定により,訂正審判の請求書に添付された特許請求の範囲と明細書を援用した訂正請求が訂正の要件違反と判断された点が、参考になる事案かと思います。


 ここで、本件訂正の前後における本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び請求項6の記載は、次のとおりです。

(1) 本件訂正前

「【請求項1】
 インクジェットヘッドを備えたホルダに対して着脱自在にされ,該ヘッドに供給される記録に使用されるインクを貯留可能なインクジェット用のインクタンクにおいて,
 前記インクタンク本体と,
 前記インクタンクの使用状態で底となる部分に配され,前記ヘッドに対して前記インクを供給するための供給口と,
 前記インクタンク内を大気と連通する大気連通部と,
 前記インクタンクの一側面の一部に設けられた,前記ホルダに形成された第1係止部と係合する第1係合部と,
 前記第1係合部が設けられた側面に対する他側面に対して弾性的に設けられた,前記ホルダに形成された第2係止部に係合する第2係合部を備えたラッチレバーと,
 を備えたことを特徴とするインクタンク。
【請求項6】前記インクタンク内には黒インクが収容されていることを特徴とする請求項1に記載のインクタンク。」

(2) 本件訂正後
「【請求項1】
 インクジェットヘッドと該ヘッドにインクを供給するインク取り込み管と該インク取り込み管の開口端に設けられたフィルタとを備えたホルダに対して上下方向に着脱自在にされ,該ヘッドに供給される記録に使用されるインクを貯留可能なインクジェット用のインクタンクにおいて,
 前記インクタンク本体と,
 前記インクタンクの使用状態で底となる部分に配され,前記インク取り込み管を介して前記ヘッドに対して前記インクを供給するための供給口と,
 前記インクタンク内を大気と連通する大気連通部と,
前記インクタンクの一側面の一部に設けられた,前記ホルダに形成された第1係止部と係合する第1係合部と,
 前記第1係合部が設けられた側面に対する他側面に対して弾性的に設けられた,前記ホルダに形成された第2係止部に係合する第2係合部を備えたラッチレバーと,
 前記供給口の周囲に立設された筒状の支持部と,
 前記支持部に挿入されて支持されたインク供給部材と,を備え,
 前記第2係合部は,前記ラッチレバーの外側に配設され,かつ,前記インクタンクの装着状態で,前記第1係合部よりも相対的に上方になるよう設けられ,
 前記第1係合部と前記供給口と前記第2係合部とが,前記インクタンクを前記ホルダに装着する際,前記第1係合部が前記第1係止部に係合した状態で前記インクタンクを下方に押し込むことで生じる前記インクタンクの回転によって,前記インク取り込み管が前記供給口に挿入されて前記フィルタが前記インク供給部材の下端面に当接し,前記インク供給部材からの前記インクの取り込みが可能となると共に前記第2係合部と前記第2係止部とが係合するように配置され,
 前記ラッチレバーは,その上端部に設けられた操作部と,その下端部との間に前記第2係合部が配され,当該下端部が前記インクタンクの前記底となる部分に近い領域において前記他側面に一体的に形成されて当該下端部を支点として弾性変位可能に構成されており,かつ,前記第2係合部と前記第2係止部とが係合状態にあるときは内側に弾性変位した状態となる一方,前記操作部が前記インクタンク本体側に押されて前記第2係合部と前記第2係止部との係合が解除されると,前記ラッチレバーの復元力で前記第2係合部と前記下端部との間の部分が前記ホルダの内壁に当接して装着する際とは逆の方向に前記インクタンクを回転させ,前記インクタンクの前記他側面側が持ち上がった状態となるよう前記
下端部から外側上方に向かって傾斜していることを特徴とするインクタンク。
【請求項6】
 前記インクタンク内には黒インクが収容されていることを特徴とする請求項1に記載のインクタンク。」

 というものです。


 そして、知財高裁(第3部 裁判長裁判官 飯村敏明、裁判官 三村量一、裁判官 上田洋幸)は、


『当裁判所は,以下のとおり,(i)本件訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記,誤訳の訂正又は明瞭でない記載の釈明を目的とするものではなく,特許法134条の2第1項各号のいずれにも該当しない不適法なものであるから,本件特許の請求項1及び6に係る発明は,本件訂正前のもの(本件発明1及び6)として特定されるべきであり,(ii)本件発明1及び6は,引用発明及び引用例2記載の発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであり,したがって,審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由は理由がないと判断する。


1 取消事由1(本件訂正の訂正要件充足性の判断の誤り)について


 本件訂正中の訂正事項hは,インクタンクのラッチレバーについて,「第2係合部と第2係止部とが係合状態にあるときは内側に弾性変位した状態となる一方,操作部がインクタンク本体側に押されて第2係合部と第2係止部との係合が解除されると,ラッチレバーの復元力で第2係合部と下端部との間の部分がホルダの内壁に当接して装着する際とは逆の方向にインクタンクを回転させ,インクタンクの他側面側が持ち上がった状態となるよう前記下端部から外側上方に向かって傾斜している」との構成を付加した訂正である。


 確かに,上記文言を付加したことによって,形式的には,特許請求の範囲を限定することになる。


 しかし,訂正事項hは,その内容を実質的に検討すると,訂正事項の記載が明確でないのみならず,訂正明細書の「発明の詳細な説明」欄における実施例に関する記載及び図面を参酌してみてもなお,後記「ポップアップ機能」を実現するための構成を明確に示していない。結局,本件訂正は,訂正事項hが付加され,インクタンクの発明であるにもかかわらず,ホルダとの相互関係ないし協働関係を不明確なまま構成要素として含んだことによって,特許請求の範囲(請求項1)を全体として不明確とするものであるから,特許請求の範囲の減縮に当たるか否か判断することすらできないものであって,結局,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正ということはできず,また,誤記,誤訳の訂正又は明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正ということもできない。

 その理由は,以下のとおりである。


(1) 事実認定

(ア) 訂正明細書の記載

 ・・・

(イ) 発明の詳細な説明中の実施例における脱着動作

 訂正明細書の上記記載及び図面(図12,図14,参考として図23,図24,甲14)によれば,実施例において,インクタンク30のモノカラーホルダ60への脱着は,次のように行われるものと認められる。


a 装着時の動作

(i) インクタンク30の抜け止め爪32dをモノカラーホルダ60のタンク抜け止め穴60iに引っ掛け,ここを中心としてインクタンク30を下方に回転させると,ホルダ60のベースプレート51とは反対側の壁(他の三方の壁よりも低く構成されている)の上端部内側角部にラッチレバー32aの下端部外側面が当接する。


(ii) インクタンク30を下方に押し込むと,ラッチレバー32aは,ホルダ60の壁の上端部内側角部に対してその外側面上を摺接しながら(ラッチレバー32aからすると接触部が相対的に上方に進んでいく,内側にたわむ。モ) ノカラーホルダの内壁は,その下端部から外側上方に向かって傾斜した側断面形状を有しており,ラッチレバー32aの傾斜はホルダの内壁よりも大きくなっているので,ラッチレバー32aには,内側にたわむことにより,下端部を中心とした弧上において外側に復元しようとする弾性エネルギーが蓄積され,インクタンク30がホルダ60に対して下方に押し込まれれば押し込まれるほど,大きな弾性エネルギーが蓄積されることになる。


(iii) そして,更にインクタンク30を下方に回転させると,ラッチレバー32aが内側にたわみつつラッチ爪32e(側面視で三角形状に突出しているラッチ爪32eの全体をいうと認められる)の尖端部がホルダ60の壁の上端部内側角部に至り,ラッチ爪32eの尖端部がホルダ60の壁の内側を摺接しながら下方に進む。


(iv) やがてラッチ爪係合穴60jの天井部に至ると,ラッチレバー32aの弾性復元により,ラッチ爪32aがラッチ爪係合穴60jの内方に入り込んで係合する。この係合状態では,ラッチレバー32aに蓄積された弾性エネルギーにより,ラッチレバー32aの弾性復元力でホルダ60の傾斜した内壁面を押す力が作用し,この押圧力の反力のうちラッチレバー32aを長手方向に上昇させる方向の成分が,ラッチ爪32eの上端面がラッチ係合穴60jの天井面を押す力となって働くことで,強固な係合状態となる。


 なお,ラッチ爪32eの上端面とラッチ係合穴60jの天井面とは,インクタンク30のホルダ60への装着時において両者が面接触するようにその位置関係が設定されている。


b 離脱時の動作

 インクタンク30をモノカラーホルダ60から取り外すときは,ラッチレバー32aを手指などにより内側に押し込み,ラッチ爪32eとラッチ爪係合穴60jとの係合を解除することになる(段落【0105】)。ここで,係合状態においては,ラッチレバー32aに蓄積された弾性エネルギーにより,ラッチレバー32aを長手方向に上昇させる方向の力の成分が働いているのであるから,ラッチレバー32aを内側に押し込んで,ラッチ爪32eの尖端部がラッチ用係合穴60jの天井面から抜けるまでは,ラッチ爪32eの上端面がラッチ用係合穴60jの天井面を押す力として働き,ラッチ爪32eの尖端部がラッチ用係合穴60jの天井面から抜けると,上記ラッチレバー32aを長手方向に上昇させる方向の力の成分によって,ラッチ爪32eの尖端部がラッチ用係合穴60jより上方のホルダ60の壁の内壁に沿って上昇しつつ(手指によりこれよりも強い力でラッチレバー32aを下方に押していれば上昇しないことはもちろんである。「係合の解除」とは,ここまでの作用を称するものと認められる。),ラッチ爪32eの尖端部を支点としてラッチレバー32aの下端部が持ち上がるように作用し,やがてラッチ爪32eの尖端部がホルダ60の壁の上端部内側角部に至ると,ラッチ爪32eより下方の部分がホルダ60の壁の上端部内側角部を摺接しつつラッチレバー32aが上昇する結果,インクタンクが持ち上がることになる。


(2) 本件訂正の許否についての判断

(ア) 以上認定した事実を前提として,本件訂正の許否について判断する。

 すなわち,まず,訂正事項hにより,インクタンクのラッチレバーについて,「第2係合部と第2係止部とが係合状態にあるときは内側に弾性変位した状態となる一方,操作部がインクタンク本体側に押されて第2係合部と第2係止部との係合が解除されると,ラッチレバーの復元力で第2係合部と下端部との間の部分がホルダの内壁に当接して装着する際とは逆の方向にインクタンクを回転させ,インクタンクの他側面側が持ち上がった状態となるよう前記下端部から外側上方に向かって傾斜している」と構成を付加したことが,特許請求の範囲の記載の減縮を目的としたものといえるか否かについて判断する。


 確かに,訂正明細書に記載された実施例には,ラッチレバー32aを内側に押し込み,ラッチ爪32eとラッチ爪係合穴60jとの係合を解除することによって,インクタンクが持ち上がることが記載されている(原告の主張に合わせ「ポップアップ機能」との語を用いる場合がある。)。


 しかし,同記載に係る「ポップアップ機能」は,あくまでも,ホルダの内壁が,その下端部から外側上方に向かって傾斜した側断面形状を有し,ラッチレバー32aの傾斜はホルダの壁よりも大きくなっていること等,ラッチ爪を含むラッチレバーの具体的形状やホルダの内壁の具体的形状等の相互関係に依存するものであって,インクタンクとして規定された構成のみによって,常に実現するというものではなく,インクタンクとホルダとの間に一定の条件が成立することによってはじめて実現するものにすぎない。


 以上のとおり,訂正事項hは,記載自体が明確でないのみならず,発明の詳細な説明欄における実施例に関する記載及び図面を参照してみてもなお,ポップアップ機能を実現する事項に係る構成を明確に示したものと解することはできない。


 したがって,訂正事項hにおいて,ホルダとの相互関係ないし協働関係を不明確なまま要素として含んだことによって,本件訂正は全体として,インクタンクの発明であるにもかかわらず,特許請求の範囲の記載(請求項1)を不明確にするものとなったから,特許請求の範囲の減縮に当たるか否かを判断することすらできないものであって,結局,特許請求の範囲の減縮を目的とする訂正ということはできない。


 また,本件訂正は,誤記,誤訳の訂正を目的とする訂正,又は明瞭でない記載の釈明を目的とする訂正ということもできない。


(イ) 本件訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記の訂正又は明瞭でない記載の釈明のいずれを目的とするものにも当たらないから,特許法134条の2第1項の要件を満たさないものであり,不適法として許されない。本件訂正を許されないとした審決の判断に誤りはなく,本件特許の請求項1,6に係る発明は,本件訂正前の本件発明1,6として特定されることとなる。 』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


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