●平成18(行ケ)10015 審決取消請求事件「非常に大規模な固定化ペプ

  本日は、『平成18(行ケ)10015 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「非常に大規模な固定化ペプチドの合成」平成19年11月29日 知的財産高等裁判所 』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071130141249.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消訴訟であり、その請求が棄却された事案です。


 本件では、取消事由2(特許法36条3項の要件判断の誤り)の判断が参考になるかと思います。


 つまり、地裁高裁(第4部 裁判長裁判官 田中信義)は、

1 取消事由1(特許法36条4項及び5項の要件判断の誤り)について

 請求項1の記載では,単に1cm2 当たり103 〜106 箇所の決められた位置に,103 〜10 6 種類の基板表面成分が存在するという基板表面成分の密度が規定されているにすぎない。また,本件明細書をみても,上記の数値範囲の前後において,基板が有する固有の性質,構造が特別に変化することを示す記載はない。


 しかし,本件発明のような解析装置において,基板表面成分の密度を高めることが課題であって,その課題が自明のものであったとしても,従来,高密度化が技術的に実現困難であったものが,発明によって高密度化を実現した場合には,特許を受ける可能性があるのであり,その場合には,従来実現が困難であったが,発明により実現が可能となった密度の数値範囲を発明を特定する要素の一つとして規定することは妨げられない。


 したがって,請求項1の記載が特許法36条4項及び5項の要件を満たしているか否かは,本件発明により高密度化が技術的に実現されたことを前提として判断すべきであるところ,取消事由2において本件出願の実施可能要件(特許法36条3項)が争われているから,まず,この点から判断することとする。


2 取消事由2(特許法36条3項の要件判断の誤り)について

 本件発明に係る解析装置は,1cm 2 当たり10 3〜10 6箇所の決められた位置に,10 3〜10 6種類の異なる基板表面成分を表面に有する基板を備えるも のであるから,発明の詳細な説明に,本件発明を容易に実施することができる程度に記載されている(特許法36条3項)というためには,10 3〜10 6/ 1cm 2という成分密度で,各成分が基板上に存在するものを製造することができ,かつ,それが解析装置として使用可能なものであることが示されている必要がある。


 原告は,黄桃事件判決を挙げて,本件発明の実施可能性を判断する上では,収率は問題にならないと主張するが,黄桃事件判決は,「発明は,自然法則の利用に基礎付けられた一定の技術に関する創作的な思想であるが,その創作された技術内容は,その技術分野における通常の知識経験を持つ者であれば何人でもこれを反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならないから,その技術内容がこの程度に構成されていないものは,発明としては未完成のものであって,特許法二条一項にいう『発明』とはいえない(最高裁昭和三九年(行ツ)第九二号同四四年一月二八日第三小法廷判決・民集二三巻一号五四頁参照)。


 したがって,同条にいう『自然法則を利用した』発明であるためには,当業者がそれを反復実施することにより同一結果を得られること,すなわち,反復可能性のあることが必要である。


そして,この反復可能性は,『植物の新品種を育種し増殖する方法』に係る発明の育種過程に関しては,その特性にかんがみ,科学的にその植物を再現することが当業者において可能であれば足り,その確率が高いことを要しないものと解するのが相当である。けだし,右発明においては,新品種が育種されれば,その後は従来用いられている増殖方法により再生産することができるのであって,確率が低くても新品種の育種が可能であれば,当該発明の目的とする技術効果を挙げることができるからである。」と判示しているのであり,植物の育種という技術分野の「特性にかんがみ」,植物の再現の「確率が高いことを要しない」と判断したものである。


 したがって,本件発明のような「解析装置」についての発明の実施可能性の判断にまで,黄桃事件判決の趣旨が及ぶものではない。


  本件発明は「装置」の発明である以上,常に一定の効果を発揮するからこそ「発明」ということができるものであり,当業者が反復実施してその目的とする技術効果を挙げることができる程度にまで具体化され,客観化されたものでなければならない。また,明細書の記載は,当業者が容易に反復して発明の実施をすることができる程度のものでなければならない。

 ・・・省略・・・
 
 原告は,本件発明が高密度アレイの提供により画期的なブレイクスルーを成し遂げた世界的なパイオニア発明であると主張しているから,本件発明においては,高密度であること,すなわち単位面積当たりの領域数の多さと配列の多様性(基板表面成分の種類の多さ)が重要な意味を有するものと認められる。しかし,本件明細書には,上記のように,低密度で,少ない多様性の基板の製造例・実験例しか記載されていない。

 ・・・省略・・・
 
 しかし,ヌクレオチド鎖を基板表面成分とする解析装置については,低密度のものの実施例もなく,光脱保護の一具体例すらなく,本件明細書に一般的な手法が記載されているのみである。上記のように,ペプチド鎖を基板表面成分とする解析装置であって,請求項1で規定されるような高密度の解析装置について,本件明細書の記載が実施可能要件を満たしていないことを考慮すれば,ヌクレオチド鎖が基板表面に10 6種類/cm 2の高密度で存在する解析装置について,本件明細書に実施可能な程度で記載がされているものとは認められない。


(4) 請求項10及び11に記載された成分の純度

ア 請求項10について

 「純度」の意義について,本件明細書の段落【0031】には,「11.実質的に純粋基体の1つの所定の領域がそれを他の所定の領域から区別する特性を示す場合,ポリマーは所定の領域内で「実質的に純粋である」と考えられる。典型的には純度は,均一な配列の結果としての生物学的活性又は機能として測定されるであろう。この様な特性は典型的には選択されたリガンド又は受容体との結合により測定されるであろう。」との記載がある。


 被告は,まず「純粋」とは,社会通念上の「純粋」の定義の一つである「まじりけのないこと」を意味し,「純度」とは「純粋さの程度」であるから,請求項9及び請求項10における「純度」は,「目的ポリマー成分以外の成分が混入していない状態の程度」と解釈され,領域内の成分全体に占める目的ポリマーの割合を意味すると主張する。


 そこで検討するに,「純度」を算出するためには,「目的ポリマー成分」及び「目的ポリマー成分以外の成分」の量を測定する必要があるが,本件出願では,各成分が基板に固定されているため,通常の混合物のように,各成分を分離してその量を測定することはできない。そうすると,基板に結合したまま,「目的ポリマー成分」の量を測定する方法として,上記記載のように選択されたリガンド又は受容体との結合により,生物学的活性又は機能として測定するという手法を採用することは,特段不合理とはいえない。


 しかし,本件明細書には,「純度」の算出方法について,「リガンド又は受容体との結合により測定(する)」という以上に具体的な記載はなく,原告が主張する純度の定義(目的ポリマー成分/(目的ポリマー成分+他領域目的ポリマー成分))が妥当であるか否かはともかく,本件明細書には,原告の主張する定義によった場合の純度の測定例が記載されていない。本件明細書では,領域数が少ない基板の製造例においてさえ,純度は記載されておらず,どの程度の純度が達成されたかは不明であり,請求項10に記載された条件を満たす領域数を有する基板において,請求項10で規定する「少なくとも90%の純度を有する」ものについては,開示がされていない。


イ 請求項11について

 請求項11には,「実質的に純粋」という記載があり,「実質的に純粋」については,本件明細書の段落【0031】(上記ア)に,「基体の1つの所定の領域がそれを他の所定の領域から区別する特性を示す場合,ポリマーは所定の領域内で『実質的に純粋である』と考えられる。」と記載されている。


 しかし,どのような状態であれば「区別する特性を示す」といえるかが不明であり,結局のところ,「実質的に純粋」の意義は,これらの記載からは明確ではない。また,請求項11は,「請求項10に記載の装置」のうち,各成分が,既知の位置決定された領域内において「実質的に純粋である」ものに限定した請求項であるので,請求項10において規定された「少なくとも90%の純度を有する」という条件を満たすものであることは明らかであるから,上記のとおり請求項10において「少なくとも90%の純度を有する」ものについて開示がない以上,請求項11についても,本件明細書中に実質的な開示がない。したがって,審決のこの点についての判断に誤りはない。


(5) 実施可能要件についての結論

 以上のとおり,本件請求項1〜14に記載される基板に関する成分の密度についての数値範囲及び請求項10及び11に記載される成分の純度についての規定がいずれも本件明細書中で技術的に裏付けられていないから,本件明細書は,各請求項に記載された発明を当業者が容易に実施することができる程度に記載されていない。したがって,本件明細書の記載が特許法36条3項の要件を満たさないとした審決の判断に誤りはない。


3 結論

 以上に検討したところによれば,審決取消事由のうち取消事由2には理由がなく,本件明細書の記載が特許法36条3項の要件を満たさないから,その余の点について検討するまでもなく,拒絶査定に対する不服審判請求を成り立たないとした審決の結論に誤りはなく,審決を取り消すべきその他の誤りは認められない。よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。  』

 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


 追伸;<新たに出された知財判決>

●『平成18(行ケ)10403 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟集積回路」平成19年11月29日 知的財産高等裁判所 』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071130143158.pdf
●『平成18(行ケ)10284 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「擁壁用ブロック及び同ブロックを使用した擁壁の構築方法」平成19年11月29日 知的財産高等裁判所 』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071130142212.pdf
●『平成18(行ケ)10015 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「非常に大規模な固定化ペプチドの合成」平成19年11月29日 知的財産高等裁判所 』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071130141249.pdf
●『平成19(ネ)10005 損害賠償等請求控訴事件 特許権 民事訴訟「エレベータ装置」平成19年11月29日 知的財産高等裁判所 』(棄却判決)http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071130131806.pdf