●平成19(行ケ)10056 審決取消請求事件「切り取り線付き薬袋の使用

  本日は、『平成19(行ケ)10056 審決取消請求事件 特許権 行政訴訟「切り取り線付き薬袋の使用方法」平成19年10月31日 知的財産高等裁判所』(http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/20071106165655.pdf)について取り上げます。


 本件は、拒絶審決の取消を求めた審決取消訴訟であり、その請求が棄却された事案です。


 本件では、最終的には拒絶審決の判断は支持されたものの、本願補正発明は特許法29条1項柱書の「発明」に該当せずとした審決の判断が誤りとされており、この点で参考になる事案かと思います。


  ちなみに、本願補正発明の請求項1は、次のような内容です。


「【請求項1】調剤薬局側において,薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような縦長の形状に形成されている薬袋であって,薬袋の底部から薬袋の横方向の長さの約1.5倍以上の距離だけ離れた上方の位置に形成されている第1の開口部と,前記第1の開口部が形成されている位置から『薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離』だけ薬袋の底部に近づく位置に,薬袋の表面側及び裏面側の全体に渡って連続的に形成されている切り取り線部とを備えている薬袋を用意し,(1)前記薬袋の表面側の前記切り取り線部より上方の上方部分に患者の氏名などの個人情報を印刷すると共に,(2)前記薬袋の表面側の前記切り取り線部より約1センチメートル以上下方の下方部分に『薬剤の名称,用法,及び写真などの,前記患者に処方される薬剤に関する情報』を印刷する工程と,

 前記印刷された薬袋の中に,前記患者に処方される薬剤を入れる工程と,前記薬剤を入れた薬袋を患者側に交付する工程と,

 前記交付された薬袋を,患者側において,前記切り取り線部に沿って前記薬袋の表面側と裏面側の全体を切り取ることにより,前記薬袋の前記患者の個人情報が印刷されている表面側とそれに対向する裏面側とを含む上方部分を,前記薬袋の前記薬剤に関する情報が印刷されている表面側とそれに対向する裏面側とを含む下方部分から分離し,前記第1の開口部が形成されている位置から『前記薬袋の縦方向の長さの約5分の1から約3分の1までの間の距離』だけ前記薬袋の底部に近づく位置に,第2の開口部を新たに形成する工程と,

 を含むことを特徴とする,切り取り線付き薬袋の使用方法。」



 そして、知財高裁(第1部 塚原朋一 裁判長裁判官)は、


2 取消事由2(発明該当性判断の誤り)について


(1) 審決は,「本願補正発明は,人為的取り決めである個々の使用方法をその工程として時系列的に組み合わせたものに過ぎず,発明全体としても自然法則を利用した技術的思想の創作であるとは認められないので,特許法第29条第1項柱書に規定する『発明』に該当しない」(4頁第2段落)としたのに対し,原告は,審決の判断が誤りである旨主張する。


(2) 特許法において,発明とは,「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」(特許法2条1項)とされ,産業上利用できる発明について,特許を受けることができるとされている(同29条1項)。


 したがって,技術的思想には,社会科学等の原理や法則,人為的な取り決めなども含まれるが,自然法則を利用していない原理,法則,取り決め等のみを利用したものは,それが技術的思想の創作といえるものであっても,発明とされることはない。


 そして,技術的思想の創作には,自然法則を利用しながらも,自然法則を利用していない原理,法則,取り決め等を一部に含むものもあり,それが発明といえるかは,その構成や構成から導かれる効果等の技術的意義を検討して,問題となっている技術的思想の創作が,全体としてみて,自然法則を利用しているといえるものであるかによって決するの相当である。


(3) 補正明細書(甲5,4の3)には,以下の記載がある。


 …省略…


(4) 上記(3)によれば,本願補正発明につき,補正明細書において,(i)薬局等は,薬袋の表面の縦方向の長さがその横方向の長さの約1.5倍以上となるような,通常の薬袋よりもかなり縦長の形状である薬袋を用意することにより,患者情報表示部を印刷する下方に,薬剤情報の印刷・表示のための広いスペースを確保でき,(ii)患者は,薬局等から薬袋を渡されたら,その患者情報表示部を含む上方部分だけを切り取り線(例えばミシン目状に多数の切れ目を形成することなどにより患者が他の部分よりも切り取り易くなっている部分)により薬袋から容易に切除することができるので,患者が使用済みの薬袋を捨てたときでも,患者の個人情報が他人に悪用されることを防止することができ,(iii)切り取り線を,薬袋の上端から薬袋の縦方向の長さの約4分の1から約3分の1だけ離れた下方の位置に形成するようにしたときは,薬袋を渡された患者が,上方部分を薬袋から切除したとき,切除後の薬袋は,縦寸法と横寸法の割合が通常の薬袋と略同じ形状の薬袋となるので,使い勝手が損なわれず,(iv)切り取り線と薬剤情報表示部との間に,上下方向の幅寸法が約1センチメートル以上の余白部を配置するようにしたときは,上方部分を切除した後の薬袋の上方の「前記余白部を含む部分」を折り曲げ・折り畳むことにより,従来の通常の薬袋と同様に,上端の開口部から内部の薬品が不用意に出ないようにすることができると記載されていることが認められる。



(5) 特許請求の範囲の記載に基づけば,本願補正発明は,「切り取り線付き薬袋の使用方法」に係る発明であり,「調剤薬局側」における「印刷する工程」,「薬剤を入れる工程」及び「薬袋を患者側に交付する工程」,並びに,「患者側」における「第2の開口部を新たに形成する工程」とからなるものである。そして,それらの工程において使用される薬袋の形状が特定され,薬袋が特定の位置に切り取り線部を備えるとされ,印刷工程における薬袋に対する印刷内容,印刷場所が特定されている。また,患者側における工程では,患者側が薬袋の切り取り線部に沿って切り取るとされている。


 このうち,薬袋の切り取り線部に沿って切り取りを行って第2の開口部を新たに形成する主体について,これを「患者側」とすることは,人為的な取り決めである。


 しかし,本願補正発明の「使用方法」に係る発明について,前記(4)のとおりの明細書の記載を参酌して,特許請求の範囲に記載されている構成をみたとき,この「使用方法」に係る技術的思想の創作は,「第2の開口部を新たに形成する工程」の主体を誰と決めることについての技術的思想の創作のみではない。


 本願補正発明の「使用方法」に係る技術的思想の創作は,使用される薬袋の形状やそれが切り取り線部を備えることを特定し,印刷工程における印刷内容,印刷場所を特定することにより,切り取り線部に沿って切り取りを行って開口部を形成するという工程を経ると,前記(4)のような,一定の効果を奏するというものである。


 すなわち,本願補正発明は,その構成や構成から導かれる効果等の技術的意義に照らせば,物理的に特定の形状,内容の物について,印刷機等の機器により特定の物理的な操作がされる工程を含むことによって,第2の開口部を形成する工程を経たとき,薬袋を捨てたときに個人情報の悪用を防止できるなどの効果を奏するのであり,切り取り線部の目的は同線部に沿って切り取りを行うことを容易にすることであるので,切り取り線部に沿った切り取り等を行い第2の開口部を形成する工程は,特定の形状,内容の物を利用したことに伴う工程を規定したものとみることができることから,上記の本願補正発明の効果は,結局,印刷機等の機器による特定の物理的な操作がされる工程によって実現しているということができるものであり,これは自然法則を利用することによってもたらされるものであるから,本願補正発明は,全体としてみると,自然法則を利用しているといえるものである。


 そうすると,本願補正発明は,人為的な取り決めを含む部分もあるが,全体としてみて,自然法則を利用した技術的思想の創作といえるものであり,特許法にいう発明に当たると認められる。


(6) 被告は,本願補正発明の「印刷する工程」は,本願補正発明の薬袋を作成する上で当然必要となる工程であり,「薬剤を入れる工程」及び「交付する工程」は,薬剤師が,薬剤を調剤し患者に手渡す手順を示したものにすぎず,人為的な取り決めであり,「薬袋」に「第2の開口部を新たに形成する工程」を「患者側において」と特定することは,本願補正発明の薬袋の有する機能から導かれる使用方法ではなく,単に,誰がやるかという人間同士の約束事を取り決めたものにすぎず,人為的な取り決めであるとして,本願補正発明の,個人情報を保護できるよう,患者側において薬袋の個人情報表示部を切除するという主な作用・効果からみて,「第2の開口部を新たに形成する工程」が技術的特徴を表す主要な工程であるといえるところ,当該工程は,上記のとおり,人為的な取り決めにすぎず,また,上記各工程を全体的にみても人為的な取り決めであるといえるので,自然法則を利用した創作であるとはいえない旨主張する。


 確かに,薬袋に第2の開口部を新たに形成する工程を「患者側」においてすると特定することは人為的な取り決めともいえ,本願補正発明の技術的思想が,上記取り決めに基づき直接に導かれる効果のみを奏することを目的とするのであれば,それは自然法則を利用した技術的思想の創作ではないといえる。


 しかし,上記(5)のとおり,本願補正発明の効果は,その印刷工程等を含む全体の構成を考えれば,自然法則を利用することによってもたらされるといえるのであり,ある技術的思想において,人為的な取り決めを含むとしても,前記(2)のとおり,その構成,効果等の技術的意義を検討して,問題となっている技術的思想が,全体としてみると,自然法則を利用しているといえる場合には,発明といえるのであり,被告の主張は,採用できない。


 被告は,他に,「印刷する工程」,「薬剤を入れる工程」及び「交付する工程」も人為的な取り決めであり,本願補正発明は,全体的にみても人為的な取り決めである旨主張するのであるが,各工程を有すること自体が,自然法則を利用したものといえないとしても,本願補正発明は,全体としてみると,自然法則を利用しているといえるものであることは,上記(5)のとおりである。


(7) 以上によれば,本願補正発明は,特許法が規定する発明に当たるものであり,本願補正発明が発明に該当しないとした審決には,その限りにおいて誤りがある。


 しかしながら,審決は,本願補正発明が発明に該当するとした場合でも,本願補正発明は,特許法29条2項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないと判断して,本件補正を却下しているところ,以下の取消事由3ないし6において検討するとおり,審決の上記判断に誤りはないから,本件補正を却下した審決の結論に誤りがあるということはできない。


(8) したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。 』


 と判示されました。


 詳細は、本判決文を参照してください。


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