●平成18(ワ)15359 損害賠償等請求事件 著作権 民事訴訟(1)

 本日は、『平成18(ワ)15359 損害賠償等請求事件 著作権 民事訴訟 平成20年02月15日 東京地方裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20080218161531.pdf)について取り上げます。


 本件は、原告と被告Bとの共同著作物であるにもかかわらず,被告らが,本件書籍を複製ないし翻案した書籍を原告に無断で制作,発行したとして,原告が,被告らに対し,共同不法行為に基づき,原告の本件書籍に関する著作権(複製権,翻案権又は譲渡権)の侵害に基づく損害賠償及び著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害に基づく慰謝料等を求め、その一部が認容された事案です。


 本件では、争点が、7つ、すなわち、

(1) 本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か。(争点1)
(2) 本件書籍が原告と被告Bとの共同著作物である場合の持分割合(争点2)
(3) 被告らによる本件書籍に関する原告の著作権(複製権,翻案権又は譲渡権)の侵害の有無(争点3)
(4) 被告らによる本件書籍に関する原告の著作者人格権(同一性保持権及び氏名表示権)の侵害の有無(争点4)
(5) 被告書籍の複製,頒布の差止め及び廃棄の必要性(争点5)
(6) 損害の有無及び額(争点6)
(7) 謝罪広告の必要性(争点7)

 あり、東京地裁は、以下のように判示しています。


 つまり、東京地裁(民事第47部 裁判長裁判官 阿部正幸、裁判官 平田直人、裁判官 柵木澄子)は、まず、争点1(本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か。)、争点2(本件書籍が原告と被告Bとの共同著作物である場合の持分割合)について、


1 争点1(本件書籍は原告と被告Bとの共同著作物であるか否か)について


(1) 証拠(甲1,甲5の1・2,甲6,7,甲8の1ないし7,甲9の1ないし7,甲10の1ないし9,甲11ないし14,16,乙1ないし3,5)及び弁論の全趣旨によれば,本件書籍が創作された経緯に関し,以下の事実が認められる。


ア 被告Bは,熊本大学医学部の教授であった平成12年ころ,当時の同大学医学部長から,「被告Bと同じような容貌障害によって,偏見,蔑視,心ない誹謗中傷にさらされてきた方々への励ましと,社会に向けた啓発活動の趣旨で自伝を書きなさい」と強く勧められ,出版社として草思社の紹介を受けた。


 これを受け,被告Bは,容貌障害に苦しむ人々に向けた激励を兼ねて,自らの経験と考えを社会に向けて発信するため,被告Bの経験やその思いなどを内容とする自叙伝を草思社から出版することにした。


イ このようにして,出版の企画は決まったものの,そのころ被告Bの大学教授としての職務が多忙であったことなどから,被告Bにおいて,原稿の執筆に取り掛かることができないまま,約1年が経過してしまった。


 そこで,被告Bと草思社の担当編集者であったDは,第三者に被告Bの自叙伝の執筆を依頼することにした。


ウ 原告は,主に人物伝を中心としたドキュメンタリーの執筆を業とするジャーナリストであり,「ジロジロ見ないで」という題名の,顔にあざや病気などをかかえる9人の経験談をまとめた書籍(平成14年に扶桑社から刊行)を執筆したことがあった。


 上記書籍には,被告Bの体験談も取り上げられていた。


エ 被告Bは,既知の間柄であった原告に対し,草思社から出版予定の被告Bの自叙伝の執筆を依頼し,原告から執筆の了承を得た。そこで,被告Bは,平成14年11月28日ころ,Dに対し,「私の本の件ですが,私の親友でライターのA様を推薦させていただきます。私と一緒に仕事をして,私以上に私のことをよく知るかたです。インタビューなどをとうして,熊本での活躍や日本の顔あざ患者の未来についてぜひまとめさせていただき
たいと思います。本人の了解は得ています。」と記載した書面(乙2)を,FAXで送信した。


オ 原告は,平成14年12月ころ,草思社から,被告Bの自叙伝の執筆の依頼を受けた。
原告は,平成14年12月11日,草思社の会議室において,担当の編集者であるDと打合せをした際,Dから,被告Bのヒューマンドキュメンタリーであるため,被告Bの語り口調の文体にするように依頼された。


 原告は,同月27日,草思社の会議室において,被告Bを交えて,書籍の制作,進行等について打合せをした。


カ 原告は,平成14年12月29日,原告の事務所において,被告Bから,被告Bの誕生時の話,「海面状血管腫」の病状,被告Bの症状の経時的な変化や治療経過,両親の経歴や被告Bに対する教育方針や関わり方,幼稚園や小学校での生活や経験,これらに対する被告Bの心情等について聴取した。


 さらに,原告は,平成15年1月以降も多数回にわたり,被告Bの勤務先である熊本大学を訪ね,その研究室や会議室等で被告Bを取材した。


 同年1月の取材では,被告Bが行ってきた種々の習い事について,その内容や出来事,母親の関わり,これらに対する被告Bの心情等について聴取し,同年2月23日の取材では,血管腫の発病の時期,その状況,症状の変化,中学校,高校,大学での生活や経験,これらに対する被告Bの心情等について聴取し,同月24日の取材では,大学時代のゼミでの活動,就職活動,河野臨床医学研究所に就職することになった経緯,就職後の仕事の内容,手術を通しての体験,看護大学に入学することになった経緯,看護大学での生活や経験,大学院に入学することになった経緯,筑波大学の大学院での研究や生活,これらに対する被告Bの心情等について聴取し,同月25日の取材では,名古屋大学の大学院での研究や生活,飯田女子短期大学での講師の経験,岐阜医療技術短期大学での助教授の経験,熊本大学の教授に就任した際の周囲の反応や被告Bの心情等について聴取し,同月26日の取材では,それまでの取材を通して原告が持った疑問点等について,被告Bから更に詳細な事情や被告Bの心情等を聴取し,また,その後に予定されていた小学校での交流会に向けての考えや京都政経塾での経験等についても聴取した。


 小学校での交流会を経た後の同年3月7日の取材では,被告Bが同交流会を通して考えたことや思いについて聴取した。


 また,同年6月8日には,それまでの取材に追加して,被告Bの経験や心情等について詳細に聴取した。


 上記取材は,おおむね次のような手順で行われた。すなわち,?原告において,被告Bに対する質問事項を用意する,?原告と被告Bとが面談し,原告が被告Bに対して質問し,被告Bは原告の質問に応じて,あるいは,質問に関連して自由に,体験や心情等について説明する,?原告が,被告Bとの面談時の会話を録音しておき,後に口述を文章に反訳する(甲10の1ないし8)。


 なお,上記反訳書は,被告Bの体験や心情等を広く,かつ,詳細に聞き取ったものとなっている。


キ 原告は,上記取材結果や,「ジロジロ見ないで」を執筆するために平成14年ころに被告Bを取材した際のデータ(甲10の9)や,被告Bの小学校での交流会に同席して取材した結果等に基づき,平成15年春ころから,原稿の執筆を開始し,同年7月ころ,第1原稿(甲11)を執筆した。


 原告は,被告Bから聴取した結果に基づいて第1原稿を執筆したものであり,別紙「被告Bの口述と第1原稿及び本件書籍との対比表」記載のとおり,被告Bの口述内容をそのまま引き写したのではなく,盛り込む内容を取捨選択し,記載する順序や内容等を組み立て直し,表現を工夫した。


ク 原告は,第1原稿を確認した被告Bから,これに対する加筆や削除等の指摘を受けたため,被告Bの指摘に沿って第1原稿を修正し,第2原稿を執筆し,更に推敲を重ねて第3原稿を執筆した。原告は,第2原稿や第3原稿についても,被告Bの確認を受け,これらに対する加筆や削除,変更等の指摘を受けた際には,被告Bの指摘に沿ってそれぞれ原稿を修正し,最終原稿を完成した。なお,被告Bからの上記指摘について,現在においては,その箇所や内容を特定することはできない。


ケ 平成15年10月30日,本件書籍が刊行された。


 なお,本件書籍の題名は原告が提案したものである。

コ 本件書籍が刊行される直前に,Dは,被告Bと原告の印税の配分率について,本件書籍の制作過程における作業量が原告の方が多かったとの考えから,印税10パーセントを,原告が6パーセント,被告Bが4パーセントという配分にすることを提案した。


 この提案を受け,被告Bは,原告の仕事に報いたいとの思いから,原告が7パーセント,被告Bが3パーセントの配分率でも構わない旨を提案したものの,結局,原告と被告Bとの間で,原告が6.5パーセント,被告Bが3.5パーセントの配分率とすることが合意された。


サ また,原告は,草思社に対し,本件書籍における原告の表記は「構成」とするように申し出た。なお,原告の執筆にかかる書籍である前記「ジロジロ見ないで」の奥付にも,「著者撮影E/構成A」と記載されている。


シ 本件書籍の表紙には,被告Bの写真,本件書籍の書名「運命の顔」との表記と共に,被告Bの氏名のみが記載されており,本件書籍の背表紙には,書名と共に,被告Bの氏名のみが記載されている。


 本件書籍の末尾奥付には,「著者」として被告Bの氏名が,「構成」として原告の氏名が,それぞれ記載されている。また,本件書籍の末尾には,「c2003 B,A」と記載されている。


(2) 上記認定事実によれば,原告は,本件書籍の文章表現について,単に被告Bの口述表現を書き起こすだけといった,被告Bの補助者としての地位にとどまるものではなく,自らの創意を発揮して創作を行ったものと認められる。また,被告Bは,自らの体験,思想及び心情等を詳細に原告に対して口述し,被告Bの口述を基に原告が執筆した各原稿について,これを確認し,加筆や削除を含め表現の変更を指摘することを繰り返したのであるから,被告Bも,本件書籍の文章表現の創作に従事したものと認められる。


 そうすると,本件書籍の文章表現は,原告及び被告Bが共同で行ったものであり,原告と被告Bとの寄与を分離して個別的に利用することができないものと認めるのが相当であるから,本件書籍は,原告と被告Bとの共同著作物(著作権法2条1項12号)に当たるというべきである。


(3) 被告らは,本件書籍は,被告Bの体験を被告B自身の言葉で語ることを目的とする自叙伝であり,原告の作業は,被告Bの口述を逐一文章に起こし,被告Bがこれに施した補筆,加筆,修正を踏まえて,確定稿に仕上げることであり,その過程に原告の創作が入り込む余地はなく,本件書籍は被告Bの単独著作物である旨主張する。


 しかしながら,本件書籍の第1原稿が,被告Bの口述を逐一文章に書き起こしたにすぎないものであるということができないことは,前記認定のとおりである。また,本件書籍において表現の対象となっている思想や感情が被告Bの固有のものであるとしても,その表現行為,すなわち,本件書籍の第1原稿を作成し,それを推敲して最終的に本件書籍を完成する過程には,原告の創作性が発揮されているといえる。


 したがって,本件書籍を被告Bの単独著作物であるとする被告らの上記主張は理由がない。


2 争点2(本件書籍に関する原告の著作権の持分割合)について


 共同著作物の持分割合については,共有者の意思表示によって定まり,共有者の意思が不明な場合には,各共有者の持分は相等しいものと推定される(民法264条,250条参照)。


 本件書籍については,前記1(1)認定のとおり,印税の配分率について,本件書籍が刊行される直前に,出版社である草思社のDから,原告と被告Bに対して,本件書籍の制作過程における作業量を考慮して,本件書籍の印税(10パーセント)を,原告に6パーセント,被告Bに4パーセント配分してはどうかという提案があり,これを受け,原告と被告Bとの間で,最終的に,原告を6.5パーセントとし,被告Bを3.5パーセントとする旨の合意が成立している。


 上記事実に照らせば,本件書籍の著作権の持分割合については,共有者である原告と被告Bとの間で,原告を65パーセントとし,被告Bを35パーセントとする合意があったものと認めるのが相当である。


 なお,本件全証拠によっても,被告Bと原告との間で,本件書籍に関する原告の著作権共有持分を被告Bに譲渡する旨の合意がされたことを認めることはできない(かえって,本件書籍の刊行に当たって,原告と被告Bとの間で,本件書籍の印税配分率が合意されていたことは上記のとおりである。)。 』


 と判示されました。


 明日へ続きます。


 尚,本件の原告弁護人は、『判例から学ぶ著作権』(大田出版)の著者の北村行夫弁護士です。