●平成19(行ケ)10075 審決取消請求「エアバッグのための工業用織物」

  本日は、『平成19(行ケ)10075 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟エアバッグのための工業用織物」平成19年11月13日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071114105329.pdf)について取り上げます。


  本件は、拒絶審決の取消しを求めた審決取消し訴訟で、その請求が棄却された事案です。


  本件では、特許請求の範囲における数値範囲(「25〜40」)に単位が付されてなかったため、特許法36条6項2号の特許請求の範囲の明確性が問題になり、この点について判示した点が参考になるかと思います。


 つまり、知財高裁(第4部 石原直樹 裁判長裁判官)は、


1 取消事由1(特許法36条6項2号該当性判断の誤り)について

(1)本願明細書の特許請求の範囲の請求項1には,補正事項(a)に係る「多重繊維を空気で1m当たり25〜40絡み合わせた」との記載があるが,「25〜40」には単位が付されていないから,この数値の意味が特許請求の範囲の記載から一義的に明確であるということはできず,ひいて,「多重繊維を空気で1m当たり25〜40絡み合わせた」との構成の技術的意義が明確ではない。


(2) 本願明細書の発明の詳細な説明には,多重繊維を絡み合わせることに関連する次の記載がある。


ア「多重繊維を絡み合わせて用いることがさらに有利であり,1メートル当たり25〜40node空気で絡み合わせることが最も適切である。」(段落【0009】)
イ「混合糸は,紡糸口金を通した溶融紡糸により製造され,紡糸口金には太い繊維のための孔と細い繊維のための孔が交互に並べて配置されている。これは,太い繊維と細い繊維の混合を絡み合わせの前に行う際に有利である。通常,単一のポリマーが用いられる。」(段落【0010】)
ウ「結節数(nodes/m)」(段落【0014】【表1】中の項目欄)


(3) 上記(2)の各記載によれば,請求項1の「多重繊維を空気で1m当たり25〜40絡み合わせた」との記載に係る「25〜40」は,「25〜40node」のことであること,「node」は「結節数」の単位であり,「1m当たり25〜40」は,「1m当たり25〜40個の結節」との意味であることを,一応読み取ることができる。


 しかしながら,上記のように読み取ることは,発明の詳細な説明の記載を参酌して初めて可能となったことであり,特許請求の範囲の請求項1自体としては,「特許請求の範囲の記載が,特許を受けようとする発明が明確であるものでなければならない」とする特許法36条6項2号所定の要件に適合しないものといわざるを得ない。


 のみならず,その点を措き,請求項1の記載から,「1m当たり25〜40」が「1m当たり25〜40個の結節」の意味であることが読み取れるものと仮定しても,本願明細書には,上記段落【0014】の【表1】以外には,「結節」ないし「結節数」に関する記載が見当たらず,そうであれば,請求項1に係る発明において,「結節」がどのようなもので,多重繊維を空気で1mあたり25〜40個の「結節」を絡み合わせるとは,どのような方法・装置により,どのような状態にすることであるのか,また,「結節」の個数の測定は,どのような方法・装置によって行うのか等が明らかとはいえず,請求項1の「多重繊維を空気で1m当たり25〜40絡み合わせた」との記載は,なお明確でないといわなければならない。


(4) この点につき,原告は,「1m当たり25〜40」の「結節」すなわち「交絡」を,多重繊維を空気で絡み合わせて生じさせる「エアー交絡(空気交絡)」の方法及び装置は,当業者に周知であり,また,「交絡」の個数の測定方法は「針法」によることが,その装置はロスチャイルド社製のものが一般的であって,そのことも当業者に周知であるから,請求項1が明確でないことはない旨主張する。


 しかるところ,この主張は,「結節」との用語が,「交絡」との用語と同義であることを前提とするので,まず,その点につき,検討する。


ア 結節について

(ア) 上記のとおり,本願明細書には,段落【0014】の【表1】内の「結節数(nodes/m)」との記載以外には,「結節」ないし「結節数」に関する記載が見当たらない。


  ・・・省略・・・


イ 交絡について
(ア)本願明細書には,「交絡」に関する記載は全く見当たらない。


  ・・・省略・・・


ウ 上記ア及びイによると「結節」が「結び目」を意味するものであるのに対し,「交絡」とは「撚り」のように「多重繊維に集束性が与えられた状態」のことを意味するものと認められるから,「交絡」と「結節」とは全く異なる概念であることが明らかである。


 そうすると,「結節」が「交絡」と同義であること,したがって,「結節数」は「『交絡』の数」であることを前提とする原告の主張は,技術的に合理性を有しないものといわざるを得ず,失当である。


(5) なお,この点に関し,原告は,審決の「「エアー交絡」によりフィラメント糸を「交絡」させ,嵩高な繊維としたり,繊維を不織布状にする技術が知られているところである」との説示を挙げて,審決が,補正事項(a)の「絡み合わせた」が「結節」を生じさせたことを意味し,その「結節」が,エアー交絡(空気交絡,Air-Entanglement)によって絡み合わせた箇所(node)を意味することを十分認識していると主張する。


 しかしながら,審決に,原告主張に係る説示があることはそのとおりであるが,当該説示は,審判における原告の「node(s)」という語句は,フィラメント糸の製造技術分野の当業者には,エアー交絡(フィラメント糸に空気を吹き付けてフィラメントの絡み合いを部分的に発生させる加工)によりフィラメントが絡み合った部分である「結節」を意味することは良く知られています。・・・エアー交絡方法,node計測方法および装置は,当業者に良く知られています」との主張に対する応答の一部であって,当該応答は,全体として,本願明細書に記載された,「結節(node)」を生じさせるように「絡み合わせ」ることと,繊維の嵩高や不織布を形成する技術を意味する用語として,通常に使われている(当業者に知られている)「交絡」とが,同一事項を指すと解することはできないとするものであることは,審決の記載上,極めて明白であり,したがって,審決が,原告の主張するような「認識」を有するものではないから,上記原告の主張を採用することはできない。


 また,原告は,「フィラメント糸の繊維」を「空気で1m当たり25〜40絡み合わせる」との表現に接した場合,当業者は,「25〜40」との数値が,空気交絡によって絡み合わせた箇所(node)の数,すなわち,空気交絡における「交絡度」を表すと理解するものであるとも主張するが,当業者が,そのように理解することを認めるに足りる証拠はない。


(6) 上記のとおり,原告の主張は,その前提において失当であるが,1997年(平成9年)に発行されたGupta外著の教科書である「Manufactured Fib reTechnology」(甲第10号証)には,「フィラメント糸の交絡特性を決定するのに使用できる方法には様々なものがある。・手動針法・・・。・自動針法・・・。静電法・・・。自動厚み測定・・・。」(訳文1頁21行〜29行)との記載があり(なお,この刊行物の発行日と本件出願に係る優先権主張日との先後関係は明らかではないが,仮に,本刊行物の発行が後であったとしても,上記優先権主張日との差は1年以内であり,かつ,本刊行物が教科書であることや,上記引用に係る記載事項の内容に照らすと,上記記載事項は,上記優先権主張日においても,妥当するものであったものと推認される。),いずれも本件出願に係る優先権主張日前の文献である乙第2〜第13号証の各公報には様々な交絡度又は交絡数の測定方法が示されていることからすると,上記優先権主張日において,交絡度又は交絡数の測定方法について,何ら特定しなくても「針法」によると考えるのが一般的であると認めることはできない。また,測定装置についても,上記乙第2,第6,第11及び第13号証の各公報にはロスチャイルド社製以外の測定装置が記載されており,上記優先権主張日当時において,当業者が交絡度の測定装置として同社製のものを想定するのが技術常識であるということは到底できない。


 したがって,原告の上記主張は,これらの点においても失当である。


2 以上によると,取消事由1は理由がなく,本件特許出願は特許法36条6項2号の要件を満たしていないとの審決の判断は正当であるから,取消事由2について判断するまでもなく,原告の請求は棄却されるべきである。  』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。