●平成18(行ケ)10449 審決取消請求事件「無アルカリガラス」

  本日は、『平成18(行ケ)10449 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「無アルカリガラス」平成19年12月26日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071227104652.pdf)について取り上げます。


 本件は、特許法第29条の2による拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟で、その請求が棄却された事案です。


 本件では、特許法第29条の2による拒絶理由を適用する際の先願が優先権主張を伴う際、先願の特許請求の範囲および明細書には「CaO:0〜0.8%」と記載されている一方、その先願の優先権基礎出願の特許請求の範囲および明細書には「CaO:0〜10.0%」としか記載されていない場合に、先願発明が優先権基礎出願の明細書等に記載されていないものと判示した点で、参考になるものと思います。


 つまり、知財高裁(第3部 裁判長裁判官飯村敏明、裁判官三村量一、裁判官上田洋幸)は、


1 取消事由1(先願の優先権主張を適法とした誤り)について


 当裁判所は,先願発明は,優先権基礎出願明細書に記載されているということができないから,本願との関係で,先願発明を特許法29条の2所定の発明として同条の規定を適用することはできないと判断する。

その理由は,以下のとおりである。


(1) 明細書の記載

ア 優先権基礎出願明細書の記載(甲7)

(ア) 「【請求項1】重量百分率で,SiO2 58.0〜68.0%,Al2O3 10.0〜25.0%,B2O3 3.0〜15.0%,MgO 0〜2.9%,CaO 0〜10.0%,BaO 0.1〜5.0%,SrO 0〜10.0%,ZnO 0〜5.0%,ZrO2 0〜5.0%,TiO2 0〜5.0%の組成を有し,実質的にアルカリ金属酸化物を含有しないことを特徴とする無アルカリガラス基板。」(特許請求の範囲)


(イ) 「CaOも,MgOと同様に歪点を下げずに高温粘性を下げ,ガラスの溶融性を改善する作用を有する成分であり,その含有量は,0〜10.0%,好ましくは1.8〜10.0%,さらに好ましくは2.1〜10.0%である。10.0%より多いと,ガラスの耐バッファードフッ酸性が著しく悪化するため好ましくない。すなわちガラスをバッファードフッ酸で処理する際に,ガラス中のCaO成分と,バッファードフッ酸による反応生成物が,ガラス表面に多量に析出してガラス基板を白濁させやすくなると共に,反応生成物によってガラス基板上に形成される素子や薬液が汚染されやすくなる。」(段落【0025】)


(ウ) 「SrOは,BaOと同様にガラスの耐薬品性を向上させると共に,失透性を改善させる成分であり,しかもBaOに比べて,溶融性を悪化させにくいという特徴を有しているが,多量に含有すると,ガラスの密度が高くなるため好ましくない。従って,SrOの含有量は,0〜10.0%,好ましくは0.1〜10.0%である。」(段落【0027】)(エ) 実施例として,CaOが2.1重量%〜7.5重量%とする例が掲げられている(段落【0035】【0036】)。


イ 先願明細書の記載(甲6)

(ア) 「1.重量百分率で,SiO2 58.0〜68.0%,Al2O310.0〜25.0%,B2O3 3.0〜15.0%,MgO 0〜2.9%,CaO 0〜8.0%,BaO 0.1〜5.0%,SrO0.1〜10.0%,ZnO 0〜5.0%,ZrO2 0〜5.0%,TiO2 0〜5.0%の組成を有し,実質的にアルカリ金属酸化物を含有しないことを特徴とする無アルカリガラス基板。」(特許請求の範囲)


(イ) 「CaOも,MgOと同様に歪点を下げずに高温粘性を下げ,ガラスの溶融性を改善する作用を有する成分である。CaOの含有量は,0〜8.0%,好ましくは1.8〜7.5%,さらに好ましくは2.1〜7.5%である。8.0%より多いと,ガラスの耐バッファードフッ酸性が著しく悪化するため好ましくない。すなわちガラスをバッファードフッ酸で処理する際に,ガラス中のCaO成分と,バッファードフッ酸による反応生成物が,ガラス表面に多量に析出してガラス基板を白濁させやすくなる。それとともに,反応生成物によってガラス基板上に形成される素子や薬液が汚染されやすくなる。」(4頁27行〜5頁5行)


(ウ) 「SrOは,BaOと同様にガラスの耐薬品性を向上させると共に,失透性を改善させる成分である。しかも,SrOはBaOに比べて,溶融性を悪化させにくいという特徴を有している。しかし,SrOを多量に含有すると,ガラスの密度が高くなるため好ましくない。従って,SrOの含有量は,0.1〜10.0%,好ましくは1.0〜9.0%である。」(5頁10行〜14行)


(2) 検討

 優先権基礎出願と先願について,各特許請求の範囲(請求項1)の記載を対比すると,CaO含有量については,前者が「0〜10.0%」であるのに対し,後者が「0〜8.0%」であり,SrO含有量については,前者が「0〜10.0%」であるのに対し,後者が「0.1〜10.0%」であり,いずれも,先願における含有量は,優先権基礎出願における含有量の範囲に含まれる。


 このうち,SrO含有量については,優先権基礎出願明細書に「好ましくは0.1〜10.0%である」との記載があることに照らすならば,「0.1〜10.0%」の含有量については,優先権基礎出願明細書に開示されているとみることができる。


 しかし,CaO含有量については,優先権基礎出願明細書には,「10.0%より多いと,ガラスの耐バッファードフッ酸性が著しく悪化するため好ましくない」と記載され,同記載部分によれば,優先権基礎出願明細書においては,「10.0%」なる数値に上限としての技術的意義を有するものとして開示されているといえるが,「0〜8.0%」の範囲の数値については,何ら技術的な意味を示唆する記載はない。そして,優先権基礎出願明細書の実施例及び比較例によれば,CaOの含有量は,2.1〜7.5%の範囲にあることが示されており,CaOを「8.0%」含有させたガラス組成物についての開示はない。


 そうすると,優先権基礎出願明細書には,「8%」を上限とする「0〜8%」のCaO含有量範囲について,何らかの技術的意義を示した記述はないと理解するのが自然である。


 以上によれば,先願発明は,優先権基礎出願明細書に記載されているということはできない。


(3) 被告の主張について

ア 被告は,ガラス組成物は,誤差が生ずることは避けられず,特定の数値で規定することが難しく,ある程度の幅を持った概数値で論じられざるを得ない分野であること(乙2,乙3)に鑑みれば,先願明細書に記載されたCaO含有量「0〜8.0%」は,優先権基礎出願明細書に実施例に最大値「7.5%」の記載があることに照らすと,同数値は,概数として「8.0%」の値を示したものと理解できるから,優先権基礎出願明細書の記載から自明な事項であると主張する。
しかし,被告の上記主張は,以下のとおり失当である。


 すなわち,乙2には,「成分の安定性:大量生産のガラスでは製品の物理的・化学的性質の安定や機械成形の安定性が望まれるため,製品のガラス組成において各成分は一般に0.05%以内の範囲で一定でなければならない」(282頁7〜9行)と記載され,乙3には,第4・3表(31頁)に,ガラス原料を配合した場合の誤差として,CaO成分については「0.008%」という小さい数値が例示されている。そうすると,ガラス技術分野において,ガラス組成物の含有量が「ある程度の幅を持った概数の値」で示さざるを得ないとしても,その幅は,せいぜい「0.05%」のような小さな程度をいうのであって,「7.5%」の概数として「8.0%」まで包含するような大きさであるとは,到底認められない。


イ また,被告は,先願明細書の記載は,優先権基礎出願明細書における実施例の「7.5%」を考慮し「0〜10.0%」を「0〜8.0%」まで単に減縮したものであるとも主張する。


 しかし,被告の上記主張も失当である。


 すなわち,優先権基礎出願明細書には,ガラス組成物の組成範囲が記載されているだけであって,組成範囲の誤差に関する記載はなく,また,CaO含有量が「7.5%」を超える具体例も記載されていない。そして,ガラス分野における「7.5%」の含有量が「8.0%」まで包含するものでないことは上記アで説示したとおりである。


 そうすると,数値的には,「0〜10.0%」を減縮すれば,「0〜8.0%」になり得るとしても,優先権基礎出願明細書において上限値の「10.0%」を「8.0%」という特定の数値に変更する理由が見当たらないから「0〜8.0%」は, 「0〜10.0%」を単に減縮したものであるとは認められない。


(4) 小括上記のとおり,先願発明は,優先権基礎出願明細書に記載されているということができないから,審決が,本願との関係で,先願発明を特許法29条の2所定の発明として同条の規定を適用したことは誤りである。


2 結論


 以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,審決には違法がある。


 よって,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 追伸1;<新たに出された知財判決>

●『平成19(行ケ)10291 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「POLO JEANS CO.」平成19年12月27日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071227194030.pdf
●『平成19(行ケ)10128 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「折り畳み農作業機の駆動方法」平成19年12月26日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071227163126.pdf
●『平成19(行ケ)10252 審決取消請求事件 商標権 行政訴訟「REGENERATIVE リゼネレィティブ」平成19年12月26日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071227162612.pdf
●『平成18(行ケ)10316 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟ガソリンエンジン用燃料油」平成19年12月26日 知的財産高等裁判所』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071227104322.pdf


追伸2;<気になった記事>

●『優先権基礎出願の早期審査着手(JP-FIRST)の実施について 〜特許審査の国際ワークシェアリングの推進〜』http://www.jpo.go.jp/torikumi/t_torikumi/jp_first.htm
●『特許、海外でも出願なら審査待ちを短縮・特許庁、半年に』http://www.nikkei.co.jp/news/keizai/20071228AT3S2801X28122007.html
●『海外での重複出願特許、審査待ちを半年内に短縮…特許庁http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20071228ib01.htm
●『各国特許庁への重複出願に対策、審査待ち期間を6月以内に短縮(特許庁) 』http://www.ipnext.jp/news/index.php?id=2477
●『東芝、DVDビデオディスクの特許侵害で伊メーカーを提訴』http://www.watch.impress.co.jp/av/docs/20071228/toshiba.htm
●『DVD関連特許侵害、東芝が伊「ACME」社を提訴 』http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20071228i411.htm?from=navr
●『東芝、DVDの特許でイタリア社を提訴 』http://www.nikkei.co.jp/news/sangyo/20071228AT1D2803728122007.html
●『東芝、伊DVDメーカーACMEを特許侵害で提訴』http://www.jiji.com/jc/c?g=soc_30&k=2007122800353